28話
小鳥のさえずりが聞こえる朝の砂浜は今日も青空で波の音が美しい。
勇者 望愛は朝日に照らされながら引き締まった表情でゆっくりとしなやかに体を動かしている。動きは遅いが体にブレは無く洗練されている。
見るものが見ればしっかりと基礎を修めた武芸者の動きだとはっきりと分かるだろう。息を吐いて吸う。望愛それすらも意識しながら動いている。
キリトとアリアと色とりどりのスライム達は見よう見まねで望愛の真似をしている。そんな砂浜へ岩山の方からやって来たのは首元に金色の鈴をつけたロシアンブルーに似た猫。望愛の鍛錬をしばらく見た後で魔王城へと顔を向けるとすぐにその場から姿を消した。
しばらくした後で猫は、ぼさぼさ髪で角の生えたクマがものすごい男と、植物のカゴを持った老婆と一緒に砂浜に突然姿を現した。
それに気が付いた子供たちとスライムと望愛は流木が積み上げられている場所の元へとうれしそうな顔をしながら駆け寄る。龍笛のあまりにもの寝起き姿に子供たちは大笑いして望愛は呆れた顔をする。
望愛が人差し指で流木に触れた途端にそこから大きな火が勢いよく噴き出して濡れている木も蒸発させながら燃え上がった。目が閉じていて鼻ちょうちんでも出てきそうなほど眠そうな龍笛は手にフライパンを持たされて火の真上にセッティングされる。
マーサはそこにフライパンより少し大きいくらいのベーコンの塊を投入する。甘く香ばしい肉の匂いが立ち込めてきてベーコンから油が少しずつ染み出してくる。フライパンを少し傾けさせて十分に脂がたまったとみるやそこに次々に卵を割っていく。
するとパチパチ音を立てながら卵の白身の端の方から油と共に弾け出す。マーサはその上から塩と胡椒を振りフライパンに蓋をした。望愛はカゴから取り出した白い皿を全員に配った後で大きなフランスパンを取り出すと大きく息を吸いこんで小麦の香りを堪能する。
大きめのフランスパンを切り分けて皿の上に乗せ終わると後は皆で卵が焼けるのを待つ。子供たちは食器を叩いて遊び、スライムたちはその音に跳ね、望愛はそれを注意し、龍笛は寝たままフライパンを持ち続け、金青が心配そうにそれを見て、マーサはフライパンの中の音に耳を澄ませる。
間違いなく素晴らしい朝だった。
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何ひとつとして不満の無い朝食を食べた一行の前で龍笛は立ち上がって口を開いた。
「さて、と………」
静かに手を叩く。
「諸君、素晴らしい朝食も済んだということでこのファミリーの長である私から一言言わせてもらいたい」
「なんでしょうか改まって」
皆の視線が一気に集まる。
「私たちファミリーが今日一日でやるべきことを発表する」
ドドン、という効果音が出てきそうなほど堂々と言いきった。
「どうしたんですか急に。今までそんなことしたことなかったじゃないですか」
戸惑った表情の金青。
「よくぞ聞いてくれたね金青。ふと思ったんだ、昨日の私は10時間寝た、そして今日も10時間寝た。これではいけない、こんな体たらくではこの厳しい異世界を生き抜くことは出来ないと思ったんだ。しっかりと目標を立ててやるべきことを己に課し一日一日成長していくことが大切なのだ、と」
「すごいです!格好いいです!そうですよね、そのとおりですよ。僕も人間領に来たらすぐに人間たちが大騒ぎすると思っていたんですけど、案外そんなことも無いですし、もしかしたら大魔王の軍勢も一色やってくるかもしれないと思っていたんですけどそれも無い。もしかしたら僕も気づかないうちに油断していたのかもしれません。今日の龍笛さんはなぜか輝いて見えます」
猫はキラキラとした目を向ける。
「ファミリーのドンとしての自覚がそうさせるのだ。この世界にも私の力を必要とする人間と猫とスライムがいる。立場は人を成長させるというのは良く言ったものだ。私は今自分の成長を実感しているよ」
「さすがです、さすがですよ龍笛さん」
「全然私にはその格好良さはあんまり伝わってこないんだけど」
望愛はクールな目を向ける。
「これって多分やる気が続くのは今日だけで明日になればすっかり忘れちゃっていつも通りにぐだぐだしてるダメ人間の言いそうなことじゃない?というかいくらなんでも寝すぎ。いつ敵が襲い掛かって来るか分からないんだからもう少し気を張ってもらわないと」
「そこ、お静かに頼むよ」
ビシッと指を差されて望愛は少し怯む。
「いいでしょ別にあれくらい。なんかあんたたち二人に任せてたらとんでもなく変な方向に話が進んで行きそうだからおかしなところがあったらちゃんと指摘する人間が一人はいないと困るでしょ」
「私語は禁止ですよ望愛さん。ちゃんと龍笛さんのお話を聞きましょう。まずは聞いてみておかしなことを言っていたら指摘しましょう」
「えぇ………私が間違ったこと言ってるの?」
その場が静かになるのを待っている龍笛の顔に若干腹が立ったが望愛は黙って待つ。いろいろ言いつつもやはり魔王がこれから何をするつもりなのかは気になっている。
「それでは発表する」
真ん丸な目で猫は言葉を待つ。
「今日やるべきことは………金青の魔法を使って魔王城を強化すること。そして魔王城を本設置することだ!」
龍笛が指さした魔王城に朝日を含んだ波が弾けていた。




