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1)連隊長は町の過去を知り未来を憂う

 連日顔を合わせていると、ローズからの質問が増えた。


「イサカの町は、どうして商取引の中心なの」

先日は、騎士団の編成について、レオンが質問攻めにあっていた。とうとう自分の番が来たと、カールは覚悟を決めた。


「川向こうのティタイトとの交易ですよ。ライティーザ王国が成立するより以前から、河向こうの人々とこちらの人々は、物々交換をしていました。その場所に町ができました。そのあとにライティーザという国が河のこちら側で、ティタイトという国が対岸で成立したのです。ライティーザの商人達、ティタイトの商人達が集まるようになり、ミハダルの民も草原を越えてやってきて、さらに町は大きくなり、今のイサカの町になりました」


イサカの町に暮らす者であれば、子供でも知っていることだ。ローズは簡単な質問のあとに、難しいことを聞いてくる。これからが本番だとカールは身を引き締めた。


「他に、ティタイトと交易をおこなう町はないの」

「大河は渡るのが難しいのですよ。大河はミハダルにも流れていますが、ティタイトの辺境地帯ですから、ミハダル側からみたら、商売相手がいません。それに、大河に暮らす民の協力も必要ですから、いろいろ難しいのです」


 イサカのもつ港と、対岸のティタイトの町の港の間であれば、天候に問題がなければ、慣れている船乗りならば、渡ることができる。他の場所は大河に暮らす民の水先案内がなければ渡れないような場所の方が多い。


季節によっては彼らも水先案内を断るほどだ。あるいは高額な案内費を要求されることになる。


 難所の多い大河のおかげで、イサカは今のイサカになったのだ。


「では、ティタイトと交易をおこなう他の方法が手に入ったら、イサカは何を誰に売るの」


カールはローズのその質問に沈黙した。

「今、そういう方法を、ティタイトの人達は探していると思うわ」

ティタイトの人々だけでなく、ライティーザの商人も同じだ。ミハダルから、ティタイトの辺境に渡れる場所はある。ミハダルで商売をするため、旅立った仲間もいる。


「確か、ティタイトとの船の往来がなくなったのは、疫病が始まってすぐでしたよね」

マーティンの言葉にローズが頷いた。


「船の着岸が禁じられたそうよ。一隻だけ、イサカから、助けを求めに行った船が、強引に着岸しようとして、追い返されて、沈められたの。ティタイト出身の人達も沢山乗ってたのに、誰一人助けてもらえなくて、沢山溺れ死にしたそうよ。ティタイトのせいだということになって、ライティーザの民とティタイト出身の人での諍いが増えて、ティタイトの人が殺される事件が続いたの。ロバートが到着したのは、疫病の死人と諍いの死人の両方で町が殺伐としていた頃だったの。沈められた船のことや、町中の諍いのことは後からわかったことよ。知らなかったとはいえ、よくない時期にロバートを派遣してしまったわ」


「封鎖を開始した当初、今のように定期的に安全に書類をやり取りすることはできませんでした。町人同士の殺し合いなどの醜聞が、町の外に漏れ出てこないのも無理はありませんよ、ローズ」

エリックの言葉にローズも頷いた。


「派遣したロバートが、町の人から聞いて初めて分かった事件だったものね。町の中が、そんな状態の時に、ロバートがティタイト出身の人も平等に救済するといったら、反発した人も多かったらしいわ。ティタイトが船を沈めたから。でも、船に乗っていたのはほとんどがティタイトの人で、助けてもらえなかったのも同じなのに」

事件を語るローズは悲しそうだった。


「ロバートさんは、反対があったのに、どうやって救済されたのですか」

マーティンの言葉にローズは首を振った。


「細かいことは分からないわ。ただロバートからの報告では、ライティーザの民は、信頼していた相手から裏切られた。ティタイトの民にとっては祖国から見捨てられ、見殺しにされた。ライティーザは、ライティーザの民も、ティタイトの民も、同じイサカの民として救済する。裏切ることも見殺しもしないと説明して、物資を持っていったと書いてあったわ。多分、押し切ったと思うの」

ローズは渋面を作った。


「危ないことは、あまりしてほしくないのだけれど」

「ローズ、しかめ面はいけません」

エリックがローズをかるく(たしな)めた。

「エリック。でも、どう考えてもあの前後の手紙、絶対に強硬したでしょう。アレキサンダー様も、また、危ないことをしてと、相当怒ってらしたわ」


三人は顔を見合わせた。王太子の名代として、一人で派遣されるほどの信頼を得ている近習の筆頭と思っていた。仕える主が怒るような危険な行動をするとなると、少し違う人物像を思い描いた方がよいのかもしれない。


「そうですね。ロバートは、我々に危ないことをさせないために、平気で自身を危険にさらします。アレキサンダー様や、私達が言っても、全く改善されません。ローズ、ロバートが帰ってきたら、あなたからしっかり、叱ってやってください」


