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第十四章 喜多島警視の報告その2  10月 2日   午後 4時

 大崎邸を出てまもなく、法子の携帯が鳴った。刑事コロンボだ。喜多島警視からである。

「はい。はい。わかりました。麺道場ね。大丈夫。私達、大好物だから」

 法子は嬉しそうに答えると、携帯を切り、

「律子、夕御飯は麺道場のとんこつチャーシューメンね。もちろん、おじ様のおごりよ」

「そうなの。いいのかな、私まで」

「何言ってるの、これはこの前の埋め合わせよ。何も気兼ねすることなんかないわ」

 法子はそう言うが、私は何となく喜多島さんに申し訳ない気がした。するとそんな私の様子に気がついた法子が、

「おじ様はこの前律子に悪いことをしたって、ずっと悔やんでいるのよ。だから、ここは気持ち良くおごっていただきましょうよ。その方がおじ様も気が晴れるのよ。ね?」

 私はとにかく納得するしかなかった。

「わかった。気持ち良くおごっていただくことにする」

「そうそう」

 私達はとても楽しい気分でいた。そんな楽しさも、次の日には消し飛んでしまうとも知らずに。


 夕御飯には少々時間が早いが、私達は喜多島警視との待ち合わせの場所「麺道場」に到着した。

 この店はあるテレビ番組がきっかけですっかり有名になったところだが、他の店と違うところは、行列ができるほど客が来ないところだ。何故かと言えば、店の大将がかなりの変わり者で、マスコミが大嫌い。それに加えて地元の人を大切にしているから、遠くから来た客は次々に地元の人に順番を抜かれ、不愉快な思いをして帰って行くのだ。大将はそれを承知なのだ。テレビ局のプロデューサーが来ても、まるっきり無視。週刊誌の取材が来ても、「客じゃねえなら、帰ってくれ」と追い返す。でも、私達女の子にはとても優しいおじさんなのだ。

「おう、法ちゃん、律ちゃん、いらっしゃい。啓造はまだ来てないよ」

 大将が威勢のいい声で言った。私も地元民並みの待遇だ。これも法子のおかげである。しかも大将は、「法律コンビだな」と、私達の名前の一文字を取ってコンビ名まで考えてくれた。これは、法子も私も気づかなかったことだ。確かに、法学部法律学科に在学する二人が「法律」の字を一字ずつ使った名前というのも面白い。私もこのコンビ名が気に入っていた。

 大将は喜多島警視と幼馴染みで、昔は結構二人とも喧嘩でならしたらしい。

「この話、啓造には内緒だよ。いくらあいつが温厚な性格でも、過去をばらしたとなると、人格変わっちゃうからさ」

 大将はヘラヘラ笑いながら、全然困った様子もなく、いかにも困った顔で言ってのける。ホント、面白い人だ。その時、

「人の悪口は、もう少し小さい声でした方がいいぞ、三平」

 声がした。大将はびっくりして、声の主を見た。そこには話題の人、喜多島さんが立っていた。大将は苦笑いして、

「啓造も人が悪いな。黙って入ってくるなよ。驚くじゃねえか」

「ちゃんと挨拶して入って来たよ。自分が悪口に夢中になっていて、聞こえなかっただけだろう、三平」

 喜多島さんはニヤリとして大将を見た。大将は何故かとても恥ずかしそうに、

「啓造、その三平はなしにしようぜ。俺が悪かったよ」

「わかればよろしい」

 大将を黙らせた「三平」という呪文の謎は大将の生涯の恥になるということなので、法子も私も教えてもらっていない。すごく残念だ。いつか聞き出そう。

 喜多島さんは私達をエスコートして店の奥の座敷に向かった。

「何か新しいことがわかりましたか?」

 法子が座敷に上がりながら尋ねると、喜多島さんは、法子を見上げて、

「ま、それは腹ごしらえしてからにしようか」

と靴を脱ぎ、サッと先に座敷に上がると、私達に座布団を出し、自分も座布団を敷くと、ドッカと畳に腰を下ろした。

「さ、注文しようか。二人はとんこつチャーシューメンだけでいいのかな?」

「はい。私達、そんなにたくさん食べられません」

 法子はニコニコして言った。


 ほどなくラーメンが来て、餃子が来て、シュウマイ、エビチリソース、チンジャオロースーと次々に料理が出て来た。私達( 正確には私のみかも知れないが )はラーメンしか食べられないと言いながら、料理の旨さも手伝ってか、みんな平らげてしまった。恥ずかしい。

