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4話 ちからのたいか 365

触った彼の腕は思ったより華奢で、間近で見た表情は幼さない。

死者に対してどう接すれば良いのか分からないが、出来る限り態勢を整え、頭に布をかけてあげる。


少年の名前はイライアス。

若干14歳にして勇者の剣ベルアイガを手に、魔王に戦いを挑んだ孤独な勇者だ。


ここに置いていく事になるが、今の自分に彼を運び出す術が無い。

両手を合わせ、黙祷する。


「それじゃ、イライアスさん行ってきます。」


何も返事はないが、布に隠れたその表情が穏やかに笑っているのを俺は知っている。

彼の前に供えた剣…ベルアイガも別れの挨拶はできたかな?

ちょっと様子を見てから剣を持ち上げる。



「さてと、…それじゃ改めて宜しくお願いします、ベルアイガさん」

『さん付けとか止めてよ!歴代の勇者にも呼ばれたことないの!』

「は、はい!宜しくお願いしますベルアイガ。」

『それでアンタの名前は?』

「お、俺はナカヤマ シュウジと言います。シュウジが名前です。」

『シュウジ?変な名前。』

「…すみません。」


そう言いながら、背中に剣をしまう。

本当は腰に帯刀するタイプだが、重くてバランスが取れず断念。

イライアスの革ベルトを借りて、肩に斜め掛けにして背負う事にしたのだ。


それにしても何とも場違いな格好だ。


袖を汚しにくい七部丈の和風シャツ。

黒のスラックスに、防水滑り止めのコックシューズ。

あと、膝下まである長さの腰エプロン。

胸に輝くは、接客への意気込みが書かれたネームプレート。


もしスキルでも発動するならば、速乾・通気性あたりだろうか。


(まさかバイト着のまま冒険に出かけるとは…)



「それで、どこに向かえば良いんでしょうか?」

『まずは洞窟を出て。外に野営地を残してきたから、そこで荷物を回収。バックの中に転移結晶を持って来てるから、それを使って神殿へ戻る。候補者探しはその後ね。』

「なるほど。…ところでここはどこなんでしょうか?」


歩き始めてみるが、かなり大きな洞窟と言うくらいしか認識できない。

不思議なことに光る苔でも生えているのか、晴れた夜空なみに見通しは悪くない。


『今回の魔王の巣。こんな西方の僻地に生まれてくれて良かったわ。大陸のど真ん中だったら、前みたいに大きな被害が出たところよ。』

「魔王って、復活するたびに場所を変えるんですか?」

『そりゃそうよ。だっていつも同じ場所で復活してたら、対策取られちゃうでしょ?』


頭の中で、魔王城の周りに人々が砦を築く絵が生まれる。

なるほど、問題が発生すると分かっているのだから、予め準備をするのは道理だ。


「それもそうか。」

『封印が解けると、魔王は転移して世界のどこかで魔力を蓄え始めるの。配下の魔物を生み出しながらね。今回は幸運なことに、観測所が魔王の復活先を感知できたの。』

「観測所?」

『王立機関の一つ。大陸の各所にあって、天気から魔力の測定、魔獣まで何でも調べてるわ。特に魔王の早期発見は、人類側に準備する時間が増えるって事だし。』


地上版のスパイ衛星みたいなものか?

ランダムに現れる魔王に備えて、世界中に軍事施設を常設するより、維持費も掛からなそうだ。

でも、そんな対策をしているって事は…


「魔王って、そんなに頻繁に出るの?」

『…封印の周期で変わるけど、短い時は数年、最長は数百年。』

「それじゃ、勇者も沢山いるってこと?」

『えぇ、イライアスは私にとって25人目の勇者。もちろん魔王封印に失敗して戦死した勇者もいるから、魔王の出現回数と一緒じゃないわ。それに私の前は…』


ずらっと並ぶ祖先の写真のように並ぶ勇者の遺影。

線香の香りが無性に懐かしく感じる。


「私の前って事は、ベルアイガ以外にも聖剣があるの?」

『待って、私は…』


そこでベルアイガは言葉を切る。

漂ってくる粘っこい魔力の臭い。…彼は気付いていないのか。


『…走って』

「…!」


どうしてとは聞かない。

第六感のようなものが嫌な予感を告げて来た。


濡れた岩に気をつけながらスピードを早める。


『走って、走って!!』


…ン、ズン、ズン、ズン!

