4話 ~勇者だと知った瞬間~
雷鳴轟く魔属領の暗闇の瓦礫の上に少女の声が響いた。
「私が勇者?!」
「はい」
首元に金色の鈴をつけたロシアンブルーに似た猫が腕を舐めながら言った。
「そんなにあっさり言われても困るんだけど。なんでそんなことが分かるの?」
「勇者召喚玉というアイテムを割ったら望愛さんが現れたので、多分間違いないと思うんですけど………視界の右上辺りに文字が表示されていたりしませんか」
「あ、あれ!?」
「ありましたか?」
「ある!衛宮 望愛 勇者Lv.1って書いてある。もしかしてこれはずっと出てたの?全然気が付かなかった」
「驚く気持ちはすごい分かります、僕も最初にこの世界に来たときはしばらく気が付かなかったので」
「そうよね。こんなの気が付かないよね、文字も小さくて目立たないし。よかった、私だけじゃないんだ。あれ、でももしかして………このLv.1っていうのは、やっぱりレベルのこと?」
不安そうな顔。
「そうです。望愛さんは結構ゲームとかをやる人なんですか?」
「そんなに詳しいわけじゃないんだけど昔のゲーム機が家にあったからそれで遊んだりとかはしてた。あとはアニメとかもちょっと見てみたりとかそのくらい。なんかレベル1ってすごいそわそわする、早くレベルを上げたい」
「そうですよね、僕も不安でした。だけど望愛さんは勇者だからレベル1でも強いんじゃないですか?」
「レベル1なんてどんな職業でも弱いでしょ。というかバッグもどこに行ったのか分からないから困るな、あれには愛用のナイフが入っていたのに。さすがに素手で魔物と戦う勇気なんかないし」
「バッグの中ににナイフを入れているんですか?」
「ま、まあちょっと護身用にね………」
気まずそうな表情をする望愛。
「もしかして僕の知ってる世界とは違う所から来たんですか?日本っていうから同じだと思ってたんですけど、僕の知ってる日本でバッグにナイフを入れている人は普通じゃないんですけど」
「いいでしょ別に!入れているだけで使ったことは無いんだから、持っていると安心するのよ。それだけ。別に大したことないでしょ?」
「大したことないですかね?もし万が一職務質問とかをされてナイフが見つかったら大騒ぎじゃないですか」
「今まで一度も見つかったことはないし見つかりそうになったら逃げるから大丈夫だったば。脚力には結構自信があるから」
「はぁ、なるほど………」
「なんか私のことやばい奴だと思ってない?なんかこいつとは距離を置こう、みたいに思われている気がする」
望愛のジト目。
「そんなことないですよ、全然」
「正直に言ってちょうだいよ、別に何でもないから」
「ですからそんなこと無いですよ」
金青は罠の匂いを感じとった。
「なんか瞬きが多くなったような気がする」
じっと見つめる。
「そうですかね、普通だと思いますよ」
「人が嘘をつく時はどこかしらに変化があるから見逃さないようにしろって婆ちゃんが言ってた」
「嘘なんかついてないですよ、まあいいじゃないですかそれは」
少し笑った後、腕で顔を掻いた猫。
「それより望愛さんはこれからどうするんですか?」
「どうするってなに?」
口を開けてポカンとした顔をする。
「ここは魔属領って言って魔王が住む土地なんですね」
「さっき言ってたね」
「そうです。詳しいことは分からないんですけどどうやらこの魔属領という場所は人間にとっては長い間いると体に悪いらしいんですよ、本に書いてありました」
「えええぇ?!ヤバいじゃん私!今すぐにここを出ていった方がいい?」
「数日位なら多分問題は無いと思いますけど」
「なんでそんなことが分かるのよ。猫なのに」
「猫ですけどこっちに来る人間はたくさん見ていますから」
「どういうこと?」
「すぐに体に悪影響があるようならだれも来ないと思うんです。けど実際にはたくさんの人間が来ている、つまりは数日位なら問題は無いんじゃないかと思います。多分ですけど」
「それじゃあ勘なの?」
「そうです。この世界は前の所ほど科学は発展していないので根拠は誰も持っていないと思います。僕は散歩していて魔物の住処は何度も見ていますけど、人間の住処は見ていませんからやっぱり人間の体には良くないんだと思います」
「そうなんだ………」
「ですから魔属領を出るのは早いほうがいいと思います。望愛さんは勇者なので大丈夫なのかもしれませんが、姿形は人間そのものなので何か害があるかもしれませんから」
不安そうな顔をする望愛。
「金青と龍笛さんは行かないの?」
「僕たちは行きませんよ。人間領に僕たちが行ったらすぐに大勢の人間に攻められてしましますよ。人間と魔族は敵同士ですからね」
「ううう………あんまり私って大勢の知らない人間と関わるの苦手なのよね」
「全然そんな風に見えないですけど」
「見えなくても実際そうなの!金髪だから気が強そうだとかヤンキーだとかギャルだとかいろいろ言われるけどこれは地毛なんだからどうしようもないじゃない!」
「すいません。望愛さんがそこまで不安を感じているとは思いませんでした、謝ります」
「普通は怖いでしょうよ!」
泣きそうな表情。
「だっていきなり一人で異世界に来て、異世界の知らない人と接するのよ。そんなの同じ日本人相手にだってうまくできなかったのよ。それなのに違う世界の人となんてうまくコミュニケーション取れる気がしないわよ」
「そうですよね、そうでした。僕は龍笛さんと一緒でしたしこの世界の人間と関わることが無かったので気が付きませんでした。すいません、無神経なことを言ってしまって」
青い猫が人間のように頭を下げると、望愛の吊り上がった目がゆっくりと下がっていく。
「まあいいけどさぁ………いま急にそんな事を急に言われても怖いから、その話はせめて夜が明けてからにしよう?わたし夜って結構苦手なのよね。数日だったらこっちにいても大丈夫なんだから焦ることは無いんでしょ?」
「あの………」
「なに?まさかこの暗闇の中をひとりで歩いて行けっていうんじゃないわよね。さっきまで一緒に頑張って瓦礫を掘り出していたのにそんな見捨て方は酷すぎるわよ?」
嫌な予感がする。
「魔属領はずっと暗闇です」
猫は言った。
「理由は分からないんですけど空にはいつも分厚い雲があって、太陽はこっちの大陸にまで届きません」
「ふぇ?」
「なので寝ても覚めてもずっと暗闇です、ここは。なので望愛さんはこの暗闇の中をひとりで歩いて行くことになると思います」
猫は申し訳なさそうな顔で言った。