5)連隊長のために
帰路、レオンは馬に乗り、マーティンとカールは歩いて、一緒に帰るようになった。
「僕、思ったんですけど」
「なんでしょう」
「出発前に、王太子宮に僕らを集めて一緒に過ごさせたのって、理由があると思いますか」
マーティンの言葉に、カールとレオンはここ最近の王太子宮でのことを思い返した。
「私達三人は、それなりに仲良くなったと思います。王太子宮で過ごした時間がなければ、特にレオン様は貴族で騎士ですから、親しく口を利くなどありえません。法学者のマーティンさんとも、一生会うこともなかったはずです。それこそ、悪事を働きもしない限りはね」
冗談めかしたカールの言葉に、レオンも笑った。
「そうだな。私は逆に、マーティンは法学者だから、何か法的な問題で相談するときに会ったかもしれない。でも、カールとはどうだろう。アーライル家は、長年付き合いのある商人のほうが多いから。カールの商会が入り込む余地は無いだろうな」
マーティンは真剣なままだった。
「僕ら、本当に勉強するために、王太子宮に集められたと思いますか」
マーティンの言葉は質問のようだが、彼の中にある答えの確認をしたいだけなのだろう。
「いいえ。多分、イサカの町で協力できるように、お互いを知るためにこの時間が用意されたのだと思います」
「実戦の前の訓練のようなものだな。本当に用意周到だ」
レオンは気づいていた。必ずお茶の時間が用意されていた。お茶の時間は貴族の習慣だ。ローズは、別の用事があると言って不在にすることが多かった。お茶の時間が生活に必須だと考えているならば、その時間帯にローズに用事があるはずがない。後任として、御前会議で紹介されてからは、近習が誰もつかずに三人だけでお茶の時間を過ごすことが増えた。見張りの近習が居なくなった、信頼されたと最初は思った。自分達三人に自由に話をさせるためという可能性に思い当ってからは、そうとしか思えなくなった。
カールは、マーティンに指摘されて初めて気づいたが、口にしてみるとそうとしか思えなくなってきた。
身分も立場も経歴も年齢も違う三人が、忌憚なく話せるようになったし、互いに相手を知り、信頼し合えるようになったのは、王太子宮で過ごしたこの数日のおかげだ。
「やはり、そう思われますよね」
「いや、おっしゃっていただいて、初めて気づきましたよ」
「だから連隊長だ。アーライル家の親戚の中に、あの小さな連隊長のように、表情が豊かで情に厚い連隊長がいるんだ。髭面で武骨で、似ても似つかない顔立ちの男だから、彼が父親ということは絶対にないが」
連隊長というのは、レオンが言いだしたローズの呼び名だ。
「こうしてみると、連隊長って、良い呼び名ですね」
レオンから最初に聞いたとき、少女の呼び名にそれはないとカールは感じたが、今はその通りだと思える。
「じゃぁ、僕らは僕らの連隊長の功績を打ち立てるため、頑張りましょう」
「功績ですか、でも十分貢献しておられるでしょうに」
マーティンの言葉に、カールは首を傾げた。
「僕らから見ればそうです。でも、今回の件を数年後に振り返ったとき、途中の過程で苦労した者のことなど、人は忘れてしまいます。歴史を思い出してみてください。ライティーザ王国の建国史、数々の戦に勝利した武王様の功績はみんな知っています。でもその数々の戦の一つ一つを僕らは知っていますか?歴史家は知っていますが、僕は知りません。その戦で戦った武王様の部下に関しても、その下で戦った沢山の人達も、僕は知りません。おそらく今回の件も、アレキサンダー様の功績の一つとして記録されるだけです。でもその時に、ローズ様なら参謀として貢献したと御名を残せるかもしれません。アレキサンダー様は多分、ローズ様を今後も王太子宮におかれ、本当に参謀とされると僕は思っています。そうなると、後ろ盾のないローズ様には、今回の件で歴史に御名を残すくらいの貢献が必要です」
いつになく強い言葉で、マーティンが断言した。
カールとレオンはマーティンを改めて見直した。
「さすがですね。マーティンさん。私はそんなことまで考えていませんでした」
「え、そんなに褒められても僕、どうしたらいいか」
「自信を持て。君は今、とてもいいことを言っている」
カールは笑ってから恐ろしいことに気づいた。
「逆に、今回のことが上手くいかなかったら」
言葉にしてみて、カールは背筋が寒くなった。
「王太子様の御名を汚さないために」
マーティンが周囲を見回した。
「ローズ様が責任を取らされ、お可哀そうなことになるかもしれません」
レオンも静かに頷いた。
「おそらく、王太子様の名代が、腹心で乳兄弟のロバート様であるのは、そのためだ。何かあれば、彼は自分の首で責任を取るつもりだ」
万が一の時、アレキサンダーが乳兄弟の首を守るため、別の者に責任を取らせる可能性がある。アレキサンダーがその決断をしても、レオンは、アレキサンダーを責める気にはなれない。責めることもできないし、止めることもできない。出来るのは、そう言った事態にならないよう結果を出すことだけだ。
一族の陞爵のためという重圧とは違う重みを、背負わねばならないことに気づいた。
アレキサンダーはこの国のただ一人の王子だ。アレキサンダーの立太子に反対する貴族がいるなど、マーティンには初耳だった。他に誰か代わりがいるかは知らない。だが、少しでも失態があれば、アレキサンダーに反対する貴族は、容赦なくアレキサンダーを王太子の座から引きずり降ろそうとするだろう。
それを防ぐために、アレキサンダー以外の誰かが、責任を取らされる可能性はある。
「だから、僕ら、ものすごく頑張らないといけないんです。ローズ様に功績を作ってあげないといけないんです」
「言っておくが、私も功績がいる」
マーティンの言葉に、レオンが首を振った。
「大丈夫ですよ。レオン様は、騎士としての働きが期待されています。ローズ様が言っておられましたよね。いずれアーライル子爵様に、国境地帯の平定をお願いするつもりだったと。レオン様は、今からそのための足掛かりを作られてはいかがでしょう。今のローズ様の功績は、疫病の抑圧とその後の町の復興です。僕が法律家としてライティーザの法をイサカで広め、カールさんがイサカの町で町の人達と一緒に商売で利益をだせば、それがローズ様の功績の発展に繋がります。だから、僕らは一人一人、頑張りましょう」
別人かと思いたくなるくらい自信と希望とに溢れ、覚悟を感じさせるマーティンがいた。
「マーティン、君は今、本当にいいことを言っている。忘れるなよ。確かにその通りだ。私達は、一人一人、やるべきことがちゃんとある。やるべきことのために、選ばれたんだ。出来ることを最大限やったらいいんだ」
すぐに自信を無くしてしまうマーティンだが、やはり、頭がいいとレオンは感心した。
「あの、また僕の自信なくなったら、今みたいに、励ましてください」
とたんに気弱になったマーティンに、レオンとカールは笑った。
幕間のお話にお付き合いいただきありがとうございました。
この後も、本編でお付き合いいただけましたら幸いです
三人のお話は、いったんここで終了です。
この後の三人の様子は、また別の幕間として用意する予定です。
レオン・アーライル 第一部第二章幕間
カール 第一部第三章幕間