夕食と三人との歓談
更新の期間がかなり空いて申し訳ありませんでした。途中風邪をひいたり、研究が忙しくなってきたりしたため、思うように時間がとれなかったというのが理由です。今はお正月休みのため、書き上げてある部分をぼちぼち投下していく予定です。
「ヨル……、ヨル?」
そう声をかけられて、目が覚めた。寝台の傍にバレル様が座って、私のことを見つめている。
「バ、バレル様……?な、なな、なんでここに?」
私は髪を整えながら言う。
ね、寝顔見られてた……?恥ずかしい……。
私がそんなことを考えてわたわたと髪を整えたり服を直したりしていると、バレル様は笑いながら言う。
「いやなに、貴公が起きて来ないのでな、ディーたちに貴公を起こしに行けとどやされたのだ。」
「……と、父様……。……その、ありがとう、バレル様。起こしに来てくれて。」
「はは、よく眠っておったぞ?だが、中途半端に寝ると眠れなくなるからな。全く、あやつらめ……、我と貴公のことをからかってきおって。……我とくっつけようとでもしておるのか?全く、迷惑な奴らだ。」
迷惑……。そっか……。
私の表情を見たバレル様は、慌てて言う。
「い、いや、そういう意味ではなく、だ。我らの感情やら意思やらを無視してくっつけようとするなど、迷惑な行為でしかないであろう?その、……そういうことは、だな。」
バレル様はコホン、と軽く咳払いをして言った。
「その、えー……。なんだ。じっくり時間をかけて育むものであってだな……。周りがとやかく言ったり、けしかけたりものではないと、我は思うのだ。」
「ふふ、そうだね。……しばらくは、お屋敷にいてくれるの?」
「うむ。魔術構造を作らねばならぬからな。それが済んだらどうするかは……その時に考えるとしよう。」
……このまま、ずっとお屋敷にいてくれたらいいのにな。バレル様の傍にいたいし、いてほしい……。
そんなバレル様に、私は少ししどろもどろになりつつ、自分の考えてることを話す。
「あ、あのね、……ずっとお屋敷にいてくれても、いいんだよ?そ、その、婿になるかどうかは、別として。父様やイリオス様も、喜んでくれるだろうし、わ、私も……嬉しい、から……。それに、父様たち、バレル様が一人では何もできないから、心配してるだけなんだと思うの。あんな風に言ってるのは照れ隠しなんだと思うよ?父様、素直じゃないし、イリオス様もなんだか最近、そういうところは父様に似てきちゃってるから……。」
私の話したことを受けて、、バレル様は苦笑している。
「そ、それを言われるとな……。ヨルが嬉しいというのなら、別に良いのだが。それにしても我がいない間に、あやつらはすっかり仲良くなっておるな……。似てほしくないところまで、似てしまっているという……。」
そのあと、深いため息をついている。
「バレル様がいなくなってから、父様とイリオス様はお互いを支え合いながらマスターを務めていたから。あと、父様はイリオス様に陰口を叩いている人たちに、裏から手を回して何かしてたみたいだよ?そんな時の父様、私に色々教えてくれた時みたいに、とても楽しそうだったから覚えてるの。何してるの?って聞いたら、ああ、ちょっとな、って笑って、詳細は教えてくれなかったけど。」
その時のことを思い返しつつ、私はんー、と唸る。
「……何してたかの想像はなんとなくついちゃうんだけど。」
「……あやつは……。本当に……。」
それを聞いた彼は、頭を抱えてそう呟いている。そんな彼に、私は彼がいなかった間のことを話した。
「うん……。今も何かしてるみたいだし……。そんな父様、すごく生き生きしてる……。目を輝かせてるし。父様たまに、目が完全に死んでいる時があるから……。マスターのお仕事って大変なんだな、って見るたびに思うの。」
私の言ったことを聞いたバレル様は、不思議そうな表情をした後、こんなことを言い出した。
「いや、あやつは常に目が死んでおるぞ?」
「えっ。……と、父様……。大丈夫なのかな……。」
たぶんそれはバレル様のせいもあると思うんだけど黙っていよう……。
そんなことを考えつつ、私は呟く。
「……大人って大変なんだなあ……。」
「ヨ、ヨル?何を言い出すのだ突然。」
「だって、なんかたまに遠い目をしてるし……、父様真顔になったり無表情になってたりするんだもの。」
「我とツウェルツの会話を聞いている時などしょっちゅうであったぞ?」
「えっ。……そ、そっか……。」