後方から聞こえてくる、駆けるように近づいてくる足音。


後方を見る余裕はないが、迫り来る一歩が自分より早く大きな一歩だと言う事は理解できた。


ズズン、ズズン…!!


『マズい、三体来た。』


何が?とは聞けない。聞いても多分分からないし、状況が好転することは無い。


「あの、さ、隠れ、てやり過ごす、とか!」


ダメ元で提案してみる。

人生で影の薄さなら負けない自信がある。



『頭から齧られたいなら止まっても構わないけど。』


気を引き締める。

心の中で背後から迫る謎の敵を呼称:巨人にする。


…ドスンドスン!!


(ち、近い!)


そう思った時、岩の段差を越えようと高く上げた足が、腰のエプロンを踏みつける。

バランスを崩す身体を腕をバタつかせながらなんとか耐えた。

顔面から岩肌への激突は免れたが、立ち止まった事により追跡者との距離は絶望的になる。


「…やばい追い付かれるっ」

『私を抜け!!』

「え、でも、戦え…」

『早く!!!』


言われるままに剣を引き抜く。

両腕で構えてるのが精一杯の重さ。

振り返った先に迫り来る追跡者を見た!


(巨人じゃなくて、ゴリラだ!!)


体長は3メートルほど。

浅黒い肌と筋肉質な身体。口から白い息を吐きながら手には錆び付いた剣のような…鉈のような物を持っている。


後続に2体、同じタイプの大男が見える。

冷静に見積もっても、勝てる見込みはない。


『追い着きそうな先頭の一体だけやる。ダメだ…3日分もらうぞ』

「わ、分かった!」


全然何を言っているか分からないが、とにかく頷く。

眼前には先頭の大男が鉈を振り上げている。


『身体の力を抜いて!』


(そんな無茶苦茶な!!)


強張る筋肉を必死になだめる。今すぐにも背を向けて走り出したいのに、無理無理無理…うあぁ!!


振り下ろされる鉈。

それを左ステップで回避、そのまま重心を落として大男の右腕を切り上げ。


その切れ味は、豆腐に包丁を入れたかのように手応えが無い。

鉈を握ったまま宙に飛ぶ右腕をかわして、大男の肉腹を踏み台に顔面に飛び蹴りを入れる。


腰エプロンが翻って視界が隠れる直前、倒れる大男が後続2人を巻き込んで派手に倒れるのが見えた。


着地。


身を翻して出口に向けてダッシュ。風が強く吹き抜ける…外が近い!

洞窟を飛び出ると外の世界は夜だった。明るい洞窟に慣れていたせいで何も見えなかったが、身体は速度を緩めず斜面を降る。

剣の重さも感じないし…身体が別の意志を持って動いているようだ。


「こ、これはどういう事!?」

『私の能力よ。勇者の対価を力に変えるの。』

「対価って…あの3日とか言ってたやつ?」

『そう、私は人の寿命を力に変えるの。』

「そ、それって…つまり」

『緊急だったから仕方ないでしょ!!それに、君は筋力もなければ判断力もない!!全部サポートするには、それだけ必要だったの!!』


あと1年の寿命が、初日で3日減ったという事だ。

…いや、頭を齧られていたかもしれないと思えば、3日くらい惜しくないか。


ようやく目が慣れてきたころには、目的地に到着した。

寝巻きや調理器具がまとめられたリュックに、革製の鞄が置いてある。

突如、襲いくる疲労感。全身の筋が痙攣したかのように張る。


「あばばば…痛い重い…!」

『何とか間に合った。ほら、鞄の方を開いて!』

「うん、ちょっと待って…」


剣を引きずりながら革鞄を開く。

中には、紙で絡んだパンと干し肉、手紙のような書類、そして握り拳サイズの石が入っていた。


『それを地面において!私が起動させるから、そのまま手を…』


「ウォオーーン!!ウォウォーン!!」


先程の大男達が叫びながら斜面を降ってきている。


『手をかざして!!』

「はいっ!!」


言われるままに左手を地面に向ける。

結晶石が光出す瞬間、大男が投げた鉈が転移結晶に少し当たる。


「…危ね」

『いや、これはマズい!』


その言葉を残して、フリーターと剣はどこかへ消えた。

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