Track 3.
────ガラガラと引き戸が開くと、転校生の方々をお連れしましたと言う言葉と共に、中にいた教員が一斉にこちらを振り返る。好奇の目ともただ注目しただけとも読み取れるその視線に内心舌打ちしたい気持ちを抑えながら、中にいる教員を値踏みするように、わざと露悪的に振る舞った。
「ちわーっす、"炎上アイドル"の蜂谷旬でーすッ! こっちは羽村馨! よろしくお願いしまーす」
そう言ってぐるりと職員室を見回せば、まだ若い教員なのだろうか、職員の中には戸惑ったような表情でこちらを見ていて。ベテランと言う域に入った教員たちは、特になにか動じた様子もなくにこやかにこちらを見つめていた。眉ひとつも動かさないその行動に、ついこちらの方が動揺してしまう。
(うげ、やりにくゥ。変わってンのか? ここの教員は)
案内をしてくれた教員もそうだったが、この学園は露悪的に振る舞う人間に対してあまりにも寛容だ。麻痺するほど余程の変わり者が多いのか、この学園の人間が肝が座っているのか、あるいは学園全体がどっか"オカシイ"のか────あるいはそのどれもが当てはまっているのか。初日ではつかみ所が見えなくて、ハチは僅かに首をすくめた。
(……お、)
ハチはぐるりと職員室を見回すと、その視線の中でも一際こちらに関心が無さそうな視線を見つける。職業柄人の視線には敏感で、その種類を読み取るようにそちらに視線を向ければ、白衣を着たその女性と少しの間目が合うと、彼女はすぐにフイと視線を外してパソコンに向き合う。好奇の目とも嫌悪感とも似ていないその視線がやけに印象に残った。
「────蜂谷さん、羽村さん」「へ?」
突然呼ばれた自分の名前に驚いて振り返れば、転校前に一度だけ会った校長が立っていて。柔和な人の良さそうな笑みを浮かべながら「転校前にもお会いしましたが、担任の先生を紹介しますね」と言って、二人の女性を連れて来る。一人はふわふわロングのブラウンの髪に童顔の女性と、もう一人はショートカットの清潔感のある女性だった。
「こちらが、蜂谷さんの編入する二年二組の担任の愛瀬先生と、羽村さんの編入する二年三組の担任の五十嵐先生です。お二人ともとても優しい先生なので、何か分からないことがあれば積極的に聞くといいですよ。……では愛瀬先生から、何か簡単な自己紹介でも」
校長がそう言うと"愛瀬先生"と呼ばれた女性は「え、わ、私からですか!?」と動揺しつつハチたちの方に向き直ると、花が開くようにふわりと微笑んだ。
「高等部二年二組の担任をしています、愛瀬めぐみです。担当科目は社会科で、主に歴史を教えています。……その、ちょーっと二年二組は"濃い"クラスだけど、みんないい子ばっかりだからあまり緊張しないで、ね? あと、何か分からないことがあれば、いつでも聞いてね」
彼女はそう言うと、僅かに頬を上気させて。「ゲーノー人つっても緊張するよな」と思いながら「よろしく────」と手を差し出した瞬間、「きゃー!」と愛瀬先生は小さく悲鳴を上げた。JoKeのファンがあげるようなその黄色い声にさすがに瞬きをすれば、愛瀬先生は両手で顔を覆って「きゃー!」と再度小さく悲鳴を上げた。
「ごめんなさい! 実は私、ドルオタなの! "JoKe"の握手会に行ってないのに握手なんて……おこがましいでしょう!?」
慌てたようにそう言う愛瀬先生に思わず馨さんと目線を合わせると、ハチはにやにやと、馨さんは余所行きの顔を作って愛瀬先生に向き直る。
「マジすかァ? ハチのファン? それとも"JoKe"の箱推し? どっちにせよ趣味いいっすねェ、握手しましょ!」
そう言って手を差し出せば、愛瀬先生は「きゃー!」と小さく悲鳴を上げて「ダメ!ダメよ、ちゃんと正当なお金を払わなきゃ!」とか訳の分からないことを言っていた。
「いーじゃんいーじゃん、"めぐみちゃん"。これから担任と生徒になる仲でしょ」「うぐぐ……、でもダメなのよ! こんなこと"JoKe"のファンに知られたらどうなるか……」「だぁいじょぶ、黙っててやっからさァ。売れっ子アイドルとタダで握手なんて、こんな機会もうないよォ?」
────それともめぐみちゃんは、ハチたちのこと、嫌い? と耳元で囁けば、愛瀬先生は「うぐぐ……」と声にならない声をあげたあと、「や、やっぱりだめッ! みおにゃを裏切れないもの!」と叫び出す。
