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星の花で待ってて  作者: ???
Disc 1.
2/6

Track 1.

 広い会場に溢れた色とりどりの光の海がハチたちを照らしている。時に残酷に世間から見た自分たちの立ち位置を明確にするその光を見て、ハチは右耳に付けたイヤモニで自分の歌声を聞きながらぐるりと会場を見回した。


JoKe(ジョーク)ー!」「ハチー!」「 (かおる)さーん!」


 曲と曲の合間で、酷く熱を込めて自分の名前を呼んでくれる声にひらひらと手を振る。その途中『ウィンクして』と書かれた団扇を見つけて、自分ともう一人のメンバーの羽村(はねむら) (かおる)を交互に指して「どっち?」とジェスチャーを交えて尋ねれば、団扇の持ち主は泣き出しそうな表情で自分を指さして。それに小さく笑ってウィンクすれば、持ち主は団扇で顔を隠してしまった。

 右側では馨さんが嬉しそうな、それでいてどこか寂しそうな表情で観客席を見つめている。なんでそんな顔をするんだよと思って肩を叩けば、馨さんははっとしたようにハチを見て何とも言えない表情をする。イメージカラーの薄い水色のスカートが彼女の動きに沿ってふわりと揺れて、咄嗟にその腰を引き寄せて「大丈夫?」とマイクにのらない音量で尋ねれば、馨さんは「大丈夫に決まってるでしょ」と言ってハチから離れると、どこか喜びを噛みしめるような表情で客席を見回して『みんな! 今日は来てくれてどうもありがとう!』と言った。

 第一部が終わった後は十分間のMCパートだ。『JoKe』はもともと個々にアイドル活動を行っていたこともあり、ライブごとのMCの話し始めは交互に行っていた。前回のライブはハチだったから、今回は馨さんの番だ。結成当時からずっとその順番で行っていたこともあり、馨さんのファンは一言も聞き逃すまいとするように固唾をのんでその様子を見守っている。ちゃんと馨さんを見ててくれよと思いながら、ハチは小さく笑って彼女たちを見ていた。


「ハチー!」


 馨さんのMCが終わると同時に聞こえた自分を呼ぶ声に、ハチは鈍く光る銀色のマイクを持つと大きく息を吸い込む。許容量を超えた空気が肺の中で暴れまわって、ちりりと鋭い痛みが走った。あと何回この景色を馨さんに見せてあげることが出来るんだろうなんて思いながら、ハチは吐き出すように言葉をマイクにのせた。


『どーもどーも、熱烈な応援ありがとォ! んじゃ、次の曲行くよォ。次は────』



 ────カーテンの隙間から漏れた柔らかな乳白色の光に思わず眉間に皴を寄せた。外では呑気に鳥の鳴き声が聞こえていて、隣に住んでいるマンションの住人がガチャガチャとドアの鍵を閉めたような音が聞こえると、コツコツと音を響かせながら足早に去っていく。その音を聞きながら横着をしてベッドボードに置かれたままの自分の携帯を取ると、画面に表示された時刻を見る。初期設定のままの画面に表示されたその数字に小さくため息を吐きながらのそのそとベッドから起き上がってフローリングの上に足を下ろす。触れた床は妙に生温かった。


「……マジ最悪」


 どーせ夢ならもうちょっといい夢見せてくれよなんて思いながら欠伸をすると、ところどころはねた金髪を掻き上げながらベッドの横に置いたクローゼットの扉を開ける。そこに掛かったまだ新しい制服を取り出すと、壁に掛かったカレンダーを横目で見る。そこに同居人の丸っこくて可愛らしい字で書かれた、『始業式※起きなきゃ置いてく!』と言う激しい文字に小さくため息を吐いた。


 S県空の宮市中部に位置する中高一貫校の『私立星花(せいか)女子学園』は、芸能人や良家の子どもなどが多く通うお嬢様学校のひとつだ。星花女子学園の理事長曰く、星花の教員も中等部と高等部の校舎でそれぞれ分かれているが部活動は中等部と高等部の合同らしい。転入前の顔合わせでそう言われた際には、「めんどくせ」とげんなりしたものだ。もっとも、同居人は入った方が良いとは思うけど。

