偽物の魔女に魂を捧ぐ
ここには怖い魔女が住み着いたんだ。
だから間違っても入ったらいけないよ。
*
「……って知らないのか?」
呆れつつも諭すように言ってやったら「知ってるよ。青い瞳の魔女さん」と坊ちゃんはこともなげに言った。
「じゃあどうしてここに来たんだ」
「魔女さんと取引をしに」
この坊ちゃん、魔女がちっとも怖くないようだ。しかも「魔女さんはなんでもできるんだよね」と、のたもうた。
「僕の命を半分あげる。だからお願い、あーちゃんを助けて」
「あーちゃん?」
「うん。僕の双子の妹。あーちゃんは生まれてからずっと病院で暮らしているんだ」
このままだと一年もたないと親がつぶやいたのを聞いてしまったらしい。
「あーちゃんは一度も外に出たことがないんだ。とってもかわいそうなんだ。でも痛いとか辛いとか絶対に言わないんだ。……僕はすぐに弱音を吐くのに」
ついさっき弱々しく叩かれた、ドア。
その向こうに立っていたのがこの坊ちゃんだ。
「お願い。あーちゃんを助けて……!」
まっすぐにこちらを見上げてきた瞳には、本人の生命力とは真逆の力強い光が宿っていた。……そう、この坊ちゃんも妹と同じ病にかかっているのだ。そして妹よりも症状が重い。よくここまで一人で歩いて来たものだと感心するほどに。いや、それは本人も分かっている。私には『真実』が見えている。だからこの坊ちゃん、「命の半分をあげる」などと簡単に言えるのだろう。なんて小賢しい子だ。
「いいよ。坊ちゃんの妹を助けてやろう」
その代わり――。
*
「あの頃のお前はかわいかったね」
朝夜がめっきり冷えるこの時期になると、ついこの坊ちゃん、いや青年をからかいたくなる。
「先生やめてください」
「いいや。ずっと言ってやる」
あの坊ちゃんも今では医者だ。あーちゃんも成人し、私もまた新米医師からベテラン医師になりつつある。まだ硬い日本語しかしゃべれないから、今でも子供に怖がられてしまうが。
「対価は残りの寿命の半分だったな。お前にはこれからも私のそばで働いてもらうぞ」
医者とは、この生涯を懸けても惜しくない尊い仕事だ。
私は魔女ではない。万能でもない。しかし医者としてできるかぎりのことをしていくと決めている。
「もちろんです」
青年がやや上気した顔でうなずいた。
偽物の魔女である私は気づかなかったが、この時青年のポケットには私の瞳によく似たトパーズの指輪が隠れていた。その胸には今夜私に伝えるべく考え抜いた愛の言葉も潜ませて。
千文字という文字数制限もあって意味が分かりにくいところがあったらすみません。
あとで本作の説明を活動報告に載せておこうと思います。