5話
雷鳴轟く魔属領は今日も暗闇。
かつて魔王城だった場所に黒髪で角の生えた背の高い男と、首元に金色の鈴をつけたロシアンブルーに似た猫と、金色の髪をした少女がいる。
猫が口を開く。
「これは魔属領に来て倒れた人間が残して言ったものです。人間領で役に立つと思うので持っていってください」
望愛の前には多種多様な武器、防具が積み重ねられている。瓦礫の下に埋まっていたので汚れてはいるがそれでもまだまだ使えそうなものばかりだ。
望愛は今にも泣きだしそうだった。
「なんか悲しい………」
「え?」
猫が少し驚いた顔をした。
「なんか私のことを追い出そうとしている気がする。さっきまでみんなであんなに頑張ってスライムたちを助けるために瓦礫を掘り返していたのが嘘みたい」
「追い出すなんて全然そんなつもり無いですよ」
うつむいた望愛に近づいた猫は体を擦り付けながら少女の表情を伺う。
「魔属領は魔物が出ますし、人間領にも出ると聞きました。それに人間領の方は盗賊とかが出ると聞いたので、望愛さんが格好のターゲットになってしまいそうだと思いまして」
「さっきからずっと気になってるんだけど敬語なのもなんだかよそよそしいし」
上目遣いで口がとがっている。
「そういうのじゃなくて僕は誰にでもこの口調で話すようにしているんですよ。そのほうが間違いは無いですし」
「なんか嫌だ、全部嫌だ!」
強い風がぶわっと巻き起こった。
「人間領になんか行きたくない!知らない人しかいない町の中になんか行きたくない!私みたいなよそ者がいきなり言ったら絶対変な顔されて疎まれて石とか投げられていじめられちゃうよきっと。何者だとか、どっから来たとか、いろいろ聞かれてもちゃんと答えられる自信なんかないし、もしかしたら不審者だと思われて捕まったりするかもしれないし」
「考えすぎですよ。まだこの世界の人間の姿すら見たことないじゃないですか。それなのにどうしてそんなに暗くなっちゃうんですか」
スライムたちも心配そうな顔で様子を伺っている。
「わかんない。分かんないけどこれを見ていたらひとりで行かなくちゃいけないんだ、戦わなくちゃいけないんだと思っちゃって。ねぇ、どうしても行かなきゃ駄目?」
しゃがみこんで拾った石を握り潰して粉にした。素手で瓦礫を掘る作業を経験したことで望愛は自分が日本にいた時の自分よりもはるかに力を持っていることに気が付いた。石を砕くことなど簡単なことだ。
しばらくの沈黙。
「ここにいたら人間と戦うことになるんだよ」
二人の様子を黙って見ていた龍笛はそっけなく言った。風にふぐりが揺れている。
「いままでこの塔には何人もの人間が攻めてきたよ。ここは人間領から一番近い魔王城だからね。それに魔王というものは人間にとっては敵である同時に金儲けの手段でもあるようなんだ」
「え………」
「魔王城にあった本によれば魔王の死体には不老不死などの効果があると言われているそうだよ」
「知らなかった」
「今までは少人数だった。けれどこれからは大群が攻めてくるかもしれな、人間の強みは何といっても数だからね。しかも今は魔銃の量産でどうやら人間の勢力が強いようなんだ」
「銃………」
「まさしく地球の人間と同じ過程をたどっているんだよここでもね。銃があれば遠く離れたところから危険な相手を倒すことが出来る。きっとこれからどんどん改良されていずれは人間たちの天下になるかもしれない。私たちだって安全ではないんだよ」
「うう………」
「もしそれでも一緒にいたいと言うならば望愛にも一緒に戦って守ってもらわないといけない。その覚悟があるのかい?」
空気が張り詰める。
「それは人間を殺すっていうこと?」
「そうだ」
「龍笛さんも今まで人間を殺してきたんですか?」
「そうだ。何人も殺してきたよ、そうしなければ守れないからね」
「何かいい方法は無いんですか?」
望愛の目は迷いから揺れている。
「望愛は知っているはずだ、人間の欲深さを」
龍笛の低く深い声。
「人間は平和なんか望んでいないよ」
雷鳴。
「人類が誕生して以来争いの無かった日が一日でもあるのかい?人が人を殺さなかった日があるのかい?どんなに文明が発達して、月に行けるようになっても、それだけは変わらない。どれだけ宗教が世の中に溢れていようとも、それだけは変わらない。人間と争いは切っても切り離せないものだ」
「う………」
「特にいま人間勢は調子がいいから自分たちに邪魔な存在は余計に排除しようとするだろう。だから望愛は人間領に行くべきだと私は思う」
真っ直ぐに望愛を見る。
「人間を殺したくないのはしょうがない。私はそう思わないけれど他人下そう思うことは理解できるよ。だったら人間領にいるべきだ。そこなら人間を殺さなくても済む可能性はある。勇者である以上戦いは避けられないとは思う。だけど戦う相手は人間ではなく魔物や魔王だけで済む可能性はあるはずだよ」
「本当に?」
「わからない」
はっきりと言い切る。
「けれど可能性はあるはずだ。それにもし望愛が元の世界に戻りたいと思うのならばそれは必要なことだと思う。この塔の中にあった資料には大魔王を倒して元の世界に帰っていった勇者の話があるからね」
「大魔王?」
「大魔王というのは魔王を3体以上倒した魔王が成るものとされているようだ。それだけに魔王とは比べ物にならないくらいの強さを持っているはずだけど、それでも不可能では無いはずだ。そしてそれができるとすれば勇者である望愛だ」
「私一人で大魔王と戦えっていうの?!」
「そうじゃないよ。人間領で仲間を見つければいいんだ」
「仲間………」
「この世界が異世界ファンタジーの世界だということを考えれば、ほかにも強力な力を持った人間がいるはずなんだ」
「そんなこと言われても………」
「その時は私たちもできる限り協力するよ」
「え、」
「そうだね、金青?」
「そうですよ。望愛さんはもう仲間みたいなものですから」
「どうだい?少しは気が楽になって来たかい?」
「少しは」
望愛の言葉はまだ歯切れが悪い。
「けどもし人間から魔王を倒しに行けって命令されたらどうするのよ!そうなったら人間領に一番近いここに来て戦うことになるんじゃないの!?」
「その時は逃げるしかない」
「逃げるってどこに逃げるのよ!」
「それはーーー」
「気を付けてください!」
金青の鋭い声。
「なに?!どうしたの?」
「何かがこっちに向かって来ています!」
雷鳴。
その奥に翼が羽ばたく音が勢いをもって近づいてきた。