50 守る為に冷酷に
レッドクリムゾンは考える。力を手に入れる前。搦め手を駆使する戦い方なら勝てただろうか。彼はその自問を即座に否定した。
彼は目の前の異質を凝視する。その闘気は必ず倒すという意思を感じさせる。しかし、心の奥底ではしっかりと理解していた。詰んでいるのだと。それでも彼は接近して全力で殴打する。もうそうするしかなかったからだ。
その結果は無情だった。目の前の男はびくともしない。その時、ふと目が合った。ただそれだけで全身に鳥肌がたった。この上なく恐ろしかった。彼は慌てて距離を取る。
「ぁ……く、くそ!! くそぉぉぉおお!! 限界を超えろ……今までのようにっ。俺を認めない奴を全員ぶっ殺すんだ!!」
彼は自身を鼓舞する。そして雷や炎の強化魔法、その他にも今まで複製したあらゆる強化魔法を使用する。最後に<オーバドライブ>で自身を超強化した。体には相当の負荷がかかっていた。どうやら彼は後先を考えていないようだ。
「はぁあああ!! 俺を怒らせた事を後悔するんだなぁッ」
男は全身全霊をかけ、鋭い拳を振りかざす。それに対してデッドがタイミングよく人差し指を前に出す。ただそれだけで彼の拳は砕け散る。
「ぁがッ!! 馬鹿な!!」
危険な状態にもかかわらず、叫びながら硬直している。それはある種の諦めであった。デッドはそのことを感じ取ると全てを終わらせために動き出す。
レッドクリムゾンは脆かった。軽く腹部に触れただけで、地面に大袈裟に転がった。暫く苦痛の声をあげてもがいていた。地面に伏せながらも焦った表情でこちらを見上げる。するとその表情は次第に絶望した表情に変わる。しかし、ある時を境に彼は突然笑い出した。
「ククク……勝ったと思ったか? まだだ。今の俺の力なら!! 勝てるっ。お前に勝てるぅ!!」
そう言って彼は義手で無い方の腕、さらに足を一本ずつ、隠し持っていた短剣で切断する。というよりも無理やり力で引き千切っていた。そしてそれを悪魔に捧げる。
「俺を助けろッ。上位悪魔ッ」
そして、男とも女とも分からない悪魔が召喚された。何時も他人をあざ笑う悪魔。だが今回はまったく笑っていなかった。絶望と言うよりも諦め。そんな表情を隠さず分かりやすい一言を放った。
「無理」
「……はぁ?」
「だからムリだよ、これ」
「馬鹿な!! 何ふざけたことを言ってやがるぅ!! パワーアップした俺の腕に加えて脚も差し出したんだぞッ。今のお前なら黒霧レベルでも片手で倒せるはずだ!! つべこべ言わずにやれっ。命令だッ」
「はぁー。命令なら従うまでだ。でも……無理なモノは無理だ。その男、僕を敵とすら認識してない……仮に君を丸ごと10万個生贄に捧げても勝てないよー」
「ッ……っんなことがッ。そんな事があり得るかぁぁ!!」
「あるんだよ……」
無様に叫ぶレッドクリムゾンの方を向いたまま、悪魔は敵の怒りを感じ取り顔を引きつらせた。冷や汗が止まらなかった。
「まったく、なんて所に呼び出すんだよ。竜の鬚を引き抜きながら虎の尾をねじ切ったりでもしたのかい? 人間って本当に器用だねぇ……」
その時、呼び出された悪魔は今までにない愉悦の笑みを浮かべた。デッドには逆立ちしても勝てない事は理解している。ではなぜ笑ったのか。それは自身にこれから起こるであろう悲惨な出来事よりもレッドクリムゾンの不幸。その絶望する表情、感情がたまらなく美味しいからだ。
一通りそれを眺めていると満足したのか、戦闘態勢に移行した。
「まあ、契約だからね。君に立ち向かわないと駄目らしい」
「せめて痛みのないように送ってやる」
「そうっ。ありがとっ♡」
攻撃を試みた悪魔を一瞬で消し飛ばす。戦った後とは思えない静寂。まるで最初から何もなかったかのようにだった。
「あ、あの悪魔がこんなあっさりと……」
「さて、もう良いかな? レッドクリムゾン」
「バカなバカなバカなぁぁっ……なんでこんな!! なんでこんな事にッ!!」
「自業自得ってやつじゃないか?」
「何でッ。何故隠れてたっ。それほどの力を持ちながらッ。お前程の力があれば世界など容易く支配できる!!」
「……出来ないよ。人の心は支配出来ないんだ。たとえそれが神々であろうとも……」
