Track 4.
(────さて、どこで昼食べるかなァ)
ハチは一度教室に戻って弁当と飲み物をとってくると、そのまま廊下をふらふらと歩く。ああ言った手前、馨さんたちが食べるであろうあたりで昼を食べるとハチの発言に矛盾が生じてしまうし、かと言って食堂で食べると面倒なことになりかねないし。とは言え、こっそり教室に戻って弁当を食べるのはちょっとダサい。
(そもそも"仲良しこよし"で昼食べるキャラじゃないもんなァ。とは言え、"ゲーノー人同士"でつるんで食べるのも何か嫌だし)
学校にいる間くらいは仕事のことは考えないで生きていたいと言うのは傲慢な願いなんだろうかと思いながら、ハチは小さく欠伸をする。早起きは苦手な方ではないけれど、慣れない環境に少し疲れが出ていたのも事実だった。
(どっか昼も食べれて、かつ人もいなくて寝れそうなところはねェかなァ……前の学校では屋上で食べてたし、今日はそっちでもいいか)
そんなことを思いながら「立ち入り禁止」の札が掛かったロープを「こんなん守るやついんのかよ」と思いながら跨いで、屋上へ向かうためのドアを開いた時だった。
「……もう、お姉さまったら……」「お弁当作って来たよ、はい、あーん」「お弁当なんかより、お前の方が────」
屋上のドアを開けると、そこには未知の空間が広がっていて。ハチは一瞬にして「ついていけねェな、これは」と察すると、そのまま静かにドアを閉じる。もういっそここで食べてやろうかと思いながら、弁当を持ったまま屋上から四階へ続く階段を下りた────ときだった。
「いてッ」「いたた……」
階段の踊り場で、上がってきた人と肩がぶつかってしまって。ハチは「すんません、大丈夫でした?」と顔を上げれば、白衣を着たその人は小さくため息を吐きながら「ええ」と言って顔を上げる。
「ごめんなさいね、よく見てなかったから」「や、ハチもよく見てなかったんで……」
冷静に謝る姿にハチもつい恐る恐る謝れば、彼女は無表情のまま「……怪我はない?」と少し優し気な声で呟く。その言葉に「あ、はぁ……」と返せば、「そう」と言って眼鏡の奥の瞳を少し和ませる。今まで周囲にはいなかったタイプにどのように対応すればよいのか解らなくて戸惑っていれば、彼女はハチの持つお弁当箱に目を向けると「……お昼、食べる場所が見つからないの」と聞いてきて。それにどこか気まずい気持ちを隠しながら、「いや、はァ……なんかこの辺よくわかんなくて……」と返せば、その人は「そう」と言って。その言葉に「はァ……」と答えになっているのかなっていないのかわからない言葉を返せば、その人は少し考えた後「……仕方ないわね」というと、ため息とともにハチを見る。
「……ついて来て。お昼食べられる他の場所、案内するから」「は? はァ、どうも……てか、なんでハチが転校生だって知ってるんスか?」
少し先を行く彼女の背中を追いかけるように小走りで歩けば、彼女はこちらをふり返ることもなく「貴女、今朝挨拶してくれたでしょ。職員室で」と短く返す。必要最低限のことしか話したくないと言うような態度に「はァ……」と返せば、彼女はそれっきり話すことは無かった。
職員室で、と言うことは恐らくこの人は星花の教員なのだろう。シニョンが彼女の動きに合わせて僅かに揺れるのを見ながら、ハチは「あんな挨拶されても親切にはしてくれんだな」なんて的外れなことを考えていた。
「てか、センセーは屋上に何の用だったんスか?」「所用。……でも、」
その後に続く言葉を濁した彼女にハチは屋上の様子を思い浮かべながら「あれじゃあ確かに食べ辛ぇよなァ」と思っていれば、彼女は何とも言い難そうな表情をしながら「……まぁ、そうね」とだけ答える。
「おっ、なんでハチの考えてること解ったんスか? エスパー?」「……はぁ。あなた、さっきから全部口に出てるの」
