プロローグ③『先原志野は矢印を向ける』
「……それで志野、何か言うことは無いか?」
「愛する妹をこんなに叱りつけるなんて、相変わらず素直じゃないね兄さん……ごめん、軽口は自粛するから放置しようとするのはやめて!」
妄言を垂れ流す妹を見捨ててコンビニへと向かおうとした俺の足を、必死な表情を浮かべた志野がしっかりとつかむ。そのまま進もうとすれば引き倒されてしまいそうなくらいに強い力で掴まれているそれは、物理的な問題で俺には振りほどけない代物だった。
「……ホント、シノはケイトのことが大好きだよね……。兄妹仲がいい事は悪い事じゃないんだけどさ」
「その点については否定しないが……アレが血を分けた兄妹だとは少し信じたくないな」
半ば泣きそうになりながら俺の足を掴む志乃と、それをどう対処しようか思い悩む俺。ホラー映画のワンシーンと言っても信じられそうなその状況を、異世界人二人は呆れたような表情で見つめている。ある意味……本当にある意味この家ではこれが日常的な風景なのだが、このカロリーの高い光景に二人はまだ慣れられないようだった。
「女っ気が何もなかった兄さんに突然ヒロイン候補が二人も現れたんだもん、警戒だってするって……。推しのアイドルに熱愛が発覚したようなものなんだよ?」
「俺はお前の兄だ、それ以上でもそれ以下でもねえよ。……というか、お前の方こそこんな姿を見たら発狂する奴らがたくさんいるんじゃねえか?」
実は義理の妹――なんて展開は一切なく、正真正銘血のつながった妹である志野だが、そのスペックは圧倒的に俺よりも優れている。腰まで届きそうなつややかな黒髪はどんな手の加え方をしてもきれいに仕上がるだろうし、アリスほどの筋肉はないもののしなやかな手足は部活によって培われた努力の産物だ。それでいて『かわいいと綺麗の中間点』と称される(事実俺の友人がそんな風に俺に熱弁していた。なぜそれを俺に語るのかは分からないが)容姿も持つ完璧人間、それが先原志野である。
俺の一つ下、高校一年生にして学校全体にその名が知れ渡っているほどの評判を誇り、学外学内問わずに結成されたファンクラブは会員数が三百人に届こうとしているらしい。兄としては不埒な男子に目を付けられるのは好ましい事ではないが、そんな事態もファンクラブ内部の女子会員が戒めているというのだから恐れ入る。
その求心力は間違いなくアイドルのそれであり、事実志野は完璧超人として学校でその実力をいかんなく発揮している。……だが、さしものアイドルだって四六時中その形態を保ってはいられないわけで。
「ああ、あの人たちのこと?私を応援してくれたり見守ってくれたりするのはありがたいけど、それでも私と兄さんの恋路を邪魔するのはいただけないかなあ」
「そんなものは最初からないんだけどな……?」
俺にとって志野はあくまで大切な家族だ。もちろん気にかけはするしやりたいことがあるなら応援もするが、家族愛の延長線上に結婚はない。ずっと一緒に生活する分には気にしないけど、それは本人のためにもならない気がするしな。
「ファンクラブの奴らは基本紳士的だし、あいつらなら大事にしてくれるんじゃないか?俺のことを『お義兄様』って呼んでくるのは一刻も早く辞めさせてえけど」
敵視されるよりはよっぽどマシだが、一方的に知られているだけの男子に義理の家族呼ばわりされるのは流石にちょっと引く。『将を射んとする者はまず馬を射よ』なんて言葉があるが、アレは恋愛には適用されないらしかった。だって志野に通用してねえし。
そんなことを考えていると、志野に掴まれていた足が急に痛み出す。ぎりぎりと万力でしめられているようなその痛みは、自覚すると同時に更に加速していった。
「……兄さん、今の言葉、もっかい」
「ファンクラブの奴らは基本紳士的だし、あいつらなら大事に……って痛あっ⁉」
志野の言うとおりに復唱してきた俺を、声に出さずにはいられないような激痛が襲う。それが志野の手によって生み出されたのは言うまでもないのだが、うちの妹は暴力系ヒロインではないはずだ……いや、そもそもヒロインですらないんだけども。
「あー、流石にそれは駄目だよケイト。あたしでもその発言はデリカシーが無いってわかる」
「そうじゃな。好意を向けられている相手に別の相手をあてがおうとするなど無慈悲にもほどがあるわ」
