24話 ~調子乗り~
柔らかな光が海辺の崖に光をくわえて長い影を作り始めた午後。
「仮置き、ということは魔王城を一度立ててみてそれで気に入らなければ城を別の位置に変更することが出来るということですか?」
首元に金色の鈴をつけたロシアンブルーに似た猫が目を丸くして言った。
「ああもちろんその通りだ。それ以外に仮置きという言葉の意味することがあるのなら教えて欲しいね」
真実の口に似ている石でできたカエルの顔が口をとんがらせながら、そんな当たり前なことを聞くんじゃないと言わんばかりの顔をしながらいった。
「まあ、できるにはできるがそれをした事のある魔王はごくわずかだろうな」
「いいじゃないですか龍笛さん、ぜひ仮置きしてみましょうよ」
「そうだな、魔王城は私たちの生存戦略の根幹だからな、慎重に検討しよう」
黒髪で二本の角を生やした長身の男は頷いた。
「城を移動するなんてさすがは魔王だね、そんなこと普通の人間には出来っこない。とんでもなく便利な力じゃないか」
「ただし言っておくが仮置き状態の城は普通の城よりも耐久力は半分以下になるから仮置きで決定したら必ず本設置する、と宣言しなくては駄目だ。そして本設置を宣言してしまえばその場から動かすことは出来ない」
「ほぅ………」
「なんだ人間の婆さん、なにか我に言いたいことがありそうだ」
深緑色のローブを頭からかぶっているマーサに対してカエルが鋭い視線を向ける。
「なんでもないよ、ただ随分と親切でありがたいと思っているだけだよ。あんたは人間も魔王も嫌いなのかと思っていたんだよ」
「人間は嫌いだが魔王を嫌うはずがない。魔王が成長するということは我が成長するということ、むしろ望ましい事だ」
「そうかい………」
どこか疑わしそうな表情で答える。
「カエルさん、城の仮置きができるのは一度だけですか?」
「何度でもできる。ただし設置できる場所は魔王が触れたことのある場所にだけだ」
「触れたことのある場所………」
龍笛は顎を触りながら考える。
「海を指さして「あの辺」などと言った指定の仕方は出来ないということだ」
「なるほどね、ということは水深の深い場所に魔王城を作ろうと思ったらその場所の海底に触れなければならないということだね」
「随分と物分かりのいい婆さんだな」
カエルは感心したような声を出す。そこには今までのような馬鹿にしたような表情は無い。
「そんなことはないさ、実際ここ最近は初めて見るものばかり………どうしたんだい龍笛、金青、変な顔をして」
「あのぅ………実は、龍笛さんは泳げないんです」
申し訳なさそうな顔をした猫が言う。
「泳げない?なんだ、魔王ともあろうものがそれくらいのことが出来ないとは思いもしなかったぞ。世の中には泳げる魔物などいくらでもいるというのにその王である魔王がまさか泳げないとはな、はっ!」
明らかに嬉しそうな顔をしながらカエルが言う。声が大きめだ。
「そこまで言わなくてもいいじゃないか。例え魔王であっても苦手なものくらいあってもしょうがないだろうに」
「まいったな。これではせっかく金青が考えてくれば素晴らしい作戦を実行することが出来ない」
悔しそうな顔。
「しょうがないですよこればっかりは。マーサさんも言っていましたけど誰でも苦手なものの一つや二つはありますから」
心配そうな顔で龍笛を見ながら猫が言った。
「なんとかならないのかい?」
「なぜ我に聞くのだ」
「なぜって、この中で一番魔法について詳しいのはあんたじゃないかカエル。不可能を何とかしてしまうのが魔法というものじゃないか」
「そう言われても何も思いつくものは無い」
カエルの量はなから息が漏れた。
「随分とあっさり諦めるんだね、さっきは魔王の成長は望ましいと言っていたじゃないか。もう少し考えてやってもいいんじゃないかい?」
「考えるも何も例えば浮き輪ならば出すことはできるがそれだと海底に触れることは一生できないからどうしようもない」
