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第十七章 大崎家の事実上の長女の話 10月 3日 午前11時

 光子は私達の向かい側の椅子に座って、

「どんなお話をお聞きになりたいのかしら?」

「嶋村源蔵さんのことです」

 法子がそう言うと、ニコニコしていた光子の顔がほんの少しだが引きつったように思えた。

「どなたからその名前を?」

 それでも光子は穏やかに尋ね返した。法子は、

「幸江さんです。それから、吉美さんからも聞きました」

 光子は目を細めてかすかに頷き、

「吉美からも聞いているのなら、私と吉美が嶋村の子供だということも御存じなのね?」

「はい。吉美さんは、道枝さんは大崎さんの復讐で殺されたののではないかとおっしゃいました」

「大崎の復讐? どういう意味ですか?」

 光子は本当に不思議そうに言った。法子は光子をジッと見つめて、

「大崎さんは、この屋敷にいる嶋村さんの血縁に当たる者を殺して、嶋村さんと奥さんに復讐するのが目的ではないかと」

「そうですか。では吉美は栄子が殺されると考えていたのですね」

 光子は真顔のまま呟いた。

「そのようです。でも、現実には和美さんが殺されました。道枝さんの事件は事故か殺人か決め手に欠けますが、和美さんの事件ははっきり殺人とわかります」

 法子の言葉に光子は、

「道枝は殺されたのです。でも、警察に事故と発表させたのは、私と幸江です。まさか和美まであんなことになるとは思いませんでしたので。二人の人間がプールで溺死では、とても事故では片付けられません。和美の件は、警察に全てお任せすることにしました」

「光子さんがこの屋敷の当主だとおっしゃる方と、そうではないとおっしゃる方とおられますが、その点はどうですか?」

 法子は確認するように光子を見た。光子は含み笑いをして、

「私は戸籍上はこの屋敷の人間ではありません。母が大崎と結婚した時、私は大崎と養子縁組をしていませんでしたから、いまでも私の本名は『嶋村光子』のままです。私がこの屋敷の当主であるはずがありません。道枝がいたから、私はこの屋敷にいられたのです。あの子がいなくなった今、私はこの屋敷を出て行かなくてはならないのです」

 確かにそうだ。光子は大崎五郎の実の子ではない。そして、養子にもなっていないとすれば、この屋敷に留まれないだろう。

「道枝さんは大崎さんの養子になるのを望んでいたのですか?」

 法子が尋ねると、光子は法子を見て、

「いいえ。ただあの子は、自分が養女になるのを拒否し続ければ私がこの屋敷を出て行かなければならないと考えたようです。それで仕方なく、養子縁組を承諾したのです」

「では何故大崎さんは道枝さんを、いえ、和美さんや栄子さん達を養子にしたのですか?」

 法子の問いに光子は目をほんの一瞬そらせて、

「真意はわかりませんが、大崎は法律に疎かったのだと思います。孫を養子に迎えて相続人の数を増やせば、節税になると考えたのでしょう」

「でもそれなら何故、貴女を養子にしなかったのですか?」

 法子の意外な質問に、光子はびっくりしたように彼女を見つめたが、

「さァ。真意はわかりませんから。私は嶋村の娘です。結局私は大崎に疎まれていたのでしょう」

 しかし法子はさらに、

「だとすると栄子さんを養子にしたのは何故でしょう? 栄子さんも嶋村さんの孫に当たるのは大崎さんも承知されていたはずです」

 詰め寄るように尋ねた。光子は少し考えてから、

「それもわかりません。栄子は大崎を嫌っていましたが、道枝のように表立ってそれを口に出したり、行動に表したりしませんでしたから、大崎もそれほど栄子のことを嫌っていませんでした。むしろ、孫の中で一番有望視していたと思います。ですから、嶋村の孫と知りつつも、養子にしたのでしょう」

 法子はまだ続けた。

「それでは、道枝さんを養子にしたのは何故ですか?」

「道枝は大崎と事ある毎に対立していましたが、そのことを大崎は喜ばしく思っていたようです。そして道枝を養子にして道枝の婿を探し、自分の後継者として育てるつもりだったようです。そしてゆくゆくはその子も」

 光子は答えた。

「でもそれは、養子にしなくてもできることですよね? 何故わざわざ養子にしたのでしょう?」

 法子の質問は執拗だった。光子はやや不機嫌そうに、

「堂々巡りですわね。大崎は法律に疎かったのですよ、きっと。ですから養子をたくさん迎えれば節税になると考えたのでしょう」

「大崎さんが疎くても、大崎さんの顧問の弁護士の先生が、何も言わなかったのでしょうか。節税対策のため養子縁組をして、その養子が法定相続人に加えられるのには上限があります。そのことすら大崎さんが知らなかったとは思えないのですが」