呆れたような口調に「あー、すんません! ハチ、何でも口に出ちゃうみたいで」とヘラリと笑いながら、「あれ、でも屋上って立ち入り禁止スよね」と不思議に思って伝えれば、彼女はふ、と息を吐いて「そう。私は立ち入り禁止の場所に入りそうな生徒を注意するの。あなたみたいな」と言うと、彼女は再度ため息をつく。
「まぁでも、転校したてでどこで食べればいいかも解らないだろうから、気持ちは解るけど」「はぁ、まぁ、そっすね」
あんなイチャついてる空間で落ち着いてメシが食えるわけないだろとハチが同意してるのかしていないのか解らない返事をすれば、彼女は少し何かを考えるような表情で顎に手を当てて。それから自分の腕に付けている時計を見ると、再度小さくため息をついてから「ねぇ」とハチに尋ねる。
「────貴女が良ければ、だけど」
彼女はそう言うと、表情の読めない顔で真っ直ぐにハチを見る。一際こちらに関心が無さそうな視線にはどこか見覚えがあったけれど、次に続く言葉に柄にもなく驚いて、そんな自分の考えは霧散してしまった。
「私と一緒に食べる?」「へ? ……アンタと?」
思わずそんなことを言ってしまえば、目の前の彼女は『アンタ』と呼ばれた瞬間にぴくりと眉を顰めたけれど、すぐに表情を元に戻すと「そう、先生と」と少し嫌味を含んだ声で言った。
「……一人で食べたいなら、無理にとは言わないけど。お昼食べる場所を探してるうちに昼休みなくなっちゃうでしょ、お互い」
そう言った彼女に「いーんスか?」と問えば、「他にも生徒と食べてる教員も見るし、今日く らいは良いんじゃない」と言って腕を組むと、「で? どうするの?」とハチに問い掛ける。
(……まぁ、これから昼食う場所は探せばいいし、このセンセの言うとおり今は昼食べる場所を新しく探す時間は無いしな)
ハチは少しの間考えると「……じゃ、すんませんけどお願いしまーす」と言えば、彼女はそのまま白衣を翻してハチの先を歩いていく。ついてこいという意味かと解釈して「わかりにくい人だな」なんて考えながら、ハチはその背中を追った。
屋上からひとつ下の階に降りると、目の前を歩く彼女はそのまま『理科準備室』と書かれた部屋の引き戸を開ける。小綺麗なデスクには、恐らくそれぞれの教員の私物が置かれていた。
「……この部屋は昼休みは私しかいないから」
彼女はそう言うと、自分のデスクであろう机にガタガタと予備の机を繋げると、ちらりとハチのほうを見る。そこで食べろと言う意味かと理解して「どうも……」と言えば、彼女はフイと顔を背けて自分の鞄からガサガサとコンビニ袋を出した。
薬品の匂いが僅かに漂う静かな空間の中で、黙々と昼食を摂る音だけが残っている。ハチは弁当を食べながら、黙々とコンビニの鮭おにぎりを食べる彼女をちらりとみると、沈黙に耐えきれずに「あー……」と声を出す。
「あー……あの、ありがとうございます。すんませんね、なんか仕事邪魔しちゃって」
ハチがそう言えば、彼女は黙々とおにぎりを食べながら「別に」と返す。その言葉でぶつりと会話が途切れてしまって、気まずゥと思えば、彼女も少し気まずそうに目線をそらしてから「……さっきも言ったけど、この時間は私しかいないの、理科準備室」と小さく呟いた。
「この後私は空きだから、お気になさらず」「はァ……どうも」
ハチはそう言いながら今朝作ったサンドイッチを齧る。転校初日によく知らない教員と食べているこの状況がやけにシュールに思えて、ハチは思わずくつくつと喉を鳴らして笑った。
「くっ、あはは」「……なに?」
鮭おにぎりを持ったまま、突然笑い出したハチの姿を訝しげに見る彼女を横目に、ハチは目尻に浮かんだ涙を拭う。ハチはひとしきり笑いながら「ふっ、あは、だってさ、」と肩を弾ませながら、彼女のほうを見る。訳が解らないと言う彼女の表情が、さらに笑いを誘った。
「あは、だってアンタ、わかりにくいんだもん! 気にしないでって、ふっ、よく知らないヤツと昼食べるなんて気にすンだろ、フツー!」
