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永遠を生きる異形と「運命の申し子」の少女の物語  作者: 相沢龍華
第四章 それぞれの抱える思いと、ヨルが抱いていた「想い」の答え
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就寝前のアルバートとの会話

 やっと更新できました…お待たせして申し訳ありません。不定期の更新なのにいつも読んでくださる皆さまには本当に感謝しております。ありがとうございます…!

 また、誤字脱字等があればご報告お願いいたします。

「ねえ、バレル様。父様はどうして、蝕月の民のことを知っているの?まるで、自分がそうだったみたいに言うの……?」


 父様を見送って二人で部屋に戻った後、私は寝台の端に座って、バレル様にそう聞いてみた。



「すまぬな。我の口から話してやることはできぬ。あやつが自分から話してくれる時まで待ってやってくれぬか?」

「……分かった。」



 こんな風に言うってことは、バレル様は何か知ってるのかな?



 それから私は言う。


「バ、バレル様、そ、その……。」

「む?……ああ……寝台の件か……。」

「べ、別に、無理に一緒に寝てくれなくても構わないの!さ、寂しいとか、そ、そういうのは思ってないから!」


 私は慌ててそう言った。そんな私の様子をバレル様は笑って見つめている。


「はは、そうか。……ヨル。貴公は本当は寂しがりで、甘えたがりでもあるのであろう?それでも今までずっとそれを言い出せずに一人で眠ってきたのだろう。孤独に眠ることのつらさを、我は誰よりもよく知っておるよ。だから、強がらないでくれぬか。」


 バレル様はそう言って、私のことを優しく抱きしめて、頭をぽんぽんと安心させるように叩いてくれた。


「バレル、様……。」



 さ、さらっと抱きしめないで欲しいよう。胸がドキドキしっぱなし……。うう……、顔が熱い……。昨日までは、こうされているととても安心できたのに、今はなんだか落ち着かない。



「……うん……。私はお屋敷に来るまでずっと、兄弟とも呼べる仲間の子たちと一緒に眠ってた。でも、お屋敷に来てからは、父様に遠慮して、強がって、もうそんな歳じゃないもん!って紙に書いた後、一人で眠るようになったの。だって、父様がいつも遅くまでお仕事をしてるの知ってたから。迷惑をかけたくなかったの……。」


 するとバレル様は私のことを離した後に言う。


「迷惑、な。……そんなものは迷惑などではないよ。」

「……そうかな?……だって、血の繋がらない、見ず知らずの子供、なんだよ?そんな子と一緒に寝たって……。それに、本当なら父様の子供が貰うはずだったものを、私がもらっちゃいけないよ……。」


 それを聞いたバレル様は、どこか悲しげに尋ねてくる。


「ヨル……貴公は……。……だから、ディーに甘えようとしなかったのか?」

「それもあるけど……私はどうやって甘えたらいいのか分からなかったの。本当のお父さんじゃないから甘えていいのかも分からなかった。本当の両親に私は愛してもらえなかった。甘えることすら、許されなかったから……。」



 だから私は、「弟」を憎んだ。自分に暴力を振るい、暴言を吐き、捨てたのだとしても、あれらは唯一の肉親だったから。……愛されたかった。どんなに殴られても、怒鳴られても、いい子になれば愛してくれるんじゃないかって思ってた。そんなあれらは「弟」を愛し、弟は両親に甘えていて。……私が得られなかったものすべてを持っている「弟」が憎くて、羨ましくて。あれらが幸せそうにしている姿が許せなくて……だから私は、すべてを壊した。



 私がそう考えていると、バレル様は私のことを優しい眼で見つめて言う。


「そうであったのだな……。実のところ、ディーは悩んでおったのだぞ?貴公が甘えてきてくれないことにな。あの年頃の子なら、親に甘えてきて当然なのに、としきりにこぼしていた。そして、ヨルは親に甘えられないような環境で育ってきた子なのだとな……。時折頭を撫でようとすると、体が一瞬固まっているのにも、あやつは気付いておったようだ。抱きしめられると、困惑していることにもな。」


 そう言ってくれたバレル様に、私は正直な気持ちを話す。


「……怖かったの。両親は私の頭を撫でてくれたことも、抱きしめてくれたこともなかったから。あれらが手を振り上げるときはいつも、私を殴るとき、で……。私なんて、生きている価値なんてないと言われてきたから、どうしてそんな私に優しくしてくれるのか、抱きしめてくれるのか分からなかった。親の愛情がどんなものなのかを、私は知らなかったから……。」


 それを聞いたバレル様は言ってくれた。


「ヨル……。……我も、親の愛情など知らずに育ってきた身だ。だが、それでも、親が子に向ける愛情がどういうものであるのかは、ずっと我の隣にいた、友の姿を見てよく知っておるのだ。親から子への愛は無償のものだ。見返りなどなく、またそれを求めず、ただ子の健やかなる成長と、幸せを願う……。そういうものだと、我は考えておる。我も貴公に対してそう思っておるのだ。できることなら我の手で……。」


 私を抱きしめる力が強くなる。


「けれど決して、それは叶わぬことだ……。なぜならそれが、我の呪いであるのだから……。我は……私は……決して幸せにはなれぬし、誰かを幸せにすることもできぬ……。」


 私はバレル様の方を見ようとしたけど、彼は決して、見させてはくれなかった。



 バ、バレル様、自分がどんなこと言ってるのか分かってて言ってるのかなあ。幸せにしてやりたい、って、もはやそれ実質プ、プロポーズ、みたいなものじゃあ……。それとも私が考えすぎなだけなのかなぁ?

 ……幸せになれないし、誰かを幸せにすることもできないなんて、言わないで欲しいよ……。私は、大切な人たちが傍にいてくれて、笑っててくれたらそれでいいんだけどな。



「バレル様……、私は大切な人たちが傍にいてくれて、笑っていてくれるだけで十分幸せだよ?四人で一緒に暮らせたらいいなって今でもそう思ってる。父様はいつか実現させてやる、って言ってくれたけど、今はそれどころじゃないのも、分かってるから。少なくとも、バレル様が闇の魔道士とされている間は……。きっと父様は、私とした約束を果たすために頑張ってくれてるんだと思う。」


 私は自分の考えたことを、笑顔を浮かべながらバレル様に伝える。


「ヨル……、貴公は未だ、そんな風に思っておるのだな。ま、我も悪くはないと思うのだが。……あの頃はまだ、ディーも今のようには貴公を溺愛してはおらなんだな。はは、我かツウェルツのどちらかに婿に入ってほしい、などと言っておったのに、今では貴公を誰にも渡したくない、ときたものだ。」


 バレル様はどこか安堵したような雰囲気で、笑って言った。


「うん……、そうなんだよね……。あの頃は、徐々に外堀を埋めようとしてたよね……。婿に入れば、屋敷も使用人もまるっと自分のものになるし、毎日うまい食事が食べられて、寮のものなんかよりずっといい寝台が使えるぞ、とかなんとか……。」

