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第十五章 連続する水死   10月 3日 午前 7時

 朝?

 私は人の声で目覚めた。あっ、そうか、ここは法子の実家だっけ。

「律子、起きてる?」

 法子が襖の向こうから声をかけて来た。私は布団から飛び出して、

「起きてる。何かあったの?」

 襖がゆっくりと開かれ、沈痛な面持ちの法子がそこにいた。私はとても嫌な予感に襲われた。

「和美さんが今朝プールで遺体で発見されたの」

 法子の声は悲痛そうだった。私は驚愕のあまり、まさしく言葉を失ってしまった。法子はそんな私の様子を察して、

「死因は溺死。和美さんが飼っていたドーベルマンはプールサイドで眠っていたそうよ。睡眠薬入りの餌を与えられたらしいわ」

 私はそれでも言葉を発することができない。法子はさらに、

「幸江さんは和美さんに昨日の夜、決して部屋を出ないように言ったのだけれど、犬がいなくなってしまったので、屋敷の中を捜し回ったらしいの。幸江さんも和美さんを追いかけたんだけど、途中で見失って、そのまま和美さんは屋敷から姿を消してしまったのよ。それから今朝になって、プールで死んでいるのを泉さんが発見したのよ」

 何ということだ。

 やはり犯人は相続人達を次々に殺して行こうとしているのか。あれだけ警戒していた和美をまんまと部屋の外へ出す方法があったのだ。犬を使うとは。犯人はとてつもなく奸智に長けた人間だ。

「私の考えが甘かったわ。犯人はまだしばらくは次の行動に出ないと思っていたのだけれど。結果的に私達が犯人を駆り立ててしまったのかしら」

 法子は自分が大崎家の中をうろついて、犯人を刺激してしまったのではないかと思っているようだ。私はそうは思わなかった。仮にそうだとしても、それは法子のせいではない。どちらにしても和美は殺されていたかも知れないのだから。

「とにかく、朝食にしましょ。話はそれからね」

 法子は笑顔を作り、私を促して階下に下りた。


 朝食を食べ終えてから数分の間、私達は黙っていた。食器を片付ける音が、その時の場の雰囲気を表していた。何とも物悲しく響いていたのだ。


 食後の紅茶を飲みながら、法子が再び口を開いた。

「おじ様の話によると、今度は幸江さんが殺人事件だと騒ぎ立てて、すぐに成城署の刑事さんが駆けつけたそうよ。幸江さん、大変なパニック状態で、落ち着かせるのに一時間以上かかったらしいわ」

「じゃあ、今回は殺人事件として喜多島さんも堂々と動けるのね?」

 私はようやく言葉を発した。法子は悲し気に頷いて、

「ええ。でも遅かったわ。最初から幸江さんが警察に変な圧力をかけずに捜査をさせていたら、和美さんの事件は防げたかも知れないのに」

「そうね」

 私も悲しくなった。和美とは話をしたことはないし、正直なところ、あまりいい印象ではなかった。彼女が死んでも何とも思わないのじゃないかと考えていたくらいだ。しかし、実際に彼女が( 恐らくだが )殺されて、プールで発見されたとなると、話は別だった。昨日の彼女の脅えようは、尋常ではなかった。本当はとても弱い人間だからこそ、ドーベルマンのような大型犬を飼っていたのだ。皮肉にもその犬のせいで、彼女は命を落としたのだが。

「和美さんは全く泳げなかったそうよ。だから、プールに突き落とされれば、間違いなく溺死してしまう。その上、着衣のままなら、なおさらだし」

「眠らされて突き落とされたんじゃないの?」

 私が尋ねると、法子は首を横に振って、

「睡眠薬は飲まされたりしていなかったみたいね。犯人は犬を口実にプールに誘い込んで、突き落としたんでしょうね」

「そうか。道枝さんと違って、和美さんは泳いでプールから上がれないから、その必要がないわよね」

 私は身震いして言った。法子は、

「和美さんの遺体には争った形跡がなかったの。もちろん、傷もなかった。全く不意を突かれて落とされたのね」

と溜息まじりに言った。そして、

「道枝さんの時は、事故死に見せかけた殺人に見せかけたかったように思えたんだけど、和美さんのケースは違う。明らかに殺人とわかる殺し方をしているわ。どうしてなのかしら?」

 私に問いかけて来た。私は一瞬面喰らったが、

「よくわからないけど、その必要がなかったんじゃない? 犯人にとって道枝さんを殺すことと和美さんを殺すことでは、意味が違ったんじゃないかしら?」

と言ってみた。法子は頷いて、

「そうね。二つの事件の性格の違いは、意味があるのよね、きっと。それがわかれば、犯人もわかる」

と私を見た。私も頷いた。


 しばらくして、私達は法子の家を出て大崎邸に向かった。

「中に入れるかしら?」

 私が尋ねると、法子はウィンクして、

「大丈夫。おじ様がいるわ。それに栄子先輩もね」

 なるほど。

「それにしても、どうやって近づこうか」

 大崎邸の近くまで来て、私達はヤジ馬とマスコミの人達にはばまれて、それ以上先に進めなくなってしまった。

「法ちゃん、こっちこっち」

 その時、喜多島さんが後ろから声をかけて来た。私達は喜多島さんとともに人ごみをかき分け、大崎邸の裏口から中に入った。

「法子さん」

 塀の中に入ると、栄子さんが今にも泣き出しそうな顔で私達を出迎えてくれた。法子は栄子さんに近づき、

「何て言ったらいいか……。気持ちをしっかり持って下さいね」

「ええ、ありがとう。私よりも母や幸江おばさんの方が大変なのよ。母はまた臥せってしまったし、幸江おばさんはパニック状態は治まったんだけど、相変わらず癇癪を起こして、手がつけられないの。光子おばさんが幸江おばさんをなだめすかしているのだけれど、どうなることか」

