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君を待つと言ったけれども……

作者: 雉白書屋

「こんな、こんなことってさ……」


「ふふっ……君は子供の頃から泣き虫だね」


「はは、子供の頃って……俺たち、まだガキみたいなもんじゃんか、なのに……」


「しょうがないんだよ。きっと……これは神さまが決めたことなんだよ……。

ねぇ……あの約束、覚えてる?」


「幼稚園、遠足行ったときの、あの花畑の……その……結婚……」


「ふふっ、うん。ちゃーんと覚えてたんだね」


「あ、当たり前だろ、だって……」


「……忘れていいからね。私のこともぜん――」


「忘れるかよ!」


「しぃー、病院だよ? 静かにしなきゃ」


「ああ、うう……くそっ、くそくそ……」


「汚い言葉遣いも駄目だってば。ふふふっ、私ね、幸せだよ。

だから、君も幸せでいてね」


「……必ず、いつか必ず会いに、見つけに行くから!」


「ふふふっ、うん。待ってるね。でも、早く来すぎちゃ、駄目だからね……」



 とある病室。愛しい者同士の悲しい別れ。

散るには早すぎる若く美しい花。しかし死神は無情にも息を吹きかけ

少女は永遠の眠りについた。

 しかし、それは現世の話。死後、少女が閉じた瞼を開けるとそこは列の中。

審査だ。天国か地獄、どちらに行くかその審査を待つ列に並んでいた。

 少女は前を向く。見つめる先、遥か向こうには荘厳な天国の門。

 きっと私はあの向こうへ行く。そこで君を待つよ。

ううん、地獄だっていい。待つからね。いつまでも、いつまでも……。

 少女はそう思い、手をグッと握った。彼と繋いだ手の感触を思い返すように……。






 …………来ない。


 いや、全然来ない。


 少女は拳を握り締め、腕を組み、ダンダンダンと足を踏み鳴らす。

イライラが顔に、全身に出ている。


 ……天国の門の内側でずっと待っているのに彼、全然来ない。

地獄に堕ちたかと思って天使に問い合わせしてもらったけど、まだ来てないって。

どうなってるの? ここではおなかがすかないし、眠くもないから時間の感覚がない。

だからあれから何年経ったか正確にはわからないけど

でもかなり待たされてるってことだけはわかる。だって


「あらぁ? お嬢ちゃんの彼、まだ来てないのぉ?

あたし、曾孫まで揃ったわぁ。早くに死んだのにねぇ」


 うっさい。お見舞いに来た人数を競っていた入院患者たちを思い出すわ。

 ……ああ、もう我慢できない。どうせ暇だし、ちょっと様子を見に行きましょう。


 そう考えた少女は天国の門から外へ出た。

注意されるかと思い、警戒していたが案外あっさりと。

 少女は列に添って進む。流し目で見ながら。



 人、人、人、人、あ、猫ちゃん、人、人、人……。

 長蛇の列とはよく言ったものね。果てが見えないほど長いわ。

そもそも全然、列が進んでないじゃない! 