「違う!! 俺はあの女どもを完全に支配していた!!」
「残念だがそれは勘違いだ。偽りで塗りつぶそうとも、時が過ぎれば簡単に剥がれ落ちる。裏切りに怯え、逃れるためにそれを上から必死に塗りつぶそうと奮闘する。ただのいたちごっこ。それの何処が支配なんだ?」
「……う、嘘だっ……その力があればっ全部手に入るっ」
「仮にそうだとしても、そんなものいらない。俺はただ……好きに生きるだけだ」
「力を見せない事が好きなのかよ!! そんなのただ強者に利用されるだけだ!!」
「……嗚呼。お前には少しだけ感謝もしているよ」
「な、なんだと」
「今回の件で気づかされた」
急に殺意が膨れ上がった。レッドクリムゾンは蛇に睨まれた蛙の如く何も出来ず、それを聞くしかなかった。
「俺は。彼女等と何の変哲も無い日々を過ごすのが、思ったよりも好きだったみたいだ」
(それはただの偽りだけども……本当に居心地が良いんだ)
「……ッ」
「だから。あの笑顔を理不尽に奪うっていうのなら、俺は……」
「ひぃっ」
両手を頭に当て、身を縮めて怯えていた。そんな彼の体に触れるとあえて声に出した。
「魔法、スキル削除……」
そして、彼はそれ等が一切使えなくなった事を確認した。レッドクリムゾンは絶望し、叫んだ。
「っか!! 返せぇっ俺のスキルを!! 魔法を!! 俺のぉぉぉお!!」
「それも違う。それは他人の才能。彼等が鍛えた努力の結晶。その証拠にさっきの練度が足りない魔法。何一つとして本物に勝っていなかった」
レッドクリムゾンは苦痛の表情を見せる。
「結晶でないそれは……ただ汚く濁った、石ころに過ぎない」
「い、言うな……っ」
「お前は手足を縛った相手に、勝った気でいる勘違した男。誰でも出来る事を自慢していただけ。本当に滑稽だよ」
「ちがう……おれは……ッ」
「中身が空っぽのガラクタに価値など無い。だから誰からも認められず、気が付かれないまま、ここで死ぬんだよ」
「ッ……」
闇魔法を使わずに男の心を折る。善悪はおいて、ここまで力を付けた事もまた才能だと思っている。だが、この男は許せなかった。だから彼が嫌がる言葉を並べた。
その間に空間転移を使用し、場所を変えていた。二人は崖の上にいた。ゆっくりとデッドが近づく。
「く、来るなっ」
許すつもりは無い。過去の経験からそれは悪手だと知っているからだ。過去にキョウは王国を信用した。だが、その甘さに付け込まれ捕まり、皆が苦しんだ。だからこそこの男は生かしてはおけない。彼の言葉を無視し、谷に蹴り落とす。
「うわあああ!!」
意外と浅く、大きな怪我はない。地面に落ちると草根が腕に絡まる。いや、まるで意思があるかの如く絡みついた。レッドクリムゾンはそれをほどこうと必死に抵抗する。
「ここは珍しい寄生生物が沢山いる場所でな。人をぎりぎりで生かし、その獲物からエネルギーを奪う生物で溢れている」
「やめろぉぉ!! 出せッ。ここから出してくれ!!」
「死ににくくなるよう、治癒系のスキルだけは残しておいた。でも安心しろ。お前の再生速度よりも後から集まってくるグロテスクな生物の方が食うのが早い。数か月もすれば死ねる」
「あああぁぁああ。痛いッ。頼む!! 助けてくれ!!」
「……」
「お、怒っているのか!! あ、あの三人かッ!! あの女たちにはまだ手を出してないっ。生娘だ。嘘じゃない本当だッ!! あの女どもはお前を倒した後にっ……あ、いや……っ。靴でも何でも舐める!! だから頼むっ助けてくれ!!」
「……」
その間にも生物が這いよってくる。
「い、嫌だぁ。俺の体に!! 何かが腹に入ってぇ!! ぐがぁああ!!」
「後470階上がれば地上だ」
「よ……四百っ……」
「最初に言っただろう。地上に出さないと」
「い、嫌だぁぁあ!! たすっ……お、おい嘘だろ。うわぁぁああぁ」
その時、レッドクリムゾンは信じられないモノを見た。そこにデッドはもう居なかった。彼は用事が済んで、帰宅していた。その後、ダンジョンにこの世の者とは思えない悲鳴が響き渡った。
その後、レッドクリムゾンの姿を見た者はいない。
誤字報告下さった方、ありがとうございます!修正してます。