「うむ……。我らの生活費も、我らの給料から引く、などとやけに具体的な案を出してきおったしな。あやつはどこまでが冗談で、どこまで本気なのか正直分からぬよ。」


 私の言ったことを受けて、困惑したようにバレル様は言う。それでもどこか嬉しそうでもあった。


「そうだね……。今は私の気持ちを尊重してくれてるからそんなことを言わないだけで、それでも公爵家を継いでくれる人が欲しい、とは思ってるんじゃないのかな?うーん、でもなあ。婿になるってことは、つまりは私と、け、結婚するってことで、……その、父様にとっては、義理の、息子……?になるわけで。……自分の親友が、娘とくっついて、義理の息子になるとか父様的にはどうなのかなって……。」


 私は少ししどろもどろになりながらも、そうバレル様に説明する。


「そ、それは……。だがあやつ、親友が自分の義理の息子になるとかいやだとか言っておったのに、我と貴公のことをくっつけようとしてきおったぞ……。ならツウェルツとはくっつけようとはせぬのか、という話だ……。」


 するとバレル様はそんなことを言い出した。私はそんなバレル様に、初めて会った時のことを話した。


「うーん、実はね、私が初めて会った時に、イリオス様のところにならお嫁に行ってもいいって父様言っての。理由は安心して任せられるから、って。でも、イリオス様は歳が離れすぎてるからって断ってた。だから、イリオス様には何も言わないんだと思う。」

「あ、あやつ、もしやそんなころから考えておったのか?ううむ……。我にはそんなこと言わなかったというに……。それどころか、お前には絶対会わせないからな、憧れでもして不良に育ったらどうする!と言いおったのだ!!あやつ、我とツウェルツの扱いの差が激しいのではないか!?」


 それを聞いたバレル様は憤慨している。私は、そんなバレル様に、言葉を濁しつつ言う。


「そ、それはその……、主にバレル様の日ごろの行いのせいと言うか……。父様言ってたよ?その、バレル様のこと、ロクデナシだ、なにがあろうと絶対に関わるな、碌なことにならないから、って。……もしそんな奴を見かけたら逃げろとかも。」


 するとバレル様は驚いて怒ったように言う。


「なぬっ!?あやつ、なんてことを貴公に教えておるのだ!?」


 そんなバレル様に私はその時のイリオス様のことを教える。


「イリオス様もね、苦笑してたけど否定してなかったの……。でも、こうも言ってた。俺たちが悩み、苦しんでいた時に必要としていた言葉を何てことなしにかけてくれた、って。だから、私は早くから気付いてたんだ。父様は素直になれないだけで、バレル様のこと、大切な友人だと思ってるって。」


 これ言っていいことなのかなあ、と少し考えた後、私は言う。


「……最近は、ちょっとだけ素直になったなあ、なんて思ってるの。ふふ、実を言うとね、父様が勘違いするなよ、とか言ってる時は、本心を隠してる時だったりするのだー。」


 私はくすくすと笑う。


「でも私への愛情はもう少し自重してほしいかな、なんて思ったり。なんだか年々、愛が重くなってきてる気がして……。父親は自分だけだなんて、今まで言わなかったのに……。」


 その後そう付け加えると、バレル様は怪訝そうな顔をして首をかしげている。


「お、おおう……、そうなのか……?ともすれば、長い付き合いの我などより、ヨルの方があやつのことを分かっておるやもしれぬな、親子なのだから。思えばあやつは、昔から独占欲の強い奴だったな。」


 バレル様はそう言って頷いて、その時のことを思い出すためにか目を閉じている。少しの沈黙の後、目を開けて言葉を続ける。


「ひどい時には、俺の見ていないところで俺の妻と話すな!などと言っておってなあ。うむ……。妻も妻で、のんびりとした天然でな……。ねじが一本どころか複数本ぶっ飛んでおったよ……。まあそれぐらいでないとあやつとは釣り合わんかとも思えるくらい、ディーの性格も性格だったのでな……。」


 遠い目をして懐かしそうにそう話してくれた。


「そ、そんな人だったの?父様のお嫁さんって。」



 バレル様がそんなことを言うなんてよっぽどだよね……。



 私がそう考えているとバレル様は同意するように頷く。


「うむ……。……妻の両親に金を貸していた男にしたことを聞いて、我はドン引きしておったのに、彼女は私のためにしてくれたんだよね?ありがとう!と言って嬉しそうににへーと笑っておったのだ……。恐ろしい……。」



 えっ。そ、そんな人だったの!?でも……父様のやったことを否定せずに受け入れることができる人ってことだよね。それだけ父様のことを愛してたってことなんだ。



「うーん。でも父様のやったことを受け入れることができる人だったってことなんだよね。そもそも父様が女の人といるの想像つかないけど……。」


 私がそんな風に言うと、バレル様は納得するかのように頷いている。


「あー……まあ、な。今のディーからすれば、想像もつかぬか。それでもディーはモテておったぞ。顔もいいしな。ほとんどは公爵家という身分に群がってくるような女どもであったが。だから、自分自身を愛してくれるような女が欲しかったのであろうぞ。二人のやり取りを見ているとな、かつての友を思い出していたよ。友もまた、王としてではなく、一人の男として愛してくれた女を妻として選んだ。」


 バレル様はそう言って、遠い目をしている。


「友は言っていた、妻と子、そして民のためなら、己が三元すべてを投げうってでもいいと……。けれどその友は、そんな風に思っていた妻子と民を殺され、絶望し、慟哭し、……すべてを憎悪し、復讐を誓った。それが深き業を背負うことであったとしても、な……。」


 そう言ったバレル様の瞳の色はどこか悲しげな色を浮かべている。


「……なあ、ヨル……。もし、魂と心を別の肉体に移し替え、生きることができたら、貴公は……生きたいと思うか?愛する者の記憶を失い、業を背負い、永遠とも呼べる時間を生きることになるとしても、大切な存在の傍に、永遠にいられるというのなら……。」


 そしてバレル様は私にそう問いかけてきた。私は考え込む。



 ……どうしてそんなことを、バレル様は聞くの……?わ、たし……。わたしは……。ずっと、バレル様と一緒にいられるのだとしたら……。……ううん。わたしは、他の誰かの人生を奪ってまで、永遠を生きたいとは思わない。



「もし……それで愛する人の傍に永遠にいられるようになるのだとしても、わたしは誰かの人生を奪ってまで生きたいとは思わないよ……。魂と心を移し替えるって、つまりはそういうことなんでしょ?誰かの不幸の上に成り立っている幸せなんて、わたしはいらない。」



 ……でも……私がここにいるのは、父様の家族が死んでしまったからというのもある……。父様が家族を失わなければ、きっと私は……。私の今の幸せも、ある意味では父様の家族の犠牲の上に成り立っているのだといえるのかもしれない……。



