2)連隊長は法律について学ぶ
お茶の時間、初めてエリックが席を外すことになった。
「レオン様、この部屋の警備はあなたに任せます。何かあれば大声で人を呼んでください。いくら腕が立っても、人数で押されては、敵わないものです。よろしくお願いいたします」
「はい。承りました」
「ローズ、大司祭様がいらっしゃったら、呼びに来ますからここにいてください。では、失礼いたします」
「はい。エリックもいってらっしゃい」
優雅に一礼するとエリックは部屋を出て行った。
「ロバートがいない分、みんな忙しいの」
部屋に残されたローズは、茶を吹いて冷まし始めた。
「ロバートが普段、仕事を抱えすぎだとわかったって、みんな心配してるわ。イサカにいったら、ついでにそのこともロバートに伝えてね。マーティンさん」
「はい」
名指しされてはマーティンも断れない。相手は、王太子の鉄仮面と噂される人物だ。あのエリックやエドガーを含めた王太子宮の近習達の筆頭で、師匠と比較されるくらい怖いらしい人物に、なんといえばよいのだろうか。マーティンは、返事をしてしまったことを後悔した。
「マーティンさん、一つ質問があるの。法律のことよ」
ローズの言葉にマーティンは、顔を上げた。
「なんでしょう」
「王太子様とロバートから、孤児の私を貴族が殺しても、大した罪にはならないから、絶対に一人になってはいけませんって、言われたの。どうして、貴族と平民では罪の重さが違うの」
マーティンにとって思いがけない質問だった。法律がそうある理由を聞かれるなど予想外だった。
「神様は、人の魂を等しくおつくりになったと、聖アリア様がおっしゃったのでしょう。どうして」
ローズの質問に、マーティンだけでなく、カールもレオンも首をひねることになった。法律など、三人にとって、当たり前のものだ。
「理由もなく平民を殺せば、貴族でも罪には問われます。親族に賠償金を払うことになりますね。あぁ、ローズ様は孤児ですから、受け取り相手がいないといって、うやむやにする方もおられるかもしれません。慣例ではそのような場合は、教会に寄付をします。貴族を殺したら、基本的には死刑ですね。身分が異なりますから」
ローズの質問に対して、マーティンは法律の説明をすることしかできなかった。
「殺された人の身分がことなると、どうして罰が違うの」
ローズが、間髪入れずに質問してきた。ローズの質問を、法律の解説ではぐらかそうとしたマーティンの企みは失敗した。
「それはですねぇ」
マーティは言葉に詰まった。当たり前のもので、理由など考えたこともなかった。今まで、法律を覚え、目の前の問題にどの法律が当てはまるかを考えてきたのだ。
「具体的に考えてみませんか」
カールが口を開いた。
「例えば、レオン様、もし、あなたの身になにかあった場合です。あなたに危害を加えたものを裁く法律がなかったら、何がおきますか」
カールは、縁起でもないことを遠慮なく口にした。レオンはそんなカールを咎めることもなく、腕を組み、真剣に考えた。
「まず、父上か兄上が私の敵を取るため、相手を殺すだろう。そうなると、相手方も、敵を取ると言う話になる。両家の間で、戦になる。アーライル家ゆかりの貴族はアーライル家に加勢するだろうし、相手方も同様だろう」
「まぁ、大変なことになるのね」
ローズが大きく目を見開いた。
「ライティーザ建国当初の混乱期さながらですね」
マーティンの言葉に、レオンが皮肉っぽく笑った。
「相当広範囲が焦土と化す可能性もある。互いの領地を奪い合うことになったら、もう、最初の目的など忘れて、互いの家を亡ぼすまで戦い続けることになるかもしれない」
「怖いわ」
ローズがそっと自分の腕で自分を抱きしめるようにした。
「そんなことになったら、私は逃げ出しますよ。そりゃ、鍛冶屋や鎧屋は儲かるでしょうが、儲けて意味があるのは生きている間だけです」
カールは肩をすくめた。
「どちらかが亡びるまで戦い続けるような争いを防ぐためには、少なくとも貴族間の殺傷問題は、相応の刑罰で罰するという法律があったほうがいいな」
万が一、カールの言うような事態となったとき、納得のできないような刑罰では父と兄をとどめる方法はないだろう。
「戦争は怖いわ」
ローズの言葉に、三人は頷いた。ライティーザ王国が他国と戦ったのは東のティタイトとの戦争が最後だ。三人とも戦争を経験していない。だが、ライティーザ王国では、親族に戦争による死者がいないもののほうが珍しい。凄惨な話を聞く機会はいくらでもあった。
「沢山の人が死んでしまうもの」
エリックがローズを迎えに来たことにより、ローズとの会話はそれでおしまいとなった。