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1話 こえに さそわれて 23,741

ご興味を持って下さり、ありがとうございます。


このお話は、前話にプロローグが御座います。

まだの方は、是非そちらからご覧下さい。

「ぐ、うらぁあああーあっ!っっ!!!」


自分自身聞いた事がない雄叫びが絞り出される。喉が潰れ、気道が切り裂かれていくような感覚。


限界はとうの昔に通り越した。

ハイになった脳は、いつも以上に物事を冷静に見つめているが、身体はもう付いてこない。荒くなった呼吸は、意識しなければ止まってしまいそうだ。


繰り返される攻防。

特に相手から繰り出される剣撃は、どれも必殺の一撃。冷静に素早く丁寧にいなしていく。

神業にも等しい連続だが気は抜けない。こんな重い踏み込みをバカ正直に受けたら、身体がバラバラになってしまう。


「…ベル、はっはっは…っあと、残りはどれだけ…だい?」


この部屋に存在するのは、剣を交える2人の剣士のみ。

言葉を発したのは、漆黒の鎧に身を纏った青年剣士だった。

相対する白銀の騎士は勿論返事をしない。


チェィィン!!


何百回目かのいなし技の後、青年剣士の構え直しがやや下がる。それを見逃すような騎士ではない。


一瞬で間合いを詰め、そのまま上段からの振り下ろし。

青年は剣を左斜め上段に構え、再度剣撃をいなそうとするが、この戦いで初めて失敗する。右手が限界だったのか、構えが低過ぎたのか…白銀の騎士は、空気を引き裂きながら漆黒の鎧に一撃を入れる。



浅い。



蓄積されたダメージと相待って、浅いながらも青年剣士は態勢を大きく崩す。

騎士は振り下ろした剣先を脇に構え直し、踏み込む速度を緩めず突きの姿勢。

態勢を崩したままの青年剣士に、防ぐ素ぶりはない。素ぶりはないが、口だけ動いていた。


「…構わない、やってくれ」


それは誰に発したのか分からない。しかし青年が纏う空気が変わる。

騎士は前へ進む足を止められない。危険を感じて突きの姿勢から剣を横に防御姿勢へ。


ギャイン!!


その姿勢から放たれたとは思えない強さの切り上げが、騎士の剣を跳ね上げる。

ガラ空きになった白銀の胴体に、青年が漆黒の鎧とは真反対の純白の剣を突き立てる。

チッチっと、剣先と甲冑が火花を散らす。



浅い。



惜しかったなと思う。青年剣士の間合いに入る寸断のところで騎士は止まっていた。


自分があと一歩のところまで追い込まれた驚きと、青年の最後の一撃が失敗した事に笑みが溢れる。

あと1年、いや半年でも成長していれば結果は違ったかもしれない。

だがこれが現実だ。


体重を前から後ろに切り替え、距離を開ける為離れる…なんだ!?


下がっている筈なのに、胴体に当たる剣先との間に距離できない。捨身で飛び込んできているのかと思ったが、奴は先ほどの位置のままだ。1歩、2歩と下がるがまだ間合いが開かない。

これは…剣先が!?




「…ぃいけー!!私にその姿を見せてくれ、ベルアイガ!!!」


「グヌ、ヌァアァァアァ!!!!」




魔力ではない。

生命力の塊が剣先を延長していく。その輝きはどんどん増して白銀の鎧を砕き、騎士を串刺しにする。



大きく痙攣し、糸が切れた様に動きを止める白銀の騎士。



部屋の隅にまで届く勢いで伸びきった長剣は、勝敗を見届けたかのように輝く粒子となって消えていく。

崩れ落ちる騎士と剣士。




程なく、剣を杖に青年が立ち上がる。


「ベル…分かってるよ。魔力ならまだ…薬で補えるし」


青年はサイドポーチから妙薬を取り出し、口に含むが痺れる唇からいくらか溢す。口に広がるのは薬の味なのか、血の味なのかもう分からない。

ドロっとした液体を無理やり飲み干すと、こみ上げる不快感をゲップで誤魔化す。瞬時に身体が活性化し血と魔力が循環し始める。


元の長さに戻った純白の剣を床に突き立て、地面にカードサイズの板を設置。痙攣する右手を左手で押さえ込み、意識を板に集中させる。


突如、足元に幾何学模様が浮かび上がり一つの魔法陣が完成する。この時の為に用意していた特製の…。


「…!?」


反射だった。

魔法陣から左へ飛ぶ。自分がいた位置に、黒い影の線…1本の帯の様なものが、空間を突き刺している。

その一撃は、胴体を貫いた騎士から生えている。

予想以上の回復速度だ。…剣は魔法陣の近くだ。


(ベル!!)


