29 狂気を断つ
ストーカー男は散々走り回ると最後は公園に茂みに隠れる。息を潜め追手がない事を確認する。暫くすると安心し、体の力が抜けた。
「ふぅー。Fランク如きが僕にかなうはずないだろぉ」
「いいや。今、この短い時間だけ。俺はFランクじゃない」
背後から声をかけられた。男は驚き、急いで茂みから出た。
「なっ……何故。ここにいるぅッ」
「わざわざ、ひと気の無い所に連れてきてくれるとは間抜けな奴だ」
「っう、五月蠅いぞ、Fランクぅ!!」
短剣を出し、魔法<ファイアーボール>を使用すると同時に襲い掛かってきた。避けず、動きすらせずにそれを受ける。短剣は砕けた。
「はぁ……? な、なななにを……した……ッ」
「何も? ただ立っていただけだが?」
「ふ、ふざけっ」
「お前はやり過ぎた……だからキッチリとここで終わらせる」
男はその慈悲の無い目を見て悟る。この男は危険だと。
「……っ。はっ、ダンジョン外で僕を殺せばどうなるか分かってんのか!!」
「犯罪だろうな」
「そうだっ。分かってるようだな!! それと言っておくが、証拠はない。僕は酔っぱらって部屋を間違えただけだし、お前は怪我をしてないし、僕は刺してない!! 僕は無実だッ」
「よく言うよ。散々嫌がらせをしておいて。フランは本当によく耐えた」
「クク、フランちゃんは強いからなぁ。だから僕は絶対にダンジョンには入らない!! 先に精神面から攻めて、その後ゆっくりと……ククク」
「そんなとこだろうと思ったよ……そうだ。お前に聞いておきたい事があった。仮に俺のせいで捕まってもフランを恨むんだろ?」
「当然だろ!! あの女は僕の所有物だっ。僕という恋人がいながら、お前みたいな奴に!! 女を道具扱いする男に、みだらに尻尾を振るビッチになり下がったッ。だから真のご主人様に服従するよう、これからたっぷりと調教しないとなぁーッ!!」
「本当に意味の分からない思考だ。害獣に法は適用されないが、流石に殺すのは許してやるよ」
「クプフっ。あんまりイキんなよっ、ビビリ野郎ぉ!! 捕まるのが怖いから殺せないってはっきり言えよ!!」
「ああ、怖いね。世界を敵に回すのはごめんだよ」
「せ、世界……? 何を言ってるんだこの厨二野郎は……」
「さて、長話をする仲でもない。だから最期に質問を二つ。お前は何が嫌いだ?」
「お前みたいな勘違い野郎だよ。バーカぁ」
「今まで女性に対し何をした?」
「なんだぁ? 興味があるのか、変態野郎ッ。教えるはずないだろ屑がぁ」
魔法を使い思考を読む。それをベースに幻覚の魔法を男に使用する。その他、複数の魔法を恒久的にかけた。もう用は済んだので家に帰る事にした。
「さようなら……」
「は? クククク、本当に何も出来ない口先だけの男だったかよ!! だっせーなっ。分かってると思うが、もう二度と僕のフランちゃんに関わるな!!」
キョウが去った後、茂みの方で何かが動いた。銀色の髪が見えた。
「フ、フランちゃん? そうか、心配して来てくれたんだね!!」
それが茂みから出てくるとストーカー男は顔を引きつらせて顔を歪めた。銀髪ではなく、普通の黒髪だった。嫌悪感を抱くほど不細工な男だと思った。第三者がそれを見ればまるで鏡合わせを見ている様な感覚に陥っただろう。
「な、なんだお前ぇ……」
「僕はフラン。ずっと貴方の事をお慕い申し上げてました」
「ふ、ふざけるなッ。フランちゃんな訳ないだろうがっ!! 誰がお前のようなクソ不細工とッ!! そもそもお前男だろうが!!」
「愛にそんなものは関係ありません」
「ちょっ。近づくんじゃねぇ気持ち悪い!! クソとでも会話してろブスが」
思いっ切りその不審者を殴ると男の拳は空を切る。殴った本人は大きくバランスを崩す。倒れかけた時、幻影は男の体を支える。そのおかしな出来事に男は困惑する。
「ど、どうなって!!」
そして、幻影は頬を染めると急にディープなキスをした。不思議と完全に感覚があった。
「うげぇぇぇおぇぇえ!! 何しやがるブスぅ!!」
男はえずく。一度ではなく何度も。
「そんなに照れなくても。僕たちは恋人同士ではありませんか」
「うわぁああ汚いッ触んな!! こっちに来るんじゃねぇ!!」
ストーカー男は走って逃げる。だが何度逃げても、何処に逃げようが歩いて追いついてくる。捕まると抱きしめたり、それ以上の事をしてくる。肌に触れた感覚も声も、全てが生きている人間のようで生々しい。だから男は必死で逃げた。どんなにきつくても走った。
「なんでだッ。奴は歩いてるのに!! 息も切らしてねぇ!!」
「決まってるでしょう。恋人だからよ。貴方の初めてを頂戴」
フランの前にも、その前にも、多くの女性を不幸にした男。今まで自分がやってきたことが還ってくる感覚を覚えた。
そこで何故か過去の記憶、ストーカー行為がフラッシュバックする。その記憶の相手は目の前の男と自分にすり替わっていた。
「うわぁぁああ!! 嫌だぁぁ!! 来るなぁぁああ!!」
男は余りの気持ち悪さに発狂した。その理不尽に怒りを覚えながらも必死に逃げる。ひたすらに。
「無駄だ……自身が作り出す幻覚からは決して逃げられない」
キョウはビルの屋上からそれを眺めていた。しっかりと魔法が機能するか、その具合を観察していた。
「お前はもう、病気になることはない。だが、罪を犯す事も自害する事も出来ない」
男に極刑は無く、どんなに苦しくとも生きなけらばならない。
「幻影に怯えながら餓死、老衰を待つか。それを拒み誰かに殺してもらうか」
それも相手に罪を負わせるのでダンジョンに行くしかない。しかし、ダンジョンに行くにはあの幻影と立ち向かわなければならない。
「その勇気が無ければ安全な場所に匿ってもらうしかない……」
それから数日が経った。ペンギンのぬいぐるみが日に日に増えていた。多分俺の部屋にも置いてあるから、プレゼントかもしれない。恐らくペンギン大好き仲間だと思われているらしい。今更要らないとは言い出しにくいし……。
それよりもフランが気になったので少し遠回しに聞いてみた。
「最近はどう? あの……変な事は……」
「……大丈夫みたい。急にぱったりと。本当に何も起きなくなった」
「そっか。良かった」
「貴方と出会ってから、何だか上手く行くようになったみたい」
「気のせいだよ……あ、でもっ。そういうポジティブさは大事かもね。そろそろ家に戻っても大丈夫そうだね」
「……んー。でもね、逆に不気味なくらい静か。出来ればもうしばらく様子を見たいけど……その、嫌じゃなければ……」
(そう簡単には元の生活には戻れないか……思いのほか傷は深いらしい)
「分かった。今夜も気合を入れて夕飯作るかっ」
「ありがとう、キョウ」
フランは今までで一番の笑顔を見せてくれた。思わずこちらも自然に微笑み返していた。
誤字報告下さった方、ありがとうございます。修正しました。
4/29 誤字報告下さった方、ありがとうございます。修正しております。
5/03 誤字報告下さった方、ありがとうございます。修正しております。
5/07 誤字報告下さった方、ありがとうございます。修正しております。