天使は、審査係は何を、ああ、人手不足なのね……。

心なしか疲れて見えるわ。私のことも気にしてないみたい。

 さて、列が進んでいないとはいえ、私が死んでから相当、時間が経っているはず。

案外、すぐ近くまで来ていたりして……。


 と、少女は思ったのだが、会えない。気付けば天国の門は遥か遠くに。

 おかしい。いくら長生きと言えど、さすがに無理がある。

この辺りの人は何年に死んだのだろうか……。

 そう考えた少女は、列に並ぶ者に話を聞いてみることにした。


「あの、すみません」


「……」


「あの、ちょっといいですか?」


「……え、ああ。どうぞ」


「あなたが死んじゃったときって、地上はなんね……え、なにその体」


「ん? なにってこれは義手ですけど。ああ、僕も驚いたよ。

死後の世界での自分の姿というのは

一番、印象に残っているときのものになるのかねぇ」


「いや、その、半分が……」


 列に並ぶ青年に話しかけた少女は驚いた。

こちらに振り返ったその青年の体はまるで理科室の人体模型のように

体の半分が機械だったのだ。


「ははっ、事故でね。ああ、酷い事故。体の半分が持っていかれてね。

まあ、これはこれで気に入ってたからいいけどね! はははははは!」


「ああ、そう……じゃあ、どうも……」


 死後はあらゆる苦痛から解放され、躁状態にでもなっているのか

青年の様子に少女は身も心も引いた。

 青年の笑い声は少女が離れたあとも、しばらく聞こえ

少女は耳の中に残るあの笑い声を上書きするために歩きながら大きくため息をついた。


 はぁ……それにしても地上はそんなに技術が進んでいるのね。

ああ、列の中にチラホラと機械の体の人が現れ始めたわ。

まるで生きてた頃に読んだ本の世界ね。

 と、言うことは彼も機械化を? それで長生きして? ん? でもあれは完全に……


「あ、あの」


「……うん?」


「その、あなたはロボット……ですよね? でもどうしてその、魂とか……」


 少女が話しかけたのは明らかにロボット。

全身が機械。生身の部分は見受けられない。あくまで外見は、だが。


「んー? 一緒にされると気分が悪いなぁ。僕はサイボーグさ。脳は人間だよ」


「あ、そ、そうなんですね。じゃあ、移植をして……でも、それでも死んじゃうんですか?」


「まあ、溶液に漬けているとはいえ

脳の劣化を完全に防げるわけじゃないらしいからねぇ。

まあ僕は技術者じゃないんで詳しくは知らないけどさ。

それにさすがに事故に遭ったらどうしようもないからね」


「そ、そうですか……じゃあ、私はこれで……」


 驚いたわ。ああ、ここから先はみんなサイボーグみたい……。

 あ、生身の人間が……え、違う? これは人工の皮膚? 

そうなんだ……。はぁ、なんだか似た人ばかりね。

美男美女。結局、みんな同じロボットみたい。ん、あれ? あの人……。


「え、あ、あの」


「はい……?」


「その、あなたの腕、どうして」


「ああ、これ? 便利だからねぇ。ほら、よく言うだろ? 『猫の手も借りたい』って

まあ、実際、猫の手は移植しなかったけどねはははははははっ!」


「あ、あはは……その、四本の腕は自由に、あ、動かせるんですね。

でも、どうして、そんなことができるように?」


「んー? どうしてって再生医療の賜物じゃないか! 

歴史の勉強かい? お嬢ちゃん。

まあ、私は一般人だからね。そこまで詳しくはないけど細胞を培養し

臓器を作り出すのがお手の物になれば、ま、手足も作っちゃうよね?

機械の体はおさらば! やっぱり人間は生身だよ生身ぃ! 

生身の肉体に限るよ。セックスも、おっと失礼。お嬢ちゃんには早かったねははははは!」


 またも振り切れた笑い声に慄き、少女はそそくさとその男から離れた。

男はそれに気づいているのかいないのか、大声でしゃべり続ける。

まるでゼンマイを巻きすぎて力を持て余した猿の人形。

耳を塞ごうかと思った少女だったが、その最中

有益な情報を聞けたので足を早めるに留めた。


 栄養剤みたいのを直接注射することで脳も

若返らせることができるとか言ってたわね。

 臓器も取り替えが利く。じゃあ、彼がいるのはまだまだ先? と、あれ?

……わ、大きな人。きっと体全体を大きくできるようになったのね。

脳が大きいと頭も良くなるのかしら? また新しい技術が生まれてたらどうしよう。


 少女の目線は自然と上へ。

巨人というほどでもないが人類の平均的な身長はかなり上がったようだ。

コンプレックス解消かそれとも何か理由があるのか。

と、次第にまた自然と目線は下へ。

 少女はピタリと足を止める。異様な雰囲気を感じ取ったのだ。

 ……あそこの彼らは何をしているのだろうか。

身を低くし、頭を垂れ、神へ祈っているようにも見える。

それとも具合が悪いのだろうか、いやまさか死後にそんなことが。

しかし、痙攣しているように見える。それに咳も。

 大丈夫だろうか……と、少女は近づいた。

それは自分も病を患っていたことからくる同情心。だが……


「キシャアアアアアア!」

「マギギギギギギギギィィィィ!」

「アッギャッギャ、ギャ、ギャ、ギ!」

「クオエェキョエ!」


「きゃ、きゃああああ!」

 