そして、他に無表情になっていた時のことを思い返してみる。
そういえば、父様……以前書斎で本を読んでた時もそんな表情してたような……。
「……それにしても父様……あ、あんな内容の本を顔色一つ変えないで平然と読むなんて……。」
思い出しただけでも顔が熱くなってきた。
「……ヨル?急にどうしたのだ。あんな内容の本とは、い、いったい……?」
「あ、あのね、それ以外で無表情になってる時ってどんな時だったっけ、って思い返してみたの。そ、そしたら、前にね、書斎に行ったら、父様が何かの本を読んでたなって。私が父様のところに行って何を読んでるのか聞いたら、これは大人が読むもので、お前にはまだ早い、って言われちゃったんだけど。そのあと、本を閉じて書斎の整理を始めて……。」
私はそのあと、しどろもどろになりつつ話す。
「私、その……気になって、ちょっとページめくっちゃったの……。そ、そしたら、その……。お、男の人と、女の人の、その、そういう……行為について、書かれた本で……。父様、私が読んでるのに気が付いたら、取り上げて鍵のついた引き出しに入れて鍵をかけちゃったんだ……。読んでるとき、ふむ……、とか言ってたような……。」
それに対し、バレル様は怒ったように言う。
「あ、あやつ……!娘の前で平然と官能小説を読むとかどういう了見をしておるのだ!?」
「か、官能小説……。父様の読んでた本、そういうジャンルなんだ……。そ、それに関しては……父様も、私が来るなんて思ってなかったみたいだから……。」
「いや、それでもだ……。娘の前で平然と口の悪い言葉を使っておるようだし……。」
「……?でも父様が言うんだから普通のことなんでしょ?」
「頭が痛くなってきたぞ……。」
バレル様はそう言って、こめかみのあたりを押さえて目を閉じている。
「……なんで?私がそう言ったら、みんな同じような反応するの?」
「それはだな……。いや……やめておこう……。たぶん言っても分からぬからな、ははは……。」
バレル様はそう言って乾いた笑いをしている……。
「そろそろ行こうか、もういい時間だ。夕食の準備も出来ていそうだしな。」
「えっ、もうそんな時間だったの?うう、寝すぎちゃった……。帰ってきたの、お昼過ぎだったのに……。」
「それだけ疲れていたのであろうぞ。昨日は色々とあったからな……。実を言うと、あそこで肉体の疲労を癒しても、結局のところは仮想空間のみでな。こちらに戻ってくると、その分の疲労が肉体にかかってしまうのだ。だから、仕方のないことだ。」
バレル様はそう言って、笑っている。
「そのあたりのところは、何とかしたいところだが。深い傷を負うと、修復しきれず現実に戻った際に残ってしまう部分も含めてだ。ふむ……どうしたものか……。」
「そもそもあれ、どういう仕組みなの……?」
私が首をかしげながら聞いてみると、バレル様は教えてくれた。
「この世界の中に、もう一つ小さな世界を仮想として作り、転移魔術でそこと繋げておるのだ。あとは……そうだな、魔術には人の記憶を覗いたり、……記憶を消したりといった、記憶に干渉するものがあるのだ。それを改変し、その空間を訪れることで、その空間に本人と縁のある場所を投影する。空間の構成や維持にも複雑な術式が使われていてな、作り上げた後にディーが案内人を作るから術式を書き出せ、などと言いだして……。膨大な量になったぞ……。」
そして彼は何かを思い出したようにふと言った。
「ん……?そういえば、あやつ、あの時の術式の束はどうしたのだ……?まさかとは思うが、処分はしておらぬだろうし……。」
そんなバレル様に、私は言う。
「うーん、ずいぶん前のことだから、どこにしまったか忘れちゃったんじゃないかな……。父様の書斎、マスターになってから管理するものも増えたみたいで、明らかに最初の頃より書類が増えてるんだもの。」
「ありうるな……。ディーが貴公を拾う前のことであったからな……。我がアヴァテアから末弟の入った杖を持ち帰り、そこから空間の構成を始めたのでな。貴公が拾われる、約半年ほど前……になるのか?つまりは……十年ほど前か……。まさか今になって、また案内人を作り直す羽目になるなどとは思っていなかったのもある。どこぞにしまったかも分からんものを探し出すよりかは、書き出した方が速いわな。」
バレル様はそう言って、軽く息を吐いて肩をすくめた。私は寝台から降りて、伸びをする。そのあと、部屋を出て、二人で並んで歩きながら話をする。
