第八章 おば様達の履歴 10月 2日 午前11時
私達は洗い物をすませてから、法子の家を出て大崎邸に向かった。道行く人が全員私達を見ているような錯覚に捕われかけたが、何とかその呪縛から解放され、私は法子の後ろを歩いて大崎邸に辿り着いた。
「栄子姉は今自分の部屋で横になってるよ。随分疲れてるみたい」
私達を招き入れてくれた八重子が、そう教えてくれた。
「そうなの。じゃ、八重ちゃんに話を聞こうかな」
法子が言うと、八重子は結婚でも申し込まれたかのように大喜びして、
「うん、そうして。私の部屋に行こうか」
言うが早いか、法子と私を自分の部屋に案内してくれた。
「うわっ、すご」
私は八重子の部屋に入って思わずそう呟いた。彼女の部屋は、私のアパートの部屋の三倍以上ありそうな広いもので、ベッドだけで私の部屋の半分くらいある。しかも、部屋の至る所に人気アイドルグループのポスターが貼ってあり、色紙も飾られている。勉強机らしきものもあるが、その上には流行のゲーム機が所狭しとひしめき合い、その脇にある大型のハイビジョンテレビには、ゲームの画面が映っていた。彼女、かなりのゲーマーらしい。私も人のことは言えないのだが、さすがに五機種全ては持っていない。
「八重ちゃん、ゲームもほどほどにね」
法子が呆れ顔でたしなめると、八重子はへへへと笑って、
「はいはい。一日三時間しかしてないわよ」
「それでもやり過ぎよ。貴女は今そんなことしている場合じゃないのよ」
「わかってるって」
何だかホントの姉と妹みたいだ。うらやましいな。
「とにかく、適当にその辺に座ってよ。何か飲む?」
法子は勉強机の椅子に、私はベッドの足下にある小振りのソファに腰を下ろした。八重子は部屋の反対側にある小型の冷蔵庫に近づき、ドアを開けた。
「私、コーラね。法姉は、紅茶と。律子さんは?」
「あ、私はアップルジュースで」
私は八重子の向こうに見えている冷蔵庫の中を見て応えた。八重子はニコッとして、
「はいよ」
と言うなり、法子と私に紅茶とアップルジュースの缶を投げてよこした。法子はサッと受け取ったが、私はもう少しで下に落としてしまうところだった。
「さてと。何? どんなことが聞きたいの? 私、大概のことは知ってるよ」
八重子が嬉しそうに言うと、法子は、実に冷静な口調で、
「貴女達のおば様のことなんだけど、五人はどんな関係なのかしら? 仲がいいとか、悪いとか、誰と誰はこんな関係だとか、教えてほしいの」
「フーン、何だ、そんなことか。簡単よ。光子おばさんはちょっと私もよくわからないけど、あとはみんなほとんど理解してるわ」
八重子はとても得意そうに話し始めた。
「幸江おばさんはあの和美の母親だけあって相当のひねくれ者よ。お祖父様が私達を養子にするって言い出した時、幸江おばさんが一番反対して、最後まで譲らなかったのよ。でも養子縁組をするのに、他の子供の承諾なんていらないから、幸江おばさんの反対は何の意味のなかったんだけどね」
「そもそもどうして、大崎さんは貴女達を養子にしようと考えたの?」
法子が尋ねると、八重子は、
「それはね、道枝が、お祖父様の本当の孫じゃないからなのよ」
「えっ? それ、どういうこと?」
私は非常に興味をそそられて、口をはさんだ。八重子は私と法子を交互に見て、
「光子おばさんはお祖母様の連れ子なの。だから、道枝はお祖父様とは血が繋がっていないのよ」
「つまり大崎さんは、道枝さんに相続財産を与えるために養子にすることを考えたってことね」
法子が言うと、八重子はコーラを一口飲んでから、
「たぶんね。ただ、私達全員を養子にしたのはどうしてなのか、よくわかんないけどね」
「税金対策かな?」
私が呟くと、法子がそれを聞きつけて、
「それは考えられないわ。確か、相続税の法律の中に、養子に関する制限があったはずよ。でないと、たくさん養子をとれば、税金を払わなくていいことになってしまうから」
