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3話 きれいは図太い

 翌日の月曜日、朝の全校集会でこの話題が校長先生から出た。

 もちろん、直接名前が出た訳じゃない。でも三年生のほとんどは、理解した。


 そうすると民衆の得意技、手のひら返しが始まる。

 神城が、特に女子達から避けられるようになった。


 つまんなさそうにする神城の姿を時々見かける。


賢太:もう姫愛のエロ動画、削除されちゃったよ

翔太郎:セーブできなかったの?

俊一:やり方、知らねえよ。

賢太:変な画面になって、お金請求されるっぽい

俊一:やったのかよ!


 野球部仲間は呑気なやり取りをしているが、受験も近づいてきたし、先生達に知られることになったので、学校でこの話題にする生徒は消えていった。もう内申点は関係ないけれど、推薦取り消しの可能性は残る。子羊達は大人しくした方が無難だ。


 当然というか、鳳蘭高校の推薦入試は不合格だった。先生からは1ランク下の倉橋高校を勧められたので、素直に従う。あと私立も二校受ける。



 庭に咲く梅も満開になり始めた、ある夜。本番も近づき流石に勉強している時、部屋をノックする音がした。父さんかと思い「なに?」と返事すると、入ってきたのは姫愛だった。


 突然の来訪にびっくりする。

 改めて見ると、自分の部屋にいるのが場違いなくらい綺麗だ。


「お邪魔?」

「いや、良い、けど……」


 一緒に住んでても、天使がこの部屋に来るなんて思ってもみなかった。心なしか、そこだけ五割増しで輝いて見える。パジャマ姿とはいかずジーパンにセーターのラフな格好だが、その姿を拝めるだけでも幸運だ。でもそんな事は顔に出さないように、平静に答えた。


「この前は、ありがとう」

「あ、何もしてないよ」

「ううん、誰も言ってこなかったら、あのままだった。何だか避けられているのは気付いてたんだ。多分、神城が原因だろうとは思ってたけど。あいつ、はぐらかして脅すだけで困ってたの」

「神社で、何があったの?」

「そうだ、あそこに居たんだね。あいつ、いつも俺の部屋に来い来いってうるさいんだ。正月でも相変わらずだから、腹立って帰った。引っ越しの相談もしてたんだけど全然聞いてくれなくて、そればっかし」


 そういう事だったのか。納得する。

 まあ年頃の男なんて、そんなもんだ。


「付き合ってんじゃないの?」

「まあ、若気の至りって言うのかな。恋に恋してたって言うか。イケメンだし、人気者だし、付き合うってどんなもんか興味はあったから、少し遊んでただけだよ。あいつ嫉妬深くて、断ると面倒だったしね。私からじゃないよ。ホントだよ」

「ふうん」


 姫愛は、弁解するように言葉を並べた。


「映画や漫画の趣味も合わないし、側にいても、大して楽しくなかったし。誰かに構って欲しかったから、かな…… 今もLIMEうざいんだよね。これだったら、パパと一緒にシンガポール行けば良かった。迷惑かけてごめんね」

「良いよ、日菜もなついてるし」


 こんなに沢山お喋りする姫愛は、はじめてだった。最初は緊張したが、意外に喋れる相手だと分かり気が楽になる。そうすると、堰を切ったように止まらなくなった。


「モテモテなんじゃ、ないの? 佐藤さん、きれいだし」


 ちょっと、意地悪なことも言ってみる。

 だが姫愛は嫌がることなく、返してくれた。


「え〜 そうかなあ。全然だよ。何だか、みんな腫れ物を触るような扱いだし、上辺だけの付き合いも多いし。拓馬くんもそうでしょ? あんまり、喋ってくれないもん」

「ま、まあ…… 正直、緊張しちゃうけどね。けど話すと意外に普通なんだね」

「そうだよ。あ、そう言えば拓馬くん野球部だったよね? 音楽室や生徒会室から時々見てたよ。皆が帰ってからも一人で素振りやってたでしょ」

「え? 知ってるの?」

「うん。私フルートだから、合奏練習の時は窓際なんだ。だから時々、外の様子を眺めてるんだよね。生徒会室も、三階だから、よく見えるんだよ」


 見られてるとは思わなかった。確かに全体練習が終わった後、自主練していた。野球が好きというより、性格なんだと思う。それだけやっても結果が出なかったのは、少し情けない。