「話を聞いてると、面白そうだよね。魔術構造の解析や構築、とっても楽しいもの!父様の組み上げる魔術構造、とてもきれいな色をしてるんだ。」
「……あれが、綺麗な色……?よく分からぬな。」
「そう?術式一つ一つに色が付いててね、それらが複雑に組み合わさって、混ざり合うことなく綺麗な色をしてるんだよ?一目見て、無駄がなくて完璧で美しいって分かるくらい綺麗な色なんだ!」
私は父様の作った魔術構造を思い浮かべながら、嬉しそうに言う。
「そうか、貴公は……文字に宿る魔力を色として見ることのできる、共感覚のようなものを持っておるのだな。ふむ……、さすれば、魔力の流れすらも色として見ることができるようになるやしれぬな。この一週間は、ディーとツウェルツは休暇を貰ったようだし、その方面を伸ばす訓練でもしてみるか?」
バレル様はどこか嬉しそうに笑いながら言ってくれたので、私も笑顔を浮かべて返す。
「うん!……ふふ、あの頃みたいだね。バレル様とイリオス様がお屋敷に泊まって、三人で私の魔術を見てくれたっけ。でも、難しそう……。どうしたらいいんだろう。」
心配そうに言う私に、バレル様は安心させるように言ってくれた。
「はは、ディーはそういったことは得意であるから、心配はいらぬよ。我らもサポートするしな。……ディーは……感覚的に話すヒトの話を聞き、その方向性を見定め、導くことができる稀有な存在だ。あやつは、下級に昇格してからの実技の授業の担当官をしておってな。初回は適性クラスの振り分けなのだが、どこか楽しそうだったぞ。魔剣士は数が少ないせいで、我とツウェルツも説明係として駆り出されたからよく知っているのだ。」
どこか懐かしそうに、バレル様はそう語る。そんな彼に、私は聞いてみる。
「そうだったんだ、大変そうだね……。……いまいちそれぞれがどれくらいの人数で構成されているかよく分からないけど……。」
その質問に対し、彼は笑いながら答えてくれた。
「ほとんどは杖を触媒とするメイジだな。魔道士は杖を触媒とするものが多い。だから必然的に、メイジやメイジファイターが多くなるのだ。メイジファイターは、自己強化により近接戦闘も可能になるが、その中で自己強化より他者強化の方が優れている、となればエンチャンターに振り分けられる。だから大抵はその3つだな。」
なるほどなー。……父様はウィザードで、バレル様とイリオス様は魔剣士だから、本流とは外れてることになるのかな?
私はそんなことを考えつつ、バレル様に話す。
「そうなんだ、じゃあ父様たちは魔道士の中では少ない方なんだね。」
「うむ。ウィザードや魔剣士は、短剣や長剣といった、本来触媒には適さないものを魔力を籠めやすい宝石などでカバーし触媒として扱っているからだな。貴族はレイピアのような長剣を扱えることがステータスだから、魔剣士を希望する者もいるが、うまく魔術と剣術を組み合わせられる者は一握りだ。」
私の話したことに対し、彼は苦笑いをしつつ教えてくれた。そんな彼に私は自分のクラスについて考えてることを話してみる。
「なるほどなー。……私は、ウィザードになりそう。運命の剣も、短剣だったし。……あれ?父様は貴族なのに、なんで長剣じゃなくて短剣を扱ってるの?」
それから私がそう尋ねると、バレル様は笑って言った。
「あやつは出奔していたからな。長剣などより、短剣の方が持ち運びもしやすいし目立たないであろう?公爵家では短剣と長剣の両方を教えていたようでな、おそらくあやつは本来ならば両方とも扱えるはずだ。だが、出奔生活もあり、短剣の扱いの方が優れるようになったのであろうぞ。」
「えっと、バレル様とは……その時からの付き合いなんだっけ……?」
私の問いかけに対し、バレル様は少し苦い表情をしている。
「……うむ、まあな。はは、色々あったよ、色々とな……。そのうちに、奴隷解放戦争が始まり、王国軍と解放軍との戦いを、あやつは冷めた眼で見つめておったものだ。人間は愚かだ、とも言っておった。やがて王族と公爵家が参戦することが決まり、あやつは連れ戻されてしまったよ。我は助けようとしたが、あやつは首を振って、いい、と言ったのだ。民を守ることは、公爵家の義務だからと……悲しげに、苦しげにしてな。あやつにとっては、王国軍も、解放軍もみな、平等に民だと考えていたのであろうからな……。」
当時のことを懐かしそうに振り返り、深く息を吐いた後、バレル様は言葉を続ける。