エリックの言葉にローズが首を傾げた。

「きっと聞かないのは一緒よ。ロバートは私をいっつも小さい小さいって言うもの。私が言っても、そうですねって言うだけよ」

「いいえ。アレキサンダー様や私達からは言われ馴れていますから、聞きません。あなたの言うことなら、少しは聞く耳をもつでしょう」


エリックの言葉に、ローズは首をひねった。

「それって、孤児院のいたずらっ子が、いつも怒られているシスターの言うことは聞かないけど、シスター長様に怒られたら反省するのと一緒かしら」


ローズの言葉に、三人は顔を見合わせた。ローズの解釈に違和感を覚えているのが自分だけではないことを確認した。アレキサンダー王太子に言われ馴れているというならば、シスター長に例えられるのはアルフレッド国王陛下ではないだろうか。


 三人は、こちらをにらむエリックに余計なことを言ってはいけないと悟った。

「えぇ、そうです。ぜひ、しっかり言ってやってください」


 多分、違うことをエリックは考えている。カールは先祖代々商売に携わってきた己の勘を信じ、何か言おうとしたマーティンの足を蹴飛ばしておいた。


「イサカの町のティタイト出身の商人には、私の知り合いもいるのです。彼らに代わって私からもお礼を申し上げます」

「それは、イサカに着いたらロバートに言ってあげてください」

カールの言葉にローズは笑顔で答えた。


「相当数のティタイトの民が、聖アリア教に改宗したと、教会から連絡がありました。おそらく、ティタイト出身の民は、かなり困窮していたのではないでしょうか」

エリックの言葉に、カールは心底驚いた。


「ティタイトの民が改宗ですか。それって、二度とティタイトの地は踏めなくなりますよ」


 ティタイトの民は、草原の神を深く信仰している。彼らの神はとても厳しい。定められた季節に定められた方法で、動物の生贄を捧げなければならない等の制約も多い。その一つが、改宗の禁止だった。


「聖アリア教が、他の神の信仰もそれはそれで尊いとするのとは、全く違いますよ。本当に、本当に、すごいことですよ」

カールは心底驚いたが、他の者はみな、カールを不思議そうにみているだけだった。


「あの、例えですけど、エリックさん、あなた、王太子様に反対する貴族に仕えて、王太子様の不利益になることができますか」

言葉にしてから、カールは心底後悔した。明らかにエリックの形相が変わっていた。


「例えです、例え話です。そのくらい、ありえないことなんですよ」

カールはエリックに必死に訴えた。

「確かに、ありえませんね」

ようやく、いつも通りの物静かなエリックに戻り、カールは安堵した。


「エリック、ちょっと怖かったわ。カールさんに怒っても仕方ないじゃない」

「あまり良い例え話ではありません」

失言はマーティンの専売特許だと思っていた。自分がやってしまうと思っていなかったカールは首をすくめた。


「多分、改宗した人がティタイトに帰るというのは、そのあとロバートに出くわすようなものかしら」

もともと無表情なエリックの顔から、さらに表情が消えた。

「それは、出会った瞬間、殺されても文句は言えません」

物静かな声は、冷え冷えと部屋に響いた。


「では、ティタイトの出身の人はそれだけの覚悟をしたのね。町の中がどうなっているか、心配だわ。ロバートは、落ち着いてから落ち着きましたって、連絡してくるから、それまでどうだったのか、本当に余計に心配になるわ」

ローズの言葉に、エリックがまた微笑んだ。


「ローズ、ロバートが帰ってきたら、そういうことも、しっかり叱っておいてください」

「そうね」


ローズが、何度も頷いた。

「シスター長様がおっしゃったの。沢山長いこと叱るより、駄目なことと、やるべきことを並べて短く言った方がいいって。ちゃんと頑張って言うわ。今から考えておかなきゃ」


張り切るローズは可愛らしい。

「シスター長様は、良いことをおっしゃいますね」

エリックも感心したようだった。


「えぇ。シスター長様は優しい人よ。大好きだわ」

ローズが満面の笑みを浮かべた。


「でも、もし、本当にイサカの町をとおらずにティタイトと交易ができるようになるかもしれないわ。ずっと先のことを思えば、交易ができる町が複数あったほうが安心だけれど。今から対策するなら、イサカの町は、自分達で売れるものを、作らないといけなくなるのではないかしら」

自分の方に話題が戻ってきたカールは、ローズの話に新しい商売の糸口を感じた。


「ローズ様は、どんなものを売ればいいと思いますか」 

「そうね。御商売をするなら、誰かが嬉しい気持ちになれるような物がいいわ。悲しいことが沢山あった後だから。何か、嬉しい幸せな気持ちになれる贈り物とか素敵よ。贈り物なら、もらった人も嬉しいし、贈った人も喜んでもらえて幸せだもの。素敵なものがいいわ」


何を思い浮かべているのか、ローズは明るい笑顔を浮かべていた。

「それは何でしょう」

「きっといろいろあるはずよ。優しい気持ちになれるもの。このお茶の良い香りもそうでしょう。グレース孤児院では、ハンカチに刺繍して売っているの。買ってくれる人は、たいがい誰かに贈り物にするために買うのよ。イサカの町にも刺繍の糸と道具を届けたことがあるわ。ロバートが、女の人達の喜びようにびっくりしたそうよ。あの時のお返事は面白かったわ」

ローズがほほ笑んだ。


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