29話 ~猫の魔法~
人間領の朝日に照らされた縦長の魔王城を眺める一行。
「それじゃあまず僕の魔法でこの塔を強化するところから始めましょうか」
首元に金色の鈴をつけたロシアンブルーに似た猫は周りを見渡しながら少し緊張した様子で言った。
「金青が魔法を使っているところを見るのは初めてだからどんなだか楽しみ」
「楽しみー!」
「楽しみ楽しみー!」
勇者 望愛の言葉を聞いたキリトとアリアが飛び跳ね、それを見た色とりどりのスライムたちも飛び跳ねる。
「それじゃあ行きますね………「賢者の規則」発動」
金青の体の周囲が青い靄で覆われるのと同時に一帯がモワンとした湿度の高い空気に包まれ少し金属のにおいがする。
青空に人の上半身がぼんやり浮き出てきた。しかしそこには生物としてのリアリティーは全く無くてプロジェクターから映し出されているような平面的な映像としての人。
「あ………」
誰かの声がした。人の映像はさらにくっきりしてくる白髪の長髪で白い長い髭、面長で堀の深い顔をして白い服を着た老爺。深い青い色の目からは知性が溢れていて仙人か、あるいは熟練の魔法使いのような顔でどこか冷たさや厳しさも感じる。
「おじいさん久しぶり」
金青が気軽な調子で話しかける。
「久しぶりだな金青。元気にしていたか」
「元気は元気だけど塔が壊れちゃったよ、どうなってるのさ」
拗ねたような口調の猫。
「どうなってるとはなんだ、質問の意図がつかめない」
「だから、塔が壊れちゃったんだよ。塔自体への攻撃は無効、そういう風なルールにしたよね?それなのに真っ二つに割れた後に割れて今じゃ瓦礫の山だよ。あれじゃあ全然意味が無いよ」
「意味はあった。他の攻撃からはしっかりと守っていたはずだ」
「それはそうだけど………」
「そもそもにおいて規則を定めたからと言っても必ずすべての状況において適応されるわけではない。術者の掛けた魔法よりも強い力を受ければ破壊される、それはこの世界の大原則だ。お前はまず根本のところが理解できていないのだ、だからそんな頓珍漢な質問をしてくる」
「頓珍漢って、それは言い過ぎだよ」
「言われるのが嫌ならしっかりと勉強して正しい知識を身に付けることだ。それが嫌ならせめて術者の力を上げるしかない。そうなればあの塔は破壊されずに今もあったかもしれない。それをしなかったのは金青、お前の落ち度だ」
「僕が頑張っていれば魔王城は壊れなかったっていうこと?」
「それはわからない。正直なところまさか塔の中で勇者召喚玉を使うということは全く想定していなかったのだからな。しかしながらお前自身の力がそれよりも劣っていたから「規則」を以てしても塔は破壊されたのだ」
「ううう………」
「それに見たところ、依然よりたいして成長していないではないか」
失敗を見られた子供のような顔。
「ううううう………」
「能力の力に溺れ怠惰をむさぼっていたのではないか?いくら優れた能力と言えども磨き、鍛え上げなければ生かすことが出来ない。どんなに素晴らしい名刀であってもそれを扱う人間がヘボであれば勝てるものも勝てない、魔法というものは無敵ではないのだ」
白い老爺は静かでありながら厳しい言葉をかける。金青のことを攻めていながらもそこには愛情や教えがあって彼を成長させようとする意図が見えるから周りの人間も誰も何も言えなかった。まるで厳しくも生徒の事をしっかりと考えてくれている先生のようだった。
「なんだよ!ちゃんとやるつもりだったよ!落ち着いたらレベル上げはしようと思ってたんだ。それなのにいちいち怒らなくていいじゃん!」
「怒りを私に向けたところで何の解決もしないぞ。それは自分自身に向け反省してくり返さないようにしなければ成長は無いのだぞ」
「わかってるよ、わかってるって………」
溜息をつく。
「それならいい、私は常にお前を見ているからな。怠惰にやり過ごして平穏が手に入るほどこの世界は甘くないのだ、しっかりとやりなさい」
「はい………」
ぐうの音も出ないほど言いくるめられてうなだれた猫の姿を見て望愛は驚く。
望愛が思う金青という人間は礼儀正しくて控えめで優しくて頭のいい子供、という印象だった。年齢にしても中学生くらいだと勝手に思いこんでいて年齢を聞いたことも無かった。もしかしたらもっと幼いのかもしれない。今のやりとりが金青という人間の本当の姿なのではないか。
「わかればいい。それで………今日は何の用だ、また塔に魔法をかけるのか?」
「そうだよ、そうしないと魔王城はとてももたない。人間にも大魔王の配下にも破壊されないくらいに頑丈にしないといけないんだ」
「それを望むのであれば努力しなければならない」
白い老爺の静かな厳しい声。
「大切なものを守りたいと思うのならな」
優しい声。
「お前ならできるはずだ。この世界にただ遊びに来たのか?違うだろう、もちろんそれもあるのだろうが本心はそこにいる魔王の役に立ちたといと思っているはずだ」
猫が顔を上げた。
「想像してみるんだ。納得のいかない死に方をした時の光景を、思い残したまま死ぬことの辛さを、後悔を。たとえこの世界での命が尽きて天の国へ渡るとしてもその後悔はずっと引きずったままなのだぞ。変えるのだ、お前の力で、守るのだ、お前の力で。それでこそお前は真の充実感を感じることが出来るはずだ」
「わかってるよ」
金青が顔を上げる。
「わかってる」
宝石のような目に力が宿る。
「僕が守る、ここが僕たちファミリーの生命線。もう誰にもこの魔王城は壊させない」
その声はさっきまでのような不貞腐れたものでは無かった。
決意に満ちた声だった。