「あとは祖父の影響も強かったのであろうぞ。あやつの祖父は、少し……いやかなり風変わりな人物でな。先進的な考えを持ち、たとえ奴隷階級であろうと、この国に生きるなら民であると言い切ったそうだ。」
公爵家って確か最高位の貴族、なんだよね。王家から分家してできるって以前父様が教えてくれたっけ。そんな身分の人でありながら、奴隷制度が当たり前に存在していたころから、そういった考えを持ってた人なんて、なかなかいないよね。
私はそんなことを考えつつ、話す。
「そっかぁ、すごい人なんだなー、父様のおじい様って。今からずっと昔の、奴隷制度が当たり前だった時代で、そんな考えを持ってるんだから。」
「うむ。だが、当時の貴族の反発も強くてな。長男でありながら王位を継がずに、弟に継承権を譲ったようだ。そして、自分は公爵家となり……その、なんだ。反発した貴族に決闘を吹っかけては、あれこれ承諾させるなど、公爵家であることをいいことに好き勝手やっておったようなのだ……。そして、決闘が禁止されるようになったのは、その人物のせいであるようだぞ……。」
バレル様はそう言って嘆いている……。
「……も、もしかして父様の気質って……。」
私の言ったことに対し、バレル様は頭を抱えながら話す。
「おそらくその人物譲りなのであろうぞ……。あやつの祖父はな……、自分に敵対した人物を追い込むことに関してはえげつなかったそうでな……。その人物を社会的に抹殺したり、政治の表舞台に出られぬようにしたり、……貴族の身分を剥奪し、屋敷やら財産やらをすべて差し押さえて、樹海に追放したりしておったようなのだ……。」
それを聞いた私は、彼にこう言った。
「でも正直、父様もやってることはあんまり変わらないよね……。さすがに身分の剥奪や社会的抹殺まではやってないけど。」
「まあそうなのだが。我は正直感心しておるよ、よく捕まらないなと。」
「うーん。そもそも父様、証拠集めに関しては法に引っかかることしてないからなあ。というか、法が整備されていなかったり、盲点になってるところをついたりしてるというか。」
私が唸りつつ悩ましげにそんなことを言うと、彼は感心しつつ言う。
「ああ……言われてみれば……。不正の証拠として魔術構造でよく隠し撮りしておったが、それを禁じる法はないしな……。よく思いつくものだ……。それだけ、似ているということなのであろうな……。」
バレル様その後肩を落としている。
「付け加えておくとだな、あやつの祖父は、敵対した人物を丁寧な言葉で煽り、相手が激昂したところをさらに丁寧な言葉で煽り立てようなこともやっておったようだ。周りから見れば、終始冷静に丁寧な言葉遣いで話している相手に、怒鳴っているようにしか見えぬというのが……。」
「……なんか、父様より恐ろしい人だね……。だって父様、ブロンを煽ってた時は、その……。」
彼の言ったことに対し、私はそう言葉を濁す。
「うむ……。『お前は頭がさらに禿げあがったようだがな?若々しい人間に嫉妬するのは、見苦しいぞ?』と割と直接的な表現をしておったからな。……それほど、腹を立てていたということなのやもしれぬが。おそらく、あやつの祖父なら、あなたは頭頂部の輝きがましたようですな、若々しい人間に嫉妬するのは、お見苦しいと思われますが?などど言いそうだ……。いや……我が想像しているより、もっとひどいやもしれぬな……。」
その時のことを思い返しているのか、どこか悩ましげに彼は言う。そんな彼に、私はこう返した。
「なんか……父様の言葉より、もっとひどくなっているような気がするのは、気のせい……?」
「気のせいではないと思うぞ……。こういう言葉はな、丁寧な口調で言う方がえぐみが増すことがあるのだ……。」
「そういえば、父様言ってたなぁ。相手を煽るときは、できるだけ丁寧な言葉で煽ることを心掛けるんだぞ、って。例えば、無能って直接的に言うんじゃなくて、あなたはその程度のこともお出来になりあそばせないのでしょうか?みたいな風にな、って。私はついつい無能って言っちゃうけど。」
私はそう言いつつ苦笑いする。
「……お……お……おお、う……、そ、そうか……。あ……あやつ……娘になんちゅうことを教えておるのだ……。」
それを聞いたバレル様は、体を小刻みに震わせながら、若干引いたように言う。
「他にも色々教えてくれたよ?何を言ってるんだお前は、っていうのは、私のような若輩者ではあなたの考えているようなことなど到底及ぶべくもないことです、だからあなたの言いたいことがなんなのか到底理解することができませんな、みたいな。それから、えっと……。」