「そう、か……。すまぬ、妙なことを聞いたな。忘れてくれ。あやつが聞いたら、どう思うのであろうな……。復讐のために多くの人間の人生を奪い、生き永らえてきた、我が……大切な、友は……。」

「バレル、様……?」


 私は彼の顔を見上げる。


「……そんな顔をするな。」

「う、ん……。」


 知らない間に私はバレル様を抱きしめていた。


「どうしたのだ、急に?」


 彼の胸に顔をうずめて、表情を見られないようにして、私は言う。


「……私の今の幸せは……、父様の家族の犠牲の上に、成り立っているもの、だから……。……私は……本当は幸せなんて、望んじゃいけないのに……。そんなこと、許されるはずがないのに……。」


 

 私は人殺しだということを忘れてはいけない。……あれらから暴力を振るわれていたし、動かなくなったからという理由で人目のつかない路地に捨てられた。お兄ちゃんたちが見つけてくれなければ、私はきっと死んでいただろう。でも、だからといって、自分をそんな目に遭わせた人を殺していいわけじゃない。だってお兄ちゃんたちはそんなことしなかったんだから。



 私がそう考えていると、バレル様は私の頬に手を添えて、彼の方を向かせる。そしてまっすぐに私の眼を見つめながら言った。


「それは誰にだ?幸せの許しなど、誰に求めるというのだ。死んだ人間にか?それは違うぞ、ヨル。自分を許してやれるのは、ほかならぬ自分自身なのだ。ツウェルツも似たようなことで悩んでおったよ。戦争で自分は多くの人々をこの手で殺した、夢に彼らが出てきて怨嗟の声をぶつけてくる、そんな自分が幸せになるなど許されるはずがないとな。」


 そしてバレル様はこうも言う。


「……あやつは今も、そう考えているのであろうな。全く、困ったやつだ。だが、命を奪ったのなら、奪った命の分まで生き、幸せにならなければならない。少なくとも我は、そう考えておるのだ。」

「じゃあ、どうしてバレル様は、幸せを求めないの……?」


 そんな風に問いかけた私に、彼はどこか寂しそうに笑って言った。


「アビスは我を自らの眷属に変えるつもりでいる。我に大切な存在ができれば、見過ごすことなどないであろうよ。その存在を殺し深い絶望に陥れることで闇に堕とそうとするやもしれぬし、ケイオスタイドに攫い、眷属になるなら人間界にその存在を返してやろうと言うやもしれぬ。」


 その後少し考え込んで、言葉を続ける。


「……我と同じように心を奪い、眷属に変えようとするかもしれぬ。我はそれが恐ろしいのだ。我のせいで大切な存在がそのような目に遭うのは耐えられぬ。だから我は、幸せなど求めてはいけないのだ。」



 それが、バレル様の抱えていること、なんだ。……私はそれでもバレル様の傍に居たいよ……。私はバレル様といると幸せだから。でも私のこんな想いも、バレル様にとっては迷惑でしかないのかな……。いつかは伝えたい。伝えたい、けど……。それがバレル様の迷惑になるのなら、いっそ……胸の奥にしまい込んで、恋人としてではなく、娘のような存在としてバレル様と一緒に居ることを選んだ方がいいのかな……。



「……そう、なんだ……。じゃあ、……私の存在は、バレル様にとっては……迷惑をかけるだけの、存在、なんだ……。」

「貴公は何を言い出すのだ。なぜゆえにそんなことを思う。そんな悲しいことを言わないでくれ。」

「だって、私、……バレル様にとっては、娘のような大切な存在、なんでしょ?でも、でもっ……。そんな存在は……。」


 ぎゅう、と苦しさをごまかすように彼を抱きしめた。


「ああ……すまぬ……、そのようなつもりで言ったわけではないのだ。我はいつも言葉が足らぬな……。貴公のことは、なにがあっても守ってみせようぞ。アビスに害させることなど、決してさせない。だから、そんなことを言わないでくれぬか。」


 バレル様はそう言って、私を抱きしめ返してくれる。


「ごめん、なさい……。」

「謝らないでくれ、ヨル。どうか。貴公は……そんなにも、我のことを大切に思ってくれておるのだな。嬉しいぞ。」


 そして、彼は優しく笑って、こういった。


「我も、貴公の想いに恥じぬような、よき父親にならなければならぬな。まあ、ディーはうるさいだろうが、別に構わぬ。だから、遠慮なく我に甘えてくれてよいのだぞ?」



 ……なんでそこでそんな答えにたどり着いちゃうのかなあ。



 私はがっくりと肩を落とす。


「ヨル?どうしたのだ、そんな肩を落として。」

「……バレル様のばか。……分からず屋。」


 私はふい、と顔を背ける。するとバレル様は慌てたように言った。


「な、なぜゆえにそんなことを言うのだ!?」

「……ふんだ。バレル様はもうちょっと女心とか理解した方がいいと思うの。でないと、もし好きな人ができたとしても、愛想つかされちゃうかもしれないよ。」


 私は呆れたようにそう言った。バレル様はそれを聞いて一瞬だけ悲しげな顔をした後、微笑んで言う。


「……好き、か。我はそのような感情はよく分からぬよ。それに……そんな存在ができるなど、ありえぬ。だが、貴公のことは大切に思っている。それはディーもツウェルツも同じであろう。ディーは娘として、ツウェルツは妹として、我は……そのどちらもだ。」



 ……そっちの意味かぁ……。うーん、私の恋は前途多難かもしれない……。



「!?」


 バレル様はそのあと、びくっと体を震わせている。私は首をかしげて聞く。


「?どうしたの?バレル様。」

「い、いや……何やら殺気を感じたのだ……。ディー……ま、まさかな……うむ……。ま、まあ、とりあえず、横になるとしようか……。」

「うん……そうしよっか。」

「……ただ、離れておいてくれぬか……。その、男はだな、朝どうしようもないことがあるのだ。」

「……?いいけど……。」


 それを聞いたバレル様は、寝台に寝そべってくる。


「おやすみなさい。」

「ああ、おやすみ。」



 む、胸がドキドキする……。



 そっとバレル様の方をうかがうと、彼は笑って、髪を撫でてくれた。


「眠れぬのか?まあ、仕方あるまい。竪琴でもあれば、奏でてやるのだがな。」

「バレル様は……竪琴が弾けるの?」


 私の問いかけに対し、バレル様は苦笑いをしながら言う。


「もうずいぶん弾いておらぬから、腕がなまっているやもしれぬがな。かつて故郷で……気まぐれに弾いておったのだ。その竪琴は、故郷の言葉でカルドゥラカと呼ばれていたな。」