「なるほど」
さっすが法子。いろいろ知ってるよね。
「恐らく大崎さんは、幸江さん達他の子供を納得させるために貴女達全員を養子にしたのよ。道枝さんのみ養子にすれば、反発が出るのは目に見えているから」
「そっか。そうだなァ。幸江おばさんが、やっぱり黙っていないよな」
八重子はしきりに頷いて、コーラを飲んだ。
「でもどうして大崎さんは、道枝さんを養子にしようと考えたのかな? 自分の孫ではないからかしら?」
法子が言ったので、八重子が再び得意そうに、
「それはね、お祖母様の前の旦那さんとの約束らしいのよ」
「どういうこと?」
法子と私は異口同音に尋ねた。八重子はフフンと鼻を鳴らして、
「お祖母様の前の旦那さんとお祖父様は、恋敵だったんですって。最終的にお祖父様が負けたんだけど、前の旦那さんは、事業に失敗して破産したらしいのよ。それで、お祖父様がお祖母様と光子おばさんをその人から託されたってわけ」
「そういうことなの。だから、条件として、光子さんの子供を養子にしてほしいと」
「そんなとこね。そういう状況だから、ホントは大崎家の長女のはずの幸江おばさんと、光子おばさんは仲が悪いの。と言っても、幸江おばさんが一方的に嫌ってるだけだし、光子おばさんは幸江おばさんのことなんか全く相手にしてないしね」
何か、想像以上にドロドロの家族だな。
「他のおば様はどうなの?」
「あとは特別仲が悪いってことはないかな。栄子姉のお母さんの吉美おばさんは優しいし、誰からも頼りにされてるって感じね。繁夫の母親の圭子おばさんは、ほとんど喋らないから、誰とどうっていうのはないようだし。私の母親も、あんまり社交的じゃないから、これと言って問題を起こすこともないし。ただ、光子おばさんには、他のおばさん達は、特別な感情があると思うな」
「どういう感情?」
法子が先を促した。八重子はコーラの缶を冷蔵庫の脇のゴミ箱に放り込んで、
「完全な姉妹じゃないってことかな。よくわかんないけど、何となくそんな感じが伝わって来るのよ」
「そう」
法子は何事か考え始めた。今の話を整理しているのだろうか。
「光子さんはどうなの? 自分が完全な姉妹じゃないって思われていることに関して?」
「さァ、どうなのかな。光子おばさんて、よくわかんないのよ。私、あんまり話したことないし。あのおばさん、感情がないのかなって思うことがあるもん」
「なるほどね。ね、八重ちゃん、おば様の誰かと話できないかな?」
法子が唐突にそう切り出すと、八重子は一瞬目をパチクリさせたが、
「そうだなァ。栄子姉のお母さんの吉美おばさんがいいんじゃない? 一番あたりさわりがないし」
「そうね。それがいいわね」
法子は同意した。その時、ドアがノックされた。八重子は不思議そうな顔をして、
「はい。どなた?」
「私よ、八重ちゃん。法子さん達が来ているんでしょ? 」
栄子さんの声が応えた。八重子は何だという顔つきでドアを開き、栄子さんを招き入れた。
「先輩、大丈夫なんですか?」
法子が尋ねると、栄子さんは力なく微笑んで、
「大丈夫よ。別に病気ってわけじゃないから」
と応えて、
「今ちょっと聞こえたんだけど、私の母に話を聞くの?」
「ええ。そのつもりなんですけど。何か?」
「母は相当参っているから、話はできないと思うわ。私でわかることならお答えしますけど」
栄子さんもかなりお疲れのようなのに、そう言って法子を見た。法子は頷いて、
「わかりました。それでは、先輩にお伺いすることにします。お部屋に行きましょうか」
「ここでいいじゃないの。どうして栄子姉のところに行くのよ?」
八重子が不満そうに口をとがらせた。法子はニコッとして、
「八重ちゃんがいると、私も公平な聞き方ができなくなるの。だから、貴女のいないところで栄子先輩の話が聞きたいのよ。立場が逆だったら、八重ちゃんもその方がいいでしょ?」
八重子はまだ不満があるようだが、
「わかったわよ」
と承諾した。