「触れればいいわけだね、触れさえすればどんな手を使おうともその場所に魔王城を建てることが出来る」
マーサは唇を指でとんとん叩きながら考える。
「ああそうだ、触れさえすればなんでもいい。そうか、いいことを考えついた」
「なんだい?」
「自分で潜ることが出来ないのならほかの力を借りればいい、そうだな、例えば巨大な重りを付けて沈めてやればいい。そうすれば泳げなくても勝手に海底までたどり着くだろうからそこに城を建てることが出来る。どうだいいアイディアだとは思わないか?」
カエルは唇を片方ねじ上げるという非常にムカつく顔をしながら言った。
「他の力を使えばいい………」
猫は息を思いきり吸い込んで静かに呟いた。
「どうしたんだい金青」
「なんかさっきの言葉にヒントがある気がして………」
「他の力、か」
「そうだ!そうですよ、自分が出来ないのならほかの人に手伝ってもらえばいいんです、力を貸してもらえばいいんですよ」
「なるほど、そういうことだね」
「望愛さんは風の魔法を使って僕たちのことを引き連れて山を飛び越えた。それならば水の魔法を使って海の底まで行けばいいんです。それなら龍笛さんが泳げなくても関係ありません。誰か水魔法を使える人に連れて行ってもらえばいいんです」
金青は得意げな顔でカエルを見ながら言い切った。
「さすがは金青だ!それなら私が泳げなくても問題は無い。やっぱり頼りになるな」
「たまたまですよ、本当に。けどうれしいです、ありがとうございます」
龍笛に褒められて嬉しそうに顔を擦った。
「いやいや謙遜することは無いよ、かなり重要なひらめきだったと思うよ。それに引き換え………」
マーサの目線の先には苦虫を噛み潰したような顔をしているカエルがいる。
「そこにいるカエルは思ったよりも大したことが無かったね」
わざとらしい溜息。
「人間を下に見ている割には大したことを考えつかないんだね。魔法について多少は知っているようだけども知っているだけでは何の意味も無いからね。困った時に考える力というのが結局は重要なんだよこういうのは。やはり人間の方が優れているね、やはり………」
「ふん!そんなことくらいでいい気になるとは実に滑稽だな。我ならば他人に頼るなどということはしないな。それよりももっと早く魔王を海底まで連れていく術がある」
「本当かねぇ?」
「魔物だ。配下となる魔物を召喚する」
「魔物?」
「そうだ!」
勢いを取り戻したカエルの目が蘭々とする。
「勝手にわいてくる魔物とは違って魔王が魂ポイントを使って呼び出す配下となる魔物は魔王の命令を聞く。海には当然海の魔物がいるからそいつらに引っ張っていかせればいい。水魔法を使える人間を見つけるよりもそっちの方が断然早い」
「なんと素晴らしい考えだろうか。私はどうやらあんたのことをカエルだと思って侮っていたらしい」
「まだまだこんなもんじゃないぞ我の考えは」
マーサの悔しそうな表情を見てカエルの鼻の穴が膨らんでいる。
「まさか、まだこれ以上何かあるのかい?」
「海の魔物は人間よりも泳ぐのが速いのがいくらでもいる。その中でもカジキカブトという魔物は海の魔物の中でも屈指の速度で泳ぐことができるということを我は知っているのだ。だからカジキカブトを召喚すれば同じ秒数でもかなり深いところまで潜ることが出来る、人間など到底到達できないほどの深さにでもな!」
カエルはどうだと言わんばかりに鼻息で砂浜の砂を巻き上げながら豪語した。
「いいじゃないか、やっぱりあんたはただのカエルじゃなかったんだ、しっかり考えられるだけの頭を持っているよ。金青もそう思うだろ?」
「そうですね、悔しいですけど僕の考えたことよりも凄いいアイディアです。水魔法を使える人間を探すよりも断然仕事が速そうです」
「そうだろうそうだろう、そうだろう!」
興奮しすぎてカエルの顔が大福もちのように膨らんでいる。
「たとえこんな姿になっても俺は人間なんかには負けはしないんだ!わかったか!」
上機嫌で笑う声が夕暮れの海岸線に響いていた。




