30 人が変わる瞬間
いつだったか。とある精神病院での出来事。そこでは男の奇声が響いていた。看護師が数人、ヒソヒソと話をする。
「また、あの人?」
「そうそう。なんでも一人で居ないと恋人が嫉妬するとか。誰かと会うと突然現れるらしいよ~」
「可哀そうに。殺してくれって何度も暴れてる。しょっちゅう取り抑えられてるところ見るね」
「怖いなー。私まだ担当した事ない。大変でしょう?」
「思ったよりは楽。暴れてもすぐに動けなくなるし、その後は素直に言う事を聞くから。体も脳も異常なくて健康だしね」
「へー、良かった。それを聞いて安心し……えっ、異常ないの?」
「私もよく分からないけど……原因が不明。きっと長生きするそうよ。山にでも入って神聖な何かに出くわしたんじゃないかって噂っ」
「あ~。そういう話、ネットで見た事あるかも。逆鱗に触れたのかもね~」
「私が聞いた話だと、幻覚に初めてを奪われたとか。しかも調教されてるみたい。泣いてたらしいね。それはもう狂ったように。個室で今までの悪事を延々と懺悔してるとか……」
「うわー悲惨~。でも同情は出来ないね」
「なんで?」
「もともと前科があるみたいだし。色んな女性にマジで酷い事してたらしいよ。その時の行いが今度は自分に……」
「身から出た錆ね……」
「そうなんだー。よく分からないけど……こんな目にあってるのはきっと、そんな願望があったんじゃないのかなー?」
「さあ? それは本人のみぞ知るってね」
学校の一年A組では男子たちがソワソワしていた。フランチェシカが最近機嫌がよく、前のように不愛想では無くなってきた。大人びた様子と適度に見せるその笑顔のギャップで皆はドキドキしていた。
「フランチェシカさん。なんかいい事あった?」
「ん? 特には。あ、夕飯が楽しみなことくらいかな」
「意外。じゃあ今度一緒に食事でも」
「外食は散々したから。今は日本食の手作りにはまってる。また機会があれば……」
「そ、そっかー残念だぁなー、ははは」
廊下で大声がした。フランとその周辺の生徒が一斉にそれを見た。
「ぶっ殺してやるぅ!!」
遠くから猛スピードでキョウが走って逃げていた。知らない男がそれを追いかける。急に周辺の気温が下がって寒くなり、男が滑って転んだ。
フランが足元に氷を作った。魔物などで散々試したのだろう。彼は頭などは打っていない。痛みはないようだが、走っても追いつけない事を察し、その場でキョウの背中を見送りながらキーキー叫んでいた。
「キョウ。なんで追われてるんだろ?」
「ああ、今のはF組の連中。野蛮で無秩序な組だから、ああいう事がよく起こってる……キョウって、彼を知ってるの?」
「ちょっとね」
「は、はは……あ、ある意味有名だしな。F組最弱でっ」
「そうなんだ。パーティー組んで手伝うのもありね」
「いやいやいや、フランチェシカさんほどの人がそこまでしなくてもっ。あんな弱いのと組んでも時間の無駄だって」
「……私とパーティー組むのが無駄って思ってる?」
「あ、いやっ。そういう訳では……」
その理屈は自分にも刺さる事に気が付いた。フランのLVは36。ライラとシオリは最近34になった。彼女は暇さえあればパーティーを組み、ダンジョン探索をしている。そして片や、一年A組の平均LVは9。彼女から見れば3も大して変わらない。
少し遠回しにそれを諭した。
「そ、そういえば彼。二年の先輩にもう教わってるそうだ。だから気にしなくても良いんじゃないかなー……って」
「そう……」
いつものようにダンジョン探索を終えて、家に帰宅した。部屋の掃除、その後夕飯を作っていると、フランも帰ってきた。合鍵は渡してある。彼女は一度自分の家でさっぱりして、着替えた後である。今日もかなり深い階層まで潜っていたらしい。なので非常にお腹を空かせている。
「そういえばキョウ、なんで学校で追いかけられてるの?」
「昔煽ってきたから、ちょっと皮肉を返したら、毎日追いかけてくるようになった。謝ったけど無理っぽいね」
「向こうにも非があるなら、返り討ちにすればいいのに」
「俺はジョブないし、きついかもね」
フランはその様子を見て困って無い事を感じた。
「キョウが気にしてないならそれでいいけど……」
「特には気にしてないね」
(少し走ったら簡単に撒けるし、この程度ならカワイイものだ)
「あ、そうだ。キョウって二年生の女子とパーティー組んでるんだっけ?」
「あれ、言ったっけ? ほぼペアだけどね」
「……レベルが全てじゃないんだけど、キョウに何かあったら困るから……一応参考までに。その人LV幾つ?」
「20くらいだったと思うけど」
「二年で? へー、三年生より高いんだ。きっと毎日ダンジョンに籠ってるのね」
「学校ではフランの次くらいじゃないかな」
「その人のジョブは?」
「魔法使い。戦い方が超上手い」
「んー、危なくない? 魔法使いだけだとイレギュラーな状況に弱いでしょう?」
「レナはその辺が上手いから大丈夫。それに危ない階層にはいかないし」
「レナって言うんだ。そんなに上手いんだ~。じゃあ後は……頑丈な前衛がもう一人いたらもっと安定しそうだね」
(あ……やば。なんか嫌な予感がする)
「え、まあ……うん、素早い戦士なんかがいたらいいかもね」
「いやなんでよ……頑丈って言ったでしょ?」
「そ、そんな都合よくいないって……」
「実は言ってなかったけど私ガーディアン系のジョブなの」
暫く無言で見つめ合っていた。
(実は知ってた。有名だから)
「ぐ、偶然にも頑丈だね……」
「じゃなくて。たまに私とダンジョンに行ったらいいんじゃない?」
「深い階層まで行けないし、迷惑になるかとー……」
「そんなの良いよ、目的は貴方のLV上げよ。キョウには日頃から助けられてるんだから。ちょっとは恩返しさせなさいよ」
前の疲れ切っていた時とは違う。力強い口調でそう言い放った。
「……はい。偶になら……」
「もしかして嫌なの?」
「いやぁ? 全然嬉しいって言うか? 嬉しいなー」
「それじゃあ決まり!!」
(俺ののんびりライフが!!! ……まあ、なんかフランが楽しそうだから良しとするか……)
誤字報告下さった方、ありがとうございます。修正しております!!
4/26 誤字報告下さった方、ありがとうございます!! 修正しております。
4/29 誤字報告下さった方、ありがとうございます!! 修正しております。
5/07 誤字報告下さった方、ありがとうございます!! 修正しております。