 一人が顔を上げるとその後ろに並んでいた者までも

連鎖的に少女を見上げ、そして叫び声を上げた。

 それは人間……ではあるが違う。

髪の毛はなく、大きく見開いた血走ったその目の片方には少女を映しつつも

もう片方は、まるで獲物を探すかのように激しく動いている。


 尻もちをついた少女。そこへ鋭い爪をした手が伸びる。

 ……が、届かず。少女はふと自分が列に並んでいたときのことを思い出す。

あのときは頭がぼーっとしていた。ただ、列からはみ出てはいけないと

それだけは強く根底にあった、と。

あの世のそういうシステムなのかもしれない。なんにせよ助かった。

 少女は立ち上がり、駆け出した。

少しするとその怯えた顔が気になったのか、列に並ぶ者に呼び止められた。


「おーい! どうしたんだねお嬢ちゃん!」


「はぁ、はぁ、あ、あっ人が、牙が、爪が」


「そんなこと……ああ、君はなるほど、列の向こうから来たのだね」


「え、は、はい……」


「だから事情を知らないと。実はだね、戦争が勃発してねぇ」


「せ、戦争が?」


「そう、それも世界規模のね。それで人類はより高い戦闘能力を欲するようになり

肉体の改造を始めたのだよ」


「そ、そうなんですか……」


「ああ、っと先へ行くのかい? やめておいたほうが良い。

まあ、私は御覧のとおり、死んだわけだからこの先は知らないが

きっと地獄の世界の住人の姿を見ることになるよ」


「……でも行きます。彼と約束したから」


「ふっ、グッドラック」


 グッドラックって親指立てて……私からすれば未来の人なのになんか古臭いわね。

 まあ、それはどうでもいいとして、どれも人間離れしているというか……。

これが、本当に人類が望んだ姿なの?


 少女は普通の人間と会話をしたことにより、幾分か平静さを取り戻し、また歩き始めた。


「シュウウウウ……」

「キュルキュルキュル」

「コォォォォォォォ」


 しかし、まるで怪物の見本市。これでは話を聞くのはもう無理そうだ。

と、思っていたが少女はまだ比較的まともそうな人を見つけ、声をかける。


「あ、あのぅ」


「んんぅ? どうしたんだぃお嬢ちゃぁん」


「いや、その、最近と言うか、おばあさんが死んだとき、世界はどんなだったのかと……」


「どんなもなにも酷いもんさぁ、核兵器でな、地上はもう滅茶苦茶。

それで、生き残った人類はぁ、てき、適応しようと

から、からから体を変化させ、ひひひ、そうじゃ、ワシもそうじゃったんじゃぁ

うっブルボゲェアアアアアアアアアアアアア!」


「きゃあああああ!」


「ヨコセ、カラダヲヨコセエエエエェェェ!」


「いやあああああ!」


 エコーがかった声と共に濃い緑色の触手が少女に伸びた。

だが、少女はこれまでの経験を踏まえて、警戒を怠らなかった。

 素早く身を引き、老婆だった者から離れる。

そして走り、走り、息も絶え絶えになり、そして呟く。

 

「あれが、あれが人間だというの……?」


 やがて立ち止まり、息を整えようとする。

が、死んでいることを思い出し、フッと笑う。

疲労感もさほどない。あくまで肉体的にはだが。

 

 もう……疲れちゃった……。ねえ今、君はどこにいるの?

ひょっとしてすれ違っちゃった? それともまだ地上にいるの? 

もう、待つのは疲れたよ……。


 もう引き返す、つまり諦めようかと思った少女。

しかし、これまで歩いてきたその名残でついまた一歩、前へ進んだ。その時であった。


 ――ぐにぃ


 今、何か踏んだ。少女が見下ろすと同時にそれは一気に跳躍し、少女の胸へ。

 バレーボールほどの大きさの粘液状の生物。

 それが少女の体にへばりついたのだ。

 鳥の糞の集合体。痰壺の中身。ヘドロ。巨大アメーバ。

少女がそれを見て、触れて何を想像したか。何もだ。

 ただ不快感だけが体を走り、そしてそれは少女の胸

引き剥がそうと反射的に伸ばした手、さらに頭、脳の中までも覆った。

 頭の中が真っ白に、何も考えられず、ただ悲鳴を上げることしかできなかった。

が、それもやめた。


 温かい……? 手。この温もりって……。


「君……君なの?」


 少女がそう言うと粘液状の生物はギュッと少女の手を包んだ。

あの病室で両手でそうしてくれたように。

 少女もまた彼を抱きしめる。あの時、そうしたかったように強く。


「あ、ああもう! 君、遅すぎ! 迎えに来ちゃったよ……。

えへへ、わかるよ、姿が変わっても。

でもどうして? 私が早く来すぎちゃ嫌って言ったから?

もう、馬鹿ね。でも嬉しい……。ふふふっ。さ、行きましょっ。

天国を案内するわ……ってあれ? 

あはは、変なの。テレパシー? 喋ってないのになんか、君の気持ちがわかるなぁ。

愛……とかだったりして。ふふ、違う? あれ? 声が、他にも……。

え……後ろのこれ……全部、君なの?

単為生殖……? は? 一は全、全は一? なに、え、地上にもまだいる? 

え、一つになりたい? 包む? 天国も、地獄も全部? 

そんなこと……や、こ、来ないで

こんな、こんなことって、いや、いやあああああぁぁぁぁぁぁ!」

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