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第五章 水死したのか?  10月 1日  午前 8時

 私は大崎邸から法子の実家に戻り、そのままお泊まりさせてもらった。法子のお母さんのお料理はとてもおいしくて、この家の養女にしてもらおうかと思ったほどだった。そう、私の母親の料理は極めて不味いのだ。しかし本人に言わせると、私の味覚が異常なのだとのこと。全くねェ。


 そしてその夜。

 私は法子の部屋で一緒に寝るのを辞退して別室で寝させてもらった。この前の旅行の時のように、すばらしい寝相を披露するのが恥ずかしかったからだ。法子は全然気にしていなかったが、私はもう顔から火が出るほどだったのだ。とても彼女と同室で眠ることなんてできない。


 私は何度か法子の実家に泊まっているが、いつも別室に休ませていただいている。法子も彼女のお母さんも、私が何故別室で寝たがるのか尋ねたりしないが、恐らくあの感のいい法子のことだから、察しているのだろう。だから二度目以降は当然のように別室で寝させていただいている。お母さんも、来客用のお布団を客間に用意して下さるのだ。なーんか、見透かされているようでやだなァ。あんまり関係ないことだが、法子の部屋は洋室だが、客間は和室だ。田舎育ちの私にとって寝るのは布団、部屋は畳が最高。洋室は絨毯が敷いてあっても、布団だと寝心地が悪い。というわけで、当然のことながら、私のアパートの部屋は和室だ。何だか悲しくなって来たな。


 翌日の朝になった。

 私が法子の家に来たのは、喜多島警視の話を聞くためだ。その警視が急用で出かけてしまった以上、私が法子の家に留まる理由は半分以上なくなった。法子は、気にせずゆっくりしていきなさいと言ったが、貧乏暮らしの私は、バイトをそうそう休んでいられないのでおいとますることにした。

「そんな逃げるように帰らなくてもいいのに」

 法子は少々呆れたように言った。私は首を横に振って、

「そんなんじゃないのよ。私の財布の事情がね」

「アルバイト?」

「うん」

「そっか、じゃ、仕方ないね」

 法子はとても残念そうに応じて、私を成城学園前駅まで送ってくれた。しかし私達は駅には行けなかった。何故なら駅に通じる通りまで出ると、そこは野次馬と警察、そしてマスコミの人間でごった返していたからである。

「何があったんですか? 」

 法子が近くにいた主婦に尋ねた。主婦は化粧もそっちのけで飛び出して来たらしく、酷い顔をしていたが、そんなことはすっかり忘れているようで、

「大崎さんところの誰かが、亡くなったらしいのよ」

 興奮して答えた。法子と私は思わず顔を見合わせた。そして申し合わせたかのように、大崎家に向かって駆け出した。人込みをかき分けながら。


 私達が大崎邸の前まで辿り着いた時、ちょうど門から刑事達が出て来たところだった。その中にあの二人の刑事がいたので、法子が声をかけた。

「前田さん」

 前田さんは、人込みの中に法子がいるのに驚いたようだったが、すぐにニッコリして江木さんとともに私達の方へ近づいて来た。

「どなたが亡くなられたんですか?」

 法子が単刀直入に尋ねた。前田さんは声を落として、

「道枝さんですよ。邸の中にある室内プールで溺死していました」

「溺死!?」

 妙である。水泳選手だった道枝がよりによって溺死だなんて。私がそう思うくらいだから、法子はもっといろいろと疑問に思ったはずだ。

「でも、道枝さんは水泳の選手だったんですよ」

 法子が言うと、前田さんは頷いて、

「そうなんですよ。状況的には事故死にしか見えないんですが、そこがひっかかるんですよね」

「状況的には事故死、ですか」

 法子は顎に手を当てて考え込んだ。前田さんは江木さんと目配せし合って、

「申し訳ない、お嬢さん方。失礼します」

 そそくさと立ち去ってしまった。マスコミの連中が大挙して押し寄せて来たからだ。私達も関係者だと思われるとまずいので、急いでその場を離れた。

「道枝さんが溺死だなんて。しかも、自宅のプールで……」

 法子は考えモードに入ってしまい、すっかり私の存在を忘れていた。私は仕方なく法子がモードを切り替えるのを待った。

「あっ、ごめん、律子」

 数分後、法子はやっと現実世界に戻り私に気づいた。そして、

「とにかく栄子先輩に会ってみましょ。もう少し時間が経ってから」

と言うと、私が帰るはずだったことなど忘れてしまったようで、さっさと自分の家に戻り始めた。ま、この際、私が帰ろうとするのはあまりにも情に欠けると思ったので、何も言わずに彼女に従った。


 法子は家に帰り着くとすぐに電話をかけた。どこにかけたのかな?