「野球、好きなの?」

「まあ、そうだけど。高校ではやらないかな…… 上手くないし」

「でも一回戦で、逆転ホームラン打ったでしょ? 吹奏楽部で応援しに行ってたから、みんなカッコイイって、興奮してたよ!」

「へえ」


 まぐれの一発を覚えていてくれたんだ。自分のことを言われているのに、実感が湧かないのは、それで女子から告白されたとか、実績が無いからだろう。でもそう言ってくれて、素直に嬉しい。褒められて、嫌なことはない。


 話は盛り上がり、気づけば11時になっていた。

 明日も学校だから、そろそろ寝ないと、まずい。


「もう時間だね。実はさあ、迷惑かけてばっかで悪いんだけど、私のお願いごと、聞いてくれる?」

「?」



 ——翌日から、姫愛と僕は一緒に登校することになった。僕から頼んだんじゃない、姫愛からだ。いくら女子が苦手と言っても、頼みを断るほど無下にはできない。


 理由を聞くと、「やっぱり怖い」そうだ。そりゃ、そうだろう。僕だって同じ立場になったら、誰が味方か敵か分からなくなる。気が狂ってしまってもおかしくない。


 それはそれとして、家から出る時、2人で並んで歩くのもぎこちなかった。だけど話をするにつれ、だんだん距離が縮まってくる。


「手でも、握ってみる?」

「え、それはちょっと……」


 小悪魔のように、姫愛は笑った。

 僕は顔が赤くなるだけで、何もできなかった。


 一緒に並んで歩くと、かなり小柄だと分かる。日菜とほぼ同じだ。ただ僕の家に住んでるはずなのに、髪の香りは違っていた。自分でシャンプーを持ってきたのかも知れない。


 学校まで歩いて十五分ほどだけれど、近づくにつれ、自分に視線が集まる状況が、初めて起きる。みんなの目力がこれほど強いとは、思ってもいなかった。もちろん、その視線の先は僕じゃなくて姫愛に集中している。これだけの視線を常に浴びてるなんて、大変だ。僕は彼女に、少しだけ同情した。


 だがクラスに入った時も、視線は僕に注がれた。なんと言うかぎこちない。普段気軽に喋ってくれる子も、声をかけてもらえなくなった。


 夜、野球部仲間からのLIMEが、大炎上する。

 予想以上に、非難轟々だ。


俊一:おい、お前どうやって姫愛と仲良くなったんだ?

賢太:あの動画、お前が作ったの? 脅迫した?

拓馬:ちげえよ

翔太郎:じゃあ、なんだよ?


 本当のことは、言えない。

 何も返さないと、あいつらは勝手にヒートアップした


俊一:無視すんなよ! なんでお前がモテんだよ!!

翔太郎:破門だ、破門!

賢太:じゃあな


 返事は、しづらかった。

 浮くって言うのはこう言うことなんだと、理解した。


 あの日から、喋る相手より喋らない相手の方が増えた。

 ただ姫愛と喋る時間は、反比例するかのように増えていった。



 ある日の昼休み、ひと気を避けてのんびりしようと別棟に行く。するとそこには、神城がサッカー部員3人と一緒にいた。偶々なのか僕を待ち構えていたのか、良く分からない。ただ僕を見た神城達はとても攻撃的で、空腹のライオンのように獰猛だった。


「てめえ、姫愛の何なんだ?」

「別に」

「あいつは、俺のもんだ。お前、俺のお古もらって、嬉しいか?」

「何!」


 ゴン!


 姫愛を侮辱する言葉を聞いて、とっさに僕は、神城を殴った。弱いパンチで、大したダメージは与えられなかったけれど、相手の闘争心に火を付けるには、十分だったらしい。


「てめえ、この野郎、やんのか?」

「野球部のくせに、生意気だ!」


 こちらが反論する暇も与えられず、4人にボコられる。特に神城からはここ数ヶ月の怒りを晴らすかの如く、殴られ、蹴られた。反撃しようにも、喧嘩慣れしていない僕は、やられるがままだった。血の味が、口の中に広がる。痛みも慣れてくると、何だか分からなくなってきた。


「おい、俺達の拓馬に、何しやがる!!」

「お前ら、野球部の力を侮るな!

