プロローグ
「……なんだこのゲーム」
それを見つけたのは、夜も更け切ったド深夜のことだった。長らく遊んでいたネットゲームがサービスを終了してしまい、何か新しく面白いゲームはないかなぁ、と適当にネット上を彷徨っていたところに偶然目に留まったタイトル。
“ガゼルディア”
ロゴも参考画像もなく、ただ公式サイトらしき場所のリンクだけがポツンと貼られており、他のゲームが色鮮やかなゲーム内スクリーンショットで世界観をアピールする中で、それは異質な存在だった。
だが、それ故に興味を惹かれ、俺はそのリンクをクリックする。
「……うお」
ズラリと大量の文字が画面いっぱいに表示され、思わず声を漏らす。一瞬変なウイルスサイトにでも飛ばされたのかと思ったが、よくよくそこに記された文字を読んでみると、どうやらこれが、ガゼルディアにおけるキャラクター設定の画面のようだった。
容姿、声、スキル、才能……そういった項目が、全てテキストで記載され、どれを取得するかをチェックボックスで選択する形式らしい。
「容姿も声もテキストで選ぶのかよ……そのサンプルすら出せないって、もしかしてとんでもない低予算ゲームか……?」
ぼやきながら、上2つの項目はひとまず放置して、スキルの項目にあった“火炎魔法・序”と書かれたテキストの横のチェックボックスをクリックしてみる。すると、スキルの項目にだけ書かれていた、右上の50という値が2減少し、48となる。
「ふむ……」
続いて“火炎魔法・破”を選択。今度は48から3減少し、45になる。
うーむ、多分序の上位互換だろうに、たった1しか違いがないのか? ……いや、待てよ。
なんとなく思い当たり、破の選択を残したまま、序の選択を外してみる。すると、右上の数値が50に戻り、破の選択が強制的に解除されてしまう。
「なるほどね」
どうやら同系統のスキルの上位版を取るには、その前提となるスキルが必須であるようだ。となると、50という数字は意外と少ないのかもしれない。
あれもこれもとスキル取っていては、中途半端な残念キャラになるのが簡単に想像できてしまう。
「こういうの、本当は攻略wikiなんかを読み込みながら造りたんだけど……」
半ば意味は無いと理解しながらも、別のタブを開き、“ガゼルディア 攻略”と検索してみる。だがまあ、案の定というか、何の情報もヒットしない。
ま、そうだよな。こんなタイトル、聞いたこともないし。ここは変に冒険せず、何個かに絞ってスキルを取得していった方がいいか。
「となると、どれを選ぶか……」
もう一度記載されているスキルの一覧を眺めて、俺は顔をしかめる。
普通なら、こういう最初に能力をを取得する系のゲームでは、その能力を取ると何が出来るようになるかを細かく書いてあるものだが、このゲームには一切それがない。ぶっちゃけ、フィーリングで選ぶしかないのが現状だった。
「……適当に一個選んで、それを軸に作ってみるか」
雑な決め方だが、情報が無い以上どれを選んだところで同じようなものだ。それなら、運に身を任せるというのも面白いだろう。
俺は目を瞑り、マウスをぐちゃぐちゃと動かした後に、適当な場所でクリックする。
「電撃魔法、か……」
選択されていたのは、“電撃魔法・急”。スキルのランクが序・破・急とある中の最高ランクだ。
最高位なだけあって、引かれるポイントはそこそこ大きく、スキルポイントが残り40になってしまっている。つまりこの“急”だけで5ポイントも持っていかれたということだ。
「1個を最大まで取るだけで10持っていかれるってことは……、やっぱり50ってのは結構少ないな……」
言いながら、俺はさて……と考える。
電撃魔法を主軸とするなら、とりあえず魔法使いになるのがベターだろう。
魔法の欄からは一つズレたところに記載されている“剣術”なんかを一緒に取って、魔法剣士を目指すのも面白いかもしれないが、ゲームにおける魔法剣士というのは、その字面のカッコよさから半比例するように結構な割合で地雷な場合が多い。
中途半端な攻撃性能と、中途半端な補助性能、そして中途半端な防御性能を持ったザ・器用貧乏キャラになりやすいのだ。
そのリスクを考えると、変に奇をてらわずに魔法に特化させておいた方が安全だ。
電撃以外の魔法は……、“火炎”、“氷結”、“疾風”、“光輝”、“漆黒”か。属性が合計6種類というのは、多くも少なくもないちょうどいい数だ。多すぎてもダレるし、少なすぎると戦術が偏ってしまう。
俺は少し考えて、とりあえず“光輝魔法・急”を選択する。
