20話
異世界の大きな空の雲の空洞から降り注ぐ太陽はスポットライトのように勇者望愛と彼女が支える二人の子供を照らしている。
「聖母子像みたいだ………」
首元に金色の鈴をつけたロシアンブルーに似た猫が口を真ん丸に開けて呟いた。
「わー見てよキリト、このお姉さんの髪の毛私たちと同じ色してる」
「本当だねアリア、光に透けてすごく綺麗だね」
穢れの無い4つの瞳で真っ直ぐ見つめられ続ける望愛の顔がだんだん赤くなっていく。抱えた腕からは子供特有の柔らかい皮膚の感触がして、命を握っているということを自覚して落とさないように、壊さないようにという気持ちが強くなって居ても立っても居られなくなってきた。
「ちょっと魔王、見てないでひとり持ってちょうだいよ」
「ああまかせてくれ」
自信ありげに歩いてきたので安心していると金青が少し焦りながら不安なことを言いだした。
「待ってください。それはやめておいた方がいいです」
「なんでよ。ふたりも抱えてるのはさすがに不安定なのよ、このまま地面におろしてあげたいけど結構むずかしい気がする」
「龍笛さんはこう見えて結構ドジなんです」
「そんなことはないのだが」
首をひねって釈然としない顔をする。
「そうかもしれないですけど勇者召喚玉だって間違って割ってしまったじゃないですか。あとはヤクザの人をバイクではねてしまったり、警察官を自転車ではねてしまったり、スーパーの前につながれていた犬を逃がしてしまったり、とにかく色々なハプニングを今まで山のように引き起こしてきたじゃないですか」
「えええぇ!?なにやってるのよ魔王」
「まぁ、そんなことがあったかもしれないがそれはたまたまというもので、生きていれば誰にでもそれくらいの失敗はあるものだ」
「そうかもしれないですけど多いんですよね龍笛さんは。だから今日は止めましょう」
「子供を一人抱えるくらいのことは出来るのだがなぁ………」
未だ納得いかないように腕を組んで言う。
「わかった。私一人でやるわ」
覚悟を決めたような顔をしてゆっくりゆっくり慎重に膝を折り曲げて子供たちを地面におろす。
「わー久々の地面だね、キリト」
「本当だね、足元固いよアリア」
ほっと息を吐いた。
「子供って頭が重すぎてすごく不安定なのね、見ているだけで不安になるわ」
走り回る子供をなおも心配そうに見つめる。
「この子たちってやっぱり………あの村から来たんですよね」
「そうだな。望愛があの竜巻で吹き飛ばしたのは間違いないだろう」
「事故よ事故。無意識のうちにでちゃったんだからしょがないでしょ。それに子供たちは無事だったんだからいいじゃない」
「それは本当に良かったですよ」
ほっと息を吐いた。
「よし。それじゃあ望愛、この子たちを村まで連れて言ってくれ」
「ええぇええ!?何言ってるのそんなことできるわけないじゃないの!私があの村の人間にどれだけ深いトラウマを与えられたかなんで分からないの!」
「しかし見てみるんだ、あの不安定さを、望愛が言っていた通りに頭が重くて歩くのを見ているだけで危なっかしい」
「それは、そうだけど」
「転んだりしないように誰かが支えてやらねばなるまい。もしかしたらどっかから魔物が出てこないとも限らない」
「それはそうだけど」
「見てみるんだ、望愛の起こした竜巻のせいで村までの道の土がまくれ上がってボコボコで木の枝もそこいらじゅうに置いている。これでは大人でも躓いてもおかしくない。この子たちだけで行くのは危険すぎる」
「そうだけど!それなら魔王、貴方がいてちょうだいよ」
「私が行ったら村の人間はパニックになると思うが?さっき散々石をぶつけてきたからな。まあしかし望愛が無理だというなら仕方あるまい、もう一度村を騒がせて来るか」
望愛は悩む。
確かに自分が言ったほうがいいのかもしれない。さっきの金青の話だとこの魔王はあまり大切な仕事は任せられないタイプのようだ。
しかし怖い。
また人間たちに寄ってたかって悪口を言われるのではないか、それは怖い、怖いけれど確かにこの子たちだけで村に帰らせるのは危険だ。それは間違いない、けど怖い………。
「あ、あれ見てください!」
金青が村の方に丸い手を向けている。
「誰かこっちに向かってきているな」
「きっとこの子たちの親じゃないですか?この子たちを連れ戻しに来たんですよ」
「なるほど、そうかもしれない。望愛良かったな、これで行かなくても済みそうだ」
「そうね………」
「?」
不思議そうな顔をして猫が下から見てくる。きっと急に言葉のトーンが落ちたのを不思議に思って何かあったのかと訝しんでいるに違いない。
望愛は少し寂しかった。子供たちが遊んでいるのを間近で見て心癒されている自分を感じた、もっと見ていたいという欲求を感じた。腕に感じたあの柔らかさが心に残っていた。
近づいてくる人間を見ながら自分の内面を見つめていた。
「お、おお、おおお………」
黒いローブに身を包みスコップを手に持った背の高い老婆だった。
「無事だったのかい」
皺だらけの顔をくしゃくしゃにして笑った。
「よかった、本当に良かった。キリト、アリア、こっちにおいで」
「あ!マーサだよキリト!」
「本当だねアリア、迎えに来てくれたんだよ」
マーサと言われた老婆はしゃがみながら駆け寄ってきたふたりを抱きしめた。
「よかった。凄まじい風で屋根ごと飛ばされてしまって死んでしまったに違いないと思っていたんだ。もしそうなら静かな場所に弔ってやろうと思っていたんだが、どうやらその必要は無かったようだね………ところであんたたち頼みたいことがあるのだけど」
子供たちの頭を撫でながら龍笛と望愛、そして金青の顔を順番に眺めながら少し言葉を溜めていった。
「この子たちを連れていってはもらえないかい?」
顔じゅうの皺も相まってその言葉には迫力があった。