「あっ、おじ様? 法子です。実は」

 彼女は話し始めた。なるほど、喜多島さんか。法子は喜多島警視に大崎家のことを尋ねた。しかしさすがに喜多島さんもまだ何も知らないようだ。法子は喜多島さんに詳しいことを調べてくれるように頼み、電話をきった。

「あっ、そうか、律子帰るはずだったのよね」

 法子はその時やっと私の事情を思い出してくれた。しかし私は、

「いいのよ、あと一日二日は。それより、道枝さんのことの方が気になるわ」

 法子は微笑んで、

「そうね。何があったのか、早く知りたいわね」

と呟くように言った。


 私達は居間に入った。法子はテレビをつけ、キッチンにいるお母さんに何か話しかけた。お母さんはとても驚いた様子で居間にやって来て、テレビに見入った。

 民放各局はマイペースな某局を除いて、全てが大崎邸の前を映していた。各レポーターがマイクを握りしめ、事件を伝えている。しかし、目新しいことは何も言っていない。やはり喜多島警視からの連絡を待った方がいいようだ。


 そんな中、電話が鳴り響いた。法子はハッとして受話器を取り、

「はい、中津です」

 私はお母さんと顔を見合わせてから法子の顔に目をやった。法子は真剣な表情で頷いたり、何かを尋ねたりしていた。やがて彼女は受話器を戻し、私を見た。

「栄子先輩からよ。近所の喫茶店に何とか脱出したので、来てほしいって」

「ええっ!?」

 私は思わず叫んでしまった。


 法子と私は栄子さんの待つ喫茶店に行くことにした。お母さんも行きたそうだったが、法子に反対されて渋々引き下がった。何か可哀想だな。

 私達は法子の家を出て、栄子さんの待つ喫茶店に向かった。徒歩で約五分の距離である。

「法子さん、こっち」

 喫茶店に入ると、一番奥の席にいた栄子さんが立ち上がり、私達を手招きした。法子と私は顔を見合わせてから栄子さんのところに向かった。喫茶店の外にもマスコミの人達がいて、栄子さんはビクビクしながら席に戻った。

「大丈夫ですか?」

 法子は椅子に座りながら尋ねた。栄子さんは力なく頷いて、

「ええ、何とか。何故こんなことになってしまったのか……」

「どうして道枝さんがプールで溺れたりしたんですか?」

 法子が尋ねた。栄子さんは法子を見て、

「道枝さんは夢遊病だったの。だからそのせいでプールに落ちて溺れてしまったらしいの」

「夢遊病?」

 法子と私は異口同音に言った。確かに道枝が夢遊病なら、溺れてしまうのも頷ける。

「でも夢遊病のせいで溺死したのだとしたら、刑事さんが大勢来たりしませんよね。何か不審な点があったんですか?」

 法子が重ねて尋ねると、栄子さんは首を傾げて、

「私、その辺はよくわからないんだけど、プールの出入り口の鍵がかかったままだったらしいの」

「鍵がかかったまま? と言うことは、他殺の可能性もあるということですよね」

「ええ、刑事さん達もそのことを言っていたの。ただ、誰かが知らずに鍵をかけてしまったという可能性もあるとも言っていたわ」

「……」

 法子は黙って考え込んだ。確かに事故の可能性がなくなったわけではない。そうかと言って、他殺の可能性もないわけではない。これは複雑な事件だ。

「もし仮に他殺だとしたら、犯人は何故道枝さんを溺死させたのかしら? 道枝さんが水泳の選手だったということを知らない者の犯行なのか、それとももっと奥深い考えの下に練り上げられた計画殺人なのか……」

 法子はしばらくしてそう独り言のように呟いた。私は栄子さんと顔を見合わせた。

「他殺だとすると、プールを犯行現場に選んだ理由がわからないわ」

 法子が言ったので、私はすかさず、

「道枝さんが夢遊病でプールに入って行くのを見かけて、咄嗟に思いついた犯行なのかもよ」

 意見を述べてみた。すると法子は頷きながらも、

「でも、もしそういう偶発的な犯行ならプールの鍵はどういうことになるのかしら?」

「ああ、そうか」

 法子は栄子さんを見て、

「プールの入口の鍵は誰が管理しているんですか?」

「鍵は泉さんが自分の部屋にある大きなキーホルダーにつけて、部屋の戸棚にしまっているはずよ」

「泉さんが?」

 法子は再び考え込んだ。泉さんが部屋にしまっている鍵を夢遊病の道枝が見つけ出して持ち去ったとは考えにくい。かと言って、泉さんが犯人とも考えにくい。これは一体……。

「誰かが泉さんの部屋に忍び込んで、鍵を持ち出すことなんてできますか?」

 法子が出し抜けに尋ねたので、栄子さんは一瞬返事が遅れたが、

「まず無理よ。泉さんは寝つきもいいけど、気配を感じるとすぐに起きるらしいの。昔、私達の家に来る前にいたお屋敷で泥棒が入った時、すぐに勘づいて警察に通報したそうよ」

「なるほど」

 となると、泉さんの部屋から鍵を持ち出すのは無理のようだ。だがそうだとすると、何故鍵のかかったプールの中で道枝は溺死していたのかわからなくなる。

「夜になればマスコミも少なくなるでしょうから、裏口から家の中に来てちょうだい。貴女に頼るしかないのよ」

 栄子さんは哀願するように法子に言った。法子はニコッとして、

「わかりました。そうさせていただきます」

 栄子さんはほっとしたようだった。

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