2話 やすうけあい 365
お越しくださり、ありがとうございます。
タイトルは、安請け合い。
皆様は、後先考えずにお仕事を軽く引き受けたりしてませんか?
私は自分を追い込む為に引き受けます。
地面に浮かび上がった召喚魔法陣。
幾重にも重なった幾何学模様が、一つの円陣を作り上げている。
人類の切り札を呼び出す装置と起動術式。
魔王に対抗する勇者を強制的に召喚する呪われた技術だと思う。
開発者自身は失われた技術と言っていたが、胡散臭い技術には違いない。
だって都合が良過ぎるでしょ?
勇者とは普通、時間をかけて人々の中から選ばれる。
神の掲示を受けた娘や、辺境の騎士。王族だったこともある。大人に子供…出自や年齢、性別や種族もバラバラ。
全ての勇者が人格者ではなかったが、それでも人々の前に立ち、困難に向き合い、希望と願いを背負い過酷な戦いに身を捧げ、運命を受け入れる存在だった。
共に歩んだものとして、それだけは言い切れる。
そんな私だからこそ、勇者の資格を持つ者を便利に呼び出せると聞いた時、真っ先に疑った。失われたのも当然かと考えてしまう。
それでも私達はこれに頼るしかない。
今、痙攣する手を抑えながら魔法陣を起動している現勇者イライアスは、勇者にしては良い人すぎたのだ。
優しい勇者は、この術式を使って勇者史上最速の戦いを挑んだ。私は反対だったのに…っ!?
思考が瞬時に切り替わる!
『避けて!!』
「…!?」
イライアスが反射で左へ飛ぶ。
空間を突き刺す黒い帯。
もう魔王は回復を始めて反撃してきた。これでは間に合わない!
(ベル!!)
彼の声がした気がした。
その瞬間、イライアスは帯に突かれる。
「…くっ、がっ…ぎぎぎ」
『イライアス!!!!』
剣が無いことを知っているはずなのに、抜刀の構えのまま無防備に攻撃を受けるなんて。
魔法陣から離れる様に走り出すイライアス。
魔王に気付かれる訳には行かない。回復に専念している今がチャンスだ。
(当初の予定通りにはいかない。それでもやるのね…)
魔王にとっても、こんな召喚術式は初めてだろうし、意表を突く為にここまで来たのだ。
何としても最後まで!召喚は私が引き継ぐ!
『お願い!!』
道中何度も話し合った。
そんな都合のいい魔法を当てにしていいのかと。
『誰か私の声が聞こえる!?』
あの狂乱の魔術師に騙されただけだろうと。
それでも構わないと笑っていたイライアスの笑顔が懐かしい。
『お願い私の声が届いていたら!!』
失敗すれば最悪の結果になると分かっていたのに、彼は時間を優先した。
彼は行動したのだ、次の自分を生み出さない為に。
…魔法陣から反応はない。術式は完全に起動してるはずなのにどうして!?
魔王の攻撃は苛烈さを増していく。
影がイライアスを通り過ぎる度、防具が砕け、皮膚が裂け、命が削られて行くのが分かる。
早く早く…気持ちだけ焦って行く。
『助けてよ…』
それは人類を、なのか。
それとも、私を信じて笑う彼の事か。
『助けて!!!』
魔法陣は、その願いを遥か遠い住人に届けた。
■■■
「…終わった?」
大爆発でも起こるかと思い、咄嗟につぶった目を開けてみる。
特に何の変化も…いや、倒れていた騎士は何処へ?
「…ぐっ」
『イライアス!!』
「お、おっとっと」
構えていた少年の力が急に抜け剣をが床に転がる。
倒れそうになる彼の身体を支え、壁側へ連れて行く。
何とか腰を下ろせたが、呼吸も荒く顔色も悪い。
「君、…大丈夫?水とか飲んだ方が良いんじゃない?」
「す、すみません、ベルを…剣を取ってくれま、せんか」
「あ、あぁ…」
(って、重い!!)
