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イントロ

 大雨が降りしきる山道をぐるぐると回る。


 退屈だと思っていた僕の人生は、何の前触れもなく変わった。

 僕は今、車の中に居ながら冷たい雨の洗礼を受けている。

 無慈悲に滴る天の雫は、ただ楽しかったあの時の記憶を甦らせる。あの一夏の想い出は短い人生の中で唯一、楽しいと感じることができた時間だった。


 「僕は何を考えているだ……まるで――」


 最後まで言えずに言葉が詰まる。

 それが、まるで死ぬ前に脳裏に過るという噂の走馬燈に思えてならない。なんて考えたくもなかった。

 現実を冷静に捉えて事実を受け入れ肯定する自分と、現実を冷静に捉えて把握はしているが、事実を受け入れられず逃避する自分が葛藤している。

 そして最後まで離れない彼女の笑顔に少し微笑む。


 「惺月ちゃん……僕は君を幸せにしたかった」

 

 どんなに願っても叶わないこの想いをどこに向ければいいのだろうかと考えるけれども答えは見つからない。

 身体から流れ出す水分が思考を鈍らせて、意識を霞ませていく。

 意識が途切れる最後の瞬間に僕はこう思ってしまったんだ。


 こんなことになるのなら好きにならなければよかった。と。


 事の始まりを説明するためには時間を約三十分前に遡る。


 僕は後部座席から時折見える稲光をぼんやりと眺めていた。

 お父さんは運転席に、お母さんは助手席に乗っていて、音楽の話で盛り上がっている。

 車の窓から見える景色はあまりにも単調で、代わり映えのない僕の人生と良く似ている。

 例えるなら、一生定められたレールの上を走る列車と同じようなものだ。

 両親の話が一段落付いたようで、幕間のように僕との会話を挟む。


 「瀧之丞、家族旅行はどうだったかしら?」

 「とても楽しかったです、お母様。一生記憶に残ると思います」

 「そうかそうか、そんなに楽しんでくれたか!これで瀧之丞もレッスンに一層励みがかかるな」

 「はい、とても頑張れそうです。家族旅行、また連れて行って下さい」


 心にもない言葉ばかりを並べて見栄えのいい形にしていく。

 正直な話をすれば、家族旅行の内容なんて覚えていない。

 それほどに興味がなく、そして覚えておく価値がないほど詰まらなかったのだろう。

 

 こんな考え方になってしまったのも、両親の英才教育の賜物だとでも言っておく。

 何事にも興味を与えさせず、僕の無限の未来をただ一点の道に(しぼ)り、自分の野望のために子供を道具として使う父親。

 父に溺愛するあまりに美を求めて、子供の世話もロクにせず、父親と同様に子供を道具として使う母親。

 そんな二人から育てられた僕は、生まれてから今まで愛されたことがない。

 仁愛という言葉を見つけたときは、目を疑ったものだ。


 褒められるときの期待するような眼差しは、自分の野望が一歩近付くから。

 機嫌良く接してくるその態度は、僕をダシに最愛の人に愛されていると感じているから。


 そしていつしか自覚した。

 彼らにとって僕は都合のいい駒であり、有用な操り人形であり、どんな扱いをしても許される奴隷なんだと。


 少しの会話を交わし、両親はまた二人だけの世界に入っていく。

 僕も再び、雨が降りしきる山道へと視点を動かす。

 相変わらず詰まらない風景だけが過ぎ去っていき、僕の単調な人生と同調する。


 代り映えのしない日々に慣れ親しむ。変える努力も変わる日を待つのもとの昔にやめた。

 期待は叶えば喜びは大きいが、叶わなければ疲労と虚無感が残るだけで他には何も残らない。

 そんな社会の厳しさに齢九という幼さで気付いてしまった僕は、未来に希望など抱いていない。

 過去に一つの光を見つけたと思ったが、小さく些細な願いさえ閉ざされれしまった。

 実を言うならば、小学生に上がる前に気付いていたのだ。


 僕は、平和な世界に生まれながら、生き地獄の中にいる。


 「貴方!前!前を見て――!」


 母親の絶叫とほぼ同タイミングで車体が大きく横に振れた。


 「うわぁぁぁぁぁ――!」「きゃあぁぁぁぁぁ――!」


 その悲鳴が両親から聞いた最後の声だった。

 悲鳴が耳に届くと同時にクラクションの音がして、強い衝撃が伝わる。

 グシャとグチャという音が同時に聞こえて、休む暇もなく浮遊感に襲われた。

 ガツンッという音を立てて車の装甲も悲鳴を上げる。

 

 大雨が降りしきる山道の崖を転がり落ちて、ぐるぐると回る。

 僕の詰まらない人生も落ち行き、ぐるぐると廻る。

 

 落ち行く最中、一人考えていた。

 僕の人生の終わりには、必ずダ・カーポがあって繰り返すのだと。


 だから、僕の作る楽譜にはD.C.を異常に使うのか……。まだまだ僕の知らないことだらけだ。

 無情にも転がり落ちていく速度は上がっていき、グラフ上では放物線を描いていく。

 時期に来る地面との衝突でドアが歪み、僕の身体は投げ出された。


 そして冒頭に戻り、次に目を覚ましたのはもう一人の僕の中だったって訳さ。

 言い忘れてたけどもう一人の僕が中心で、この物語の主人公は僕じゃない。


 「そうだね……僕の大っ嫌いな音楽に例えるならイントロ。でも、プロローグにはまだ早い。つまり、エピソード・ゼロさ」


 空間の崩壊の兆しが見え始め、白に黒の裂け目が生まれる。

 どうやらもう一人の僕の目覚めが近いようだ。


 詰まらない話はここまでにしようか。また、近いうちに会おう。

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