9話
魔属領は今日も暗闇。
異世界から取り寄せたコーラを十分に堪能した一行。全身ユニクロのマネキン買いみたいな、シンプルな服装の魔王が立ち上がっていった。
「人間領に城を作ろうと思う」
しばらくの沈黙。
「えぇええええ?!本気ですか龍笛さん」
首元に金色の鈴をつけたロシアンブルーに似た猫が驚きの声をあげた。
「もちろん本気だ」
あっさり言う。
「人間領に城なんか作ったら人間達に一斉に攻め込まれてしまいますよ」
「もちろんそれは理解しているよ。それでも私は新しい城は人間領に作った方が良いのではないかと思う」
「なにか理由があるんですね?」
猫が問う。
「もちろんだ。私がなぜそう思うのかをちゃんと説明していこう。そもそもの事の始まりは目玉の魔物に見つかってしまったこと。これは非常に大きな問題だ」
「僕もそう思います」
「死ぬ間際にあいつは「自分が得た情報はすでに同じ種族の仲間に共有されている」というようなことを言っていた。金青も聞いたな?」
「はい、聞きました」
「そんな魔法を私は知らない。ということはそれはあの目玉の魔物の固有の魔法なんだろうと思う」
「固有の魔法?」
望愛が首をひねる。
「一般的な魔法では無くてその種族とか、その人しか持っていないような魔法の事です。この世界では他に「特殊魔法」なんていう言い方もするようです」
「そんなのがあるんだ………」
「僕たちがさっき飲んだコーラを取り寄せるのも「特殊魔法」になるんじゃないですかね。あの魔法は僕には使えませんから」
「なるほど。案外身近にあったんだ」
納得した表情をする。
「というかあの目玉の魔法って何なの?私にはさっぱり分からないんだけど」
「僕にもよくわからないので想像なんですけど」
「想像でいいから教えてよ」
猫が語る。
「僕が思うにあの目玉の魔物が見たり聞いたりしたものは瞬時に、遠く離れた場所にいる同じ種族の仲間にも伝わる、って言うことじゃないですかね」
「うそでしょ、そんなことできるの?!」
「僕も分からないんですけどそれだったら辻褄が合うなと思って。龍笛さんはどう思いますか?」
「私も同じだな。テレパシーみたいなものなのかもしれない」
顎をさすりながら答える。
「ちょっと待ってよ、ということは私たちのことはもうとっくに敵にバレてるってこと?」
「そういうことだと思います」
「そういえばあいつ、「俺を殺しても無駄だ」みたいなこと言った気がする」
段々と理解してきた表情。
「僕も聞きました。多分それは僕たちの情報がもうすでにあいつの仲間に伝わっているから。だからいまさら自分の事を殺しても無駄だって言う意味じゃないかと思います」
「それはめちゃくちゃマズいじゃん!」
「そうなんです。マズいんですよ」
「大魔王に目を付けられたってことでしょ?」
「そういうことです。望愛さんが勇者だということもバレているということですね」
「あーそういうことー!?わたし絶対に狙われるじゃん」
望愛はようやく理解したようだった。
「もしそうだったらあの目玉の魔物は相当に優れてますよね?」
「私もそう思う。だからこそ大魔王の側近として役目を与えられているのだろう」
「魔物って言うのは戦いの強さだけじゃないんですね。持っている固有の魔法の事も考えたうえでそれが生きるような役割を与えないといけない」
「そういうことだな。というわけで魔王より強いという大魔王の親衛隊がここに向かって攻めてくる可能性がある」
「そういうことになりますね」
「ちょっと待ってよ、相当マズいじゃないのよそれ」
「そうだ。だからこそ私たちの今の現状を冷静に見て見よう」
金青と望愛は周囲を見渡す。
「瓦礫しかありませんね」
「これじゃあ無理よ、軍勢なんかきたら360度囲まれちゃうわよ」
「そうですね、このままじゃ雨にも風にも雪にも夏の熱さにも負けそうですね。だけど本当に魔王よりも強い親衛隊なんているんですかね?僕はハッタリの可能性もあると思うんですけど」
「ハッタリ?いるって言ってるんだから本当にいるんじゃないの?」
「そうかもしれないですけど親衛隊と言うのは大魔王の配下ですよね」
「恐らくそうだろうね」
「ということはただの魔物ということになります。魔王よりも強いよりも魔物なんているんですかね?僕は疑問なんですけど、龍笛さんはどう考えているんですか?」
暗闇の中で顎をさする魔王に問いかける。
「ハッタリの可能性も本当の可能性もどちらもあるよ。しかしこういう時は最悪の状況を想定して生存戦略を立てるべきだと思うね」
「なるほど………」
「今まで人間や悪魔から私たちを守ってくれていた塔。かなり信頼していたのだが見ての通り望愛によってあっけなく破壊されてしまった」
「ちょっと待ってよ!」
望愛が即座に口を挟んだ。
「壊したのは私じゃなくて勇者召喚玉とかいうのを使ったせいでしょ。しかも本当は使うつもりじゃなくて凡ミスで割っちゃったって言ってたじゃない。それは魔王のミスじゃないのよ」
金色の髪の毛を少し逆立てて反論する。
「まあまあ落ち着きましょうよ望愛さん。別に責めているわけじゃないんですから」
すぐさま猫が落ち着かせに入る。
「なんか責められてる気がした」
むくれた顔をする。
「そんなことないですよ」
「その通り。今は犯人捜しは止めてこれからどうするべきかを考えよう」
「う………なんなのそれ、なんでわたしが、、、」
望愛は納得いかないような顔をしながらモゴモゴ言っている。
「私が言いたいのは今までと同じやり方では駄目だということだ。勇者召喚玉で破壊することが出来るということは他のアイテムでも破壊できる可能性がある」
「確かにそうですね」
「そうなったらもはや直接戦わなくてはならなくなるが、私は戦う事に優れた魔王ではない」
当たり前のように言う。
「そうですね、龍笛さんは運動が苦手ですからね」
「さっき剣を振っているところを見たけどへっぴり腰でセンスゼロだったわ」
誰も否定しなかった。
龍笛が一つ咳をした。
「人間領に拠点を作る。これについては以前から考えていたことでもあるんだ」
「そうなんですか!?初めて知りましたよ」
「ただ暇なときに時々考えていた程度のことだからね。大魔王という、いかにも魔王よりも強そうな存在がいると知った時から、何か対策を考えなければと思っていたんだ」
「言われてみればそうですよね、僕もちゃんと考えておけばよかったです」
「そんな時ふとクワガタ採りの話を思い出したんだ」
「クワガタ?」
理解が追い付かず望愛は目をぱちくりした。
隣では猫もぱちくりしていた。