「そんな楽器があったんだ。それってもう残ってないの?」


 私の疑問にバレル様は考え込んだ後言う。


「……おそらくはな。あれは不懐の魔術がかけられていたが、今の世に伝わっておらぬのを考えると、現存していないか、古代の楽器ということで、博物館にでも展示されておるのやもしれぬ。」

「うーん、残念だなあ。えっと、そのカルドゥラカ?は、今の竪琴とどう違うの?」


 私はそう聞くと、バレル様はその楽器について教えてくれる。


「今の竪琴の弦は19本だが、カルドゥラカは故郷の言葉で十六夜の意味を持つ、カルドゥーラから来ていてな、それに従い弦が16本であったのだ。形状も少し異なっていた。だから弾くのには多少コツがいるのだ。竪琴と同じように弾こうとすると、どうあっても音が出ぬようになっておる。その逆はそうでもないのだがな。」


 どこか自慢げに言ったバレル様に、私はくすくすと笑った後言う。


「そうなんだ。聞いてみたいな、バレル様の竪琴。」

「いや……もう弾くことはないだろう。その時に奏でていた曲を知る者は誰もいないのだから……。」


 そんな風に言うバレル様はどこか悲しげだ。そんな彼に私は笑いかける。


「うーん、別にその曲を知ってる人がいなくたって、いいと思うの。音楽ってそんなこと関係なく、心に、魂に響くものだと思うから。」

「……ありがとう、ヨル。いつか、聞かせるよ。貴公が聞きたいというのなら。……貴公が望むことなら、我はなんだってするとも。……今は亡き我が故郷に伝わる曲を聞いてほしい。」

「うん!ありがとう。楽しみにしてるね?……バレル様の故郷は……アヴァテアなの?」


 私はそう聞いてみる。するとそれにバレル様は頷く。


「……そうだな。少なくとも我はそう考えている。生まれ育ったというわけではないが、初めて我を受け入れてくれたところであり、一番長く暮らした場所だ。ディルス……蝕月の民の王は、我にとって初めてできた、親友とも呼べる存在であった……。」


 遠い目をし、どこか懐かしそうに、バレル様は言う。


「あやつの瞳は淡い緑の瞳をしていた。数百年に一度昇る、緑の月のような色だ。他の蝕月の民は皆、赤い月のような瞳であったのにな。それだけあやつは特別な存在であったのだろう。輝く銀の髪に、緑の瞳……。ディーによく似ているよ。性格もだ。」


 バレル様はふっと笑いながら、そう話してくれた。


「ディルスという人は、バレル様にとって大切な友人だったんだね。もしかして、バレル様が父様のこと、ディーって呼ぶのもそのせい?なんだかちょっと、名前の響きが似てる気がする。」

「……ああ。ま、ディルスはディーとは違い、顎髭を蓄えておったがな。蝕月の民は不老不死に近い存在だった、だから若い期間も長くてな。王としての威厳が……などと言っておったか。」

「ふふ、その人父様にそっくりだね。だって、父様たまに、マスターとしての威厳が……って言って頭抱えてるもの。そういう悩みって、あんまり関係ないんだなぁ……。」


 私はそんな父様の様子を思い出し、少し笑ってしまった。


「なぬっ。……あ、あやつ……。しょうもないことでまた悩んでおるのか……。」

「また、って?」

「マスターになる前に、仮にも公爵家の当主がこんなのでいいのか?もっと威厳がいるんじゃないか?とか言って頭を抱えておったのだ……。」


 バレル様はため息をついて、そう言った。


「父様、20代で当主になることになっちゃったんだもんね……。本来はもっと歳を取ってからだもの。でも今の父様、十分威厳があると思うんだけどなあ。ローブを肩にかけて、腕を組んでるとすごく様になってるもの。あと悩んでるのは、同じマスターであるイリオス様が同じように歳を取らないタイプの人だからだと思う。イリオス様はわりとあっけらかんとしてて威厳とかまったく気にしてないみたい……。指導者だったはずなのに……。」


 私がそう言うと、バレル様は苦笑している。そしてこんなことを話してくれた。


「それは……あやつも頭を抱えるわけだ……。まあ、ツウェルツは、我らの姿を見て、自分らしくあればいいんだ、という考えに至ったようであるからな。……陰口をコソコソ叩くような連中は、実力でぐうの音も出ないほど叩きのめす。自分のやりたくないことは無理をしてまでやらなくていい。妥協せず、自分の生き方を貫く。そして、友が大変な時には、理由を聞かずに黙って助けになる。それが我らがあやつに出会ってから見せてきた姿なのだから。」



 なんだかちょっと突っ込みどころもあるような気がするんだけど。たぶん父様とバレル様は実力で叩きのめす以上のこと絶対やってるよね。あと大人って、やりたくなくてもやらないといけないこととかあると思うんだけどなあ。



 そんなことを私は考えてしまった。


「……やりたくないことをやらずにいたツケが回りまわって、我らはマスターになる羽目になったのであろうな……。」



 バレル様はそんなことを呟いている。気を取り直して、私は言う。


「父様たちの見習いや下級時代、全然想像つかないよ……。見習い時代は、三人一緒の部屋で生活してたんだよね?父様から聞いたの。」

「うむ。我がゆっくり寝ていようとしたらだな、ディーはその辺に置いてある本で我の頭を何度もはたくのだ……。上級になってもそれは変わらなかったが。今度ははたかれても起きないとツウェルツが顔に水をかけて起こそうとするのだ……。全く、あの二人は我のことを何だと思っておるのだ!?年々扱いが雑になってきておるぞ。約10年ぶりに会ったというに、ディーはいきなり我のことを燃やしてきおったし……。」



 それは……その、バレル様が悪いんじゃ……。



「あの、あのね。その、……燃やされるのは、バレル様がそれだけのことをしたからじゃないかな……。父様はその、いつもは冷静沈着だけど、私のこととなると、ちょっとね……。」



 愛してくれてるのは分かるんだけど、なんだか年々その愛が重くなってきているような。気のせいだと思いたい……。



 私がそんなことを考えていると、バレル様はどこか納得したように頷く。


「ああ……なるほど……。貴公は大変な奴を父親に持ったものだな?」

「うん……。だってそろそろ縁談とかの話があるはずなのに、私には一切その手の話が来ないの。きっと父様が全部処理してるんだろうな……。それに、私貴族の人たちが開いているという、パーティー?に行ったことないの。貴族の人たちは、そういうところで男の人に見染められたりするんでしょ?だっておとぎ話とかにもあったし。」


 私がそう言うと、バレル様はどこか悩ましげにしながら言う。


「うーむ……。まあ、そうなのだが。ああいうパーティーはな、我は貞操観念上非常によろしくないと思うのだ。貴族の価値観は独特でな、……好きでもない相手と、その、なんだ。……男女の営みをするのだ。貴族連中はな、経験人数が多いほど、魅力があると考えておるようなのだ。」


