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星の花で待ってて  作者: ???
Disc 1.
6/6

Track 5.

 高等部2年2組の教室に戻ると、一部の席を除いてほとんどの生徒が席に着いていた。ハチは置いてきた馨の表情を思い出しながら、「馨さんは大丈夫だったかなァ」なんて考えながら自分の席に着くと、机の中からノートと教科書を取り出す。星花に転入する前に事前にどの教科書を使用するかは教えられていて、それだけは助かったなんて思いながら、ぐるりと人が増えてきた教室を見回す。


("学校"ってこんな感じなんだな。あんま行ってなかったからわかんねェけど)


 とは言え、芸能人も良家の子女も通う私立が"普通の学校"とは言いがたいけれど────なんて、ハチはくるくるとシャープペンシルを回しながらそんなことを考える。周囲のいわゆる普通の学生とは違う生活をしているハチたちは、それこそ仕事の都合で授業に出られないことや制約を受けることも多い。馨さんで言えば前のグループの意向で水泳の授業や骨折などの危険性がある体育の授業は全面的に禁止だったし、ハチはもともとソロだから自分で仕事を取ってこなければいけないことも多く、授業に出られないこともあった。幸か不幸かお互いに単位制の高校だったから補習を受ける形で何とか授業の単位を取得していたのだけれど、それだって仕事の合間を縫って行わなければならない。とは言え、もともとアイドルになる以前もハチ自身があまり学校に通ってはいなかったから、学校と言う空間にはどうも馴染み辛さを感じてしまうのだが。


(ま、前の学校じゃほとんど誰とも話さなかったし、正直あんまり()()()()()()()()()()()()()()んだよな)


 自分がどんな家庭環境で育ったのか、どんな生活をしていたのか、どんな学校生活を送っていたのか────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ほとんど覚えていないのだ。時折なにかが切っ掛けで断片的に思い出すこともあるけれど、その記憶だってどこか現実味がない夢物語のようなものに近い。そんなことを馨に言えば、冗談だろうと鼻で笑われたのだけれど。


(まぁ馨と組むまで大変だったから、思い出したくないんだろうけど)


 もともとグループで活動していた馨とは違って、ハチはソロアイドルだった。最初から華々しくデビューできる人間なんて一握りで、例に漏れずハチもそう。頭を下げて地道に先輩のバックダンサーのような下積みから始めて、ファンと距離の近い握手会をメインに活動して。芽のでない人間にまともなマネジメントをする必要もないと言う会社の考えもあったから、自分で頭を下げて仕事をとって、バーターだろうが代役だろうが前座だろうが脇役だろうが、入る仕事は何でもこなした。馨と組んでからは、時には人の仕事を横取りするような真似もして────それでその結果がこの『炎上アイドル』なんだから、自分でもアホ臭いとは思うけど。でも、馨さんとハチのような世間から弾かれる人間が、世間から愛される人間とまともに戦ったところで潰されるのがオチなのだから、会社のこの売り方が一番効率が良いと言う意見には賛成だった。いつの時代も自分が出来ない無茶苦茶なことをしでかす人間に惹かれる人は少なからずいて、ハチたちにはそれぞれそのニーズに応えられる武器がある。生き残りたくて立ち回った結果が今の世間で言われるような立ち位置なのだから、そこに文句を言われる筋合いもハチたちが文句を言う資格もない。


(ま、馨さんには()()()()()()()()()()()()とは思うけど)


 でも、アイドルでいたいと言ったのは馨のほうだ。どのような形であれ願いは叶っているのだから、そこに文句を言われる筋合いもない。文句を言うなら代替案を出せと言う会社の考えにはハチも賛成で、だからこそ今のところはこの売り方に勝る代替案はない、と言うのがハチと馨の間で一致した意見だった。クビになってアイドルが出来なくなるよりは世間から嫌われる方がずっとマシだし、そう言う無茶苦茶なところが好きだと言う奇特なファンのお陰で今の"JoKe"はある。だからファンは大切にしないといけないのというのは、馨の受け売りなのだけれど。

 やがて教室に教員が入ってくると、学級委員であろう生徒の声で挨拶をして。ハチは見様見真似で挨拶をすると、そのまま席についた。

 くるりとシャープペンシルを回しながら、板書をノートへと書き写していく。演習問題をすらすらと解きながら、意識を少しずつ『蜂谷 旬』へと戻していった。


(そういやあのセンセ────小板橋、だっけ)


