妻の帰省
買い物から帰ると懐かしい顔がいた。
「来ちゃった」
はにかみながら妻が言った。
会うのはかれこれ6年ぶりになる。
「変わらないな」と私。
「少し老けたわね」と妻。相変わらず手厳しい。
「ちゃんと家の中片付けてるのね。掃除してびっくりさせようと思ってたのにがっかりよ」
口を尖らせながら言う妻は、別れる前となにも変わらない感じがした。
妻とは大学で出会った。3回生のゼミで初めて会い、卒業前に付き合い出した。28歳で結婚し、もう30年になる。
娘が独立し、二人暮らしに戻った矢先に妻は私の元を去った。
「久しぶりに一緒に行きたいとこがあるんだけど」
妻に促されて私は車を出した。
「元気にしてるのか?」
「それなりに楽しくしてるわよ。でもたまに暇すぎてつまらないこともあるわね」
窓の外を眺めながら妻は退屈そうに言った。
妻が行きたいと言ったのは、家からそう遠くないところにある植物園だった。
「久しぶりにあなたとこの景色が見たかったの」
満開になったひまわり畑を見つめながら妻が言った。
妻はひまわりが好きだった。
「一緒に見にこられてよかった」
笑顔で言う妻は少し透けて見えた。
「もう行くのか?」
気取られまいと平気なふりをしていたが、声が変になってしまった。
「またそのうち来るわよ」
優しく私に微笑みかけながら妻そう言って消えた。
一人でひまわり畑を眺めていると、ポケットの携帯が鳴った。
「お父さん、元気してる? 今日お母さんの命日よね。週末一緒にお墓参りに行こうよ」
娘からだった。
「そうしよう。母さんもきっと喜ぶよ」
変な声にならないように気をつけて返事をした。
目の前のひまわり畑が少し滲んで見えた。