4)連隊長の周囲の事情
翌日のお茶の時間、また三人だけとなった好機をとらえ、カールは二人に詰め寄った。
「さぁ、昨日の続きです。お二人に何かお考えはありませんか」
「なんだ?」
突然の話に、レオンは戸惑った。
「イサカの町での新しい商売ですよ」
異様なまでに熱意のこもったカールの言葉に、レオンとマーティンは顔を見合わせた。
「商売をしたことはない。一日程度で何かなど思いつかない。母上に聞いてみようか。ただ、母上もお若い頃は騎士として、亡くなられた王妃様に剣を捧げていたから、私と同じようなことを言うかもしれない」
「申し訳ありません。商売に関しての取引関係の問題の法律であれば、わかりますし、調べられるのですが」
カールが溜息を吐いた。
「お二方はそうですよね」
カールにも、事前にわかっていたことではある。諦めるしかなさそうだった。
「王太子様も、全く違う人間三人を送り込もうなど、随分と大胆なことをなさる」
カールの言葉に、マーティンが首を傾げた。
「どうでしょう。だって、レオン様は、お父様の御推薦ですよね。たしか、カールさんは、王太子様に謁見したときに、ローズ様に提案されたそうですよね。僕は、師匠の推薦です。ただ、師匠に話を持ってこられたのって、多分、王太子様ではないのですよ。師匠が、可愛いお願いがどうのこうのと言ってましたから」
可愛いお願いで、思いつくのは一人だけだ。
「我々の連隊長か?」
三人以外、誰もいないことを確認して、レオンは言った。
「参謀だそうですしね」
カールは指で顎を撫でた。
「武力としてのレオン様、ライティーザの法律としてのマーティンさん、金関係は商人の私。確かに、あとは聖職者がいれば、町の機構のどことでも話ができますね」
「聖職者は、既にイサカの町と相当行き来がある。医者も組合を通して人を派遣しているそうだ。教会と病院は既に、ライティーザの傘下だ」
カールの言葉にレオンも続けた。イサカの町に対するアレキサンダーの政策は、まるで町を直轄地にしようとしているかのようだ。
「イサカの町に派遣された近習のロバートとおっしゃる方が、腹心なんですよね。あぁ、王太子様と同い年の乳兄弟だそうですよ。ローズ様が、今からもっと勉強されて、大人になったみたいな方だったらどうしたらいいですか。僕なんか、役に立てそうもありません。王太子様、いずれ国王陛下となられる方の腹心ですよ。王太子の鉄仮面ですよ。僕、どうしたらいいんでしょう」
落ち着きのないマーティンに、カールとレオンは顔を見合わせた。数日おきにマーティンは同じようなことを言うのだ。
「私たちの連隊長の言葉を忘れましたか。どうしたらいいかって心配するのではなく、どのようにしたらよくなるかと、一緒に考えてみましょう」
カールの言葉にレオンも頷いた。
「あぁ、その通りだ。その言葉には、父上と兄上が感心しておられた」
父、アーライル子爵は、その言葉を部下への指針として使うことの許可を願う書状をレオンに託したほどだ。アレキサンダーは、王太子宮で養っているローズの言葉であることをきちんと伝えるのであれば許可するという返書をしたためて下さった。父の狂喜乱舞する様にはレオンも戸惑った。
「そうはおっしゃいますが、王太子様の近習の筆頭ですよ。エリックさんとエドガーさんの、さらに上、筆頭ですよ」
マーティンの言う通り、ローズがさらに学んで成人したような男がいるに決まっているのだ。相当腕も立つはずだ。エドガーとの手合わせのあとの、エドガーとエリック、アレキサンダーの会話からも、父の部下からの不定期の報告からも、ロバートの腕前が相当のものであることがうかがい知れる。
王家の使用人とはいえ、ロバート様は、家名なしの一族の本家の方だから、丁重に扱うようにと、父には何度も言われた。先祖代々素晴らしい功績を打ち立ててきた一族だ。功績はあるが、手厳しすぎる諫言故に陞爵がないだけだ。功績も諫言も国を思ってのことだから、本来であれば侯爵であって当然だと父は熱弁をふるっていた。
「僕、出来ません」
「やれ」
父のことを思い出していたレオンは、弱音を吐いたマーティンに、不愛想な態度で答えてしまった。
「そんなぁ」
「マーティンさん、手厳しいお師匠様が推薦してくださったのでしょう。お師匠様を信じましょう」
カールはマーティンをなだめながら、レオンを一瞥した。
「すまん。言い方が悪かった。だが、やったことが無いのに、出来ないなんてわからないだろう」
法律家のマーティンは三人の中で、学ぶことは一番得意だが、一番自信がない。過度な自信で学びを止めたら、学者としては命取りだろう。だが、自信無さゆえに、他の学者に足元をすくわれては、気弱で善良なマーティンが可哀そうだ。
「はい」
「だから、やれ。法律担当はマーティンさんと、紹介されただろう。荒事は私が担当する。今はイサカの町には父の部下が派遣されているが、私の部下と交代する予定だ。荒っぽいことに対応する用意はしている。私を信用しろ。イサカの町の商売人はカールが相手になってくれる。マーティン、君は騎士としての私の腕と、カールのことは信用しているだろう」
「はい」
「だったら、法律家としての自分を信じろ。王太子様のところには、現地に派遣できる能力がある近習が二人もいた。それなのに、彼らでなく君が選ばれたんだ、マーティン。少しは自信を持て」
「はい」
マーティンの表情が少し明るくなった。
「いいことをおっしゃいますね、レオン様。マーティンさん。その通りです。一緒に頑張りましょう。法律のことはぜひ、教えてください」
「はい。わかりました」
お互いに全く違う人間だが、この三人なら一緒にやっていけるだろう。三人ともがそう思った。