4話 きれいは尊い
「……ううん」
日菜はびっくりした顔で、思いっきり首を横にふる。
僕だって、ない。
衝撃の告白だった。
僕たちの反応を見てどこまで話をして良いか悩んでいる風だったが、思い切ったように、姫愛は話を続けた。先生の話を聞く生徒のごとく、僕達はじっと耳を傾ける。
「パパと、仲悪いように見えたでしょ? ホントは逆。昔はね、とっても仲良しだったの。小学生の頃は、いつも一緒にお買い物とかしてた。そしたら、ママと家で2人っきりの時、『あんたのせいで、私があの人に捨てられるのよ!!』とか言って、私の首をしめて来たんだ。マジで、何が起きたのか分からなかった…… 鬼の形相ってやつ? あんなに凄い顔、ホラー映画でも見たことないよ。恐怖で身動きできないって、ホントだよ」
「……それから、どうなったの?」
日菜の方は、興味津々のようだ。
僕は、姫愛が受けた仕打ちと凄惨な場面を想像して怖くなった。
「たまたまパパが用事で早く帰って来たから、無事だったみたい。私は気絶しちゃって、それから後は覚えてないんだ。気付いたらもうママは家を出て行って、数日後、自殺したって連絡が警察から来たの」
……
……
「でも今は、ちょっと分かるかな。多分ママ、自分の老いに耐えられなかったんだと思う。シワが一本増えるごとに、ツルツル肌の私を嫉妬したんじゃないかな。いつも鏡で、自分の顔ばかり見てたから」
「それって……」
「きっと、成長する私が羨ましかったんだよ。昔のママ、私よりずっと美人だったもん。『命短し恋せよ乙女』、よ。いくらきれいでも、燃えちゃったらお終いだけどね。死体は真っ黒で、美人の面影なんて微塵もなかったよ」
告白する姫愛の顔はとても落ち着いていて、尊かった。
「だから私は、きれいなんて、大っ嫌い」
僕と日菜は、何も言い出せなかった。
気の利いたことを言えるほど、未だ大人じゃない。
「あ、ごめんね。白けさせちゃって。こんな話、誰にもした事なかったな。だってさ、もし私が事故か火事でもあって、顔に怪我や大火傷して醜くなったら…… 拓馬くん、どう?」
「それでも、好きだよ」
……
え…………
ええ〜〜〜〜!!
はっ、僕は何を言ってるんだ! 心の声が、口に出てる!!
うわ、ヤバい!
笑われるっ! と思って顔を伏せたが、何も言ってこない。
……
恐る恐る顔を上げて2人を見ると、急な出来事に、姫愛は目が点で、顔が真っ赤に火照り、ぼーっとしていた。日菜は、良いもの見せてもらったと言う感じで、ニヤニヤしている。
「お兄ちゃん、プロポーズしたぁああ!!!」
「バカ、何言ってんだ!」
「じゃあ、さっきのは嘘なの?」
「う、そじゃ……ないけど……」
僕の勢いも、弱くなる。ここで嘘と言うと、それはそれで、まずい。
「じゃあじゃあ、お姉ちゃんは?」
「え? 私? うーん、ま、ご縁があったらと言う事で。ははは……」
その場をごまかし、姫愛はリビングから自室へと戻った。この家に来て、あんなにアタフタしている姫愛は初めてだ。それだけでも幸せな気持ちになれた。
父さんが帰ってきても、姫愛は夕食を食べに出て来なかった。日菜が気を利かせて、後から部屋に持って行く。父さんは体調が悪いくらいに思っただけで、特段気にしていなかった。
こちらも恥ずかしくなり、早めに寝る。
合格発表までの猶予期間、僕たちは特にすることもなかった。
すっかり日菜は、姫愛になついているようだ。
ある日の夜だった。
「お風呂上がったよ〜」
日菜の声だ。
「分かった」
僕は、自分の部屋にいた。
