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第十八章 混乱する家族 10月 3日 午後 1時

 私達は客間を出て廊下を歩いた。すると前から八重子が走って来た。まさしく全力疾走で。

「法姉、助けてよ。もうこの家、おかしいよ。お母さんも変だし、繁夫は錯乱して物に当り散らしてるし」

 八重子は涙声で訴えた。法子は八重子の両肩に手をかけて、

「落ち着いて、八重ちゃん。きちんと説明して」

 八重子は黙って頷き、肩を大きく弾ませながら呼吸を整え、

「次は自分が殺されると思って繁夫はおかしくなってるのよ。私のお母さんも、私が殺されると思ってパニックになってるわ。どうしたらいいの、法姉!?」

 法子は真顔のまま、

「とにかく、貴女の部屋に行きましょ、八重ちゃん。話はそれから」

「わかった」

 八重子はようやく落ち着きを取り戻し、私達と共に自分の部屋に向かった。

「八重子? 八重子?」

 途中で八重子を捜し回っている彼女の母、悦子に出くわした。見た目は八重子に似ているが、彼女のような天真爛漫な感じはしない。悦子は八重子を見て狂喜し、

「良かった。無事だったのね。お母さん、どれだけ心配したか」

 私達を完全に無視して、八重子を連れて行こうとした。すると八重子は、

「何してるのよ、全く。法姉達を無視して、どういうつもり?」

と怒鳴りつけた。悦子はそれでも、

「どうしたのよ。私と一緒にいるのが一番安全なのよ。他人なんか、信用しちゃだめ」

「バカ言わないでよ。法姉と律子さんは他人じゃないわ。そんな言い方、しないで」

 八重子の反抗に、悦子はひどく驚いたようだった。

「八重子、貴女、いつからそんな口をきくようになったの。道枝や和美と一緒に暮らすようになったからかしらね。だから私はあの子達とこの家で暮らすのは反対だったのよ。もうこの家を出ましょう。それがいいわ」

 悦子の話はかなり無茶苦茶だった。どうやら彼女は、八重子が大崎五郎の養女になるのは反対だったらしい。

「悦子さん、もしよろしければ、もう少しその話、詳しく聞かせていただけませんか?」

 法子が口をはさんだ。悦子は一瞬呆気にとられたが、

「え、ええ。いいわよ。八重子の部屋でよろしいかしら?」

「はい、結構です」

 こうして法子と私は、八重子の部屋で悦子の話を聞くことになった。

 悦子の印象は聞かされていたのとは違った。私はもっと陰気な人だと思っていた。しかし、八重子のことしか目に入らないところや、周囲の状況を全く把握しようとしない独りよがりのところは、大崎五郎の血をひいている感じがした。

「どんなことを聞きたいの?」

 悦子は部屋に入るなり、私達に椅子も勧めずに勝手に自分だけ座り、喋り始め、腰に下げていたポシェットのようなものから毛糸と編み棒を取り出し、早速作業を始めた。何だ、この女?

「貴女は八重子さんを大崎家の養子にすることに反対だったのですか?」

 法子は八重子のベッドに腰を下ろしながら尋ねた。八重子と私は法子をはさんでベッドに座った。悦子は法子を見たが、手は休めずに、

「いえ、そうじゃないわ。反対はしなかったわ。ただ、道枝と和美がいるこの屋敷に来るのは反対だったの。ここには嫌な思い出がたくさんあるから。それに、道枝と和美は小さい頃から生意気で、おばの私を少しも尊敬していなかったのよ」