 その言葉に私は驚いて、しどろもどろになりながらも言う。


「え。……そんなこと考えられないよう。だって、その。……好きな人だから、触れられて嬉しいし、その人に初めてをあげたいって、思うし。け、経験人数が多いってことは、その、……色んな男の人とそういうことをした証、だし。ありえないよ……。……父様はそういう女を尻軽と言うんだって言ってた。」



 わ、わたし……。私は……。バ、バレル様に、なら……、そ、その、いいかなって……思えるんだけど……。


 そんなことを考えつつ私はそう言い切る。


「その通りだとは思うのだが。ディーのやつめ……。そんな言葉を娘に教えるでないぞ……。」

「だって父様言ってたもの。私、パーティーに行かなくていいの?って聞いたら、あんなところ浮気男と尻軽女の集まるところだ、お前の教育上よろしくない。暗がりでさかっているような連中のいるところに、お前を参加させられるか、って。……さかる、ってよく分からないんだけど……。」


 私が浮かべた疑問に対し、バレル様はため息をつきつつ言う。


「そういうことは分からなくてよいのだ。全く、娘に妙な言葉を吹き込むのはやめてもらいたいものだな。……それを除けば、あやつはいい父親なのであろうな。血縁のない子を、実の娘と思うまで愛しておるのだから。だが、それは……貴公だからこそ、なのであろうな。貴公の笑顔は、ディーの妻がしていた笑顔とそっくりなのだ。彼女は何か嬉しいことがあれば、にへーと笑っておったよ。……ディーはもう、妻の笑顔も、名すらも忘れてしまっているから、そのことに気付いていないのであろうが……。」


 その後、遠い目をしてバレル様は言った。


「……なあ、ディルス……。すまぬ……。あの日に誓った復讐を、我は果たせぬやもしれぬ。大切なものすべてを奪われ、世界など滅びてもいいと思った。ルクスと人間が国を作り上げれば、必ず滅ぼすと誓った。だが、だが……失いたくない存在ができてしまった……。人間を憎んでいたはずなのに、憎むべき存在の一人を大切に思ってしまっている……。」


 そう言ったバレル様はどこか悲しそうだった。


「あの日って……アヴァテアが焼かれたという日のこと……?……その、答えたくないなら、答えなくてもいいよ。」


 私は恐る恐る聞いてみる。そんな私に、バレル様は笑いかけてくれた。


「大丈夫だ。あの日のことは、未だ忘れることなどできぬが。それでも、貴公に聞いてもらった方が楽になるのだ。自分だけで抱えているには重すぎる。だが、ディーにもツウェルツにも、話すことはできぬ。我が……アヴァテアの生き残りなどということはな……。」


 少しの沈黙の後、バレル様は言葉を続ける。


「……あの日、ルクスはすべてを焼いた。東に生きるすべての命を。我が生き残ったのは、末弟の入った杖があったからであろうな。だから、我はルクスを決して許さぬのだ。大切な友と故郷を滅ぼした存在なのだから。」


 バレル様の言葉には怒りがにじんでいる。そんな彼に、私はこう聞いた。


「でも、ルクスは……どうしてそんなことをしたんだろう?すべてを焼き尽くすなんて非道なことを……。」

「さてな。あれの考えていることなど、理解できようか。理解したくもない。だが、自分を信奉せぬ種族などいらぬと考えていたことは間違いないであろうな。蝕月の民は次兄を、ひいてはアビスを信奉し、獣人はクティノスを信奉しておったのだから。」


 バレル様はそのあとため息をついて言う。


「あとはあれに制裁を与えることができる存在がいないゆえに、好き放題しているのだ。光、闇、獣をつかさどるそれぞれの神はおそらく、お互いの世界を行き来することができぬようになっているのであろうな。だからアビスはルクスに人間界の干渉をやめさせることができないでいる。だが、あれはあくまで制裁のみで消滅させようとは思っておらぬのだろう。光をつかさどる神が消滅すれば、すべての世界にどのような影響があるか分からぬからな。」


 バレル様はそんな風に話しているけど、どこかどうでもいいといった風にも見えた。


「そうなったら光と闇のバランスが崩れるってことになるからかな?……それにしても蝕月の民は、アビスじゃなく次兄を信奉していたんだね。どうして?」


 私がそう聞くと、バレル様は少し考え込んだ後話し出した。


「む?……そうだな、蝕月の民は次兄を呼び出すことができたからというのも大きいのであろうぞ。呼び出せぬ存在より、呼び出すことのできた存在の方が、より身近に感じるものであろう?」

「そうなのかな?次兄や末弟は、召喚されることでしか人間界に来ることのできない、強大な力を持った存在、なんだっけ。そのわりには、末弟はなんだか人間臭いというか。」


 私がそう言ってくすくすと笑うと、バレル様も同じように笑った後に言う。


「はは、そうであるな。……次兄もな、とにかくうるさい奴だったよ。やたら声が大きいのだ、耳が痛くなるほどにだ。そして強者と戦いたいという望みを持った奴だった。」

「へー……。なんだか変わってるね。じゃあ、末弟にも何か望みというか、したいこととかあったのかな?」


 私がそう聞いてみると、バレル様はこう答えた。


「末弟はな、かつては暇つぶしと称し、人間界にちょっかいをかけておったようなのだ。自分の力で人間界が混乱に陥り、人間たちの慌てふためく様子を見たいというのが望みであったのだろう。ま、その度に手痛い目に遭わされておったようだが、あれは全く懲りてはおらなんだようだ。」

「それは……なんともはためーわくな……。」


 私はついそう呟いてしまった。その呟きにバレル様も同意して苦笑いしている。


「はは、そうであるな。決して自分が赴くことのできぬ地であったから、憧れもあったのであろう。我と共に放浪して、あやつも変わったよ。この人間界を美しいと感じるようになり、少なくとも以前のように混乱に陥れようとは思わなくなった。いつか、アードにとどまらせるのではなく、今の王都を見せてやりたいとは思うが、依り代となっている杖は動かすことができぬのでな……。」


 どこか悲し気にバレル様は言う。そんな彼に私は気持ちを切り替えるように話し出した。


「……そっか……。それにしても末弟って、なんだか憎めない性格してるよね。口は悪いんだけど、子供っぽいというか、……弟みたいな感じ?人間界にちょっかいをかけていたのは、構ってほしかったのもあるんじゃないかな。私の弟にも、構ってほしくてわざと悪戯して、相手の気を引こうとする子がいたんだもの。それで自分が愛されているかどうか、確かめたかったんだと思う。末弟も、それと同じだと思うの。きっと、自分の力を認めてほしかったんじゃないかな?」


 するとバレル様は納得したかのように頷いた。


「ま、あれは末子であるからな。甘やかされて、他のきょうだい達からも可愛がられて育ってきたのであろう。だから、あのような性格なのだろうな。」

「ふふ、なんだかんだ、バレル様は末弟のこと、よく理解してるよね。」


 そんなことを言ったバレル様に対し、私は笑いながら言う。


「まあ、な。あれとはディルスよりも長い付き合いだからな。一番気心が知れているやもしれぬ。」



 ……バレル様はいつからそんな感じの話し方なんだろう?聞いてみようかな。



「放浪していたころからずっと一緒なわけだもんね。えっと、その、バレル様は、いつからそんな話し方をするようになったの?」

「む?……昔からこうだったから、いつからなど覚えておらぬよ。ただ、ツウェルツには人を遠ざけ、深入りさせないようにしているんだろうとは言われたがな。あやつもディーも、我の口調など気にせずガンガン踏み込んできおってからに。それなのに、我の触れてほしくないことには一切触れずにいてくれるのだ。ありがたいよ、本当に……。二人は我にとって、かけがえなき友だ……。」



 私はバレル様にとって、どんな存在なんだろう?