 洗面所で洗顔と歯磨きを済ませると、軽く髪を梳かしてゴムでくくる。しっぽのような髪の量しかまとめられないが、家事をする前は少しでも衛生的でいるために髪を縛ることが常だった。


(しっかし始業式で挨拶とかめんどくさ。お嬢様が多いところで「ちわーっす! 炎上アイドルでーす!」つってウケる訳ないだろ。サボろっかな)


 ハチは大きく欠伸をすると、簡単に身支度を整えてからエプロンを付けてキッチンへ向かう。高校生二人で住むには広すぎるマンションの一室のなかで、唯一気に入っているのが最新式のキッチンだった。広いうえに使いやすいことに加えて、調理器具をしまう場所が多いことが料理をすることが多い自分にとっては気分が良いものだった。

 つけっぱなしにしているテレビから流れてくる朝のニュースを聞き流しながら、「朝ごはんどうするかなぁ」と冷蔵庫を開ける。作り置き用の副菜が入ったタッパーから、昨晩作ったアーモンド入りのポテトサラダが入ったタッパーを取り出してキッチンに置きながら、ふと昨晩珍しく同居人が口にした「サンドイッチ」と言う言葉を思い出した。


(そういや (かおる)さん、昨日の夜サンドイッチがどうのこうの言ってたな。お弁当にもなるから、ちょっと多めに作っとこ。一個はたまごサンドにするとして、もう一個はどうするかなぁ)


 マヨネーズはたまごサンドとポテトサラダで使うし、出来れば違うものがいいよなーなんて思いながら、野菜室を開けた────時だった。


「……おはよう」


 昨晩あまり眠れなかったのか、それとも単に暑くて目が醒めてしまったのかは解らないが、まだ半分夢うつつと言った様子で同居人の羽村(はねむら) (かおる)が起きてきた。普段きちんとした格好を好む彼女にしては珍しくパジャマのままで起きてきたことに内心驚きながら、「はよ。早いじゃーん」と返せば、彼女はパジャマのまま冷蔵庫からペットボトルの麦茶を取り出してコップに注ぐと「暑くて眠れなかったのよ」と言って口をつけた。


「あー、確かに。空の宮が特に暑いのかな」「関係ないでしょ。夏はどこでも暑いのよ」


 馨さんはそう言うと、しまったと言うような顔をして小声で「……まぁでも、空の宮は特に暑いわね」と付け加える。その様子にくすくす笑いながら「別に気にしなくても良いのに」と返せば、馨さんはコップに口をつけたまま、「五月蠅い」と言ってふいと顔を逸らす。裏表は多少激しいものの、根は素直で善良な馨は同僚兼同居人としては好ましかった。


「……今日の朝ごはん、なに?」「サンドイッチー。昨日食べたいって言ってたじゃん」「そう?」「覚えてないんかい」


 馨さん、いつも言うだけ言って忘れてんでしょと返せば、馨さんはフンと鼻を鳴らすと「……なにか手伝うことある?」と声を掛ける。「んや? テーブルの上でも片付けといて」と伝えれば、馨さんは黙々と布巾を水で濡らして絞った後、テーブルを丁寧に拭いていた。


「馨さんさぁ、眠れなかったのって暑かっただけ?」「そうだけど?」


 他に何があるのよと眉間に皺を寄せてこちらを見る馨さんに「何でもないよ」と返しながら、沸騰した湯に卵を入れた。



「はいどーぞ!」


 お茶の入った大きなペットボトルと馨の分のサンドイッチを机の上に置けば、馨はポチポチと携帯をいじる手を止めてテーブルの上のサンドイッチに目を向けると「ありがとう」と言って、キッチンの方へ向かってゆく。何をするつもりなのかとその行動を目で追っていれば、キッチンの食器棚のなかからガラスのコップを二つ取り出してテーブルの上に置いた。所属している芸能事務所の記念パーティーで貰ったシンプルなガラスのコップは、引っ越してきてから馨とともにいつも使っていたコップだった。もっともお互いにデザインが気に入ってる訳ではなく、ハチはタダで手に入ったから、馨さんは落としても罪悪感なさそうだからという理由なのだけれど。