「ちょっと食べ過ぎかな」

 私は苦笑いして法子を見た。法子はクスッと笑って、

「そんなことないわよ。いつもそのくらい食べてるでしょ」

「ははは」

 まさしく、笑うしかなかった。

「さてと。話を始めようか」

 喜多島警視はまさしく刑事の顔になり、私達を見た。法子と私は、大きく頷いた。喜多島さんはそれを確認してから、

「まず、道枝さんの足首の擦過傷だが、ナイロンなどの比較的柔らかい繊維で擦られてできたもののようだ。ほんのわずかながら、傷の間に繊維が残っていた。成分は今、科捜研で分析中だ。今日中にはわかると思う。で、君達の収穫は?」

 法子は、大崎家の人々の人間関係やそれぞれの人の証言、態度、考えを細部に渡って喜多島さんに説明した。喜多島さんはしばらく黙って考えていたが、

「なるほど。大崎家は想像以上に複雑だな。さすが法ちゃんだ。私達警察では、とてもそこまで話してくれないだろう。いや、貴重な証言だよ。助かる」

 法子を手放しで褒めた。法子は苦笑いして、

「警察の人と違って、私は警戒されていないだけよ、おじ様。それより、大丈夫なの、私達とここで会って話していて。大崎家には捜査を続行しているのは内緒なんでしょ?」

「それは心配いらないよ。この店を選んだのはそこなんだ。そ知らぬ顔をして入って来られないところだからね。何しろ、主人が変わっているから」

 喜多島さんは愉快そうに言った。法子と私は顔を見合わせて笑った。

「とにかく、幸江さんには私達のことを知られてはまずい。彼女の元の夫は警察庁の上層部の人間だ。しかも私の顔を知っているし、もちろん法ちゃんの顔も知っている。もし幸江さんに知られると、私は八丈島あたりに転勤になるかも知れない」

「まさか」

「いや、今のは少々大袈裟だが、左遷になるのは間違いないよ。そのくらい、幸江さんと元の夫はつながりが強いんだ。そして、二人共、影響力がある」

 喜多島さんの顔は真剣そのものだった。こりゃ、気をつけないと。私はいいのかな。

「道枝さんの葬儀とかはいつになるんですか? 」

 法子が尋ねた。喜多島さんは法子をジッと見て、

「道枝さんの葬儀は行われない。これは道枝さんの遺言だ。そして、光子さんの希望でもある」

「葬儀をしないんですか? 」

 法子はびっくりしていた。私も面喰らった。道枝がそんな遺言を残していたなんて、どうしてだろう。

「道枝さんは自分が殺されると思っていたのかしら」

 法子が呟くように言った。喜多島さんは、

「何とも言えんね。大崎氏の遺言、そしてあの脅迫状。殺されるかも知れないと考えても不思議ではないが。ただ一つ言えることは、道枝さんの死は、間違いなく殺人だということだ」

「そうね」

 法子は考え込むようにして、腕組みした。喜多島さんは法子の顔を見て、

「それにしても、さっきの話の中に出て来た嶋村源蔵という男、もし生きているとなると何かしら今回の事件に関係がありそうだね」

「ええ。でも事件に関係はあると思うけど、直接道枝さんの死に関係があるとは思えない。とにかく、嶋村さんの件はおじ様にお任せするわ」

 法子は喜多島さんを見つめ返した。心無しか、喜多島さんは法子の視線を眩しそうに笑い、

「わかった。法ちゃんは、道枝さんの事件を事故死に見せかけた殺人に見せかけたかったという、早口言葉のような仮説を立てているからね。嶋村のような立場の人間には、そんな小細工はできないということか」

 法子は苦笑いして、

「早口言葉は酷いな、おじ様。でも、私の考えは今おじ様が言った通りよ。嶋村さんには道枝さんを殺すことはできない。それに動機もないと思うわ」

「そうだね。道枝さんは嶋村の孫に当たるわけだからね。栄子さんもそうか。あとの三人はまた別だろうが」

 喜多島さんがそう言うと、法子は真面目な顔で、

「血縁関係で考えを縛られると、この事件、迷宮入りしてしまうかもよ。大崎家の内状は、親子や兄弟といった関係では推し量れないものがある気がするの」

「なるほど。確かにそうかも知れんな。今は肉親を平気で殺す輩が増えているからね」

 何とも嘆かわしい時代だ。もっとも、その嘆かわしい時代を私達は生きているのだから、責任の一旦はあるのかも知れない。

「何にしても、急いだ方がいいようだ。犯人はまだ殺人を続けるつもりなのだろうからね」

「そうね。私が大崎家を動き回ったせいで、それが早まったりしなければいいんだけど」

 法子のその心配は的中してしまうのだが、その時私達にはそんなことはわからなかった。

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