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エボルブルスの瞳外伝―想術師は夜を凪ぐ―  作者: 想術師協会 総務部広報課
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報いの篭 ④

* * * * *


 奥の部屋に進んだ応治は、倒れている一人の男性を見つける。


「大丈夫ですか!?」


 すぐさま駆け寄り、ゆっくりと体を起こす。応治はこの男性に見覚えがあった。


「うりうり……だよな」


 一瞬本人か疑うほど、体の色は青紫色に染まり、白目をむいて口から泡を吹き出している。

 何度か呼びかけ、体を叩いてみるが反応がない。


(息は……ある。この程度なら……)


 応治の目には、瓜生の体を覆っているどす黒い傀朧が見えていた。普通の人間であれば気づかない瓜生の体の状態――――――瓜生は間違いなく、無理やり体に傀朧を流し込まれている。莫大なエネルギーや感情の塊でもある傀朧は、人間の体にとっては猛毒である。どのような経緯で体の中に入ったのかはわからないが、このままでは命に係わる。

 応治は、リュックの中から一枚の式札を取り出す。墨で文様が書かれた式札を、瓜生の体に押し当てる。


 応治は、自身の傀朧を式札に流し込む。式札の文様が紙の上を動き、瓜生の体を傀朧が包んでいく。

 じわじわと瓜生の体を侵食していた傀朧が一気に浄化されていく。代わりに、式札が真っ黒に染まった。


「よし。とりあえずはこれで」


 応治は、瓜生の呼吸が先ほどよりも安定したことを確認し、額の汗を拭った。

 まだ煙は晴れていない。他に傷ついた人がいないか探しに行かなければ――――――。


「刺坂応治」

「はい!?」

「こっちに」


 はっきりと名前を呼ばれ、大きな声で返事をする。想術で体を強化し、瓜生の体を抱きかかえると、声の方へ急ぐ。


「見ろ」


 工場の一番奥の区画で応治が見たのは、巨大な紙でできた家(・・・・・・)だった。

 カラフルな色で塗られた絵が、暗闇の中はっきりと見える。その異様さに応治は閉口する。


「傀朧で作られたものだな。作ったのは間違いなく、あのゴキブリだろう」

「こ、これって……ゴキブリホ〇ホイじゃ……」


 ドラックストアなどで売られている、よく見る形――――――。

 しかし、どう考えてもゴキブリを捕まえるためのものではない。


「どうあれ、趣味がいいとは思えない」


 清正は、手に持った刀を横に薙いだ。ハウスの屋根と壁が一瞬で切り離される。

 それが地面に落ちる前に、素早い動きでハウスを輪切りにしていく。

 中から現れたのは、トリモチに全身を巻かれ、身動きの取れなくなった人たちだった。


「ちっ」


 清正は舌打ちすると、剣を細かく振るい、被害者たちの体に付着したトリモチを可能な 限り削ぎ落す。その剣捌きはとても正確で精密なものだった。


 合計七人の人たちがトリモチハウスに囚われていた。皆幻を見ているように、虚ろな目でぶつぶつと何かをつぶやいている。


 ――――――カサカサ。カサカサ。


 その時、地面を這うゴキブリの音が聞こえる。気づけばうっすらと煙が晴れてきている。このままではまずい。

 清正は、手に持っていた剣に再び傀朧を流すと、剣が元のスーツケースに戻った。


「それ、傀具ですか?」

「ああそうだ。ただし人工の(・・・)な」


 清正が持っているスーツケース型傀具は、想術開発局第五研究室が開発した実践型傀具の試作品だった。名を『天照』と言い、中が傀域の技術を応用した広い空間になっているスーツケースと、戦闘用の刀剣を交互に入れ替えて戦うことができるというものだ。第五研究室は、想術開発局の変わり者が集まる研究室で、遊び心のある変わった傀具や術を開発することで有名なのだが、その中でもこの『天照』は傑作で、傀具の中でも非常に緻密な作りになっている。


「こいつは俺の知り合いが作った傀具だ。恐ろしく天才の癖に、目立ちたがらないせいで変わり者扱いされているふざけた奴でな。こういう異常に便利なものを暇つぶし程度の感覚で作る」

「すごい知り合いがいるんですね……」

「ただ難点を言うと、剣とスーツケースを行ったり来たりするのが、少々面倒(・・・・)だな」


 清正は次第に近づいてくるゴキブリの這う音を聞いて、スーツケースを開く。中から手榴弾を取り出すと栓を抜き、壁に向けて投げつける。

 炸裂。壁に大きな穴が開き、そこから一気に空気が抜け、煙が晴れていく。

 清正は、すぐに形状を剣に戻す。応治がよくよくその動きを観察してみると、とても緻密に傀朧の量を一定で流しているのが分かった。ほんのわずかな乱れで、剣の変化が止まってしまうようだ。