 私はそんなことを考えつつ、バレル様にこう言った。


「父様もイリオス様も、バレル様のこと、大切に思ってるんだよ?父様は、素直じゃないけどね。そ、その……、わ、私だって、バレル様のこと、その……。と、父様みたいに尊敬してるし、す、す……。」



 好き、です。お父さんとしてじゃなくて、一人の男性として……。



 そう言おうと思ったけど、勇気が出なくてそこまで言えなかった。


「ん?どうしたのだ?す……?」


 バレル様は不思議そうにそう聞いてきた。



 ……バレル様、分かっててやってないよね?



 私はそんなことを考えつつ、慌てて取り繕うように言った。


「す、すごくかっこいいと思ってるから!」


 そんな私を、優しく笑いながらバレル様は見つめている。


「ありがとう、ヨル。そう言ってくれて嬉しいぞ。……我などより、ディーやツウェルツの方が顔はいいと思うのだが。」


 バレル様は不思議そうな表情を浮かべている。そんな彼に私は苦笑いを浮かべながら言う。


「……父様は子供のころからずっと一緒だからよく分からないし、イリオス様もかっこいいとは思うんだけど、なんだか近寄りがたいの。バレル様はね、傍にいてくれると、なんだか安心する存在なんだ。」


 するとバレル様はまた、不思議そうに言った。


「……こんな、包帯を巻いた姿であるのにか?」


 それに対し私は少し考え込む。



 見た目ってそんなに重要かなぁ?私にとってバレル様は……父様やイリオス様よりも近しいと感じる存在で、……子供の頃はお父さんみたいに思ってた。そう思ったのはきっと、同じ運命の申し子だからだったんだろうな。運命の申し子は紡ぎ手が生み出した存在だとしたら、ある意味では私とバレル様は兄妹みたいなものなのかな?



「うーん、なんだろ。見た目とかは関係ないの。自分に近しい存在みたいに感じるんだ。同じ運命の申し子だからかな?私たちは紡ぎ手に生み出された存在だから、ある意味兄妹みたいなものなのかも。血縁関係とかじゃない、もっと深いところが同じというか、うーん、うまく言い表せない……。」


 私は自分の考えたことを、そういう風に説明した。バレル様は驚きながらもどこか納得した風だ。


「ふむ……、兄妹か。……我らは、ともすれば魂の深きところが同じなのかもしれぬ。我らの魂は、おそらく紡ぎ手が生み出した特別なものなのだろう。だから我は、貴公を娘のように大切に思うのやもしれぬ。我にとって貴公は代わりの利かぬ存在なのであろうぞ。……貴公と会えなくなってからも、貴公のことを考えぬ日はなかったよ。」



 バレル様は私の髪を撫でながら、そんなことを言ってきた。



 そ、そ、……そんな。こ、これは私のこと好きだって受け取ってもいいのかな!?だ、だって、そうでもないと私のことなんて考えたりしないもの……。も、もしかしたら娘として好き、とかかもしれないけど……。バレル様、なんだか致命的にズレてるんだもの……。で、でも、娘としてでも、私のこと好きだと思ってくれてるならうれしい、なあ……。



 そんなことを考えて、熱くなった顔を両手で押さえる。恥ずかしくて、バレル様の方を見られない。


「どうしたのだ、急にそんなに顔を赤くして。」


 バレル様はそう言って、なにげなく私の手に触れ、顔を押さえていた手をどけた後、バレル様の方を向かせたうえで見つめてくる。


「!?!?!?」

「はは、貴公はかわいらしいな。我が触れただけでそんなに顔を真っ赤にして。」


 バレル様はそう言って、私をからかってくる。


「か、かわ、かかか、かわ、いい………?」



 あ。もうだめかも。もう……さりげなくそんなこと言わないで欲しいよ……。バレル様のばかぁ……。なんだかからかわれてるみたいだけど今の私にはそれどころじゃない!!か、かわいいなんて、父様以外の男の人に初めて言われた……。あわわわわ……。



「なあ、ヨル……。他の男にも、そうなのか?」


 私の様子を見てか、バレル様はそう問いかけてきた。


「違うよ!バレル様にだけ、だから!そ、そもそも……私の周りには父様とイリオス様くらいしか男の人、いないし……。それに、父様は父様だし、イリオス様はお兄さんだし。学院の男の人は父様とイリオス様と比べたら……その……。それに父様はきっと、父様に並ぶくらいの相手じゃないと結婚どころかお付き合いするのだって許してくれないよ。私の選んだ相手ならいいって言ってくれてるけど、……言ってくれてるけど……うん……。」


 そう言った私に対し、バレル様は笑いながら言った。


「はは、あの二人に挟まれて育ってきたのなら、理想が高くなるのも当然か。……ディー……ディーはなあ……間違いなくそうなのであろうなぁ……。以前も貴公に釣り合う相手は派閥のマスターである我かツウェルツくらいのものだと言っておったしな……。」


 そして咳払いをした後、バレル様は言った。


「ヨル。これから貴公は様々な人と出会うことになる。その中には、生涯添い遂げたいと思えるような存在もいるであろう。人の一生は長いようで短い。あの時ああしておけばよかった、などと言う風に悔いが残るような生き方はしてほしくないのだ。いつか、貴公の花嫁姿を見られるのを楽しみにしておるよ。まあ、我はその場にいないであろうが、それでも遠巻きから見守っているとも。」


 私はバレル様のことをじっと見つめながら言う。


「バレル様……?なんでそんなこと言うの?私は結婚するのなら、バレル様にだっていてもらいたいよ……。」



 ……叶うのなら、私の隣に立ってほしい。でも、きっとこれは言っちゃいけないこと。



 するとバレル様は片方の眉をあげて、どこか茶化すように言った。


「貴公、何やら重要なことを忘れておらぬか?我は闇の魔道士なのだぞ?そんな存在が式に参加できると思うか?」



 きっと私の表情を見て、不安を吹き飛ばそうとそう言ってくれたんだよね。うーん、そっちの問題かぁ。すっかり忘れてた……。



「あっ!そ、そっか、そうだったね……。うっかりしてた……。父様もイリオス様も平然と接してるから、つい……。でも大丈夫だよ、二人はちゃんとバレル様の無実を証明してくれるから!通常のお仕事と並行してやらないといけないから、どうしても時間がかかっちゃうんだと思うの。」