それから父様が教えてくれたことを話してみる。
「も、もういい、もういいから!あやつ、我に当たりがきついなとか思っておったが、他の人間にはそのような話し方で煽っておったのだな……。それを考えれば、我の扱いがましな方に思えてきたぞ……。」
それを聞いたバレル様はため息をついている……。
「うん……。父様が貴族の人たちと話している時ってね、終始にこやかに、丁寧な口調で、あちらこちらに皮肉をちりばめて、かなり婉曲させた表現をしてるんだよ?それを考えると、バレル様には直接的な表現をしてるわけだから、その……ね?」
私がそう言うと、バレル様はなんとなく察したのか、こんなことを言う。
「ははは。そうであるな。うむ。あやつ……あやつはなあ……ほんとに……。もう……なんと形容してよいのか分からぬよ……。」
バレル様が言外で言いたいことをなんとなく察してしまった……。
「父様、何を言われても終始にこやかに応対するんだろうな……。」
「うむ……その様子が浮かぶぞ……。そして丁寧な言葉で、相手をやりこめるのであろうぞ……。」
私たちはそんな風に言葉を交わして、深いため息をついてしまった。話していると食堂に着いたので、中に入る。父様とイリオス様が待ってくれていた。
「遅かったな。……まあ別に何をしていたかは聞かないが。」
「何もしておらぬわ。話をしていただけだ。あとお前な。娘の前で堂々と官能小説を読みふけるでないぞ!」
バレル様は人差し指で父様のことを指さしてそんなことを言った。
「……ふんっ!」
父様はそれを見て、立ち上がるとその指を逆方向に折り曲げている……。ベキッという変な音がした。
「うおあっ!?お前なにをするのだ!!」
バレル様はそう言いつつ回復魔術をかけている……。そんな様子を見て、父様は椅子に座りなおした後淡々と言った。
「指をさすな」
「折ることはないであろう!?」
えっ。い、今ので骨折っちゃったの?と、父様って……意外と、肉体派なんだなあ……。
「これでもう二度と俺に指を指そうとは思わんだろう。……読んでいたらやってきたんだ、仕方がないだろうが。それに、まだ早いから読むなときちんと言ったのに、気が付いたらページをめくっているし……。全く、読むなと言われたものを読みたくなるところは、お前にそっくりだよ。お前も、下級時代から学院の書庫の禁書棚に入り浸っては、禁書を読みふけっていたしな。よくばれなかったなと俺は感心しているぞ。」
父様はバレル様に呆れたようにそう話している。そんな父様に、バレル様は胸を張っていった。
「ふん、あの程度の監視魔術、我にはどうと言ったことはない。気配遮断と姿隠しの魔術も使えるからな。……ておい。話を逸らすでないわ。」
バレル様はノリツッコミをしている。それを受けて父様は小さく舌打ちしつつ言った。
「……ちっ。まあ、済んだ話だ、いいじゃないか。細かいことを気にしていると禿げるぞ。」
「残念ながら我はそういうことには無縁だ。……むしろそういうことを気にせねばならんのはお前の方ではないのか?マスターは激務であろう?」
バレル様はそう言って父様のことをからかっている……。
「……余計なお世話だ、このロクデナシが」
「ん?何か言ったかこの阿呆が」
二人はバチバチと火花を散らしている……。
「……二人とも、大人げないなあ……。もう、30代後半なのに……。」
「ちょっと待ってくれヨル。俺はまだ35だ、後半じゃない、半ばだ!」
「我……我も30代後半ではないわ!もっと若いぞ!?」
私の言ったことに対し、二人とも憤慨したようにそう言った。
うーん。正直あんまり変わらないような気もするんだけど。そもそも二人とも、見た目変わらないし……。
私がそんなことを考えていると、二人はさらに大人げない会話をし始めてしまった。
「待て。そもそもお前は年齢不詳だろう、俺が出会った時から一切歳をとっていないじゃないか!出会った期間から今までの期間を換算するとお前はとうに40を超えているだろうが!」
「……ふん、我も我が生きてきた年数などいちいち覚えておらぬわ!そもそも最初の記憶は、今より少し若い青年の姿で草原に佇んでいたことしか覚えておらぬからな!」
大人げないなあ……。
私はそんなことを考えつつ、二人を止める。
「と、父様……、バレル様も喧嘩しないでよ……。」