「いや、でも俺と志野は兄妹で……痛い痛い痛い、とりあえず暴力に訴えるのを止めろ!」
あくまで俺側……少なくとも中立側だと思っていた異世界組でさえも、俺に対して呆れかえった視線を向けてくる。確かに言わんとすることは分かるのだが、それは恋愛関係が成立する間柄でのみ起こる話なのだ……なんて主張は、さらに増す痛みにかき消された。魔王よりも勇者よりも妹がバイオレンスしているこの状況、明らかにおかしい気がする。
「確かにね、私と兄さんは結婚できない。恋愛漫画みたいな逆転もないし、あたし一人でルールが変えられるわけでもない。……だけどね、だからといって他の男の人に目を向けるつもりはないの。私には兄さんだけ、分かる?」
「そりゃありがたい言葉だけど、足首をこんながっちりつかまれた状態で言われてもな……!」
「諦めろケイト、シノの覚悟はわらわたちですら動かせぬ。ケイトのためなら、シノはどんな世界でも救って見せるじゃろうて」
「もちろん、兄さんと一緒にいれる世界を壊させたりはしないよ?たとえそれがアマネちゃんでも、兄さんとの生活を脅かそうとするなら容赦はしないから」
「あたしよりよっぽど勇者の適正あるね、その感じだと……」
堂々と宣言して見せた志野に、アリスが苦笑いしながらそう告げる。確かにこいつなら勇者だろうとなんだろうとそつなくやり遂げてしまえるような気はするが、半泣きで兄貴の足首を痛いほど掴むブラコン勇者を求める世界があるとは思えない……いや、思いたくなかった。
「分かった分かった、デリカシーない発言したのは謝るから……お前が俺よりも夢中になれる人と出会えるまで、俺はお前と一緒にいる。それで満足か?」
恋愛対象には百パーセントなりえないが、志野は俺にとっても大切な家族だからな。ちゃんと恋ができるようになるまでの十年や二十年を一緒に過ごすなんてわけない事だ。今みたいに過剰なアプローチは、少し控えてほしいとは思うけども。
「兄さん……! うんっ、それなら永遠に一緒だよ!」
「俺の発言がかなり都合よく曲解されてる気がするなあ⁉」
その発言に何を思ったのか、志野は超高速で立ち上がって俺に抱き着いてくる。さっきまでのと違ってこっちのは無意識的になのだろうが、俺を抱きしめる力が強すぎて背骨がぎしぎしときしんでいた。正直言ってものすごく痛い。
「あーあ、またやっちゃったねケイト。……というか、シノがこうなったのってケイトのせいでもあるんじゃない?」
「女子の恋情というのは時にすさまじい熱と化すものだからな。百年かけて恋を成就させた悪魔というのもわらわの世界に居ったくらいじゃぞ?」
「いや、それは悪魔の話で人間には適用され……わぷっ⁉」
俺の言葉は、俺の顔が志野の体に押し付けられたことによって強制中断を食らう。頭を抱き寄せる形で俺のことを包み込んでいるのであろう志野は、呼吸困難にもがこうとしている俺のことなど意に介していなかった。
「勿論、百年だって千年だって一緒にいるよ! だから覚悟しててね、兄さん?」
「もが、ががご……」
人間の寿命をはるかに超越しようとしている志野に言いたいことは山ほどあったが、それら全ては酸素不足のせいで言葉にならない。志野がぶち上げた未来像は、異世界組二人に拍手で迎えられていた。お前らいつのまにそっち側に回ったんだ。
――そんなわけで、これが俺の妹だ。可愛げはあると思うが、それでもいかんせんアクが強すぎる。魔王と勇者と並び立ちながらも、なお輝きを放ち続けるそれは明らかに異才といっていいレベルだろう。ただのブラコンで片付けるには、俺の妹の業は深すぎる。
こんな三人と過ごす毎日は、まあ平穏なんて言葉とは程遠いわけで。三人が繰り広げる癖の強い日常に、今日も今日とて俺は巻き込まれているのだった。
これで主要キャラが勢ぞろいしました!果たしてこの四人はどんな日常を過ごしていくのか、楽しみに見守っていただければ嬉しいです!ストック切れにつき毎日更新は難しいかもしれませんが、どうにかこの三連休の間にもう一度投稿できればなあという感じで行きます!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また次回でお会いしましょう!