「行け。奴を引き付けておく。後は俺の仕事(・・・・)だ」

「わかりました。気を付けてくださいね」


 清正は剣を構えると、元来た道に戻っていく。扉を一つ隔てた先にいたのは、一本の柱を埋め尽くすほどのゴキブリだった。



* * * * *


 ――――――ギシギシギシギシ。


 歯ぎしりに似た、不快な音。

 一匹一匹のゴキブリが激しく動き回り、互いに体を擦り合うことで発生しているようだった。このような動きは、普通のゴキブリではできない。ゴキブリたちは皆、どす黒い傀朧を体に宿し、激しい“怒り”を清正に向けている。


 清正は柱から一定の距離を置いて、ゆっくりと周囲を回り始める。

 冷静に観察する――――――清正が立てた仮説の通りなら、実体であるゴキブリたちを統率する傀異のゴキブリが存在するはずだ。それを見つける。


 互いに膠着状態のまま、清正が柱を一周し終える。

 こつこつという靴の音が消え、同時にゴキブリの這う音もピタリと止まる。辺りが一瞬静寂に包まれる――――――。


「……!!」


 羽音が辺りを蹂躙する。ゴキブリたちが一斉に、清正目掛けて飛びかかる。

 清正(エモノ)の肉をむさぼり喰らうことだけ命令されたゴキブリたちが顔面に迫る。 

 清正は素早く背後にステップを踏む。独特の形をした銀色の剣を一瞬でスーツケースの形に戻し、迫るゴキブリに向かって開く。

 ころん、と地面を転がったのは先ほどの発煙弾だった。白い煙が清正の体を隠す。その煙の中にゴキブリたちが飛び込むことはなく、煙と反対方向に散る。


「……煙。とりわけ殺虫剤に対する警戒感が強いのは、本能からか」


 清正が煙の中から飛び出す。散っていったゴキブリたちの中に、動かない(・・・・)集団がいた。その集団だけ、傀朧密度が非常に高い。

 狙うなら、ここだ。

 清正の右手のスーツケースは剣の形に戻っている。そして、左手に新たに握られていたのは小型のサブマシンガンだった。


 発砲――――――傀朧密度の濃い集団に向けて次々と弾を撃ち込んでいく。

 弾が無くなるまでトリガーを引き続ける。傀朧密度の濃い集団は、逃げるように柱の上部へ向かう。

 清正は右手に握られた剣を、柱に向けて横に薙ぐ。

空気を伝う、見えない刃が柱を両断する。老朽化した建物は為すすべなく天井から崩れ落ちる。マシンガンを撃ち尽くした清正は、銃に傀朧を込め、迫ってくるゴキブリの塊に向けて投げる。熱を持ち、赤く染まっていく銃は、ゴキブリに触れた瞬間爆発する。


 ――――――ガラガラ。

 瓦礫に押しつぶされたゴキブリたちが這い出てくる。ぐるぐると円を描くように塊になると、ローブを纏った人型形態へ変貌する。


 ――――――ギギ、ギギギギギギギギ。


 不快な音をより一層強める。

 先ほどの銃撃で、密度の濃い集団を守るゴキブリの数がずいぶん減った。実体の守りが剥がれ、本体である統率者が見えるのも時間の問題だろう。

 清正は冷静に人型を観察し、剣を構える。


(……人型を模す、か)


 一歩、一歩、傀異に歩み寄る。

 そして突如、音もなくフッと消える。


 ――――――!!!


 清正は、一瞬で人型の背後に現れる。そしてすでに、剣は振るわれて(・・・・・)いた。

 人型は、自身の体が真二にされていることをようやく認識する。


 清正が使ったのは、去歩(きょほ)という技だった。自身の体に時間を圧縮する想術をかける縮時法(しゅくじほう)の応用技である。縮時法を長時間かけることは、体への負荷がかかりすぎるため実践には向かない技術であるが、それを歩法として応用することで、一瞬の時間圧縮で短距離移動を可能にしている。


