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プロローグ『事実は小説より奇なり』

はじめましての人ははじめまして、他の作品から来ていただいた方には最大限の感謝を。紅葉もみじば 紅羽くれはと申します。

日本に転移してきた魔王と勇者、そして妹が織りなす日常の風景、ぜひお楽しみいただけると嬉しいです!

――では、あとがきでまたお会いしましょう!

――事実は小説より奇なり、だなんて言葉がある。


「のうケイト、わらわのプリンがいつの間にかなくなっておるのじゃが」


 今ソファーに寝転んでいる俺――先原啓斗(さきはら けいと)の後ろから聞こえてくる少女の声なんかは、俺の生活に突然割り込んできた『奇』そのものといってもいいだろう。一か月前の俺に今の現状を説明したって、『お前は何を言っているんだ』って呆れられるのが目に見えている。


「聞いておるのか⁉ わらわのプリン、プリンが……」


 俺の反応がないのが不満なのか、声の主は拗ねたようにもう一度繰り返す。普段はもっとうるさいぐらいに張りのある声をしているのだが、プリンを食べられたのがよっぽど精神的に来ているらしい。


 実を言うと俺はその犯人を知っているのだが、ここでそれを話すと事態がさらに面倒なことになりかねないんだよな……。簡単に言えば、この家の中で戦争が起こる。プリンの盗み食いが重罪なのは間違いないが、だからと言って我が家が戦場になるのは御免だった。


 だけど、このまま放置してもいつかは真相にたどり着くだろうしな……。なんせ家の中で起こった事件、犯人の特定も簡単だ。放っておいても戦争になるなら、仲介人として立ち回る方がいくらかマシか。


「それならアリスがうまそうに食ってたよ。ありゃ容器に書かれてたお前の名前なんて眼に入ってなかった感じだな」


「あれほどでかでかと書いていたのにか⁉」


 あれこれ悩んだ末に俺が目撃情報を提供すると、俺の視界の端で赤い髪がぴょこりと揺れる。現代日本において地毛だとは考えにくいその髪色は、視界に入るだけで吸い寄せられるような引力を備えていた。


「というかアマネ、そんなに大事なら早めに食べちまえって前から言ってるだろ? アリスの食い意地は俺たちも驚くくらいなんだから」


「大事だからこそとっておくのじゃよ……。美味なるものはその価値に相応しい場において食す、それが魔族の理というものじゃ」


「魔族の理も誰かの食欲には勝てねえってか。そりゃ面白いな」


 考え方自体を否定するわけではないけれども、それを共有の冷蔵庫でやっちゃあ食われるリスクも上がるというものだ。……まあ、今憤怒に燃える少女――アマネの境遇を思えば、その考えに至らないのもある程度納得は行くんだが。


「食欲に負ける理など見とうないわ……。それよりアリスはどこじゃ、見つけ出して折檻して見せよう」


「あんまり派手にやりあうなよ……? お前たちが全力でやったら俺たちが路頭に迷うことになりかねないんだからさ」


 話が物騒な方向に傾き始めたのを察して、俺は先んじて予防線を張っておく。せっかく少しでも騒動を小さく収めようと立ち回っているのに、犯人と被害者が真っ向からぶつかるような事態になったら元も子もないからな。


 プリンの恨みもあるが、それを抜きにしてもアマネはアリスと因縁が深い。曰く『こっちに来てから少しはマシになっている』らしいが、この一か月の様子を見る限り完全に打ち解けられるのはまだまだ先の話だろう。


「俺たちの家に居候している以上、それはお前たちにとってもいい事じゃないだろ? だから、アリスの床に行くなら俺も――」


 ソファーから身を起こしつつアマネをたしなめていると、ふとその瞳と視線が交錯する。燃え咲かる炎のような、あるいは気高い宝石のような赤い瞳の中に、俺の姿が映し出されていた。


 うっかりするとそのまま吸い込まれてしまいそうなほどのその瞳は、正真正銘アマネが生まれつき備えるものだ。まるでアニメの世界からそのまま飛び出してきたかのようなその容姿とまっすぐ向き合うというのは、一か月たっても思わず言葉を失ってしまうぐらいには現実感のないことだった。


「……どうした? わらわの瞳はメデューサのそれでもなし、見つめた相手を止める効力は持っていないのじゃが」


「……いや、つくづく奇妙な縁が出来たよなって。生活は楽しくなってるし、お前たちにはなんだかんだ感謝しているしな」


 少しきょとんとした様子で問いかけるアマネに、俺は首を振りながら返す。その脳内には、アマネたちと遭遇してからの一か月間が思い出されていた。


 アマネとの縁は、俺たちにとっていいものだったと俺は断言できる。もちろんいい事ばかりじゃなくて苦労もあるし、最初は途轍もなく驚いたけれど。それを込みにして考えても、今の俺の日常は奇妙であれ悪いものではない気がするのだ。