光輝が何を意味するのかはよく分からないが、“光”と入っているので恐らく光属性の魔法……つまり、回復なんかも使えるんじゃないかと思ったからだ。
回復なんて、あれば絶対に腐らないだろうし、それに攻撃面においても光属性というのは、なんだかんだ優遇されているイメージがある。
続けて、MPが切れた時用の保険として“杖術・破”を取得する。魔法使いなんだから杖は持つだろうし、もしかしたらMP吸収系の特技なんかを覚えられるかもしれないから、取って損はないだろう。
これで残り25ポイント。さて、他には何を取ろうか……。
「お」
良さげなものは無いかと項目の中をパラパラとスクロールしていると、今度はパッシブスキルの一覧にたどり着く。そして、その中にはうってつけのスキルが記載されていた。
“魔法威力強化”、“MP効率化”
まさに魔法使いの為に用意されたようなスキルだ。名前からして効果を推察出来るのも素晴らしい。俺はその二つのスキルをどちらも急まで選択し、残りは5ポイント。
ここまでくれば、もう下手に他のスキルにポイントを回すより、雑に他属性魔法を破まで選択した方が丸いだろう。なんとなく威力が高そうだという理由で “火炎魔法・破”を選択し、それでポイントを使い切る。
これでスキル構成は完成だ。分からないなりに、中々良い感じに作れたんじゃないだろうかと満足感に浸りながら、次の項目に目を移す。
「今度は……才能か」
書いてある内容をサラッと読んでみたが、どうやらこれは成長タイプの選択のようだ。
全体的にステータスが伸びる“万能”や、物理攻撃と素早さが伸びる “戦士”といった感じで、自分のスキルに合った成長タイプを選択しろ、ということらしい。
だが、流石にこれは迷うことなく、魔法攻撃とMPが伸びる“魔法使い”一択だ。あれだけ魔法に比重を置いたスキルを取っておいて、物理型にする意味がない。
「……ふぅ」
ゲームとしての大事な部分の選択を終え、俺は一度椅子に深く座り込んでからノビをする。思ったよりも時間を使ってしまった。
時計を見ると、このゲームを見つけてから既に1時間近く経過しており、変に凝り性な性格が発揮されてしまったなぁ、と頭を掻く。
というか、これがどんなゲームかすらも分かっていないのに、こんなに必死で考える必要はあったのだろうか……? これでしょうもないゲームだったら、とんでもない時間の無駄……、いや、止めよう。
これ以上考えると途轍もない徒労感に見舞われる気がして、思考を止める。あとは容姿と声の設定だけだ、さっさと決めてしまおう。
考えを振り切るように画面を上の項目のところまでスクロールし、テキストを流し読む。読んで字のごとくだが、やはり容姿の項目ではキャラの造形を決められるようだ。
俺は自由にキャラメイク出来る作品では、可愛い女の子アバターを作って全力で着飾るのがポリシーだ。故に、性別は女性にしようと思ったのだが……。
「あれ……変えられない」
性別:男 と書かれた部分を変更しようとクリックしたのだが、なんの反応も起こさない。回線が切れたのかと思い、電波を確認してからクリックしてもダメだった。
もしかして、固定なのか……?
少しこのゲームに対してのモチベーションが下がるが、まあ、それならそれで作りようはある。
容姿の項目を読み込み、その中にあった “女顔”と“低身長”、そして“長髪”を選択する。それに続いて、声も“中性的”を選択し、俺はニヤリと笑みを浮かべる。
そう、女の子が作れないなら、男の娘を作ってしまえばいいのだ。見た目さえ可愛ければ、男か女かなんて、プレイする時は大して気にならないからな。
残った髪の色、瞳の色の設定項目も、完全に自分の好みで金髪と碧眼に設定して、俺はマウスから手を放す。
「っし、完成だ……お?」
先ほどまで映っていたキャラクター設定の画面が暗転する。どうやら、全ての項目を埋めたことで画面が勝手に切り替わったようだ。数秒した後、真っ暗な画面に、無機質な文字が浮かび上がる。
【設定完了 これより転移を開始します】
……? どういう意味だ? ……ああ、もしかして、もうストーリーが始まってるんだろうか。それなら、ちゃんと読まないと――。
「――え?」
そう思って、画面へと向き直ったところで、ぐにゃり、と視界が歪む。目の前にあるはずのパソコン画面が、やけに遠くに見えた。
なんだ、これ、もしかして寝不足か……?
遠のいていく意識の中、俺の目は最後に、画面上に映る【それでは、よい人生を】という文字を捉え、気を失った。