36話
異世界の太陽が降りそそぐ白い砂浜にカレーの煮える音が鳴る。
「それじゃああんたたちは「転移の指輪」を使って自分たちを鍛えようというわけだね」
深緑色のローブを羽織ったマーサが言う。
「そうだね。それである程度強くなったところで人間たちと交渉をして見ようと思っているんだ」
「前にもそれは聞いたけど交渉なんかする必要があるのかい?」
「どういうことだい?」
「いやなに、魔王城はいま海の中に沈んで全く見えないじゃないか」
「そうだね」
「それならこのまま隠れているという手もあるんじゃないのかい?魔王は時間が経つごとに強くなる、この世界ではそういうルールなんだろう?」
「それはかなり正しい意見だと思うし実際その通りにもするつもりだよ」
「なんだそうなのかい」
マーサはほっと息を吐く。
「最初は人間領に魔王城を建てたらすぐに見つかってしまうと思っていたからそんなことは考えていなかったんだけど、今の状態を見るに隠れたまま潜むというのかなりいいとは思う。けれどマーサ」
「なんだい?」
「「彼を知り己を知れば百戦殆からず」という言葉を知っているかい?」
「初めて聞く言葉だね、どんな意味なんだい?」
「私たちが来た世界で「孫氏」という人の言葉らしいんだけど、要は敵を知り自分を知れば何度闘っても負けない、という意味だと思うんだ」
「ほう………」
「私たちは今までずっと魔属領にいたから人間に対する知識が無い。このまま身を隠したままいつか見つかって大規模な戦闘になった時に何も分からないまま闘わなければいけないんだ」
「交渉は敵を知るためにするということかい」
「人間領は三大国という大きな三つの国が大部分を支配しているというけれど、過去を見ればそれぞれの国で多かれ少なかれ戦争はしている。つまり完全に一致団結しているはずがない。それは前の世界でもそうだったから同じように当てはまるはずだ」
「なるほどね、実際あんたが言う通りだと思うよ、三大国は決して仲が良いというわけじゃない」
「それならそのうちの一つの国とだけでも交流が出来ればいい。魔王と付き合いを持つことには抵抗を感じるはずだけど、それによって他の国よりも発展することになるなら考えてくれるはずだ。もし駄目だったら「転移の指輪」を使って魔属領に逃げかえればいいのさ」
「ほう!」
驚いた様子のマーサ。
「逃げることは別に恥じゃないからね」
「わかったよ。人間と交渉することはどうあっても必要なこと、というわけだね」
「そうだ」
魔王がきっぱりと答える。
「人間との交渉は誰がするつもりだい?」
「それは………」
言葉が止まる。
「私がするしかないだろうね」
龍笛が顎をさすりながら言う。
「金青は猫だし、望愛は知らない人間が苦手だからね」
「よかった………」
黙って聞いていた望愛が胸をなでおろす。
「何か問題があるのか?」
「問題といえるかどうかは分からないけど………」
マーサが言う。
「人間たちがこちらの狙い通りに交渉に応じてくれるかどうかはわからないけど、もしそうだとしても向こうは代理人を立ててくるだろうね」
「それはそうだと思うよ。王が直接交渉をしに来ることは無いはずだ」
龍笛が頷く。
「そうだとしたら向こうは代理人、こちらは魔王が交渉することになる。それは向こうに舐められるんじゃないのかい?」
「なるほど………」
顎をさすりながら考える。
「言われてみればニュースで見たような気がするね。こちらの国の総理大臣が他の国と会談をするときには向こうも最高権力者が出てきて握手していたような気がする」
「ほう、それなら向こうの世界もこっちの世界も同じだね。やっぱり人間という生き物は世界が変わったとしてもやることは同じなんだね」
マーサが感心したように言う。
「もしも向こうが代理人を出してきてこちらが魔王であるあんたが交渉するとなると、向こうの代理人と魔王が同じくらいの身分ということに見られるだろうさ」
「それは良くないな、あくまでも対等な立場で交渉したい。人数が違うと言ってもこちらも王であることは間違いないし少しでも有利な条件を向こうから引き出したい」
「かといって向こうに王様を交渉の場に出せというのは無茶な話だ。そんなことを言ったら交渉の場が始まらない」
「何か考えがあるんだろう?」
「あるよ」
あっさりと答える。どうやらこのことはすでにマーサの中では何度も考えて答えを持っているらしかった。
「それならこちらも代理人に交渉させたらいい」
「それはマーサが代理人をやってくれるということかい?」
龍笛がマーサを正面から見る。
「私?それは考えてなかったね」
少し驚いた表情。
「それよりももっといい方法があるんじゃないかい?」
「もっといい方法?」
「魔王ならではの方法さ、魔物に交渉させるんだよ」
マーサはニヤリと笑った。