「はは、これが彼らの日常だよ、心配しなくていい。」
そんな風に言った私に、イリオス様は笑いながら言った。
「最初は私も止めていたんだけどね……あまりにも彼らがこんなやり取りをするものだから、これも彼らなりのコミュニケーションなんだろうなって思ってさ。お互いに素をさらけ出せる存在なんだよ、彼らはね。二人はさ、私や同期以外の人間と話すときは基本的に対応が、その、ね?うん……。……あんまりよくないんだよね……。」
それを受けて私は言う。
「ええ……。そっか……。まあ二人とも、なんやかんやで楽しそうにしてるもんね……。」
「いやちょっと待て。どこが楽しそうなんだどこが。」
「全くだ、やめてくれぬか。」
その様子を見て、私はイリオス様に言っておく。
「……ね、息ぴったりでしょ?」
「うん、そうだね。私もそう思うよ。喧嘩ばっかりしてるくせに、妙に息が合う時があるんだよね。そしてそういう時は大抵、二人で悪だくみをしている時だ……。私まで巻き込むのは勘弁してほしいよ……。君らに巻き込まれて始末書を何枚書かされたことか……。」
イリオス様は目を閉じて、嘆息している。
「その割にはお前も楽しそうだったじゃないか。あんなに楽しそうにしていてそれはないぞ。」
「うむ。全くだな。我らと過ごしている時はよく笑っておったではないか。」
「……君ら反省してないし全く懲りてないよね、その反応だと。」
「ん?反省すべき点など見当たらぬが。下らん常識に縛られる我ではないわ!はっはっは!」
バレル様はそう言って高笑いをしている。
「コイツの発想の自由さは見習うところもあると思うぞ。俺はどっちかというと常識に囚われがちだからな、行き詰っていたところに新たな着眼点を見出させてくれる。親友というより、悪友と言った方が近いのかもしれんな。」
「……父様……バレル様……。その、なんというか、あまり周りの人に迷惑かけちゃ、いけないと思うの……。いい歳した大人なんだから。その、ね?」
私はやんわりと二人に言う。
「全くだよ。あの頃私はまだ10代後半だったけど、君ら20代だったじゃないか。20代って成人年齢超えてるんだからさ。そういうのが許されるのは10代くらいまでだと思うんだよね私は。」
私の言ったことを受けてイリオス様はずばっとそんなことを言った。
「はは、若気の至りぞ、まだ20代なんぞ若いうちではないか。」
「ああ、その通りだ。学院の連中を見てみろ、いい歳したオッサンがみみっちく陰口を叩いてるじゃないか。それを考えれば俺たちなど、なあ?」
「うむ、我もそう思うぞ、ディー。棺桶に片足突っ込みながらも、嫌がらせをやめない蒼の派閥の連中もおることだしな?あれほど人生を無駄にしておることなど我はないと思うぞ。」
二人は目線を合わせて、クツクツと笑っている……。
「……イリオス様……。」
「うん……、言いたいことは分かるよ、ヨル……。彼らには何を言っても無駄だから、これ以上突っ込むのはやめておこうね。」
私たちは顔を見合わせてそう言葉を交わした。
「お前こういう時だけ常識人ぶるのはやめろ。お前の感性はアルバート寄りだろ。お前らの説明を理解できた生徒は誰一人いなかったじゃないか。」
「それは言いすぎであろう、ディー。……ひ、一人くらいはおったと思うぞ。」
「そもそもなんで理解できないのかが私には理解できないよ。だってあんなにわかりやすい説明はないと思うんだけど。」
「……じゃあ、そうだな。魔剣士についてそれぞれ説明してみろ。」
父様は2人にそんなことを言った。
「では、我からいこう。……魔剣士は、剣術と魔術を組み合わせたもので、触媒は長剣やら大剣やらだ。本来触媒とならないものを触媒とするわけだから、かなり高度なものとなる。剣を振るいつつも、魔術の詠唱も行わなければならぬ。ま、実際のところは、剣にこう……魔力をガッと集めて集めた魔力を練り上げ、相手にバッと放つだけだ。近接相手には、剣を用い、その合間に詠唱のために魔力を使い、離れたら魔術を放てばよい。」
こともなげにバレル様は言うけど、結構難しいことだと思うんだけどなあ。あと擬音が入っててよく分からないよう……。
私はそんなことを考えたあと、こう言っておいた。
「……バレル様……そんな簡単そうに言うけど……、実際の戦いでそんなことできる人なんて数少ないと思うの……。」
「ん?なにをいうか、我ができるのであれば大抵の人間はできると思うぞ?」
