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命のポタージュ

 どれだけ歩いたのだろうか。

 アリスは吹雪の中を歩き続けていた。

 足元も前方も頭上も真っ白だ。

 目的地である街がどちらなのか。自分は今どこにいるのか。

 寒さに体温が奪われ、思考力が低下したアリスは何もわからなくなっていた。


「吹雪になるなんて」


 自分の計画の甘さを悔いても既に手遅れなことはわかっている。

 考えないようにしていたが、状況が状況だけに死ぬということを意識し始めていた。


「もうダメ・・・・・・なのかしら」


 こんなことになる前、アリスはとある村で自分の祖父と食事をしていた。

 幼い頃に両親を失ってから、十八歳の今まで祖父に育てられてきたアリスにとって祖父は唯一の家族である。

 そんな祖父が食事中に倒れてしまった。元々、祖父は心臓を病んでいる、と言われており、治癒魔法師すら治療が不可能だとサジを投げている状態。

 そこで村から少し離れたところにある街の薬師に、発作を抑える薬を提案される。

 薬により発作を抑えなんとか生活してきたのだが、最近の大雪によりその薬を切らしていた。

 発作さえ起こらなければ、と思っていたのだが、ついにその時が来てしまったというわけである。

 しかし、アリスは諦めなかった。自分が薬を取りに行く、と決めたのだ。

 地面に雪が降り積もっているものの、幸い今は降り止んでいる。

 目的の街まではそれほど離れていない。雪の中を歩いて行くのは確かに大変だが、今は行くしかない、とアリスは村を出たのだった。


「お爺様・・・・・・すみません、もう、足が・・・・・・」


 アリスはそう呟きながら、自分の足に触れる。

 もう感覚はない。

 冷たさを超えると最初に襲ってきたのは痛みだった。だが、痛みを越えれば何も感じない。

 それでも歩き続けてきたのだが、もう限界だった。

 歩く体力どころか、声を出す気力すらなくなっていた。


 せめて、とアリスは心の中で叶わぬ願いを思い描く。

 あたたかくて美味しいスープが飲みたい、と。

 ドロドロしていて、体の中まで温まるようなスープが飲みたい。


 倒れながらそう願ったアリス。

 雪に倒れ込む間際、その声は聞こえた。


「あざっすー、イセカー・イーツです」


 突如目の前に現れた男は倒れ込むアリスの体を支える。


「うわっ、寒っ!てか、冷た。ちょっとアンタ、生きてるかい」


 その男に支えられたアリスは失いかけていた意識を取り戻した。


「あなたは・・・・・・」

「イセカー・イーツです。ご注文の品を届けにきました」

「何を・・・・・・ですか」


 幻でも見ているような気持ちでアリスが返答すると、その男は背負っていた鞄を置き、その中から容器を取り出す。

 容器は透明の何かに覆われており、何かが入っているようだった。


「はい、どうぞ」


 男はそう言いながらアリスに容器を手渡す。

 思考力が低下しているアリスはそのままそれを受け取った。

 陶器でも木でもないその容器。思っていたよりもそれは重い。

 手が痺れているため持つので精一杯だったが、受け取ってから数秒後、じんわりと手に感覚が戻ってきたのを感じた。


「温かい・・・・・・」


 その暖かさにすがるようにアリスはその容器を自分の体に寄せる。

 これは体を温めるためのものなのか、とアリスは心から喜んだ。

 死にかけていた自分に神様が火の精霊を届けてくれたのだろうか。

 だが、目の前にいる男は、神様というにはあまりにも人間らしく見える。


「ちょっと、お客さん。早く食べてもらわないと冷めちまうぜ」


 男はそう言った。

 食べてもらわないと、と言われアリスは首を傾げる。

 これは暖を取るものではなく食べ物なのか。

 アリスは改めてまじまじとそれを見た。

 容器の中には黄色い液体が入っており、それがこぼれないように透明な何かで覆ってある。察するに、この透明なものを取り除くのだろう、とアリスは慎重にそれを外した。

 すると閉じ込められていた湯気が一気に解放され、甘い匂いが撒き散らされる。


「良い匂い・・・・・・」

「ほら、スプーンだ」


 男はそう言ってスプーンを手渡してきた。

 受け取ったアリスは震える手を抑えながら、容器の中の液体を掬う。

 それは液体と呼ぶにはあまりにもドロドロしており、見た目から濃さが伝わってきた。

 野菜のような匂いと微かに肉の匂いも混じっている。

 その濃くて温かいものをゆっくりと口へ運んだアリス。

 まずはその熱さに驚いた。

 舌を火傷してしまいそうな熱。それが口中に纏わり付き、一気に体温を取り戻させる。


「あふっ、あつ、熱い・・・・・・」

「ゆっくり食べねぇと火傷しちまうぜ」


 男はそう言って微笑んだ。

 熱さが少し落ち着いてくるとアリス口中に甘さが広がった。

 嫌味のない甘さ。その甘さと溶け込んでいる塩気が舌の上で相性の良さを見せつけてくるようだった。


「美味しい・・・・・・」


 先ほどまで死を覚悟していたアリスがその言葉と一緒に笑顔を見せている。

 男は満足そうにその様子を眺めていた。

 無我夢中でそれを口に運ぶアリス。ふと我に返り、男を見上げた。


「これは、なんなんですか・・・・・・」

「これはコーンポタージュだ。簡単いうならスープだな」


 得意げに答える男。

 聞いたことのないその料理名に首を傾げるアリスだったが、その香りに誘われもう一口食べてしまう。

 自然と体が温まり、活力が満ちて行くのが分かった。

 スープといえば、野菜クズと干し肉を煮込んだだけのもの。硬いパンを食べるために浸すもの。そう思っていたアリスのスープに対するイメージを打ち崩した。


「本当に甘くて美味しいです」

「とうもろこしと玉ねぎ、コンソメと生クリームと牛乳。万人に愛されるスープの代名詞だよ」


 男の説明を聞いているうちに、気づけばコーンポタージュを飲み干してしまっていアリス。


「もう、なくなってしまったのですね」

「ありがとうございやした。またのご注文お待ちしておりやす」


 男はそう言うと光に包まれていく。


「これは・・・・・・」


 驚きながらアリスが尋ねると男は頭を下げ最後の言葉を放った。


「イセカー・イーツでした」


 スッと消えて行く男。それと同時に手に持っていたスプーンと容器も消える。

 まるで幻でも見ていたのだろうか、と呆気にとられたアリスだったが、口の中に残る甘さと体の暖かさは本物だった。


「もう少し、行けそうです」


 そう呟きながらアリスが一歩を踏み出す。

 その瞬間、吹雪が止み、視界が開けてきた。

 アリスの目に映ったのは目の前にある街の入り口である。


「こんな近くに・・・・・・」


 先ほどまで死を覚悟していたのが馬鹿馬鹿しくなり微笑むアリス。

 街まで来れば、薬が手に入る。そして帰り道は雪道用の馬車を探し、安全に帰ることができるのだ。

 アリスは目的を達成したのである。


 不思議な男と不思議な料理。その甘さと温かさに感謝しながら薬師の家に向かう。

 祖父が元気になれば話そう。この不思議な体験を。


 イセカー・イーツと名乗ったあの男の話を。


 


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