「先食べてていいのに」「そう言う訳にもいかないでしょ」「ギャハハ! もしかして馨さん、ハチのこと好きってこと?」「あんたは普段あたしの話の何を聞いてるわけ?」


 馨さんはハチの話を聞いて呆れたようにため息を吐きながら「いただきます」と言ってサンドイッチを一口齧ると、食卓の上に置いてあるテレビのリモコンを手に取って電源を付けた。


『────は、次のコーナーです……』


 騒がしく音を発したニュースを横目に自分も食事をすれば、『今週のヒットチャート』と言う声とともにでかでかと『スリリング? 期待の大型新人!』という言葉とともに飽きるほどに見た自分たちのアルバムのジャケット写真が画面に映った。


『それでは今週のヒットチャート7位! スリリングな炎上アイドル? JoKe(ジョーク)


「この時の写真、バックのネオンの光強すぎてほぼ何も見えてないよね」「……まだマシなほう。あたし、前のグループで半目の写真が出た時あるもの」「見たい!」「うるさい」


 馨さんはそう言うと、ぷりぷりと頭に擬音がついていそうな怒り方をしながらコップに口を付ける。それに「イライラしてンなぁ」と苦笑した。

 ハチと目の前の同居人である羽村馨は、いわゆるアイドルだ。アイドル、つまり芸能人。おまけにこの画面に間抜けな顔で映っている『JoKe(ジョーク)』が、今の自分たちが在籍するユニットだ。活動内容は主にファンと近い距離で行うライブ活動と握手会。最近では有難いことにぽつぽつ歌番組にも出演させてもらっている。もっともハチたちはまだ17歳だから、深夜の番組や夜八時以降の歌番組には出られないが。

 でもハチたちがここまでのし上がってきたのは、単に一瞬で終わるような目新しさだけではない。それは────


JoKe(ジョーク)は一年前、彗星のように現れたアイドルユニットです。当時は、人気アイドルグループ『S&L20』のメンバーで、インターネットでの炎上問題がきっかけで脱退した羽村馨(はねむらかおる)さんが所属したことで話題になりましたね』


 ────そう、ハチたちがのし上がってきたのはこの炎上問題。俗にいう炎上商法というヤツだ。ここで集まる人の怒りや、嘲笑や、面白半分で見に来た人間からの視線を集めて、ハチたちは徐々にアイドルとして露出を増やしてきた。それでもハチと馨さんの両方が露悪的に振る舞ってしまえば個人で活動してきたハチはまだしも馨さんのイメージを損なってしまうから、馨さんにはいつもハチを窘めて貰う役回りで活動するように指示していた。馨さんを悪者として世間に売り出したかった会社は不満そうだったけれど、結果を出していれば案外何とかなるものだ。……まぁ今のところは、だけど。

 いくら自分が原因だったからといって、いつまでも前のことを掘り返されるのも気分がよくはないだろうなぁと思いながら横目で馨さんを見れば、馨さんは眉間に皴を寄せてサンドイッチを頬張りながら「くっだらないこと言ってるわね」と呟いた。


「だーれが炎上よ、炎上。良く調べもしない周りが勝手に憶測立てて人を大炎上させたせいで、あたしが脱退する羽目になったんじゃない」「ぎゃはは! さいなぁん! 馨さん、生きるの下手すぎ!」「蜂谷、うるさ────って、」


 わーわーと騒ぐ馨さんの様子を横目にテレビを消せば、馨さんは少し不満げにハチの方を見て。ハチはコップに残ったお茶を飲み干して「ごちそーさま。そろそろ支度しないと遅れるよォ」と馨さんに声を掛けると、歯磨きをするために洗面所の方へと向かった。

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