 よく知りもしない生徒と昼食を共にしてくれた、よくわからない変わった先生。ハチは先程の少し拗ねた子どものような表情や微かに揺れたシニヨンを思い浮かべながら、小さく笑った。


(おもしれェ人だったな。大人なのに、子どもみてェ)


 ハチは先程の『敬語を使わない人には教えません』と言う言葉を反芻しながら、くるりとシャープペンシルを回す。馴れ馴れしくし過ぎれば距離をとられるし、かと言って離れすぎればあの人は自分のことは何も教えてくれなさそうだ。そんなことを思いながら、ハチはノートに目を落とした。

 大人は時にハチたちのようなアイドルよりもうまく嘘をつく。楽しくもないのに笑ったり、うまく相手をおだてたり、虎視眈々と相手を蹴落とすチャンスを狙っていたり、時には子どもよりも子どものままだったり────少なくともそう言った人間ばかりの環境で育ってきたハチには、いまいち"大人"と言う得体の知れない生き物を信用しきれない部分があった。だから痛くもない腹を探られる前に大人とは距離を置いて、大人の嫌う露悪的な子どもであろうと振る舞っていたのだけれど。


(……でも、あの人はなんか変な人だったな)


 こちらを利用しようとも搾取しようとも思っていない、平々凡々な()()()()()。少なくとも、ハチたちの周りにいる人間とは毛色が違う人であることには間違いなくて、だからこそどう関われば良いのか考えあぐねていた。


(……まぁ、まだわかんねェけど。人間なんて、腹の中に何を抱えてるか見えねェし)


 解き終わってしまった演習問題に赤ペンで丸をつけるとハチは教員の説明を聞き流しながら窓の外を見る。自分たちには酷く似つかわしくないような、青く澄んだ空がやけに目についた。



「────(かおる)さん、いる?」


 放課後、二年三組の教室を覗けばちょうど帰り支度をしている馨がいて。馨は一瞬だけ「なによ」と言いたげに顔をしかめると、すぐに自分の周りに人が沢山いることを思い出したようで。こちらに近付いてくると、にこやかに笑って「どうしたの? はち……(じゅん)?」と柔らかな声で尋ねる。ハチは「げェ、猫かぶり」と思いながら背中に走る悪寒を隠して「放課後どうする?」と尋ねれば、馨さんは「放課後?」と間の抜けた声をあげると「別に予定はないけど」と素っ気なく呟く。その言い方にどこか既視感を覚えながら、「じゃ、ハチと"デート"しようぜ?」と肩に手を置けば、馨は酷く迷惑そうにその手を払いながら「デート?」と嫌そうに小声で復唱した。


「イ・ヤ。なんであたしがあんたとなんか」「ギャハハ、ひっでぇの! 部活動見学だよ、見学」


 ハチだって馨さんとデートなんかヤだよと返せば、馨は人目につかないようにハチの足を踏んで。咄嗟に「ぐっ」と低いうめき声をあげれば、馨は「馬鹿にしないでくれる? これでもお金を払ってデートしたいって言ってくれる人もいるんだけど」と冷たく呟いた。


「だいたいあんた、部活なんて入る気ないでしょ。迷惑かけるんじゃないわよ」「まぁまぁ、見るだけみて見よーぜ。見ンのはタダだし、めぐみちゃんからも話は通ってるみてェだし? さっきも、好きに見てきていいって言われたしなァ」


 どうせ馨さん、友だちいねェし予定もねェんだろ? と言えば、馨は「あんたに言われたくない」と言って再度ハチの足を踏む。「ぐっ」と再度うめき声をあげるハチの横を「羽村さん、バイバーイ!」と言って三組の生徒が通りすぎる。「友だち?」と尋ねれば、馨は「そう」と短く返した。


「バッカ、じゃ、今の子に部活案内してもらえば良かったろォ。もったいねェな」「今の子は帰宅部。……て言うか、あんたにバカって言われる筋合いないけど。そもそもあんたが誘ってきたんでしょ」


 馨はそう言うと、一瞬だけ何かを考えるような素振りをしてから、小さくため息をついて。再度教室のなかに戻ると、次に出てきた馨は鞄を持っていた。


「ほら行くんでしょ、部活動見学。あたしも一緒に行くから」


 馨はそう言うと、長く柔らかな髪を揺らしながらハチの少し先を歩いていく。馨が少し前にイメージキャラクターを務めていたシャンプーの香りが柔らかく鼻腔を擽った。ハチはその後を追いかけるようについていきながら、「誘っといてなんだけど、マジで言ってる?」と尋ねれば、馨は横目でこちらを見ながら「だったら誘ってくるんじゃないわよ」と冷ややかに言い放った。