「えっ。バレル様……、あのね、自分ができるからと言って相手も当然できると思うのはダメだと思うよ?だって、もしそうだったら今よりもっと魔術の研究とか進んでると思う……。」
「む……そうか……。だがな、こやつらも普通にできることであるぞ?」
そんなバレル様に私は言う。
「その普通のレベルが、他の人にとってはとんでもなく高いと思うんだけど。三人とも規格外だってこと自覚してほしい……。」
「コイツと一緒にしないでくれないか、ヨル。俺はよく分かっているさ、自分が普通の人間の枠組みから外れていることにな。」
「私もだよ。もともと私の一族は特殊な立ち位置だし、王国の人々には見えない精霊を私は見ることができるからね。私は自分ができるからと言って、相手にそれを求めたりしないよ。」
私の言ったことに対し、父様とイリオス様はそれぞれそう言った。
「ん?つまりは我だけがそんなことを思っておったと言いたいのか?」
「その通りだが何か問題でもあるのか?」
父様は真顔でバレル様にそう問いかけている。
「はは、ディートハルトの言う通りだよ。君はもうちょっとさ、周りの人間に目を向けなよ。君みたいな才能の持ち主は、めったにいないんだからさ。」
イリオス様もまた、笑いながらそんなことを言った。
「納得がゆかぬぞ……。どうして他の人間になど目を向けねばらならぬのだ?どうでもいいぞそんなこと。我はもとより、人好きする性格ではないしな。それに我は……人間など嫌いだ。自分が正義だと思えば、どんなに残虐なことでも正義の名のもとに行う。何の罪もない人々を……焼き殺すようなことすらだ。」
するとバレル様はぽつり、と言う。
「今より魔術が使えることが一般的でなかった時代……魔力を持たぬ者たちは、魔力を持つ者を悪魔の使いだ、などと言い、火刑に処した。そのせいで多くのものが命を落とした。幼い子供でさえ……魔術が使えるという理由で、焼き殺したのだぞ?……我はな、見た目より遥かに長く生きている。そしてずっと、人間どもの愚行や蛮行を見てきたのだ。かつての我の友も、それにより奪われたこともある……。」
そしてそう言って、黙り込んでしまった。そんな彼の手をそっと両手で握って、私は言う。
「……バレル様。バレル様は……私たちの想像がつかないほどの年月を生きてきたんだね。でも……バレル様は、今はもう一人じゃないでしょ?私たちがいるんだから。」
「……だが、いずれ……、いなくなってしまうではないか。我と他の人間は、生きる時間が違うのだ。」
「……ねえ、バレル様。いずれ、死んでしまうのなら、いなくなってしまうのなら、……すべて無駄なこと、なの?」
私はバレル様の目を見つめる。
「……少なくとも我はそう思い生きてきた。」
「じゃあ、今こうしている時間も、……大切な人たちと過ごす時間も、無駄なこと?」
私の問いかけに対し、彼は首を横に振ってこたえる。
「っ……、それは違う。断じてだ。」
「……よかった。……私はね、大切な人がいなくなっても、その人と過ごした時間の記憶は、決して消えるものじゃないと思うの。たとえ永遠と呼べるような長い時間を生きることになっても……大切な人との、愛する人との記憶があれば、私は生きていける。もう触れられないものであったとしても……。」
「ヨル…………。」
バレル様は私の名前を呟いて、どこか悲しそうに、私のことを見つめている。父様たちは、何も言わず、黙ってくれていた。
「……我、は……。…………また……孤独になるのが、恐ろしいのだ……。たとえ、大切な者との記憶があろうとも、話すことも、触れることもできぬではないか。そんなもの……ただ、つらく、悲しくなるだけだ。」
長い沈黙の後、彼はそう言った。そんな彼に、父様は静かに告げる。
「……お前には分からんさ。愛する者との記憶が、どれだけ救いになるのかなど。そして……、覚えていられることが、どれだけ幸せなことなのかもな。……馬鹿が。いつも飄々としてどこ吹く風で生きていやがるくせに。そんなこと、ない頭で考えても仕方がないだろう。どちらも正しいことなのだからな。どう感じ、どう生きるかは人それぞれ千差万別だ、そして……それにより、答えなど出るものではないのだから。」
それを聞いたバレル様は、苦笑いをする。
「はは、ディー……、手厳しいな。そうだな……。……お前は……愛する者との記憶を、覚えておらぬ身であったな……。」
バレル様はそう呟いている。
バレル様……、それって、どういう意味?父様に、何があったの?
