25話 ~溺れ魔王~
美しいオレンジ色の夕暮れのおだやかな波を黒髪で2本の角が生えた背の高い男がずんずん歩いて行く。
「龍笛さん、そんなに深くまで行かなくても大丈夫じゃないですか?」
首元に金色の鈴をつけたロシアンブルーに似た猫が波の来ない砂浜から心配そうに声を掛けた。
「まだ足がつくから大丈夫だ。これは魔王城を建てるためには必要な実験だ、行ける所まで行ってみる」
「あんた泳げないんだろ、あまり無理をすることは無いんだよ」
深緑色のローブを着たマーサもはらはらした様子で言う。
「まだ大丈夫だ、まだいける」
海は次第に深くなっていき龍笛の顎む位までになっている。
「大丈夫ですかね、もし何かあっても僕も水は怖いので助けに行けないんですけど」
「何もそこまで心配することは無いだろうさ。なにせあいつは魔王なんだからね」
「そうなんですけど………リュウテキさんは冷静で落ち着いているように見えて肝心なところで結構な大ミスをするというか、いつも何か事件を引き起こすというか」
少し言いにくそうに金青は言った。
「なんだいそれは?」
「そういう人というかーーーあ!」
突然、龍笛の頭が一気に沈んで見えなくなった。
「あーーーー龍笛さん!やっぱり」
直後とんでもないバシャバシャが水面に巻き起こって両手をばたつかせる魔王の姿が水面にあらわれた。とんでもなく必死の顔をしている。
「反対です!そっちじゃないですこっちですこっち!」
砂浜とは逆方向に進んでいる龍笛に慌てて声を掛ける。どうやらパニックになり過ぎてどっちが陸なのかもわかっていないようだった。
「あーーーどうしましょうマーサさん!」
「落ち着くんだよ、まだそこまで深い所までいったわけじゃないんだ。落ち着かせてこっちに戻ってこさせれば大丈夫さ」
龍笛の頭が水面下にずっぽり沈む。
「あーーー!龍笛さんーーーー!!」
猫は白い砂浜を右往左往走り回って叫ぶ。静かだった海岸線は大騒ぎとなって寝ていた望愛と子供とスライムが目を覚ました。
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「収穫だった」
咳と咳の合間に魔王は満足そうに言った。
「少し目を離したすきに何をやってるのよ魔王」
金色の髪をした勇者 望愛があきれ顔で言う。
「実に大きな収穫だ。魔王と言えども海では溺れるということが分かった。それならば普通の魔物や悪魔も溺れるし大魔王だって溺れるに違いない、収穫だ収穫」
「なるほど!そういう考え方もありますね」
大量ニシオ水を飲んでいるらしい魔王がまた派手な咳を連発した。
「大丈夫ですか?」
「心配ご無用。失敗というのは繰り返さないことが肝心だ。失敗は成功の母という言葉がある。人間はしっぱりを繰り返すことによって成長していまや個人でも月面旅行へ行けるようにまでなった。しかしそこには科学者たちの苦悩と数多の失敗があったのだ。私も彼らと同じで失敗を繰り返しいずれは誰もが見上げるような偉大な魔王となるのだ!」
びしっと指で点を刺した。
「さすがです龍笛さん!格好いいです!」
猫は一生懸命に拍手している。それを見たキリトとアリアも手を叩きスライムたちはジャンプして盛り上がるが望愛は呆れ顔のままだった。
「いやいやありがとう。それにしてもやはり金青の考えた作戦は素晴らしいな。海は私たちにとって大きな武器となりそうだ」
「ありがとうございます、本当はたまたまなんですけど」
恥ずかしそうな猫の顔。
「なに、結果こそが重要なのだ胸を張れ胸を」
「ありがとうございます」
静かな波の音だけがしばらく聞こえた。
「あんた達って本当に仲いいのね、うらやましいわ。というか魔王、あなた収穫は良いけど鼻水すごいわよ、両方の穴から大量に出てるから口呼吸しかできてないでしょ。というか見てるだけで不愉快だから早く鼻をかんでよもう………」
「はなみず!はなみず!」
「ひゃなみず!ひゃなみず!」
キリトとアリアが手を叩きながらリズミカルに歌う。つられるようにして色とりどりのスライムたちも楽しそうにジャンプする。
「まあまあ、何はともあれある程度の準備は整ったな」
「そうですね、いよいよですか」
「ああそうだ」
感慨深そうな二人を見て望愛は怪訝な顔をした。
「あんたたちは何を言っているの?というか私たちが寝ている間に余計なこととかしてたんじゃないでしょうね。やめてよ、なんか私に被害が来そうな気がするから」
「何を言っているのだ。余計なことどころかこれから私たちファミリーが生きていくうえで生存戦略の根幹となるものの準備を着々と進めていた所だ。そうだな?金青」
「そうですよ。というか心配されすぎのような気がします。僕と龍笛さんに対する望愛さんの信頼ってものすごく下がってないですかね?」
「信頼?そんなもんは下がってるに決まってるでしょ」
当たり前みたいに言った。
「ちょっと待ってくださいよ、なんでそうなるんですか。そんなに変なことしましたか?」
「まあ落ち着け金青。落ちた信頼は回復させればいい」
「あ、そうですね!」
「何よその自信は………」
「今から度肝を抜いてやろうじゃないか。な、金青」
「はい、龍笛さん!」
二人は笑顔で見つめ合う。
「なんなのこの二人………」
龍笛はもったいぶった様子で全員の顔を見渡したあとで、にかっと笑って高らかに宣言した。
「今から魔王城の仮設置を始める!」
両方の鼻の穴が塞がったまま、魔王は人差し指を天へ突き刺した。




