18話 ~雨降って地固まる~
人間領の空の黒雲は急速に発達している。午前中の太陽を完全に遮り、夜のように世界を黒く染め上げている。
その村は少し前までは陰気などこにでもある村だったが、今は盗賊か魔物の集団にでも襲われたような有様。
そこから歩いてくる一人の背の高い男。
勝利者の様相で悠然とこちらに歩いてくる魔王の姿を見て望愛は思う。
精神が違う。
普通の人間であれば大勢の人間に囲まれ、責められればたいした行動はできないものだ。それなのにこの男はいとも簡単に成し遂げた。
人からどう思われるかとか、後から何か復讐されるかもしれないとか、極力波を立てないように平穏に、とか。
この魔王にはそういった精神が無い。
楽しむように混沌を引き起こした。
普通であれば非難されるべき行動かもしれない。離れたところから見ても人々の受けた傷は少なくないに違いない。もしかするとあの怪我がもとで死ぬ人も出てくるかもしれない。
望愛は嬉しかった。
なぜ龍笛がそんなことをしたのか、と問われればそれは自分の事を思っての事だから。
仇をとると言ってくれた。
だから言わなければならない。恥ずかしくて言葉が重い。けれどどうしても言わなければならなかった。
「あの、ありがとう」
なんとか言葉にすることが出来た。
感謝を告げるということは、とても勇気のいることだと知った。全身から汗がにじみ出る。言う前も緊張したが、言った後も緊張している。
それでも、言ってよかったと思う位には嬉しかったし気持ちを伝えたかった。
「どうやらこの村は望愛と相性が悪かったようだな」
振り絞った望愛の言葉を聞いていたのか、いないのか。分からないほどあっさりと言う。
「次に行こうか」
わけのわからない言葉に全身から冷や汗が噴き出す。
「そうですね」
猫も頷く。
「次の所はきっと大丈夫だと思います。きっと望愛さんを受け入れてくれますよ」
二人が何を言っているのか理解するのに時間がかかった。
次?
次!!?
相性が悪かった!!!?
「無理!!」
地面に足を叩きつける。
「絶対絶対絶対絶対に無理!!!」
顔が真っ赤に染まり金色の髪が逆立っている。
「うわっ!」
地面の振動と同時に、強風が下から上へと巻き上がって猫である金青の体を一瞬、浮きあがらせた。
「え、まさか、これって風の魔法………?」
だとすればその発信源はひとりしかいない。
「無理無理無理無理絶対無理だーーー!!次!?次なんか冗談じゃない!!」
風の勢いはさらに増して、地表の雑草が地面ごと捲れ上がる。
「いったいどうしたんですか望愛さん!?」
これだけ言ってもさっぱりと理解していないのを見てさらに感情が高ぶる。
「なんでわかんないんだよ!お前らは馬鹿か!」
「落ち着いてください、なんか異常現象が起きています」
何とかなだめようとする金青。
「落ち着けるわけがないだろうこの野郎!」
望愛を中心として風はさらに広範囲に影響を及ぼす。
「なんで私だけ仲間外れにするんだよ!!」
咆哮。
「仲間外れなんてそんなつもりは全く無いですよ」
少し時間を空けて金青が答える。
「だって僕たちはこの方が望愛さんのためになると思ったからーーー」
「思うな!」
睨みつけるような目。
「そっちで考えるんじゃなくてまずは私に聞けよ!どうしたいかを!」
望愛を中心として巻き上がる風はさらにさらに強くなる。大木がグワングワン揺れて歌舞伎のワンシーンを思い出させるほどだ。
もはや竜巻だ。
「わわわ………」
このままでは吹き飛ばされると考えた金青は龍笛の足を上って「抱っこ」される体勢をとった。本当はこの体勢は好きではないがしょうがない。
望愛の激高は収まる気配がない。
「しかし望愛」
竜笛が言う。
「人間とは戦いたくないと言ったではないか。だからこそ私たちはこれが一番望愛にとっていいと思ったのだ。私たちと一緒にいればそうしてもらうことになるだろう。そうでなければ自分たちの身を守ることが出来ない」
龍笛の落ち着いた声。
「言ったよ、確かに言ったけどさ!」
ヒステリックに叫ぶ。
「だけどあの時はまさか一人で人間の町に行かなきゃならないなんて思わなかった!」
金青はじっくり観察する。
やはりどう考えてもこの風は望愛によるものだ。
「しかしそれが普通の考えではないか」
龍笛は相変わらず落ち着いている。
「私たちから離れる以上は人間の町で生きていくことが最も妥当なはずだ。まさか洞窟かどこかで生きていくわけにはいかないだろう」
「誘えよ!」
叫ぶ顔が赤い。
「誘え!」
竜巻は勢力を増して崩壊した村にまで押し寄せる。
「ワンピース見たことないのかよ!」
「ワンピース?」
誰でも知っている国民的漫画のタイトルを言われて金青も龍笛も頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「私が人間とは戦いたくないとかいったってさ!「うるせエ!!!いこう!!!!」って言えよ!それが仲間ってもんだろ!こっちはずっと待ってたんだよ。ずっとずっと待ってたんだよ、言わせるなよこんなこと!」
しばらく声は消え風の音だけが響く。
「そうだったのか………」
「だから魔物と戦うのだって頑張ってたんだよ!」
さらに望愛は叫ぶ。
「ものすごく役に立つって分かってもらえれば、やっぱり一緒にいてくれって言ってもらえるかと思って頑張ってたんだよ!本当は怖いし死体もグロいけど頑張ってたんだよ!」
「それならそうと言ってくれれば………なあ金青?」
「そうですね、言ってくれれば………」
猫も頷く。
「言いにくかったんだよ!どんどん話は進んで行っちゃってるから。すぐに言えばよかったんだけど一度言い逃したらどんどん言いにくくなったんだよ!」
肩で大きく息をしている。
「魔王は変な奴だけど悪い奴じゃないし、金青は猫で可愛いし、スライムもボヨンボヨンして可愛いし。一緒にいるうちにどんどん居心地が良くなって、ずっとずっと一緒にいたくて人間の所になんか行きたくなくて、だから頑張ってたんだよ。頑張ったけど言えなかったんだよ!」
村の家も柵も吹き飛んで空に舞い上がっている。
「金青………」
ふたりは見合って頷いた。
「望愛。私たちのファミリーになってくれないか?」
竜巻は雲まで達して黒雲を滅茶苦茶にかき回し森を破壊している。
「あの、望愛さん。望愛さんさえ良ければ僕たちと一緒に戦ってくれませんか?」
真っ直ぐに目を合わせる。
「本当は僕も龍笛さんも、望愛さんが一緒に来てもらえたらどんなに嬉しいだろうと思ってはいたんです。けどそれは望愛さんにとって幸せじゃないと思い込んでしまって………」
「私もそうだ。本当は望愛が必要だった」
涙がこぼれる。
「なんか、なんか思ってたのと全然違う。私が思ってたのはこんなんじゃない」
涙がぼろぼろこぼれ落ちる。
「なんかいますごく恥ずかしい。思ってたこと全部言っちゃって凄い恥ずかしい」
龍笛が猫に触れて合図した。
「「うるせエ!!!いこう!!!!」」
竜巻の音に負けないくらいの大声叫んだ。
言うべき言葉はこれしかない。
ふたりは望愛の答えを待つ。
そしてーーー。
「おお!」
望愛は答えた。
歩み寄って抱き合う。
風はピタリと止まって太陽の光が差してきて辺りを照らす。
分厚い黒雲は散り散りになってどこかへ消え、光の中に泣き笑いの顔があった。