長さがある分、重量より強く感じる。
そこは男の意地で、何事もない様に彼のそばへ持って行く。
少年の顔が少し安心した様に和らぐ。
「…時間がありません。この剣を貴方に。」
「ちょ、ちょっと待って…!」
「魔王は一時的に封印されているだけで、その間にこの剣を、次の勇者に届けて欲しいんです。」
「え…」
ちょっとだけ期待していた。
こう言う時は、異世界から召喚された自分が、規格外の力を発揮して、神も恐れる力でバッタバッタと魔王軍を討ち倒す!そんな流れじゃないのか?
自分の夢なのに…だから、余計なことを言ってしまう。
「お、俺じゃダメなのかな?」
「…貴方は!!」
少年の目が大きくなる。
そんなに驚かなくても。でもこの反応は、もしかしてフラグを立てたか?
興奮を隠しきれない俺に帰ってきた言葉は、冷たかった。
『…アンタ死にたいの?』
「ベル、この人は自己犠牲を厭わない、高潔な方なんだよ。」
「だ、誰?」
「この剣…ベルアイガです。」
「その剣しゃべるの!?」
「えぇ。ただ勇者の資格がある者しか、この声は聞こえません。」
「それはつまり…俺も勇者って事?」
話す剣なんてあまり聞いた事がないが、それより…やっぱりあるじゃないか俺に勇者の資格!
荒くなる呼吸を抑えつつ、差し出された剣に触れようとした時、少年が引っ込める。
「ただ、無理なんです。」
「何で!?」
「貴方に残された天命は、あと1年。」
「は?」
「寿命です。私の天命が足らず、一時的に貴方の天命をお借りしました。」
理解が追いつかない。
つまり俺の寿命を削って魔王を封印したと言うことか?
それで残った命は、あと1年!?
「ですが、来て下さったのが貴方で良かった。魔王を倒せば貴方の天命は帰ってきます。ですから次の者にこの剣を」
何て言ったらいいのか全く分からない。
でも、まぁいっか夢だし。
「任せとけって!よく分からないけど、次の勇者を探せばいいんだろうから安心しとけって!」
安請け合いをした。
リアルだったら絶対に言わない言葉。
「ありがとうございます…。」
彼はそう言って穏やかに目を閉じた。
緊張が解けてまるで眠るかのように。
だがそれでは困る。これからどうすれば良いのか分からない。
「あの寝ちゃった?ちょっと、ここらから出る方法とか、病院…いやこの場合、神殿とかなのかな?治療しに行こうよ!」
起こそうと肩を揺すると、少年の身体は予想よりも軽く床に倒れる。
胸騒ぎがする。顔を覗き込み、胸は甲冑で隠れているが…動いていない。
彼は寝ているわけじゃないと何かが叫ぶ。
理解し、心拍が跳ね上がる。
「いや、でも、夢だし…。」
後ずさる足は、床の突起物に躓き尻から転ぶ。洞窟内に剣の金属音と尻餅の鈍い音がする。
「…ついっ!!」
反射で床についた左手は岩の角で皮膚が裂け、ゆっくりぷくっと血が溢れてくる。
痛い痛い痛い。
なんなんだ、何なんだこれは?
数年ぶりに溢れてくる涙。
頬を流れる温かい涙も、鼓動に連動してズキズキ血を流す左手も、打ち付けた尾骶骨の痛みも、湿っぽい空気も、これが夢じゃないと告げてくる。
脳が追いつかない。
俺は立ち上がると、遺体と剣を置いて走り去った。
最後までお読みくださり、ありがとう御座います。
まだ2話ですが主人公が逃げ出しました。
アニメや漫画の主人公を見習って欲しいです。
でも彼らは逃げたくても、尺やページ数の都合があるから、いちいち逃げていられないのでしょうね。