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世間知らずで

作者: タマネギ


今年もまた、年賀状を書く頃となった。

毎年の事ながら、面倒な気もするし、

近頃は書く人も少なくなったが、

それでも、懐かしさに浸れる年中行事だ。


とにかく、住所録を引っ張り出すが、

不精したまま、少しも整理しておらず、

今年の正月に届いた、年賀状の整理から

始めることにした。


ざっと百枚ほどの束を、

播磨屋煎餅の缶から取り出す。

輪ゴムを外し、上から順に、

眺めていく。


田舎のおじさん、“母の弟さん。”

田舎のおばさん、“母のお姉さん。”

勤め先の上司、“取引先の担当、”

めがねの恋眼、“安くしてくれる。”

塚本君、“会社の人。”

宮代君、“音楽友達・・。”


当たり前だが、なんの苦もなく、

その人々のことが頭に浮かんできて、

いろいろな思い出にしばし浸れる。


何より、

世間知らずで、挨拶もろくにできないと

親から、しょっちゅう小言を言われ、

それがもとで、年賀状だけは、

どうにか書くようになったことが、

気恥ずかしく、またほろ苦い。


…実家から、“父と母…。”

鯉の池のおばさん、“母のお姉さん。”

近所に住むいとこ、“父の兄の子。”

…達筆な字の人、“…?”


眺めていた年賀状の中に、

力強く、流れるような文字で書かれた、

ハガキがあった。


宛名は、自分になっているのだが、

差出人の名前に覚えがなく、

住所は表にも裏にも書かれていない。


山 林 音 一 郎


「ヤマバヤシ オトイチロウ」


つぶやいてみたが、やはり、頭には

浮かんでこなかった。


正月に、年賀状を見た時は気づかなかったが、

達筆なそれは、確かに今年の年賀状だった。


とりあえず、山林さんの年賀状を

壁のコルク板にピンでとめ、

整理を進めて年賀状を書く用意をした。


そして、少しずつ宛名や挨拶を手書きし、

気が置けない人には、パソコンで印刷など

しているうちは、山林さんの年賀状を、

時々、思い出していた。


しかし、年賀状が出来上がり、

投函したあとは、

年末の慌ただしさと、飲み会の連続で、

思い出すことすらなくなっていった。


ふだんは大雑把が、大掃除の時に

何故か部屋の模様替えまでしてしまい、

それからコルク板も見ていない。


いよいよ押し詰まり、大晦日になった。


紅白歌合戦を見ながらそばを食べ、

年が明けてもそのまま、

深夜の番組を見ていた。

人気ア-ティストのチャリティライブで

昔好きだった、グル-プが唄っている。


サビにさしかかったところで、

ニュ-ス速報のテロップが流れた。

“午前2時、山林 音一郎氏、死去・・”


つづいて、歌番組が中断し、報道特番となって、

険しい表情のアナウンサ-が、原稿を読み始めた。


「先ほど、午前二時三分、山林 音一郎氏が

入院先のK中央病院で亡くなられました。

百十五歳でした。

山林氏は、その作品の全てがF国R美術館の

指定財にも登録されており

世界的にも高い評価を得ている書道芸術家で、

一昨年秋頃より肝機能の低下から体調を悪くされ、

K中央病院で治療を受けておられました。

山林氏は、いたずらが好きで、

生前、自分の書を年賀状にして、

誰かれとなく送っておられ、

受け取った方から、驚きの声を聞くことを、

子供のように楽しみにされていました。

この逸話は、国語の教科書でも取り上げられ、

多くの人々の心に刻まれたと言われています。

病の床につかれてからは、

作品に向かうことが出来ず、

昨年のいたずら年賀状が、

おそらく最後の作品ではないかと

関係者の間でささやかれています。

時価、数億円とも言われる最後の作品が、

今どこにあるのか?

奥様にすら、誰に送られたかを

秘密にされていたため、

今のところわかっておりません。

山林氏は、亡くなられる寸前まで、

もう一度、いつもの年賀状を書きたいと

言われていましたが

ついに今年の年賀状を書くことは

できませんでした。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。」



「……コルク板、どこいった?」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い! テンポよく、一気に読みました。
2019/12/21 17:09 退会済み
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