悩み相談及び解決部②
「あの……お願いします」
二人目のクライアントも女性で先と同様、おっとりとした雰囲気で物静かな印象を持つ。
案外、惺月目当てでここに来る人はそう多くないのかもしれない。
「その……すいません。簡単な自己紹介をして頂けると幸いなんですが――」
「はい!え――と……私は桐谷美玖です。一年生です。好きな食べ物はスウィーティーで、趣味は太陽を何秒見つめられるか耐久することです。スリーサイズは上から八――」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って桐谷さん!落ち着いて考えて?!」
最後まで黙っていれば全部聞けたかもしれない。
正直なところ――滅茶苦茶に残念だ……。くそ悔しい……!
駄目だ駄目だ……。考え直せ。
自分の顔を平手打ちしながら、たるんだ考えを改める。
「そ、それで……用件は?」
「実は……飼い犬のルーちゃんが一昨日から帰ってこなくて……」
「なるほど……。それで捜索をお願いしたいと……そういうことですね」
彼女はこくりと頷きそのまま話を続ける。
「私が……幼い頃から一緒に育ったんです。嬉しい時も悲しい時もいつもルーちゃんが傍に居たんです……。でも……ずっと帰ってこなくて……。ルーちゃんに何かあったら私……耐えられない。きっと私は壊れてしまうわ……」
――話が……重い。
――話が……重い。
なんだろうか……。行方不明の飼い犬探しの依頼のはずなのにどうして空気がここまで重たくなるんだ?
確かに彼女にとっては家族同然なのだということはよく伝わってくる。だが、そこまでの心配することも消極的になることもないだろう。まずは落ち着かせて宥めることが先決だ。
「分かりました……。私たちも協力させて頂きます」
「本当ですか……?一緒に探してくれるんですか……?」
「勿論です。幸いなことに明日は休日。明日三人で捜索活動が出来ます」
「本当にありがとうございます――!なんと感謝を申し上げればよいか――ううぅ……」
ついに彼女は泣き出してしまった。
惺月はどうすればいいか分からずにあたふたとしている。
俺は惺月を落ち着かせてから彼女を安心させられるような言葉を探した。
「まだ見つかってもいないですからお礼なんて要りません。それに気休めになるかも分かりませんが、犬は他の動物よりも帰巣本能が高いと言われていますからそのうち帰ってくるかもしれませんよ」
「そうかもしれませんね……いえ、そうですね!ルーちゃんは無事に決まってますよね!」
まだ目にうっすらと涙が残っているが、表情は徐々に和らいでいるのが見て分かる。
そして彼女は立ち上がり、俺と惺月に向けて頭を下げた。
「本日は本当にありがとうございました――!明日から宜しくお願い致します」
「承りました!私に任せて下さい――!」
彼女は真っ直ぐドアに向かい、それからドアの向こうに消えていった。
チラッと視線だけ隣を向くと、自信に満ち溢れた顔をしている惺月がいる。
惺月も視線に気付いたようで更にすごいドヤ顔を見せつけてきた。
「癖が凄い人だったけどやっぱり今回は私が大活躍をしたわね!私のおかげで美玖さんは今夜安心して眠りに就けるはずよ」
「どうしたら自信満々にそんなことが言えるんだよ……。ていうか枯木は何かしたか?」
「最後の私の任せてください――!で安心させたよね?」
確かに自分自身がその立場だったら安心感を与えられていたかもしれない。そう考えると惺月の存在はこういったことに適しているのだろう。
もう一度満面の笑みでドヤ顔をしている惺月を見る。
いつも厄介事ばかりを起こすトラブルメーカーの部長だが、たまには素直に褒めるのもありかもしれない。
「まあ、仮に枯木という学校の人気者からそんな言葉をかけられれば僕も安心するかもしれないな。うん……ありがとな」
「え……?あ、いやその……直球に言われても……ちょっと恥ずかしいよ……」
惺月の顔が薄紅色に染まっていき、それを隠そうと両頬を押さえている。
俺が思う惺月の良いところは素直に褒めるとちゃんと照れてくれるところだ。だが、これが原因でよく甘やかしてしまう。
「よし!次行くか――!」
「ちょっ……さっきから私への反応薄いよね?ちょっとくらい反応してくれてもいいよね?!」
「次の方――どうぞ――!」
「もお――!嘉紫くんの馬鹿――!」
そう言って惺月はそっぽを向いてしまった。
宥めようとしたがその前にドアが開き、クライアントが入ってくる。
「失礼します――!今日は宜しく!」
三人目のクライアントは男性。
外見からスポーツ男子という印象を持つ。そして俺とは正反対の存在、俗に言う陽キャラというやつだ。
「あ――!ワッキーじゃん!どしたの?」
「よっ!しずしず。来ちゃったぜ――!てか、ワッキー言うな!和武将輝だよ……。あだ名はショウ君くらいにしてくれよ。クリムゾンプリ――」
「ワッキーはいつもそればかりだよね……。しかもNGワードだし」
「持ちネタだし……しょうがないじゃん。てかワッキー言うなし」
思いっきりアウトな持ちネタを披露しようとした彼はどうやら惺月の知り合いだったようだ。本当に顔が拾いこった……。
そのまま二人は俺をおいて話は進んでいく。
「それで今日はどしたの?」
「そうだった……。今日は真面目な相談をしに来たんだった。そのだな……どうしたら勉強に集中できるか分からなくてアドバイスが欲しいんだ。家に帰ってから勉強するために机に向かうんだけどそれからが集中できなくて……」
いつも馬鹿なことばかり言っている陽キャラの彼が、ここに来て真面目なアドバイスを求めていることに驚きつつ話を聞いた。
惺月も彼の真面目な質問に真面目な返答、アドバイスをする。
「そうね――。私もあんまり頭いい訳じゃないから対していいアドバイスが出来ないかもだけど……それでもいい?」
「頼む――!教えてくれ――!」
「分かったよ!でも、アドバイスって言っても……方法を何通りか教えることしか出来ないよ?」
「え……?なんで?」
「なんでって……」
頑張ろうとする姿勢は悪くはないし、何も出来ないことをそのままにするよりは断然マシだ。
だが――
――さすがに馬鹿すぎるだろ……。
少し考えれば分かる答えをすぐ他人求めるのは良くない傾向だと思う。
惺月には是非とも真似しないで欲しいものだ。
だけど、その心配は要らなかったらしい。
「そんなことも分からないの……?ちょっとくらい自分で考えなさいよね」
「え――?だって分かんないし……」
――駄目だこりゃ……。
惺月のソロ悩み相談はもう少し続きそうだ。