3話 はじめのいっぽ 365
お越しくださり、ありがとうございます。
どこかで見たことあるタイトルですが、関係ありません。
『あぁやっぱりな』
走り去るその背中を見つめながら、床に転がる剣・ベルアイガはそう思った。
私の声が聞こえても、それは剣を扱える資格があるだけで、勇者の資質とはまた別の話。
それでも、ちょっと期待していた自分がいる。
絶体絶命の瞬間に勇者候補が本当に登場したんだ、興奮もするだろう。
ほんの少しだけど…やめだやめだ。所詮その程度の奴だったのだ。
『イライアス、ごめんね。』
もしイライアス自身が呼び出していれば、違う人物が召喚されたかもしれない。
出来損ないの私なんかが引き継いだせいだ。
もう少しだけ、彼のそばにいてあげようと思う。
付き合いは短かったが、彼との思い出は沢山ある。
出会って、喧嘩して、笑って、一緒に怒って…と、彼との思い出をひとつずつ思い出す。
■■■
呼吸が苦しくなってようやく立ち止まる。
身体に溢れる汗は、走ったせいか?それとも恐怖心からか?
「はっはっ…んぐ。な、何なんだよ」
顔が鼻水と涙で汚れている。拭おうと腕を動かす。
左手に痛みが走る。掌の傷口は、うっすらと乾き始めているようだ。
一度に多くの事が起きた気がする。
アニメの見過ぎで見た夢ではなく、血も流れ疲労も感じる現実で、目の前で人が死んで、余命は1年と言われた。
自分はただ助けを求められただけで…。
「ありがとうございます。」
あの少年の声がした。
どうすれば良いのかも分からない。でも、
「…戻らなきゃ」
そう思った。
■■■
「あ、あのさ…」
どのくらい経っただろうか?
逃げ出したアイツがそこにいた。
情けなく立っているそいつの目は赤く腫れ、顔には涙と鼻水の跡。
服で血を拭いたのか左脇腹が茶色く汚れている。
特に私から話す事はない。
返事をしないでいると、ヤツは手を伸ばしてきて…
「あの、さ…」
『ちょっとドコ触ってんの!?』
「ご、ごめん、寝てるのかと思って」
『何しに戻って来たの!?』
「そ、それは…」
それは、なんだ?
黙るな、言葉にしろ。
「あぁ…驚いてさ、逃げ出して、ごめん」
『わざわざそんな事を言いに来たの?』
その言葉に鼓動が強くなる。
…違う、違うんだ!
確かに逃げ出した。
訳も分からず怖かった。
まだ夢だと思いたい自分がどこかにいる。
それでも、止まるな!
ここで辞めたらいつもと一緒だ。口を開け。
「呼ばれて、頼りにされて嬉しかったんだ。その、為にはなったんだろ?」
『でも、頼りになんかしてないわ』
「そ、そうだよね、俺なんかが…」
言うな、その先は言うな。
ほら、言いたいことはそんな事じゃない。
『それで?感謝はしてるわ、ありがとうって言って欲しいの?』
「いや…俺は…」
自分は何しに戻って来た?
俺はどうしたい!?
「俺さ、あっちの世界じゃ1人で、空気みたいなのが嫌で…ホントは誰かの役に立ったり、必要とされたくて!」
『…。』
俺は何を話している?
どうせそんな事を考えても、結果は変わらない。
どうせやらなくても分かってる。
どうせ俺は、どうせ俺なんかは…。
やめろ、いつもの思考パターンだ。
そんなのは嫌だと心が叫ぶ。
言え、言うんだ。
特技もない、自慢できる長所もない。溢れ出る言い訳や周りくどい言い回しを全部押し出す。
無意識に握り締めた拳が、掌の傷口を開く。
「俺は、君に呼ばれて嬉しかったんだ…力になりたい。」
鼓動が小刻みになり、口内が急に渇く。
飲み込む唾も無く、手には血と汗が滲み、頭がグルグルする。
胸の中では今まで押し込んでいた感情と、押さえ込んでいた感情が攻めがぎ合う。
お前は何を言ってるのか分かっているのか?
分かっている。自分のエゴだとしてもここで宣言しておく必要がある。
恥を描くだけだ。
それが怖くてたまらない。だから今まで逃げてきた。
高望みはするな。
いつもと違う結果を求める事は悪いことか?
お前に何が出来る。
何も出来ないかもしれない。でももし…
もしここで断られたら?
もしここで笑われたら?
もしここで必要ないと言われたら?
もしここで…
『力になりたいって、逃げ出しておいて調子良くない?』
「そ、それは…」
その通りだ。反論は出来ない。
黙ったらダメだ!何かアピール出来ることを探す。
俺はもう諦めない、目を逸らさない!
「それは、本当にごめん…っ!!」
『でも…』
「でも?」
『…来てくれて嬉しかった。』
鼓動が止まるかと思った。
彼は新たな一歩を踏み出したのだった。
最後までお読みくださり、ありがとう御座います。
人間の長所であり短所が、想像力だそうです。
相手を気遣い、色んなパターンを想像する事は可能です。
でもいくら自分の中で考えても答えなんか出るわけないんです。
相手に聞いてみるのが一番正確です。