「……わらわの方こそ、ケイトが最初に接触するこの世界の人類で良かったと思っておる。これ程までに適応力の高い人間、魔界でもそうはおらんのだぞ?」


 俺の言葉に、アマネはどこか照れくさそうに頬を掻く。そういう言葉を発することには慣れていないのか、長く伸びた黒い尻尾がゆらゆらと所在なさげに揺れていた。


 そう、尻尾だ。間違っても俺たち人間にはついていないはずの尻尾が、アマネの感情を映し出すようにピコピコと動いている。ちなみに言っておくと、さっきのプリンの案件の時は思いっきりピンと立っていた。お前は猫か。


 そんなことを思う一方で、アマネに尻尾がついていてくれてよかったとも思う。明らかに俺たちとは違う存在だっていう証拠になる物がなかったら、俺はアマネのことをただの厨二病としか認識できなかっただろうからな。


 そういう意味では、世界はアマネにとって都合よく回っているといういつかの主張も正しく思えるような気がしないでもない。……そんな風に思えるぐらいには、初対面の時にアマネが見せた堂々とした名乗りは俺の中で腑に落ちていて――


「……さすがは魔王様、人の心を動かすのがうまいこって」


「じゃろう? わらわとて一時は世界の半分を統べた魔王、弁舌も少しはたしなんでおるわ」


「その割には言いくるめられることも多いけどな」


「急に手の平を返すでない!それは、その……お前やシノがなかなか見ないタイプの人間だから戸惑っておるだけじゃ!」


 急にはしごを外されて、アマネは憤慨するように尻尾を立てる。しかし、どれだけ高く見積もっても中学生にしか思えないような幼い見た目も相まって、唇を尖らせるその姿は拗ねているようにしか見えなかった。……正直なところ、魔王の威厳も何もあったものではない。


――アマデウス=リューク=マネ三世。略してアマネ。どういう経緯か現代日本の小市民たる俺たちの家に居候している小柄な赤髪の少女は、かつて異世界の半分を支配した大魔王なんだそうだ。その片鱗を普段垣間見ることは少ないけれど、俺はこの話を信じている……というか、信じざるを得なくなるほどいろいろなものを見せつけられている。


「というか、今の議題はプリンじゃプリン! アリスはどこにおる、見つけ出して締め上げてくれるわ!」


 その憤慨とともに思い出したのか、アマネは再びプリンの恨みをその瞳に宿す。このやり取りの勢いで忘れてくれればそれが一番よかったのだが、流石にそこまで幼くはないらしい。……まあ、ここまで来たらやるしかないか。


「あいつならどうせ部屋でごろごろしてるだろ。俺も手伝うから、くれぐれも荒事にだけはするなよ?」


「……ケイト、協力してくれるのか?」


「ここまで関わったらそりゃな。お前たちだけで話し合いさせたら戦争が起きるし」


 重い腰を上げながら、俺はアマネの期待に応える。結局のところそれが一番いい選択肢だし、アリスにちゃんと言っておかなかった俺の責任もないではないしな。……ここは一つ、異世界に置いてきた部下たちの代わりを務めることにしよう。


「できる限り荒事にはしないこと、部屋の中のものを壊さないこと。どーしても我慢ならなかったら一発だけビンタを許可する。守れるな、アマネ?」


「無論じゃ、わらわは寛大な魔王じゃからな!」


「よろしい」


 胸を張って頷いたアマネに笑みを返しながら、俺はつかつかとアリスがいるであろう部屋へと歩き出していく。それに置いて行かれまいと、アマネはせわしない足取りでその後ろをついてきた。これだけ幼い少女が魔界の全てを担っていたとかにわかには信じがたいのだが、まあそれはそれとして。


――最初に俺が言ったこと、ちょっとだけでも分かってくれただろうか? 実を言えば、俺を取り巻く奇妙な事情はこれだけではないのだが――まあ、それはプリン事件の傍らにでも語るとしよう。


「待っておれアリスよ。勇者とてプリンの罪から逃れることはできぬという事、ありありと見せつけてくれるわ!」


「……そう言うと急に物事がしょぼく見えるの、なんでなんだろうな……?」


 俺の疑問をよそに、アマネは意気揚々と歩みを進めている。……かつて異世界の半分を統べた魔王は、たった一人の従者を連れて勇者のもとへと進軍を開始していた。

という訳で、いかがだったでしょうか! 主要キャラが出尽くすまであと二話かかりますが、そこはできるだけ早く投稿しますので楽しみにお待ちください! 二人のやり取りをもっと見て居たいと思っていただけたら、高評価やブックマーク等頂けると嬉しいです!

――では、また次回でお会いしましょう!

追記:約十か月越しではありますがスローペースで連載再開していきます! まずは既出四話の改稿から始める予定ですので、のんびりお待ちいただければ幸いです!


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