 私が言うとバレル様は目を閉じて感慨深そうにしている。


「そのあたりは心配しておらぬよ。ディーはそうすると決めたのなら何があっても成し遂げるのだから。……ブロンの末路は目に見えている。最も敵に回してはいけない存在を敵に回したのだからな。後悔し、謝ったところでもう遅い。手遅れだよ。」


 そう言った後バレル様はふふふ、と鼻で笑っている。


「そうだよね……父様が許すはずないし、それにブロンって人は父様が一番嫌いなタイプの人間だしね……。……そうだ。その、バレル様はもし無実が証明されたらどうするの?」


 私はそう聞いてみる。するとバレル様は首をかしげている。


「どうするとはどういう意味だ?」

「うーんと……その、バレル様はマスターの時に闇の魔道士だったって言われて学院を追放されたんでしょ?ということは、無実が証明されたらマスターに復職することもできるよね?」


 私はそんな風に言い直す。それを聞いてバレル様は納得したように頷いた後言った。


「む……そういうことか。……そうだな……我はマスターに復職はせぬよ。ディーの方が保守派への抑えが効くし、国の議会と学院との関係をうまく取り持つことができるのもあやつだけだからな。それに何より、マスターなど二度と務めたくもない。」

 

 そんなバレル様に私は聞く。


「マスターって……そんなに大変なお仕事なの?」


 するとバレル様は思い出したくもない、という風に心底嫌そうな顔をした後、深いため息をついて教えてくれた。


「うむ。学科ごとと、さらに学科の中にある複数の研究グループへの予算配分決めが一番面倒だった。各学科の代表が所属している派閥のマスターが予算を決めることになっているのだが、赤の派閥より蒼の派閥の方が所属している代表が多くてな……。あとは予算配分を決める予算配分に不服がある連中への対処か。」


 そのあと思い出したように付け加える。


「上級魔道士昇格試験の対象となる者の申請受付に、下級昇格試験を受ける者を決定するためや、上級昇格試験で行われる面接試験と筆記試験の結果を総合的に見て昇格させるか否かのための話し合い……。」


 バレル様は途中から指を出して折りながら数え始めてる……。


「提出された書類を不備がないか確認し、不備があれば返却、不備がなければ受け付けをし、必要であればサインをする。ああ、入学試験の筆記試験で試験問題に不備がないかの確認もあったか。ちゃんと答えが出るものなのか、想定してある答えはちゃんと合っているのか、問題自体に文法の誤りやスペルミスがないかなど……。」


 そう言ってため息をついた後言葉を続ける。


「チェックする項目がリストになっていてな、すべての科目で確認しなければならぬのだ……。授業の担当官が問題を作り、授業に関わる学科の代表が確認はしているのだが、入学試験は公正を期すもの。だから二重三重の確認が必要でな……。」


 疲れ切ったような反応をするバレル様に私は言う。


「なんだか思ってたより大変なんだね……。マスターってどんなお仕事してるのかさっぱりだったんだけど……。やっぱり誰か補佐官というか、秘書みたいな人が必要なんじゃないかな……?」


 私の提案に対し、バレル様は悩ましげな表情を浮かべている。


「だが、マスターは今までこれらのことを一人でこなしてきたとされておるのでな……。」


 それを聞いた私は唸りつつ言う。


「そっか……。うーん、難しいなあ。その、私が考えてたのはね、補佐官みたいな感じの役職を作って、次のマスター候補の人たちにその役職を務めてもらうの。そしたらその人たちはマスターの仕事がどんなものか分かるから、引継ぎにかかる時間も減るかなって。バレル様やイリオス様の時は引継ぎだけで二年もかかっちゃったんでしょ?せっかくマスターになったのに、二年も引き継ぎに時間を費やすなんてもったいないと思って……。」


 するとバレル様は頭を撫でてくれた。


「そうだったのだな。……貴公の提案は面白いものになりそうだ。旧態依然とした今の体制に風穴を開けるやもしれぬ。古き伝統を取るか、仕事の効率化を図る方を取るか。一度ディーやツウェルツ、そしてアークメイジあたりにでも相談してみたらどうだ?」


 そして笑って言葉を続ける。


「貴公の提案であればディーは何が何でも実現させようとするであろうな。他の二人はまあ……根回しという奴だ。共通認識があった方がよいであろう?……両マスターとアークメイジは三ヶ月に一度、話し合いをするのでな。ディーがその時にでも言うであろうぞ。俺の娘がこんな素晴らしい案を出してくれたんだと自慢げにだ。」


 私は父様のそんな様子を想像して、思わずくすくすと笑ってしまった。


「……ふふ、きっとそうだよね。そんな気がする。まだまだ詰めなきゃいけないところはいっぱいあるんだろうけど……。」

「そのあたりは大人たちに任せておけばよいのだ。そんなところまで貴公が考える必要はないさ。」


 そう言ってバレル様は笑っている。


「うん。父様たちならきっと、私の提案をもとにもっといい案を考えてくれるよね。ちょっとでも父様とイリオス様の負担が減ったらいいなあ。そしたら四人で過ごせる時間が増えるから。あと、ちょっと心配なことがあって……。」


 私はそのことを考えてため息をついてしまった。その様子を見てバレル様は不思議そうに言う。


「心配事とはなんだ?」

「えっと、その。……一週間は父様がお屋敷にいるわけだけど、それを過ぎた時がね……。私は休暇だから特に用事がない限りはお屋敷にいるし、バレル様もいるわけでしょ?父様がそんな状況、許すとは思えなくて……。お仕事に行かないなんて言い出さないかほんとに心配なの。」


 私がそう答えるとバレル様は言葉を濁す。


「あー……いやさすがにそれは……。だがディーの溺愛っぷりを考えると言い出しそうな気もするのが……。まあ大丈夫であろう、以前貴公はお仕事ちゃんとしない人嫌い、と言っておったからな。」


 どこか懐かしそうにバレル様は言う。そして思い出したように付け加える。


「……話が尽きぬな。十年ぶりくらいに会ったのだから当然といえば当然なのだが。」

「うーん、でも実際のところは七年くらいじゃない?だって今年の冬で父様と出会って十年目なんだもの。」


 それを聞いたバレル様は苦笑いしている。


「あー……長く生きているとな、どうしても時間の感覚が分からなくなるのだ。正直我にとっては七年も十年もさして変わらぬよ。無論、貴公にとってそうではないことは理解している。背も髪も伸びたし、もうすぐ成人する年齢になるのだから。」