みおにゃ────とは、確かmisericordeと言う人気アイドルグループのメンバーの一人だ。確かセンターの美滝百合葉は星花に通ってるんだっけと思いながら『ゲーノー人多すぎだろ、この学校……』なんてげんなりしてしまった。
「あー……でも、"misericorde"と仕事がかぶることはほぼないからさ。めぐみちゃんが黙ってれば、バレないんじゃない?」
ね? と言えば、まだ少し悩んだ表情の愛瀬先生の耳元で、「たまには一緒にわるい子になろーぜ?」と囁けば、愛瀬先生は「うぐぐ……」と悲鳴に近い声をあげながら恐る恐る手を差し出す。柔らかな手を握りながら、「ま、"最推し"じゃなくても今後も"JoKe"をよろしくお願いしまーす」と営業をかければ、愛瀬先生は「ひゃい……」と言葉にならない言葉をあげていた。
────その後の始業式での挨拶と言えば、つかみはばっちり……とはおよそ言いがたかったけれど。少なくとも"JoKe"の名前は知られてきているのか、一般の生徒の間ではファンだと言う子やハチや馨さんの名前を呼んでくれる子も多くて。なるほど10代の女の子ばかりの環境はマーケティングにはぴったりだと思いながら、ハチは残りの退屈な始業式を欠伸を噛み殺しながら過ごしていた。
始業式では、夏休みでの過ごし方や9月からの目標、生徒会からの諸注意などが行われていて。最後に校長の話が終わると、10月から始まる中間考査の話や9月上旬に行われる星花祭────いわゆる文化祭の話などが行われていて。横目で同居人を見ると、少しだけわくわくしたような表情に小さく笑う。
(馨さん、前のグループだと文化祭とか学校行事は仕事で休まなきゃいけなかったもんな。運営側にはなれないんだろうけど、せめて文化祭の空気くらいは味わってほしいよなぁ)
そんなことを思っていれば、こちらの視線に気付いた馨さんが「なにニヤニヤしてんのよ」と小声で聞いてきて。それに「んや? たのしそーでいーなーって思っただけ」と言えば、馨さんはバレないように踵でハチの爪先を思い切り踏んだ。
(いって────ェ!)
「────と言うわけで、ちわーっす! 転校してきました、蜂谷でーす! 職業は嫌われもののアイドル! 好きなものはわかりませーん! よろしくお願いしまーす!」
二年二組の壇上でそう言えば、反応は思った通り三者三様で。ハチはぐるりと教室を見回すと、「うげ」と小さく声をあげた。
(うげ、"美滝百合葉"だけじゃなくて、"泉見棗"までいんじゃん。……いや、あれは"妹"の方かァ? どちらにせよ、なんなんだこのクラス)
泉見棗・泉見司は、有名女優と演出家の双子の娘だ。子役デビューしてから有名な児童劇団に所属していた話は聞いたことがあるけれど、最近ではぱったり何をしているのか聞かなくなってしまったから、てっきり引退でもしたのかと思っていたのだけれど────てことは、この学校、ほんとにゲーノー人ばっかなのかよとげんなりした気持ちでため息をつけば、綺羅星のような笑顔で「あ!"JoKe"さんだ!」と美滝百合葉が声をあげる。それに条件反射で「お、どーもどーも! "misericorde"さん!」と手を振れば「やだー! ゆりりんでいいよ!」とあの明るい笑顔で言った。
「アイドルが来るって噂、本当だったんだ! 私、どんな子が来るんだろうって、ずっとわくわくしてたの!」
よろしくね! なにか分からないことがあればいつでも言ってね! と言う言葉に、「どーも!どーも! 適当にお願いしまーす!」と答えてから愛瀬先生────"めぐみちゃん″に案内された窓際の一番後ろの席へと座る。クラス全体の雰囲気が把握しやすい席は、転入してきたばかりの自分には有難かった。
「みなさーん、今日から蜂谷さんが2組に転入してきました。学園に不慣れな間は何かと困ることがあると思うから、気がついたら声をかけてあげてね」
そう言った愛瀬先生の声に、口々に生徒達は返事をして。ハチは窓際の席に座ったまま、観察するように二年二組の生徒達を見つめていた。
「ねぇねぇ、どこの高校から来たの?」「"JoKe"この間テレビで見た! 新曲好き~!」「この学園広いから、解らないことあったら何でも聞いてよ。ボクもよく迷うんだ」