 それにしても、天才的だ。編み物は確実に進んでいる。法子は頷きながら、

「道枝さんと和美さんが亡くなったことに関してどう思われていますか?」

 悦子はやはり編み物を続けたまま、

「別にどうも思わないわ。あの二人が早死にするのは、天罰なのよ。あの二人は八重子が幼稚園に通っている頃から、八重子に意地悪ばかりして。死んで当然だわ」

 悦子の発言に八重子は仰天して、

「お母さん、まさか、警察にもそう言ったんじゃないでしょうね?」

「もちろん言ったわよ。だって、嘘吐いても仕方ないでしょ」

 八重子は呆気に取られて法子を見た。法子は目で応じて、

「警察の人は、貴女の発言に関して何か言っていましたか?」

「いえ、別に。死んで当然と言った時は、ちょっと驚いたようだったけど」

 悦子の手は速度を上げて動いていた。もしかして、感情がたかぶると編み棒の動きも速くなるのかな。

「二人の死は殺人だと思いますか?」

 法子の問いに、初めて悦子は手を止めた。そして法子をジッと見据えて、

「決まってるじゃない。殺されたのよ。あれだけ憎まれていれば、当たり前でしょ」

と言い放った。法子は続けて、

「憎まれていたって、誰にですか?」

「みんなによ。だから殺されたの。でも誰が殺したのかは、私にはわからないわ」

「みんなというのは、どなたとどなたですか?」

 法子のその質問に、悦子は再び編み物を始め、

「あいつらの母親以外の全員よ。今この屋敷にいるほとんどの人間が、あの二人が死んだことを内心喜んでいるのよ」

 吐き捨てるように言った。法子は頷きながら、

「では、光子さんは和美さんのことをどう思っていたのですか?」

 悦子は法子を見ないで、

「あの人のことは私にはわからないわ。話したことはほとんどないし、何を考えているのかわからないし」

「では幸江さんは道枝さんのことをどう思っていたのですか?」

「憎んでいたわよ。和美は道枝がいるせいで、随分父に邪険にされていたから。幸江姉さんは、よく我慢していたわ」

 幸江が我慢していた? どこをどう考えれば、そんな結論が出て来るのだろう。

「幸江さんは、大崎さんには逆らえなかったということですか?」

「そうよ。父は、何故か知らないけど、道枝を高く評価していたのよ。自分と同じ水泳選手になったからかしらね。それにひきかえ、和美は運動神経が鈍くてね」

 悦子は二人の悪口を言う時は妙に楽しそうだ。

「二人がプールで殺されていたことに関して、何か思い当たることはありますか?」

「さァ。わからないわ。どうして二人共、プールで殺されたのかはね」

 悦子は不意に編み棒を動かすのをやめた。そして、

「次に殺されるのは誰なの? 貴女、わかってるんでしょ? 教えて!」

 法子に叫ぶように尋ねた。法子は首を横に振って、

「誰が殺されるのかはわかりません。それどころか、この事件がもうこれで終わりなのか、まだ続くのかさえもわからないのです」

 すると悦子は急に怒り出して、

「そんなことじゃ、みんな殺されてしまうわ! 手遅れになるわよ。何してんのよ、全く!」

 法子に毒づいた。八重子が、

「何てこと言うのよ、お母さん! 法姉はこの事件を解決できるただ一人の人よ。バカなこと言わないで!」

と怒鳴り返した。そして法子を見て、

「ごめん、法姉。私に聞いて。お母さんはまともじゃないから」

「八重子、貴女、親に向かって何てことを!」

 八重子も言い過ぎかも知れないが、それは悦子も同じだ。人に言ったことを棚に上げて、八重子を叱るのは勝手過ぎる。

「黙っててよ。お母さんはいつもそうやって私に話をさせないんだから。たまには人の話も聞きなさいよ!」

 八重子のその言葉に、悦子はかなり打ちのめされたようだ。すっかり押し黙ってしまった。

「さ、法姉、何でも聞いて」

 八重子は真剣な眼差しで法子を見た。法子は小さく頷いて、

「前に八重ちゃんが、大崎さんと光子さんのお父さんとで約束をしていたので、道枝さんを養子にしたって言ってたわよね」

「うん」

「それ、誰から聞いたの?」

 法子のその問いに、八重子は全く不意を突かれたようにびっくりした。

「あれ、誰だっけ。覚えてないな」

 すると悦子が口をはさんだ。

「私は初耳よ。お父様と嶋村さんは、すごく仲が悪かったって聞いてるわ」

 そうだ。私達も何人もの人から、そういう話を聞いている。どうしてまるっきり逆の話を聞いている人がいるのだろう。光子のこともそうだ。大崎家の当主だという話と、そうではないという話と。一体どういうことなのだろう? 

「そうなの? 私はそんなふうには聞いていないけどな」

 八重子は意外そうだ。

「大崎五郎という人は、八重ちゃんにとってどういう人だったの?」

 法子は質問を変えた。八重子は小首を傾げて、

「そうだなァ、怖いというか、厳しいというか。でも、私が小さい時は、すごく優しいお祖父様だったよ。悪いことすると、ものすごく怒られたけどね」

「そう。晩年はどういう感じだったの?」

「いつもピリピリしてたな。だから私、できるだけ近づかなかったの。鬼みたいな顔してる時もあったし」

 何か苛ついていたのだろうか。遺言のことかな。

「あっ、思い出した。お祖父様と、光子おばさんのお父さんが約束していたので、道枝を養子にしたっていう話、泉さんから聞いたんだよ」

 八重子が急に大声で言った。法子は八重子を見て、

「泉さんから光子さんのことを聞いたことはないの?」

「光子おばさんのこと? あるよ。光子おばさんは大崎の家で一番控えめなのに、一番偉そうに見られて可哀想だって」

 情報の混乱をさせているのは、泉さんなのか?

「ありがとう、八重ちゃん。泉さんにもう一度話を聞いてみる必要がありそうね」

 法子は言い、私を見た。私は目で同意した。

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