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003

「そうだ、自己紹介をしてなかったわね。私はエリーっていうの、よろしくね」


 家へと向かう道すがら、村人さん……もといエリーさんが微笑みながら名前を教えてくれる。予想出来ていたことではあるが、やはりこちらでは日本的な名前の付け方ではなく、西洋的な横文字の名前が主流らしい。


 とりあえず俺も自己紹介を返さなければ。そう考えて、……ここで1つ、悩みが生まれる。それは、俺の名前だ。


 俺は元々男なので、――いや、一応今も男ではあるのだが――俺のことを女の子だと思っているエリーさんにその名前を伝えたとき、不審に思われるんじゃないか、という不安だ。

 気にしすぎかもしれないが、ここまで来て男だとばれた時、エリーさんにどんな反応をされるのかが分からない以上、リスクを犯すべきではない。


 そうなると、適当に偽名でも考えたほうが安全だろう。……というか、こっちの世界ではその偽名の方を本名にするのもいいかもしれない。元の名前は、良くも悪くも日本的すぎて、こちらの世界では浮きそうだ。だから――。


「私は、ノエルです。よろしくお願いします、エリーさん」


 俺はネトゲでよく使っていたハンドルネームを名乗る。これならば男にも女にも使える名前だし、咄嗟に呼ばれた時も実名と同じくらい慣れ親しんだ名前だから、すぐに反応できる。日常生活でも不便はないはずだ。


「そう、ノエルちゃんっていうのね。可愛らしい名前だわ」

「あ、ありがとうございます」


 どうやらエリーさんにも不審に思われることはなかったらしく、それどころかサラサラと優しく頭を撫でられる。……先ほどのぶりっ子が余程効いたのか、なんだか自分の子供にするような接し方だ。


 ……まあ、悪い気はしない。

 さっきはこの世界に来て初めてのコミュニケーションだったので、緊張で顔をよく見ていなかったが、エリーさんはかなりの美人さんだ。鼻は高くて目はぱっちり、長く伸ばしたブラウンの髪も清楚な感じがして非常にグッド。

 旦那さんがいるということなので難しいが、そうでないなら正直お近づきになりたいレベルだった。


 そのまま2人で会話をしながら歩き、1分もしないうちにエリーさんの家に到着する。促されるままに中に入ると、すぐにリビングに案内され、コップに飲み物が注がれた。


「旦那が帰ってくるまでもう少しかかると思うから、ここで休んでていいわよ。……あ、凄く疲れてるなら、ベッドまで案内するけど……」

「いえ、大丈夫です。飲み物ありがとうございます」


 答えて、1口飲んでみる。うん、美味しい。元の世界でいうところの、緑茶みたいな味がする。色味は薄い茶色なので、見た目はどっちかというと麦茶だが。

 なんにせよ、長時間歩きっぱなしで喉はかなり乾いていた。味も確認出来たので、ごくごくと一気に飲み干し、ぷはっとコップから口を離す。


「ふふ、いい飲みっぷりね。……その様子じゃ、お腹も空いてるんじゃない? 夕飯まで少し時間があるけど……ノエルちゃんの分だけ早めに作ってあげましょうか?」


 ……非常に魅力的な提案だった。確かにお腹は空いている。だが……、我慢出来ないという程ではない。ここまで良くしてもらっているうえにエリーさんの手間を増やすのも申し訳ないし、流石に断るべきだろう。


「いえ、だいじょ――」


 ぐぅぅ。


「あ」


 と、言いかけた矢先。なんと意地汚いことか。部屋に響くほどの大きな音を出して、腹が俺に反逆してくる。


 なんてタイミングで鳴るんだ、こいつは。流石に恥ずかしくて、顔が赤くなる。

 だが、エリーさんはそんな俺を見てくすりと笑うと、エプロンをつけて台所に入っていく。


「ちょっと待ってて、簡単なものしか作れないけど、今から用意するから」

「…………すみません、ありがとうございます」



 ……。



「どう? お口に合うかしら? 本当に簡単なもので申し訳ないけど……」

「いえ、美味しいです。ありがとうございます!」


 頬張りながら、俺はうなずく。用意されたのは焼いた卵とハムをパンで挟んだもの……言ってしまえばサンドイッチだった。

 確かに簡単な料理ではあるのだが、空腹なのと、美人の女の人に作ってもらったという補正込みで、なんだか前の世界でより美味しく感じる。


 ……というか、さっきのお茶のような飲み物と合わせて、この世界と元の世界で食に対して大きな乖離が無いようで正直ホッとする。この世界が、例えば昆虫食なんかがメインの食文化で成り立っていたりしたら、この先生きていくだけでも中々のハードモードになっていた可能性すらあったからだ。


 ありがとう、この世界の人々。同じ味覚でいてくれて……。


 そんなよくわからない感謝をしつつ、最後の1つをパクリと口に入れ、手を合わせる。


「ごちそうさまでした」

「……? なあに、それは」


 その俺を、エリーさんはキョトンと見つめていた。最初は何故見つめられているか分からなかったが、自分の合わせた手のひらを見て、ああ、と納得する。


「これは、私の故郷での食後の挨拶なんです。美味しいものをご馳走になりました……って意味で、癖みたいなものですね」

「へぇ、そうなの。こっちでは聞いたことない習慣だけど……うん、素敵な挨拶ね。言われた方も悪い気はしないし」

「あはは、よかったです。だったら、ここに泊めてもらってる間は、ちゃんとエリーさんに伝えるようにしますね」


 言って、にこりと笑みを浮かべる。

 ……自分で演じていてあれだが、なんて健気な少女だろうか。現にエリーさんも顔を赤らめ、「こんな娘がほしかった」などと呟いている始末だ。

 なんだかどんどん男だとバレた時のダメージが大きくなっていっている気がするが、それは忘れておく。バレなければ問題ないのだ。


 ガチャン。


 玄関の方で扉が開く音が聞こえてくる。どうやら、旦那さんが帰ってきたらしい。

 それでエリーさんも正気を取り戻したのか、「あら、早いわね」などと言いながら、パタパタと玄関に向かっていく。……泊めてもらおうとしている立場でここでふんぞり返って待っているのも良くない気がして、俺もその後についていく事にした。


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