 栄子さんもかなり精神的に参っているようだ。目の下のクマが痛々しい。

「八重ちゃんはどうしてますか?」

「八重ちゃんは自分の部屋に籠ったままよ。悦子おばさんが声をかけても、出て来ないの。みんな信用できないって」

 八重子も相当追いつめられているようだ。

「おじ様、警察の事情聴取は始まっているの?」

 法子は喜多島さんに尋ねた。喜多島さんは頷いて、

「始まっているよ。今、幸江さんが光子さんに付き添われて、事情聴取されている。そのうち、栄子さんにもお願いすることになるだろう」

 栄子さんはギクッとして、法子に救いを求めるように目をやった。法子は、

「心配しないで、先輩。喜多島警視が立ち会ってくれますよ。ねっ、おじ様? 」

と喜多島さんを見上げた。喜多島さんは一瞬エッという顔をしたが、

「そうそう。私が付き添いますよ、栄子さん。私は法ちゃんの一の子分ですから。先輩の貴女を必ずお守りしますよ」

 笑顔で言った。栄子さんはクスッと笑って、

「ありがとうございます」

「ま、酷い。子分は私の方でしょ」

 法子が反論すると、喜多島さんは笑って、

「そうだったかな」

 とぼけてみせた。何とか、場の雰囲気がなごんだ。喜多島さんと法子に感謝だ。

「泉さんに話を聞けますか?」

「大丈夫だ。泉さんはもう事情聴取を終えているから。私も同行しようか?」

 喜多島さんが申し出たが、法子は、

「いいえ、結構です。泉さんにとっておじ様は警察の人以外の何者でもありませんから、話をきちんと聞けなくなりますので」

「そうか。そうだね」

 法子に同行を一蹴されて、喜多島さんは心無しか寂しそうだった。でも、法子の言っていることは正しい。あの気の小さい泉さんが、喜多島警視がいる前できちんと話をできるとは思えない。私達の警察に対する強みはそこなのだから、喜多島さんに同席されると困るのだ。

「ところで法ちゃん、犯人の目星はつけているのか?」

 喜多島さんは立ち去ろうとする私達に後ろから声をかけた。法子はクルッと振り返り、

「目星はついてません。でも、だんだん見えて来た気がします。犯人の実像が」

「そうか。わかった」

 法子は喜多島さんに手を振り、私を連れ立って大崎邸の玄関へ向かった。泉さんはどこにいるのだろうか。

「犯人の目的は何かしら。道枝さんを殺して、和美さんを殺して」

 法子が独り言のように言った。私はすかさず、

「遺産を遺す相続人を特定したいんじゃないの? 脅迫文の内容から考えて、それが一番当たってると思うんだけど」

 法子は前を見たままで、

「そうね。そうだとわかりやすいんだけど。だとすると、次に危ないのは……」

 私はギョッとした。順番から考えて、次は栄子さんになる可能性が高い。

「でもね、私は違う考えなの。この事件、あの脅迫文が指し示す意味をきちんと理解しないと、止められない」

 法子の言葉は衝撃的だった。脅迫文の意味? 「血の殺人」て、相続人を絞り込むってことじゃないの? 法子はどう考えているのだろうか?


 私達は玄関から中に入り、長い廊下を進んだ。法子ってもしかして泉さんがいる場所を知っているのだろうか。

「この先だったわよね」

 法子は足を止め、私に目を向けて尋ねた。えっ? 何が?

「私に聞かないでよ。とんでもない方向音痴なんだから」

「そうなの」

 法子は愉快そうに微笑んで、また歩き始めた。

「やっぱりキーパーソンは嶋村源蔵さんね。彼が今どこでどうしているのかが、この事件を解くカギになると思う」

「嶋村さんが? 彼が犯人なの?」

「それはわからない。でも、嶋村さんが何かの形でこの事件に関わっていることは確かだわ」

 私はますますわからなくなってしまった。

 

 しばらくして私達は食堂の前に来た。法子は中に入って行く。私も続いた。

「泉さん、いらっしゃいますか?」

 法子はキッチンの方に声をかけた。するとあのおどおどした泉さんが、申し訳なさそうに姿を見せた。彼女は脅えているようだった。

「何でございましょう?」

 消え入るような声で、泉さんは法子に言った。法子は微笑んで、

「お尋ねしたいことがあるんです。ちょっとお時間よろしいですか?」

 泉さんは目をキョロキョロさせて、

「は、はい。短い時間でしたら」

と言い、

「今、お茶をお入れします」

 そそくさとキッチンに戻って行った。法子は私の顔を見て、

「彼女、何か知っているわね。しかもそのことを警察には話していないようよ」

 もしそうだとすると、一体どんなことを泉さんは知っているのだろうか。

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