「どうせこのまま一人で帰ってもあんたと家で会うのは変わらないんだし。良いでしょ、たまには」「へェ、めっずらしいこともあンだな。なに、寂しくなっちゃった? 馨さん」「ウザ」


 馨は冷たく言うと滑り落ちた髪を耳に掛けながら、「今日、クラスの子と話したんだけど」と小さく呟く。ハチは特に返事もせずにその言葉の続きを待っていれば、馨は肩に掛けた鞄を持ち直してから「みんな、普通の生活をしてたのよ」とぽつりと呟いた。


「みんな普通に部活をして、恋愛をして、好きなものを食べて、放課後は寄り道して。そりゃ星花には芸能人だっているけど、大半は普通の女の子たちでしょ? その話を聞いた時に、普通の生活をあたしはしたことがないなってふと思ったの」


 別にJoKeで部活が禁止されてるわけでもないし、と続けた馨に「まぁ、JoKeは崖っぷちの人間しかいないからね」と続ければ、馨は呆れたようにハチを見てから、ふっと小さく笑った。


「そう、あたしもあんたも崖っぷち。そりゃ、あたしの一番は自分がアイドルでいることだけど、あたしが愛した世間があたしを崖っぷちだって言うんなら、あたしも崖っぷちなりに普通の高校生の生活を少しくらい味わっても良いんじゃないかって思っただけ」


 馨さんはそう言うと、指先で毛先を少し弄ぶ。それが照れ隠しをするときの馨さんの癖だと言うのは、結成して少し経った頃に気が付いたことだった。


(……へェ、良いことじゃん)


 ハチはにやにやとしながら「あっそ」と返せば、馨さんは横目でハチを見ながら「で?」と小さく尋ねる。それに「あ?」と返せば「あんたは見つかったわけ? これからのこととか」と、以前聞いたことと同じような台詞を言われてしまう。

 ハチは内心「またその話かよ」とげんなりした気持ちで馨の方に視線を向ければ、馨は呆れたようにため息をついて「しつこいとか思ってるんでしょうけど」と呟く。


「でもね、あんたの同僚として言ってあげるけど、何事も人生経験として必要なのよ。……あたしたちみたいな"アイドル"しかやっていない人間には、特に」


 馨はそう言うとどこか考えるような目で遠くを見て、「────あたしは、」と小さく呟いた。


「あたしは、自分が炎上した時、これでもう二度とアイドルが出来なくなると思ったわ。顔も知られてるし、これからじゃあ何か別のことをしないと────って思ったけどね。あたしは自分の人生がアイドル一色しかなかったから、それ以外の道が解らなかったの」


 まさかあんたと組んで"炎上アイドル"なんてやらされるとは思わなかったけど、と続ける馨を横目にその言葉の続きを待てば、馨がはっとした表情で「……だからね」と小さく言葉を続けた。


「……だから、あたしもあんたも"アイドルになれなくなったとき"のために、色々見ておくことが必要なんじゃないかって、そう思っただけよ」


 ────まぁ、そんな日が来たらあたしはあんたを捨ててソロアイドルになるだけだけどと続けた馨の言葉に、ハチはにやにやと笑って。「自分で仕事取って来るソロって大変だよォ、馨さん。仕事貰えてたグループ側の人間がすぐに出来るんスかァ?」と揶揄うように言えば、馨さんはフンと鼻で笑った。


「舐めないでくれる? この間のJoKeのCMの仕事、横取りしてきたのあたしだから」「あっそ、契約金で騙されそうになったやつね。契約書よく読んどけよなァ、ハチが気付かなかったらケタ二つ低いやっすい金で働かされるところだったんだけど」「いっちいち五月蠅いわね、アンタは!」


 そもそもJoKeにマネージャーがいればこんなことにはならないのに、とぼやく馨さんに「JoKe付きのマネージャーが貰えなかったんだからしゃあねェだろォ。他の売れてるトコと兼任してっから、実質いねェのも同然だし」と小声で返せば、馨さんは重くて深いため息を吐いた。


「……で? 部活動見学って、どこから行くわけ?」「そうだなァ────」


 ハチはいくつか目星をつけていた部活動を伝えれば、馨さんは校内図を見ながら「はいはい」と軽く返す。ぶつぶつ何か言いながら部室棟へ向かって歩いていく馨さんを横目に見ながら、「あの人は何の部活なんだろうなァ」なんてぼんやりと考えていた。

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