「ククク…惜しかった。実に惜しかった勇者よ。」


青年…勇者と呼ばれた彼は、剣を引き抜こうと鞘へ右手を向けた姿勢のまま、背後から襲ってきた2本目の漆黒の帯に突かれる。


「…くっ、がっ…ぎぎぎ」


痛みを噛み殺す。

聞こえないが、誰かが叫んだ様に思えた。


「…だだ。まだ…」

「そうこなくては。」


突き刺す影を手刀で切り落とし、青年は走る。

得意では無い攻撃魔法を出鱈目に起動する。空間に出現する、火炎球や氷塊が倒れたまま動かない騎士へ殺到する。


それら魔法を影の帯が払い落とし、逃げ惑う勇者を追いかける。

漆黒の鎧は、砕かれ、貫かれ、鮮血とともに飛び散る。


誰が見ても勝敗は逆転しているのに、勇者は手を緩めない、怯まない、足を止めない。



そして、笑みを絶やさない。



…それがどうした。

あと数手もしないうちに、奴の足は止まり、私の復活が完了し、奴の命と世界の希望とやらが消え去る。

少し早いが、この戦いも良い思い出となるだろう。


目醒めの余興としては最高ではないか。口角が上がるのを抑えられない。

勇者殺しから始められるのだから、興奮しないわけが無い。


(だが…なんだ、この揺らぎは?)


ようやく感覚を取り戻してきた身体が、目の前に降り注ぐ火炎球や氷塊とは違う魔力を感じ始めた。


(ふん、なるほど)


奴は、時間稼ぎをしていたのだ。

受けずに済んだ傷をあえて受け、魔法の飽和攻撃でこちらの感覚を鈍らせ、自身がダメージを受ける事で私を優位な気分にし油断させる。


「…流石、人間と言わせてもらおう!」



対象変更。

影の帯たちが一斉に魔法陣へと向きを変える。




■■■




「俺に任せろ!!」


センチメンタルになっていたからなのか?

半端ヤケクソにトイレの扉を開くと、目潰しをくらった。


無防備に受けた光線に足がもつれ、突如、立ちくらみに襲われ血の気が引いて、続いて車酔いの不快感を足して倍にした様な感覚が襲ってくる。

頭は真っ白で何も考えられず、平衡感覚もなく立っているのか倒れているのかも分からない。




目を開いた時そこはトイレではなく、ゴツゴツした岩肌が見える大きな洞窟の中だった。


足元は、ぼぅと青白い光を放っており、床には純白の剣が刺さっている。


(カッコいい)


脳がまだ情報を整理できておらず、そんな感想しか出てこない。


現状把握の為に辺りをキョロキョロする。10メートル先に誰か倒れている!

ただ様子がおかしい…お腹辺りから黒いガムテープみたいなビロビロしたものが複数、グン、ギュン、ガクッと空間をジグザグ高速機動しながら向かってくる。


「…サーカス」


それはまさに、あの有名な…いや、まて、こっちに来るぞ!

ニヤけた顔のまま死を予感すると言う、三下の敗北シーンじゃないか!


腕で顔を覆う暇もなく…横から飛び出してきた青年…いや大人びた少年が剣を引き抜き、ガムテープを叩き切る。

少年は嬉しそうにこちらに笑顔を向ける。


「…流石、勇者だ。」

『いや、ただ状況も分からず馬鹿みたいに突っ立てただけよ!』


2人目の声がするがどこからだ?

周囲にはいなさそうだが、聞き覚えはある。見えない声の主がトイレから呼んでいた奴だ。


「勇者だと!?キサマ、どこでそんな召喚術式を!!!」


3人目の声。

そいつは、ガムテープの発射地点に倒れている、人?と言うか鎧からだ。黒いもやがかかっており、認識しづらい。

少年が手を止めずに声をかけてくる。



「すまない、急で申し訳ないが、君の力を…ょうをくれないか」

「え!?いや…」



反射で断ろうとする。もはや癖だ。


先ほどよりも数が増えたガムテープを、少年は難無く防ぎながら困った顔をする。



『何しに来たのよ!!』

「だ、誰だよ!?」

「すまない、言葉が足りなかった。くれる必要はないんだ、貸して欲しい!」

「どうして俺なんだ?」

「ベルの声が聞こえるからさ。君にしか出来ない!」



君にしか出来ない!エコーがかかったように脳内に響く。


ここがどこかもまず分からないし、理由も分からない。

でも君にしか出来ないなんて、人生で言われたことあるか?

『お前の代わりならいくらでもいる』なら、ある。


例え夢でも良い。

状況は理解不能だが、ただ自分を変えたいと思った。

たまには違う答えをしてみても良いじゃないか。

どうせ夢だ。後先考える必要なんかない!



「何をすれば良い!?」

「ありがとう!…ベル!!」

『あーもぅ、イライアスの背中を支えて!…こっちで勝手に引き抜くから』



少年が剣を構えたままこちらに背を向ける。

話の流れから、この少年がイライアスだろう。


何をするのか分からないが、きっと俺の中に秘められた魔力を少年に送って、必殺技みたいのを撃ち込むんだろう。

いきなりクライマックスと言うのが寂しいが、貴重な体験夢だと割り切る。


激戦を繰り広げてきたボロボロの甲冑。その背中の装甲が壊れた箇所に手を入れる。手に温かさを感じる。

多分、肌に近い方が効率が良いんじゃないかと言う大人の配慮だ。


「これで良いかい?」

「ありがとうございます。…ベル、全部使ってくれ」


おいおい、魔力全部吸われちまったら、後でポーション奢ってくれよ!なんて軽口が頭をよぎるが、その前に真っ白な輝きが世界を塗りつぶす。


『…さよなら、イライアス』


どこからともなく聞こえた声が、光と共に全てを飲み込んだ。

読んでくださり、ありがとうございます。


ようやく異世界に来ましたが、主人公は活躍しません。

コンセプト通りに行きたいと思います。

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