21話 ~新しいパン~
太陽がさんさんと降り注ぐ人間領。
白い海岸の砂浜にエメラルドグリーンの海が押し寄せている。広い海原の反対側には深い緑に半分程度覆われた巨大な岩山が連なる雄大な大自然となっている。
バカンスにはもってこいの場所で実際、首元に金色の鈴をつけたロシアンブルーに似た猫が走る後ろを金色の髪をした二人の子供がよたよた追いかけるという作り物のような優しく美しい世界を作り出している。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………」
白い砂浜に大の字に寝転がっているのは勇者 望愛。前髪が汗でグッショリと濡れていて額は太陽の光にを跳ね返すほどテカっている。ここが海だという状況を考えればサンオイルをぬっていると思われても仕方がないくらいのテカリだ。
「ご苦労だったな」
倒れ込む望愛の上からのぞき込むようにして龍笛が声を掛けた。
「ごくろう、どころじゃないっ、わよ。こんなにも………疲れるものだとは………思いもしなかった」
息も絶え絶え、唇はカピカピに乾いている。
「まさかここまで使いこなせるとは思ってもみなかった。おかげで私たちは楽に素早く安全に山越えができた」
「その分私が死ぬほど疲れてるのよ。さすがに子供たちにあの岩山を歩かせるのは無理だと思ったからやるって言ったけど。こんなに疲れるものだとは思ってもみなかった、途中から急に疲れが来ていつ落ちるか冷や冷やして気が気じゃなかったのよ」
「実際大したものだと思う。私は塔の中から冒険者たちを何人も見てきたが空を飛んでいるものなど一人も見たことは無い。魔王領まで来たという時点でかなりの実力者であることには間違いないはずだ。それなのに誰一人としてやっていないということはできないということ。つまり望愛の風を操る能力はかなりのものということで間違いない」
「なにそれ、なんか急に褒められても困るんだけど」
口は尖っていて不機嫌そうではあるが顔全体で見れば明らかに照れている。
「しかも望愛がこの世界に来てからほとんど日が経っていない、これはまさしく天才の所業と言っていいだろう」
「わかったって、分かったからもういいってば」
顔が赤くなっている。
「何が欲しい?」
「?」
寝そべった状態から顔だけあげて龍笛を見る。
「望愛がかなり頑張ってくれたおかげでキリトとアリア、そしてマーサも無事にこの魔王場建設予定地まで来ることが出来た。喉も乾いただろう?小腹もすいたんじゃないか?何でも好きなものを召喚しようじゃないか」
「え!いいの?」
望愛は勢いよく立ち上がった。
「もちろんだ、これほど頑張ってくれたのだから奮発してもいいだろう。こういう時にケチケチしていては次への活力が出てこない」
「分かってるじゃないの魔王!」
笑顔が溢れている。
「やはり望愛はそうでなくては。というわけで出でよ「真実のガマガエル」」
龍笛が発した途端、ヘソの辺りで青紫色の光が一瞬だけ瞬いた。
足元の白い砂粒が自由自在に動く。砂時計のようにサラサラな砂が凹凸までできてその傍から固まっていってカエルの顔面が作られていく。大きさは望愛の身長よりも大きいくらいの円形で眠そうな顔をしている。
そしてそれは地面からゆっくりと立ち上がって直立した。砂だったとは思えないほどガッチリと固まって彫刻作品のようになっている。そしてぽんっという音がして目と口の所に穴が開く。
そして顔の周りの余白に青白く光る文字が浮かび上がってきた。そこには縁の外周に沿うように「建造物 魔物 魔法 アイテム 飲食物 雑貨 異世界品 その他」と書かれている。
「うーん、今日はどっちにしようかな。こっちの世界のパンか向こうの世界のパンか………」
唇をトントン指で叩きながら考える。
「パンよりもまずは飲み物をとったほうがいいのではないか?あれだけ息切れしていたのだから喉が渇いているだろう」
「それは違う、全然違う。主役はパンなの、パンを何にするかによって飲み物は変わるんだよ。コーヒーなのかカフェオレなのか紅茶なのかミルクなのかココアなのか、パンによって全然違う!素人は黙っておいて」
「わかったよ、じっくり選んでくれ」
呆れた顔を見ることも返事もなく唇をトントンしながらしばらく考える。
「よし!今日はあんパンにしよう。アンパンは向こうの世界にしかないから貴重だよね」
晴れやかな顔をしながら慣れた手つきでカエルの右目に触れて青く光る文字を回転させて一番上に「異世界品」が来るように合わせた。
「パンパンパンパン、えぇえええええ!?」
白い砂浜全体に望愛の叫び声が響き渡った。
「どうした、なにがあった」
離れた所にいたキリト、アリア、マーサ、そして金青が異変に気が付いてこちらに向かってくる。
「パンが、パンの所に「パン屋のパン」っていう項目が追加されてる!えええええ、嘘でしょこんなの、信じられない!」
「どういうことだ?」
「前まではこんなの無かった。選べるパンはスーパーで売っているようなパンしかなくて、それでもこの世界でパンが食べれるならっていうことで全然満足していたんだけど。パン屋さんのパンはやっぱり格別、全然香りも味も違う。それが手に入るなんて………」
「見逃していただけではないのか?」
早口で語る望愛に対して龍笛は落ち着いている。
「そんなはずない!毎日パンを食べないと生きていけない私が、この私がパンを見逃すなんてこと絶対にありえない!」
押し寄せる波を打ち寄せる大声。
「ねぇ、望愛どうしたの?」
「ねぇ、なんか顔が怖いよ」
二人の子供たちが不安そうな顔をする。
「パンが、だってパンが………」
「怖くないよ、ただちょっと混乱しているだけ。ほら望愛さん、少し落ち着いて何があったのか話してみてください。キリトとアリアが怖がってますよ」
「落ち着いてなんかいられない。だって、パンが、パンが増えてるんだもの、私の大好きなパンが………」
茫然とする望愛、落ち着かせようとする金青、怯える子供たち、混乱する砂浜で、カエルが口がゆっくりと動いた。
「まぁ、そりゃあ項目は増えるわな]
その場にいる誰もが一斉にカエルの像を見た。
「今喋ったよねこれ?」
望愛は信じられない顔をして周囲を見渡。
「そりゃあ喋るくらいのことはするだろうよ。ここをどこだと思ってる異世界ぞ?分かったらとっととその間抜け面をしまってくれ、勇者にそんな顔は似合わない」
石像に見えるカエルは唇をひん曲げていった。