言われるがまま一階に降りたが、リビングには、誰もいない。
もう寝たのか。僕は、風呂場の扉を開けた。
そこには、まだ風呂上りでバスタオル姿の、姫愛がいた。
ちょうど、髪をブラッシングしてる最中だ。
こっちを見て、キョトンとしている。
「きゃ!」
「あ、ごめん」
慌てて、扉を閉める。
リビングに戻り、ソファの後ろに隠れてた日菜を捕まえた。
「おい、日菜!」
「うっしっし。お姉ちゃん、ナイスバディでしょ? いつも一緒にお風呂入って見てるけど、凄いんだよ?」
こいつ、確信犯だ。髪をとかし終えたパジャマ姿の姫愛もやって来て、「こら! 日菜ちゃん!」と笑いながら、、日菜をくすぐり始めた。
「ほら、こちょこちょこちょ!!」
「ヒャヒャヒャ、お姉ちゃん、ごめんごめん! くすぐったい〜」
ひとしきり暴れ、日菜は笑い疲れて、ぐったりしていた。
姫愛も笑ってる。
「ご、ごめん」
「別に良いよ」
怒ってないようで、ホッとする。
2人はすっかりご満悦で、テレビを見始めた。僕は、改めて風呂に入る。
風呂から上がってくると、2人はまだリビングにいた。
テレビに飽きたのか、今度はにらめっこをしている。
「お姉ちゃんの顔、変!」
「へっへー 日菜ちゃん、勝てるかな? にらめっこしましょ、あっぷっぷ!!」
姫愛は、ほっぺたを伸ばしたり鼻を上げたりと、自在に自分の顔をいじる。自分の顔なんだから好きにして良いのだろうが、ちょっと勿体無い。
「フヒャヒャヒャ!! ヒィ〜 お姉ちゃん、ヘン顔〜」
日菜はたまらず、笑い転げていた。
「あの、姫愛さん、もうちょっと大事にした方が…… 鼻の穴、見えますよ」
「え、拓馬くん、変な顔でも好きって言ってくれたじゃん! あれは嘘なんですか? ブーブー」
「お兄ちゃん、嘘つきだブー」
「まあ、嘘じゃないけど……」
口を膨らませて拗ねていた姫愛は、ニコッと笑った。
何をしても可愛いと、改めて思う。
二匹の可愛い子ブタ達は、その後も遊んでいた。
二階に上がってからも、笑い声が聞こえてきた。
そして、運命の合格発表日。
あった!
無事、倉橋高校に合格した。見ると、賢太も一緒だった。
「おう、高校でも一緒だな」
「翔太郎と俊一は?」
「LIMEに来てっぞ。翔太郎は、鳳蘭高校だよ。あいつ、頭良いからな。俊一は、駒田工業。家の後継ぐ関係っしょ」
スマホを見ると、僕のLIMEにも入っていた。
翔太郎がちょっぴり羨ましいが、「おめでとう!」と返事しておく。
家に帰ると、姫愛と日菜がリビングにいた。
機嫌が良いから、吉報が届いたのだろう。
「おかえり、受かった?」
「うん。倉橋高校に行くよ」
「おめでとう! 私も受かったよ、軽井沢百合学院!」
「え〜、私でも知ってるお嬢様学校だ! 寄宿舎あるんでしょ?」
「そう。パパ、いつ何処に行くか分からないから、その方が良いんだ」
日菜も今初めて聞かされたらしく、驚いていた。
僕も、驚く。偏差値も高いし、僕らの中学からは滅多に入れない名門校だ。
「そう、これから挨拶は、『ごきげんよう』だよ!」
「すごい〜 お姉ちゃん、お嬢様だ!」
そっか。もうこの街から出て行くんだ。
一抹の寂しさはあった。女子校なのが救いだけれど三年は長い。
そもそも、姫愛の気持ちも分からない。
夜、姫愛が部屋に来た。最近は、漫画や本を借りによく来る。
「お疲れ様。合格おめでとう」
「あ、ありがとう。姫愛さんも、おめでとうございます」
「呼び捨てで良いよ。それよりさ、パパに、これ買ってもらったんだ」
そう言って見せてくれたのは、新しいスマホだった。