 清正は、背後へ振り向く動作を利用してさらに斬りこむ。傀異との距離を詰め、あらゆる方向から斬撃を数度行う。

 人型は体を再び小さなゴキブリ単位に四散させ、清正から距離を取った。

清正は、追撃するには体を構成する単位が小さすぎて非効率だと判断。剣をスーツケースに戻し、取り出した三個の手榴弾をそれぞれ放ち、牽制しながら集約を待つことにする。


(大分小さくなったか)


 体を構成しているのが、あくまで実体を持つ本物のゴキブリということが仇になっていた。傀朧を少し込めて威力を増した火器であっさりと削れることは、ゴキブリに対する恐怖のない清正にとって幸運だった。

 清正は瓦礫を踏み、再び集約しつつあるゴキブリの塊に接近する。


「……いいことを教えてやる。俺たち想術師の戦闘は、実際に戦う前からとっくに始まっている。お前の持つ概念、特性、考え得る攻撃手段―――それらを分析してから戦いに臨む」


 清正から放たれる殺気が、ゴキブリの傀異の本能を揺さぶる。

 やられる、と思った瞬間湧いて出てきたのは、逃げなければやられるという闘争本能――――――ではない。

 傀異は突如、その体に宿していた傀朧を爆発的に増加させる。


 怒り、苦しみ、恨み、激しい怒り。それは人間に対する憎悪だった。


 お前たちは、理不尽(・・・)に我々を殺す。


 遭遇しただけで。見ただけで。我々を殺す。


 そんなのは理不尽だ。理不尽だ。理不尽だ――――――。


 傀朧から伝わってくる感情が、波のように清正の意識に押し寄せてくる。

 そんな傀異の心を理解した上で、清正は粛々と傀異に告げる。


「お前を――――――祓う」


 傀異を構成するゴキブリたちが、傀朧の力で一斉に膨れ上がる。

 集まり、固まり、一つの巨大なゴキブリへ変貌した傀異は、清正の首を食いちぎろうと飛び掛かる。

 迎撃――――――清正は、剣を両手で構える。


 刀身が銀色の光を放ち、傀異の漆黒の体を照らす。

 一太刀。真上から振り下ろす一撃。


 一刀両断された傀異の体が再び四散する。

 今度は逃げず、清正を包み込むように展開し、一斉に飛び掛かるが――――――。


「もういい」


 剣がいつの間にかスーツケースに戻っている。清正は襲い掛かってくるゴキブリを見ることなく、スーツケースから取り出した黒色のハンドガンの銃口を、ただ一匹のゴキブリに向ける。


 一発の発砲音と共に、ゴキブリたちの動きが止まる。一斉に地面に落ちたゴキブリたちは、ピクリとも動かなくなった。

 その中央にただ一匹だけ残ったのは、一般人には見えない傀異のゴキブリだった。


「実体のゴキブリを統率する傀異のゴキブリ。それがお前の正体であり、弱点だ」


 清正は、手に持っていた黒色のハンドガンを下す。弾は一発しか込められていなかった。その一発の弾こそ、清正が信頼する必殺の一撃。『傀異殺し』という名の弾丸型傀具だ。傀異殺しは、傀朧に強く干渉し、あらゆる傀朧を離散させる効果がある。そのため、傀朧の塊である傀異に撃ち込めば、一撃必殺の攻撃となり得る。


 傀異殺しを撃ち込まれたゴキブリの傀異は、ピクピクと体を震わせながら淡い桃色の光を放ち、消えていく。

 後に残ったのは大量のゴキブリの死骸と、埃とカビの臭いだけだった。


 清正は左手に握られていたハンドガンをスーツケースの中にしまうと、入り口の方へと歩き始める。


「……間に合わなかったか」


 その時部屋の中央で二つの血痕を見つける。

 大量の赤黒い血は、すでに固まりかけていることから、一日近くは経っていると推測される。その中央にあったのは、粉々に砕かれた人間のものと思われる骨だった。それを見た清正は、やるせなさに襲われ、大きくため息をついた。



* * * * *


 清正が外に出ると、日は完全に沈み、辺りは夜の虫の声で満たされていた。

 幸い月明かりがぼんやりと闇を照らし、辺りの様子を目視できる。


「清正さん! 大丈夫でしたか!?」


 廃工場から出てきた清正を見た応治は、清正が怪我をしていないか気にする。

 清正はそんな彼の優しさを心で受け止める。


「俺は大丈夫だ。それより被害者たちは」


 清正は、丁寧に寝かされた被害者たちを見る。彼らの上にはそれぞれ一枚の式札が乗せられており、そこから発生している傀朧が身体を包んでいた。それは夜の闇に映える綺麗な青色で、見ているだけで癒されそうである。