そんな口々に話しかけられる言葉に「あざーっす!」と答えながら、一通り落ち着いたところで窓際の席に視線を向ける。青い入道雲が空の宮市の空一面に広がっていた。
「────で? そっちはどうよ、馨さん」「いい子たちよ。みんな穏やかだし、あたしが炎上してた理由も知らなさそうだし。……あと、あたしを"炎上アイドル"として扱わないし」
昼休みに、馨の様子を見に行きがてら二年三組まで声をかけに行けば、馨も不安ではあったのかハチに気が付くと急いで教室から出てきて。そのままお互いの少し離れたところの窓ガラスに寄りかかる形で話をすれば、思っていたよりも普通の回答にほっと息を吐いた。
────あたしここでならうまくやっていけるかしら、という言葉に、ハチは小さく笑う。外面は良いが意外と繊細で、人と打ち解けるまでに時間のかかる彼女がそんなことを言うのは珍しいことだった。
(……良いことじゃん)
ハチがくすりと笑えば、馨さんははっとしたような表情をして。それからフイと視線を外すと、「で? ……ア、アンタはどうなのよ」とこちらをちらりと横目で見る。
「うまくやっていけそうなの? アンタは」「あは、ハチのこと心配してくれんだ?」
やーさしと笑えば、馨さんは「別に、あんたのことを心配してるんじゃないわ。あんたに迷惑掛けられないかクラスの人を心配してるの、あたしは」と訳の分からない言い訳を並べていた。
「へーへー、勘違いして悪かったね」「ほんとよ、何であたしがあんたの心配なんか」
八月下旬の少し涼しい風が、誰かが開けていた窓からふわりと吹き込んでくる。風が柔らかく馨の髪を乱して、それが少し鬱陶しそうに馨は髪を耳に掛けた。
「……で、何しに来たのよ、あんたは」「まだお友達がいないカワイソーな馨さんと弁当食べてあげようと思って来たんだ……けど……」
ハチはそこまで言いかけると、馨さんの後ろに視線を向ける。すると馨さんは「何よ」と言いながらハチの視線を追うように振り返ると、そこに立っていたのは星花の制服を着た女の子三人組で。それぞれが手元に持ってる可愛らしいお弁当袋に事情を察しながら「どしたんスか? ハチたちに用事?」と尋ねれば、彼女たちは少し恥ずかし気にそれぞれが顔を見合わせた後、真ん中の女の子が意を決したように「あ、あの」と声を震わせながら馨さんのほうを見る。
「あ、あのっ……は、羽村さん、だよね?」「え? はい、そうです」
馨さんも突然のことでいつもの営業スマイルが出せなかったのか、ほんの少し戸惑ったような声色でそう返して。「誰?」とハチが小声で尋ねると、馨さんは戸惑ったような声色で「同じクラスの子、だけど……」と返す。
彼女たちはほんの少し頬を上気させながら再度顔を見合わせると、きゅっとお弁当袋を持って「あの、よかったら一緒にお昼、食べよう」と馨さんの目を見てそう呟く。慣れていないのか、戸惑ったような声色で「え」と言う馨さんを押しのけて、「マジ? 馨さんと食べてくれんの?」と強引に話を進めていく。
「あ、ハチは二年二組の蜂谷旬。よかったー! ハチ、この後ちょっと用事あってさ。馨さんとお昼食べらんないんだよね。よかったらさ、一緒に食べてあげてよ。んで、学校のことも教えてあげて」
そう言って「ちょっと、蜂谷?」と戸惑ったように言う馨さんの背中を彼女たちの方へ押しながら「良いから食べてきな、ね?」と小声で言うと、「馨さん、ちょーっとめんどくさいけど、根はいい子だから今後もお願いしまーす」とだけ言ってさっさとその場を離れる。後ろで馨さんの戸惑ったような「はち、」と言う声を聞き流しながら、ハチは「この辺って弁当食べれんのあとどこだ」なんて考えていた。
協力
・愛瀬 めぐみ様/百合宮 伯爵様作
代表作
「先生。恋のQuizが解けません!」
小説家になろう版
https://ncode.syosetu.com/n6718gq/
カクヨム版
https://kakuyomu.jp/works/1177354055165854812
・美滝 百合葉様/百合宮 伯爵様作
代表作
「∞ガールズ!」
https://ncode.syosetu.com/n4195fs/