 法子ってどこで相続の勉強をしてるのかな。私にはチンプンカンプンの世界だ。

「私の想像でお話していることですから、本当のところは違うのかも知れませんわね」

 光子は溜息まじりに言った。もう降参という感じだ。法子は頷いて、

「道枝さんが夢遊病だったというのは、本当ですか?」

 光子はまた意外そうな顔で、

「誰からお聞きになったの? 確かに道枝は夢遊病でした。でもそれは幼児期のことで、大きくなってから再発したことはありません。ですから道枝の死は事故ではなく、殺人です。事故死に見せかけたかったのでしょう」

「では道枝さんは何故殺されたとお考えですか?」

 法子は尋ねた。光子は、

「わかりません。もし吉美の考えが正しいのであれば、大崎の復讐なのでしょう」

 法子はさらに、

「そう思われるのは何故ですか?」

「大崎は復讐のために母と結婚し、幸江を産ませました。そして吉美が嶋村の子ではないかと猜疑心を抱き、圭子と悦子を生ませました。母は大崎の子孫を増やすための道具だったのです。大崎は母を人と思っていませんでした。かつては本当に愛した人であったのに」

 光子はとても辛そうに話した。妹が四人いて、そのうちの一人しか自分と同じ父母を持つ者がいないというのは、どんな心境になるのだろうか。

「嶋村さんは、今どこにいらっしゃるのですか?」

 法子はまた質問を変えた。光子は首を横に振り、

「いいえ。父の行方は全くわかりません。人に頼んで探してもらったこともありますが、結局最後まで辿り着けず、途中で消息が途絶えてしまいました」

「そうですか」

 やはり嶋村源蔵の件は、喜多島警視にお願いするしかないようだ。

「嶋村さんは大奥様の葬儀の時、貴女に、『大崎は自分と同じことをすると言っていた。気をつけろ』とおっしゃったそうですが、どういう意味ですか?」

 法子が尋ねると、

「わかりません。父のその言葉は、未だに謎です」

 光子は答えた。法子は少々ガッカリしたようだ。しかしすぐに気を取り直して、

「大崎さんの復讐が今度の事件の真相だとすれば、和美さんは何故殺されたのでしょう?」

 鋭い指摘をした。すると光子は、

「何とも言えませんけど。犯人が推理小説をたくさん読んでいるのであれば、捜査を撹乱するための殺人かも知れませんわね」

 法子は頷き、

「なるほど。そうかも知れませんね」

 つまり、和美を殺したのは犯人の意図をカムフラージュするため、ということか。

「大崎さんは貴女にとって、どんな存在でしたか?」

 法子が尋ねた。光子はかすかに微笑み、

「大崎は父の仇でした。でも、やはり義父でもありました。大崎は私を好いてはいませんでしたが、学校はきちんと行かせてくれましたし、就職もわがままを言わせてもらいました。ですから複雑な存在でした」

「大奥様は、何が原因で亡くなられたのですか? 吉美さんは、大崎さんに殺されたのだ、とおっしゃっていましたが」

 光子は法子を見て、

「母は元々身体が弱い人でした。吉美を生んだ時、身体をこわしてしまって。それなのに圭子と悦子を産ませた大崎が、母を殺したと言いたいのでしょう、あの子は」

 法子は頷きながら、

「つまり、体力的に問題があったのに子供を無理に生まされたのが原因で亡くなったのですか?」

 それに対する光子の答えは衝撃的だった。

「母は自殺したのです。もちろん、表向きは病死と発表しましたが。このことは私と幸江、吉美、それから泉さんしか知りません。大崎が死んだ今では」

 法子と私は顔を見合わせた。

「何故自殺を? 遺書はあったのですか?」

「いえ。遺書はありませんでした。母は浴室で手首を切り、失血死していたのです。大崎はそんな母を見ても、眉一つ動かさないで、外に漏れないように私達に口止めをし、会社の幹部を集めて会議を開きました。本当に血も涙もない男でした」

 光子の目に涙が浮かんでいた。

「母はお風呂が大好きで、よく私達と一緒に入り、身体や頭を洗ってくれました。そんな大好きなお風呂で自殺をするなんて、私達には想像できないほど、苦しんでいたのでしょう」

 法子と私は光子にかける言葉を思いつけなかった。

「大崎さんは、水泳が得意だったのですか?」

 法子は質問を変えた。光子は涙をハンカチで拭って、

「はい。大崎は若い頃、オリンピック選手になれるくらい、水泳が得意だったそうです。嶋村も母も、同じでした。母は高校まででしたが、嶋村は大崎と大学も同じで、水泳部に所属していました。二人はその頃から母を巡って争っていたそうです」

 何と、水泳が二人の争いの起点だったのか。では道枝と和美がプールで殺されたのも、その辺に理由があるのだろうか。

「ごめんなさい、私、これから出かけなくてはなりませんので。失礼してよろしいかしら?」

 光子はゆっくりと立ち上がって言った。法子も立ち上がり、

「はい。長々とお引き止めして、申し訳ありませんでした」

 光子は会釈して客間を出て行った。

「すごい話を聞いちゃったね」

 私が言うと、法子は、

「そうね。事件を根本から考え直さないといけないかも知れない」

と呟くように言った。

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