ひとしきり笑っていると、彼女は一瞬だけ呆気にとられたような表情になって、それからすぐにまた無表情に戻る。よく見れば意外と表情豊かなその様子が、また笑いを誘った。
「……迷惑なら戻って貰っていいけど」「あは、メーワクなんて言ってねェだろ」
────ありがとーございます、と言えば、彼女はフンと鼻をならすと「……どういたしまして」と呟いた。
「────ごちそうさまでした!」
ハチが昼食を食べ終えてそう言えば、彼女はガサガサとコンビニ袋にゴミを片付けていて。その姿を見ながら「ねェ」と声をかければ、彼女はこちらを見ずに「なに?」と返した。
「センセーさ、どっか行こうとしてたんじゃないスか?」
弁当箱を片付けながら「場所提供して貰っといてなんだけど、良かったンすか?」と返せば、彼女はちらりとこちらを見ると「えぇ」と短く返した。
「……いいの、別に」「ふぅん、じゃいーけど」
何か理由がありそうな表情を見ながらも「一日で会った人間にそうそう話しちゃくれねェか」と思い直して、ハチは小さく欠伸を溢す。「馨さんはうまくやってっかなァ」と思いながら、「ね、"センセー"は名前なんて言うの?」と尋ねれば、彼女はちらりとこちらを見ると「小板橋」とだけ返す。それにくすりと笑いながら「下は?」と尋ねれば、彼女は「どうして貴女に言わないといけないの?」と返す。誤解をまねく言い方だなぁと苦笑しながら「だって、アンタはハチの名前を知れんじゃん。アイドルだし」と返せば、彼女は「興味無いもの」と短く返した。
「ヘェ。でもフェアじゃないッスよね、センセー?」
────アンタは、なんて言うの?
柔らかく、けれども見透かすようにそう言えば、彼女は少し拗ねた子供のような顔をして、「敬語を使わない人には教えません」と呟く。大人でもそんな顔をするんだななんてぼんやりと思いながら、「じゃ、敬語使ったら教えてくれるンすか?」と尋ねれば、彼女は小さくため息をついて目線をそらす。そんな表情に小さく苦笑すると、「無理に聞き出すこともないか」と思い直して「いーよ」と返す。
「いーよ、内緒で。……ね、アンタ────"小板橋先生"が良かったらさ、またここに来ても良いスか?」
もちろん名前は教えてくれなくて良いからと伝えれば、彼女は呆れたような、それでいてどこか不思議そうな表情で「どうぞ、来るも来ないもご自由に」と素っ気なく言った。
「……でも、あんまりなれなれしくしないでね。生徒と教師も、適度な距離感が大事でしょ」
彼女がそう言って席を立った瞬間、昼休みの終了五分前を告げるチャイムが鳴る。彼女はその音を聞くと、「私、次授業だから」と言って席を立つ。
(ンなこというけど、昼は食べても良いんだな)
ハチはくつくつと喉を鳴らすように笑いながら「はいはい、じゃ、お邪魔しましたー」と言って席を立つ。
「────あ、そうだ」
ハチは理科準備室のドアに手を掛けながら彼女を振り返れば、小板橋先生は「なに?」と変わらない無表情でハチを見る。ハチはそれにくすりと笑うと、「今日は」と言葉を続けた。
「今日はわりと楽しかったよ。声かけてくれてありがとね、センセー」
名前はまた今度教えてよと伝えれば、彼女は肯定も否定もせずに微妙な表情をして。ハチはそれにくすりと笑うと「じゃ、明日もまた来まーす」と続ければ、小板橋先生は「来なくて良いわ」と言ってため息を吐いていた。
(あー楽しかった。おもしれェ人だったな、"小板橋先生")
ハチはくつくつと喉を鳴らすように笑うと、小さく鼻歌を歌いながら、高等部二年生の教室へ向かう階段を降りる。リノリウムの床に上履きが擦れて、キュッと言う微かな音を立てた。
(────さて、小板橋先生と"ハチ"、どっちが折れるのが先かなァ)
ハチは先程の小板橋先生の姿を思い浮かべると、「あの人は手強そうだなァ」なんて思いながらくすりと笑う。左手に持った弁当袋が、振り子のように微かに左右に揺れた。




