001
パチリ、と目が覚める。
どうやらあの後、本当に寝落ちしてしまったらしい。
普段ならばまだバリバリ起きているはずの時間だったが……、どこかで疲れが蓄積していたのだろうか? なんにせよ、もったいない。折角の休日の深夜を、1つ無駄にしてしまった。
これは挽回する為にも、あの設定だけ終わらせたゲームを楽しまなくては――と、そこまで考えて、俺はある違和感に気付く。
あれ、なんで俺、外にいるんだ……?
慌てて周囲を見渡す。本来俺は部屋にいるはずだった。だが、周りを見渡せど、鬱蒼と生い茂った木々しか見えず、俺はぽかんと口を開く。
「ここ……どこだよ――って、はぁっ!?」
思わず口に出した言葉で、更に驚く。なぜなら、出したその声が、まるで自分のものではないような、女っぽい声だったからだ。
「……っ」
ぞわ、と背筋に悪寒が走る。自分がどんな状況に置かれているかを、ほんのりと察してしまった。
……いや、実際にこの目で確かめるまでは信じない……、信じないぞ……。そうだ、どこかに自分の姿を確認出来る場所は……。
改めて周囲を確認する。見える範囲は、あー一面のクソ緑といった感じだが、耳を澄ますと、近くで水が流れる音が聞こえてくる。どうやら川があるようだ。
俺は立ちあがると、音のする方へと歩きだす。
……立った時点で、違和感が凄い。明らかに昨日の俺より見えている世界が低い気がする。それに服も、着替えた記憶は無いのに何故か袖も裾もでろでろで、明らかにサイズが合っていない。
だが、まだだ。まだ、勘違いの可能性は残っている。
そんな儚い希望に縋りながら歩いていると、1分もしないうちに川がある場所に到着する。
心臓がバクバクとうるさかった。だが、意を決して水面をのぞき込み――。
「……やっぱりだ……俺、あの設定で転生してる……ッ!!!」
ガクリと、その場に跪く。
――水面に写ったのは、慣れ親しんだ自分の顔では無く、金髪碧眼で、まるで女の子のような可愛らしい顔立ちの少年だった。
……。
「まさかこんな事になるなんて……」
未だ違和感が凄まじい高い声で呟きながら、俺はまた水面をのぞき込む。
うん、パッと見れば完全に美少女だ。たとえ男だと理解していても、非常に俺好みのルックスで、こんなキャラクターがゲームにいれば、間違いなく推しの一人になっていただろう。
……だが、それはゲームでの話。俺は確かに可愛いキャラは好きだし、プレイしているネトゲでも、女の子以外のャラメイクをした事なんて一度も無い。
けど、別に自分自身が可愛くなりたいだなんて思ったことは決して無いのだ。
そう、だから……。
「あぁ……なんであのサイトは、事前に転生用のキャラクター作成画面です、と教えてくれなかったんだ……ッ!!」
拳を固く握りしめ、ドスンと鈍い音を立てながら地面に叩きつける。
なんの断りもなく転生させられたという事実より、それが何よりも許せなかった。
もし、もしこれが自分の転生用のキャラ設定だと知っていれば、もっと悩んだし、もっと綿密にスキルや才能を考えた、そして――。
「超イケメンに設定して、モテモテになれるかもしれなかったのに……!!」
我ながら酷い心の叫びだ。だが、仕方ない。紛れもない俺の本心だ。
何故俺は男でしか設定できないと分かった時、諦めてかっこいいキャラクターを作ろう、とならずに、気持ち悪い笑みまで浮かべ、したり顔で男の娘を作り始めたんだろう。
もしも過去に戻れるのなら、その時の俺をぶん殴ってやりたい気分だった。
「はぁ……まあ、前世よりはモテるかもしれないけど……」
そのモテる対象の8割くらいは、異性ではなく男性だろうが……と内心ではぼやきながら、流石に思考を切り替える。
考えることは一つ。これからどうするべきか、だ。
今の自分の姿を見るに、どうやら異世界に転生してしまったのは間違いないらしい。だが、それが分かったとして、何が出来るというのだろうか。
今の俺には、この世界に対する知識も無く、金も無く、人脈も無く……無い無い尽くしのトリプルスリーだ。実際問題、これからどうやって生きていけばいいのかすら見当もつかない。
今の俺が容姿だけで無く、あの時設定した通りのキャラクターであるなら、魔法は使えるのかもしれないが、そもそもどうやって魔法を出せばいいのかなどもわからない為、確かめる術が無い。
ああ、また“無い”だ。トリプルどころか、フォースまで来てしまった。
……ともかくそんなわけで、何をするにもまず圧倒的に情報が足りていない。
この世界はどういう場所なのだろうか、自分はどういった立場なのか、敵対するような存在はいるのか……そういった最低限の情報だけでも集める必要がある。
となると、まず立てるべき目標は……人を見つけることだ。この世界に文明があるのかを確かめたいし、もし出来るのであれば意思の疎通も図りたい。
会話さえ成立すれば、この世界についてもある程度の情報を集めることが出来るはずだからだ。
「……そうと決まれば、この森から出ないとな」
幸い川が見つかったのだから、これに沿って歩いていけば、いつか森の外には出られるはず。そうすれば街……とまでは言わないが、村くらいは見つけられるかもしれない。
改めて立ち上がり、腕をぐるぐると動かしてみる。やはりまだ違和感はあるが、歩く分には問題なさそうだ。まだ日が出ている今のうちに森を抜けてしまいたいし、体を慣れさせる為にも、少し急ぎで川を下っていくとしよう。
そうして、川の流れに沿うように、俺は足を踏み出した。