「うん。……もう半年もしたら16歳になるんだよ。好きな人と結婚できる年齢になる。ねえ、バレル様。……バレル様はいつまでお屋敷にいてくれるの?魔術構造を作り終えたら、どこか遠くに行ってしまうの……?」


 するとバレル様はただ悲しそうに笑って、黙っているだけで。


「……行かないで。置いて行かないで。言うことをちゃんと聞くから。……さんの言うことも、……さんの言うことも聞けない悪い子でごめんなさい。いい子にする。言うことをちゃんと聞いて、泣かないし笑わないし、何だってするから置いて行かないで……。」


 私の口からそんな言葉がこぼれる。


「ヨル……?」


 バレル様が心配そうに手を伸ばしてくるけど、私はどうしてかその手が怖くて、頭に手を回してガタガタと体を震えさせる。


「ごめんなさい。愚図で、のろまで役立たずでごめんなさい。殴らないで、ぶたないで。痛い、痛いよ、お父さん……。ごめんなさい、ごめんなさい、自分から言い出したことすらできなくてごめんなさいお母さん……。」



 子供の頃のことが急にフラッシュバックする。捨てられそうになって、おとうさんの足に縋り付こうとして振り払われた。懇願してなんとか家にいさせてもらうことができたけど、捨てられた方がましだったと思えるくらい、つらかった。……ある日の朝、起きたら起き上がれなくて、体が動かなくて。それを見たあれらはせいせいしたとでもいう風に笑顔を浮かべて、私を下層のゴミだまりに捨てていった。それからお兄ちゃんたちが私を見つけてくれて、私は生き延びることができた……。



 突然、目の前が暗くなる。私はバレル様の胸元に抱き寄せられていた。


「ヨル。……大丈夫だ。お前を虐待していた両親はもういない。いないのだ。どこにも。」

「……いない?……あはは。そうだね、もういないんだった。だって、だって、私が殺したんだもの。覚えてる。真っ赤になった両手と、人間の形すら保っていない何か。私はあの時、楽しいと思ってしまった。……おかしいよね。私は人殺しなのに、好きな人と結ばれて幸せになりたいと思ってる。人殺しは幸せになんてなっちゃいけないのに。」


 それを聞いたバレル様はさらに強く抱きしめてくる。


「それがなんだ。我だって人を殺した。何十人、いや、何百人もだ。故郷を守るためだと自分に言い聞かせながら自らの力を振るい、その力で人間たちが苦しみ死んでいくのを見て、我は胸の奥底が晴れやかな気分になるのを感じた。自らの力を思うまま振るい、人を殺し、それを楽しいと―そう思った。貴公と同じだ。」


 そう言ってバレル様は安心させようとするかのように背中を優しく撫でる。


「……ヨル。貴公は我の過去を知っても我を恐れず、それどころか我のために泣いてくれた。貴公は優しい。優しすぎるのだ。死んで当然の、殺されて当然の存在を殺して、なぜゆえに悔やむ?苦しむ?我には……分からぬ……。それとも我がおかしいだけなのか?自分を傷つけようとした者、大切な存在や物を傷つけたり、壊したりした者を殺すことがなぜゆえにいけないことなのだ?」


 バレル様は不思議そうにそう聞いてきた。でも、私はそれに答えられなかった。するとバレル様は優しく髪を撫でてくれる。


「……いいのだ、返事が聞きたかったわけではない。……そう考えてしまうことこそが、我がヒトでない存在に近づいている証でもあるのであろうな。」


 そして私の顔をバレル様の方に向けさせて、こう言った。


「ヨル……。すまぬ。我はいつまでもこの屋敷にいるわけにはゆかぬのだ。我は闇の魔道士。我がここにいることがもしブロン派の連中に知られれば、ディーは闇の魔道士をかくまったとされ、不利な状況へ追いやられてしまう。」


 私はバレル様を強く抱きしめて、顔を彼の胸にうずめる。


「……そう、だよね。分かってる。……分かってるから。でも、前みたいに何も言わずに姿を消さないで……。」


 本当は、傍にいてって言いたい。父様とイリオス様が無実を証明してくれるから、それまでずっとお屋敷にいてって言いたい。でもそれはバレル様を困らせるだけだと分かっているから言えない。迷惑をかけたっていいとバレル様は言ってくれたけど、やっぱり好きな人には迷惑をかけたくないし、困らせたくないよ……。



「……ああ。屋敷から出て行く時は、ちゃんと別れを告げる。……我だって傍にいられるのなら傍にいてやりたいのだ。……貴公を誰にも渡したくないと思う時もある。多くの出会いがあったとしても、我を選んでほしいとさえも。」


 

 えっ。そ、そんな風に思ってくれてるの?……なのに娘扱いなの?……もしかしてバレル様が私のこと娘扱いするの父様のせいなんじゃ。父様私のこと誰にも渡したくないって言うし……。身近にいる人のせいで自分もそう思ってるとかありえそう……。

 なんだか頭が痛くなってきたかも……。バレル様を選んでほしいって実質プロポーズみたいなものじゃあ……。それとも私が考えすぎなだけなのかなあ。



 私がそう考えて頭を悩ませていると、バレル様は私のことを離して言った。


「あー……その、今言ったことは……深くとらえないで欲しい。……ディーだって似たようなことを言うであろう?だから別段我が言ったとしてもおかしくはあるまい……。」


 バレル様はどこか自分に言い聞かせているような気もする。そのあと一つ咳払いをして言った。


「まあ、なんだ。もう遅い。そろそろ寝るとしよう。」

「そ、そうだね、ついつい話し込んじゃったし……。おやすみなさい、バレル様。」

「ああ、おやすみ、ヨル。」


 私たちはそう言葉を交わす。私はバレル様に背を向けて目を閉じる。私はそのまま、ゆっくりと眠りに引き込まれていった。



 次の日の朝。部屋に入ってきた太陽の光で、ぼんやりと目が覚めた。



 まだ、眠いなあ……。もうちょっと、寝ていたい……。



 私はそんなことを考え、瞼を閉じ、ごろごろと寝転がる。そして、こんなときによく抱きしめている縫いぐるみを手探りで探した。



 あ、あった。



 私はそれに思い切り抱きつき、抱きしめる。



 あれ……?なんだか、大きいような……。それに、肌触りもなんだか違う……?



 目を閉じたまま、感触を確かめるために何度か頬擦りする。



 うーん……まあ、いいや……。眠くて瞼もあかないし……。せっかくの休暇なんだし、ゆっくり眠ろうっと……。



 私はそう考えて、たゆたうような、穏やかな眠りについた。

 更新は不定期になってしまいますが、これからも更新は続けていきます。更新する予定だった一部三章~四章の間の話は思いのほか長くなってしまったため、いくつかに分けて投稿いたします。4つか5つほどになりそうです。

 地道に頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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