「今までの、神城とかウザいから、番号も変えて、まるっきり新しいのにした。で、一番最初の登録は拓馬にするからさ、LIME交換しよ」
「うん」
スマホをかざし、登録して貰う。
「もう少しだね」
「そうだね」
少し寂しそうな顔になったが、姫愛はそのまま部屋に戻って行った。
今年の桜は、少し早めのようだ。一分咲だけど、卒業式を彩るには十分だ。
感傷的になる性格ではないけれど、この学び舎ともこれでお終いだと思うと、多少の感慨にひたる。吹奏楽部が演奏するなか式を終え、野球部の部室に行って顧問の先生や後輩達に挨拶した後、待ち合わせ場所に行く。本当だったら、あいつらと一緒に帰るんだろうが、「俺達のことは気にするな、行ってこい」と背中を押された。
待ち合わせの正門には、既に姫愛がいた。後輩と話をしていたが、僕の姿を見て、彼女達も帰っていく。同じ家なんだからわざわざ一緒に帰らなくても良いのだろうが、制服姿で帰るのもこの日が最後だし、それくらい良いだろう。式には父さんや日菜も来ていたけれど、「後は若い人だけで」とか日菜は言って、既に帰った。どこでそんな言葉、覚えてきた?
いつもの帰り道だけど、もう中学生として帰ることはない。2人とも色々思い出話をしながら、歩いて行く。真っ直ぐ帰るのも惜しくて、近くの桜並木通りまで遠回りした。ここの桜も少しだけ咲いている。
突然、姫愛の足が、止まる。
……
「私のこと、好き?」
「うん、好きだよ」
唐突な姫愛の言葉に、自然に返した。
「おばさんになっても?」
「うん、好きだよ」
「おばあさんになっても?」
「うん、もちろん好きだよ」
「私よりきれいな娘が生まれても?」
「うん、どっちも好きになるよ」
「ブクブクに太ってすっかり変わっても?」
「……多分、好きになれるかな」
姫愛は、笑った。最近、良く笑う。
「素直で、よろしい!」
今まで誰にも言わなかった言葉が、これほど自然に口に出る。
それが好きって事なんだと、僕は分かった。
「じゃあさ、僕のことは好きなの?」
この言葉は、かなり勇気を振り絞って言った。
「もちろん好きだよ!」
姫愛の返事は、あっけなくも嬉しかった。
僕達はどちらともなく自然に手を繋いで、家に帰った。
あれから一ヶ月。高校生活は意外に楽しく、賢太と一緒に入った野球部も、良い先輩達ばかりで、安心した。時間が経つのは、早い。ゴールデンウィークはもう直ぐだ。
「ただいま〜」
今日も帰りは九時を過ぎ、夕食は1人でとる。リビングには、日菜が寝転びながらテレビを観ていて、父さんはソファで雑誌を読んでいた。姫愛のいない三ヶ月前の生活に戻っただけだが、何かが足りない。
「つまんない〜」
同じことを、日菜も思っていたらしい。
この一ヶ月、何かが抜けたようだった。
風呂に入って、もう誰もいない一階の電気を全て消し、二階に上がる。
スマホを見ると、LIMEの通知があった。姫愛からだ。
引越ししてから、毎日連絡が来る、時々くる写メを見る限り、皆と楽しんでいるようだ。他の女子達に比べて一際きれいに感じるのは、贔屓目かも知れない。
電話したら、直ぐに出た。
「ター君?」
「ああ」
「いよいよ、明日だね。一ヶ月ぶりだから、楽しみ! お土産、何が良い?」
「ユウが帰ってくるだけで、十分だよ」
「何言ってんですか〜」
「駅まで、迎えに行くよ」
「うん、ありがと……」
久しぶりに、全員が我が家に揃う。楽しみだ。
これにて完結です。思ったより早く書き上げたので、明日と思っていた方はすいません。
読んでくださり、誠にありがとうございました。