「命に別状はありません。みんな、あの傀異の傀朧を体に入れられていたみたいだったので、取り除いておきました」


 応治はにっこりと歯を見せて笑う。

 そんな彼の額には汗がにじんでいた。笑顔も少し疲れているように見える。


「刺坂応治。やはりお前は優秀だ」

「えっ?」


 傀朧医術は、想術の中でも会得するのが極めて難しいとされている。傀朧で傷つけられた傷や病を治すには、傀朧を浄化しつつほぼ同時進行で傷や病を治す術を使用しなければならない。傀朧分析をより詳しく行う必要がある他、緻密な傀朧コントロールが必要になってくる。

 一般的な並みの傀朧医が七人の患者を治すためには、最低三時間はかかる。それをわずか数十分で治すなど、本来ありえない(・・・・・)ことだった。


「いや、おれは応急処置をしただけですし。まだまだ安心できませんよ。ちゃんとした先生に見てもらわないと」

「そうか」


 応治は、清正の声色がいつになく優しいので、不思議そうに清正を見つめる。

 清正は、なんとなくその顔が癪だったので、再び鋭い顔つきになる。


「何を間抜けな顔をしている」

「あだっ」


 清正は、真顔で応治の額にデコピンをかました。

 応治が額を押さえていると、被害者たちに背を向け、歩き始めた。


「どこ行くんですかー?」

「俺の仕事は終わった。後は傀修室(かいしゅうしつ)の連中が後始末をしてくれる。お前は残って奴らに事情を説明しておけ」

「えー!! 清正さんがやってくださいよ!」

「俺はしゃべるのが嫌いだ」


 どんどんと遠くなる清正の背中を恨めしそうに見つめる応治。

 その背中を見つめていると、ふと、ある人物の背中と重なって見えた。


 ――――――己の信念にまっすぐで、決してぶれないヒーローみたいな背中。


「ありがとうございましたー!!」


 応治はありったけの大きな声で、清正に礼を言った。

 清正は、それに応えるように、振り向かずに手だけを軽く上げる。


「不器用な人だなぁ。そう思うと、あいつとは正反対だな」


 応治は知っている。

 昼間清正が言った通り、想術師にも悪人が存在する。他人を平気で傷つけ、自らの私欲のために想術を使う者をたくさん見てきた。


 だが、応治は知っていた。

 息を吸うように人を助ける、清正のような想術師もいるということを――――――。


 間もなく、清正が呼んだ傀修術を専門とする部隊が現れ、被害者たちを搬送していった。

 戦いの痕跡はきれいさっぱり消され、被害者たちの記憶も消される。


 こうして、ゴキブリの傀異による事件は終息した。

 想術師の活動は、誰からも感謝されず、誰の心にも残らない。

 それでも、清正は今日も誰かを救うために傀異を祓う。


 それが、彼の仕事だから。




読んでいただきまして、ありがとうございました!!

この話は、元々七夕用の短編を構想しているうちに生まれたものです。(投稿まで一か月も延びてしまった……)

友人が原案を考えてくれて、それに肉付けし、自分なりに仕上げたものになります。

実を言うと、もっと表現がグロくなる予定だったんですが、流石に載せられんだろうということで抑えました(笑)

それでも苦手な人にはダメージが入りそうな感じではあります。申し訳ありません……(敵がゴキブリだし尚更)

今回の話は、想術について原作ではまだ出てきていない内容や、想術師協会にどんな奴がいるのか、というところにスポットを当てております。書いていて面白かったので、また違う部署に着目して第二弾を書きたいなと思っています。

ゴキブリの傀異は、元々私が書いたエボルブルスの原作の中で出てきたものです。話には全く関係ないところで出したので、見事ボツになりました(笑) それを今回拾い、形にしました。リアルに出てきたら普通にキモいし怖いです(笑)

ただ、話の中に出てきたように傀異は人間によって生み出された存在なので、どこか切ない感情移入ができるようになっております。そこが傀異の魅力ですよね。ゴキブリだってきっと理不尽を感じていることでしょう! それでも容赦なくゴ〇ジェットをかけてしまいますが……。

主人公の打金清正は、友人が考えてくれた設定のまんまです。

無口で仕事人気質。飾らないところが彼の魅力です。誰かを助けるために傀異を倒すに作品に主人公とはちょっと違った動機で傀異を倒しているところが、個人的にはお気に入りです。またどこかで出てくるかも、しれませんね(笑)

このお話を読んでいただいて、少しでもエボワールドが広がれば幸いです。ありがとうございました。

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