悩み相談及び解決部①
正直なところを言うと全く上手くいくとは思ってもいなかったので、今の現状に驚きを隠せないでいる。
本校舎から少し離れた位置にあって尚且つ、三階の一番奥の部屋が部室だと言うにも関わらず十人ほどの生徒が列を作っていた。
今までは二人で出来る範囲の活動しかしてこなかったので、学校の生徒たちが来てくれるかを内心で心配をしていたのだ。
「さすが私……これこそ部長の風格ってやつだよね!私ってば信頼されてるのね――」
ある意味で学校の男子から人気なだけだろと思ったがこれは心にそっとしまっておこう。
「それでは悩み相談及び解決部を開業します――!一人目の方どうぞ――!」
「開業って……まあ、いいか」
ドアを丁寧に三回ノックした後に、一人の女子生徒が入ってきた。
見た目に特出したところはないが、おっとりとした雰囲気から物静かな人なのだろうと予想が付く。
そして一人目のクライアントからの相談が始まる。
「お名前を伺っても宜しいでしょうか……?」
「はい!ええっと……私は虎伏真奈と言います。一年生です!」
彼女の話し方や動作が変に固い。早めに緊張を解してしまわないといけないか……。
「別に緊張しなくていいよ!」
「面接じゃないし、ましてや同級生なんだから気を遣わなくてもいいですよ」
その言葉を聞いて少し安心したのか彼女は大きく深呼吸をしてから覚悟を決めたかの如くカッと目を見開く。
「実は……私には好きな人がいるんですけど告白したくても勇気が出なくて。そこで今日悩み相談をしてもらえるっていうポスターを見かけたんです」
「なるほどね……それで何となく察しはつくけどご用件は?」
「学校の人気者の枯木さんなら経験豊富かもと思ってアドバイスをもらえたらとここに来ました」
さすがは学校の人気者だ。『人気』というワードはそっくりそのまま『信頼』というワードに変換される。正直なところ俺には理解出来ないが。
惺月は彼女の願望に応える。ただし、いつも通りの滅茶苦茶な対応だ。
「えっと……えっと……な、なるほどね!そのお願いはよく受けてるから!わ、私が直々に秘術を伝授してくれる……!」
「お――い。落ち着け――。また語尾が訳の分からんことになってるぞ」
このまま惺月に任せてしまえば暴走して何を言い出すか分からないが、聞いてみたいという欲に負けてしまい止めなかった。
相変わらず惺月はテンパったまま話を続ける。
「一番効果的なのはね……えっと……えっと――そう!その相手を壁まで追い詰めてから壁に手をついてこう言うのよ「私と付き合いなさい――」ってね!この秘技は名付けて……『壁ドーン』(イケボ)。私が名付けたわ!」
「はいは――い。完全にアウトだから黙っていようね」
俺の手で惺月の口を塞ぎ、この場から退場してもらう。この場とは言っても話から出ていってもらうだけなのだが。
「代わりに俺がアドバイスとかすることになるけどそれでもいい?」
相談する相手を惺月と指名しているので確認を取る必要があるだろう。
クライアントである虎伏真奈の意見を一番に考えるべきだと考えたからだ。
「はい。その……お願い致します」
「うん。じゃあ一応確認だけど……君は意中の男子と付き合いたいんだよね?」
「そうです……。中学の時から好きで……それからずっと片想いです」
学生の大きな悩みといえば恋愛を思い浮かべる人がほとんどだろう。
こうして実際に相談を受けてみると現実味が出るというものだ。
「そっか……。じゃあ一つだけ質問してもいいかな?」
「はい……?何でしょう?」
そして、だからこそ責任を持った対応をしなければいけない。
リアルに充実した人間になったことがない俺には分からない悩みをアドバイスすることになる。だけど半端なことは言えない。それでもこれだけは聞いておくべきだと思った。
「仮に虎伏さんの願いが成就して彼と結ばれたとするよ。でも、その彼が思っていた人物像とかけ離れていたとしてもそれでも愛していられる?」
「え……?それは――」
「例えば、君という彼女がいるというのに、友達との約束を優先し続けるような人でも虎伏さんは耐えられる?」
「その――」
「そして、その挙句に虎伏さんは何もしてもらえないまま、何もしてあげられないまま振られても彼の愚痴を言ったり、恨んだりしないでいられる?」
「…………」
そして彼女は黙り込んでしまった。
カップルや夫婦が別れたり離婚したりする理由の一つに価値観の違いというものがある。誰しも同じような感覚を持っている訳じゃないのは、ほとんどの人が理解しているはずなのに、それでもそんな事案が発生するのは許容範囲の問題が大きいのだろう。
どこまでが侵入されていい領域で、どこからが侵入されたくない領域なのか。いわゆるプライベートゾーンとパブリックゾーンのこと。
そのパブリックゾーンが交わる範囲広ければ相性がいいし、全く交わらなければ理解し合えないという具合だと俺は考えている。このことを理解しないままにいると価値観の違いを知った時に相手を許容出来ない。
その考えをもとに彼女に質問をしたのだ。俺の考えが必ずしも絶対に正しいとは限らない。
でも、相談を受ける者として彼女には幸せになって欲しい訳で辛い思いをして欲しくはない。
数分の沈黙の後に震えるような声で彼女は俺の質問に応答した。
「それでも……それでも私は……翔くんを居られます!……はわわ!間違って名前を――」
「大丈夫だよ。クライアントの個人的情報を外部に漏らしたりしないから安心して」
彼女の応えはシンプルで真っ直ぐなものだけど俺が求めていたものと同じだった。
結局、恋愛は感情論なのだ。理屈なんて関係ない。その人を好きと思えれば好きで居続けられる。
「でも、そっか……。君は真っ直ぐで優しい人なんだね。じゃあ、俺からのアドバイスは一つ。変な小細工無しで、君のその真っ直ぐな気持ちを伝えることかな。絶対にフラれないという保証は出来ないけど、俺から見た君は十二分に魅力的な女性だと感じたよ」
彼女の表情がパッと明るくなるのが見て取れる。
そのまま席から立ち上がり、深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました!私……頑張ってみます!」
「少しでも力になれたなら本望だよ。頑張って下さい」
彼女はドアに手をかけて開け放ってから再びお辞儀をして今度こそ部室を後にした。
そして彼女が出ていくと手がムズムズすることに気付き横を向くと、口を押えられたままの惺月が不服そうな様子でそこにいた。
「あ……悪い。押さえっぱなしだった」
慌てて惺月の口を押さえていた手を引っ込める。
「てか……離れれば良かったじゃん――」
「私……嘉紫に唇奪われちゃった。もう……責任は取ってくれるんだよね……?」
惺月はかなり破壊力のある上目遣いしてくる。
普通の男子なら瞬殺出来るのだろうが……俺は違う。
俺は惺月の素を知っているからこんなので心臓は暴れだしたりしない。
「はいは――い。後で手はしっかり洗わないと。そこで責任というやつも洗い流せればいいんだけどな……」
「ねえ、私の扱いひどくない?!もうちょっと敬ってくれても――」
「次の方どうぞ――!」
「ちょっと――!無視しないでよ――!」
惺月の声を途中で遮り、次のクライアントを部室に呼び出す。十人近く居るのだから、惺月にばかり構ってなどいられないのだ。
部室のドアがゆっくりと開く。
次はどんな悩みが舞い込んでくるかな。