「乱闘は野球の方が得意だぜ!」


 遠くで、聴き慣れた声がする。

 僕への攻撃が弱まると緊張の糸が切れ、そのまま倒れて気を失った。


「……おい、大丈夫か?」


 気づくと僕は、保健室にいた。

 周りには、野球部の仲間達だった。いつもの3人だ。


「なんで?」

「たまたま、お前を見かけたんだ。後をつけたら、お前が神城達に殴られてるから、止めにきたんだよ」

「あいつらは?」

「先生来たら、すぐ逃げた。もちろん言っといたよ」


 変わらぬ友情に、心の中で感謝する。


 現場にいた8人はすぐに職員室に呼び出され、こっぴどく叱られた。大きな怪我をしなかったのは幸いだった。



 夜、痛みに耐えながら、野球部仲間とLIMEをする。本当のことは言えないけれど、申し訳ないと、ひたすら謝った。


翔太郎:良いってことよ

賢太:どうせお前、不器用だしな

俊一:でも、彼女紹介してくれ


 そんな時、ドアがノックされた。机でスマホをいじっていた僕は「はい」と言うと、入ってきたのは姫愛だった。と言うか、入ってきたと思ったら、直ぐに土下座した。


「拓馬くん、ごめん!! 迷惑ばっかりかけて!! 本当に、すいませんでした!!」


 必死に、頭を床に擦り付ける姫愛は、真剣だった。


「……良いよ、怪我も大したこと、無かったし」

「ホント、私が迷惑かけたばっかりに…… こうなるかも知れないって、言っておけば…… 本当にごめんなさい……」

「良いから、良いから」


 顔を上げた時の姫愛は、泣きはらして目が真っ赤になっていた。

 美人は何をしても美人なんだなと、僕は関係ないことを思っていた。



 次の日から、神城は学校に来なくなった。元々、Jリーガーを多数輩出する県外の私立高にスポーツ推薦で入ったから、欠席なんかどうでも良かったのかも知れない。その辺の処分は、曖昧に済まされた。


 そして、高校入試週間が始まる。


 姫愛も受けているのだろうが、志望校は教えてもらえなかった。テストの結果が貼り出されることもないから、彼女の成績は知らない。もしかすると、鳳蘭高校かも知れない。少なくとも倉橋高校には、受けに来なかった。



「あー、終わった〜」


 最後の私立板山高校を受け終わり、帰宅する。リビングでは姫愛と日菜がお喋りしていた。あっちも終わって、リラックスしてるらしい。


「お帰り〜」

「お帰りなさい」

「ただいま」


「どうだった?」


 受験生じゃない日菜は、ストレートに聞いてくる。


「まあ、程々かな」


 第一志望だった鳳蘭高校よりはランクを下げたので、多分どれかに受かるだろう。


「お姉ちゃんも、バッチリだって! どこ受けたか教えてくれないけど」

「だって、落ちたら恥ずかしいでしょ」


「推薦は、受けなかったの?」

「うん。三年もお世話になる訳には、いかないしね」


 そうだった。もう卒業までの一ヶ月弱しか、姫愛はいない。


「もしかして、神城と同じ高校目指してた?」

「あ、バレた? あそこ吹奏楽も有名だからね。でも、受けなかったよ」


 ちょっぴり羨ましい。


 父さんは、買い物に行ったらしい。部屋で勉強する必要も無いから、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、僕もリビングで、2人の会話に混じる。


「お姉ちゃんのお母さん、どうしていないの? うちはね、リコンしちゃったの!」


 ゲホゲホっ!


 日菜が唐突に悪びれもせず聞いた時、僕は飲みかけのコーヒーを吹き出した。僕は「ごめん、ごめん」と、慌てて濡れタオルを持ってきて、汚れをふく。


「大丈夫? お兄ちゃん」

「バカ、そんなこと聞くな」


「うーん、何と言うか、自殺しちゃった。灯油被って、火を付けて」


 あっけらかんと、姫愛は言った。


 ……

 ……


 場の空気が、重くなる。日菜は申し訳なさそうに、俯く。


 僕たちより、凄惨な修羅場をくぐっている。

 姫愛の図太さが、分かった気がした。


「お姉ちゃん、ご、ごめん……」

「良いんだよ。私も、少しだけ立ち直ったから。私、ママに殺されかけたんだ。人殺しの顔って、見たことある?」

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