私は、驚きのあまり何も言えなかった。
「……ディートハルト、君は……まさか……。」
それを聞いたイリオス様はそう言って驚いている。私たちの様子を見た父様は深く息を吐いた後、言った。
「……おい。そのことはいらん心配をかけさせるだけだから黙っておけと言っただろうが。」
「だが、いつまでも黙っていることでもなかろうよ。」
父様の言ったことに対し、バレル様は目を閉じて言う。
「なあ、ディートハルト。君が言いたくないのであれば、言わなくていいんだ。それに……私はなんとなく、見当はついているからね……。」
イリオス様は、父様に静かにそう告げた。すると、父様は長い沈黙の後、話し出す。
「……消されたんだよ、はぐれ魔道士に襲われた時に、な。あれは……自分が遭ったのと同じような目に俺を遭わせたかったらしい。俺からすべてを奪ったお前たちが、どうして家族を持ってのうのうと生きているんだ、などと言っていたか。俺はもはや愛する者のことを覚えていない、だからお前も同じようにしてやらねばな、愛する者をなすすべもなく目の前で殺され、愛する者の記憶が消えていく絶望を味わえ、と。」
それを聞いたイリオス様は、どこか納得したようにこう呟いた。
「……復讐、か……。」
「ああ、そうなのだろうな。……俺の祖父は、屋敷を差し押さえて追放するなど、恨まれて当然のことをしていたからな。それが巡り巡って、父の代に降りかかってきたということだろう。祖父は、あの戦争で命を落としたのだから。」
そんな父様に、イリオス様は何かを考えこんだ後、話し出す。
「そうだったんだね……。……君は、決して妻子や家族の名を言わなかったからね……。何かあったのではないかとは思っていたよ。しかし、人の記憶を操作するなんて……ただのはぐれ魔道士ではなかったんじゃないか……?」
「……おそらくはな。だが、あれはもうあの時に死んだ。結局、何者だったのか、どうして公爵家の人間を狙ったのか、……そして、他の公爵家の人間も、あれが殺したのか、すべて分からず終いだよ。」
父様は、静かにそう告げる。けれどその言葉には、何の感情も宿っていないかのようだった。そう感じるほど、父様の眼は……冷たく、昏い色をしていたから。
「我はちょうどその時、出奔していた時の恩を返したい、と言われて屋敷に招待されていてな。ディーの元に駆け付けたよ。だが、すでにそのはぐれ魔道士は死んでいた。そして……こやつはな、ほとんど記憶を失っておったのだ。」
バレル様はそこで一度言葉を切ると、深く息を吐いて言葉を続ける。
「家族に関することを優先して消したのか、我のことはかろうじて覚えておったが。自分の名すら、思い出せなくなっておったのだ。そして愛する者を目の前で殺された記憶は、消されていなかった。それが……どれほどの絶望であったかなど、想像もつかぬよ……。顔も名前も思い出せず、ただ愛しているという記憶だけが残り、そして、その者が目の前で殺される記憶だけが残ったのだからな。」
それを聞いた私は呟く。
「父様……。私、何も知らなかった……。」
そんな私に、父様は優しげに微笑んでくれた。
「子供に聞かせる話ではないからな。それに、お前に変な引け目を背負わせたくなかった。俺は……お前を失った子供の代わりとして拾ったわけではないのだからな。この話を聞けばどうしても、自分は失った子供の代わりとして拾われ、愛情を注がれているだけだと思うだろう?」
父様が私を見つめる眼は、先ほどと打って変わって、暖かい、慈愛にあふれた色をしていた。
「……だが、結局お前は……。……俺は……様々なことを知識として教え、親としての愛情を注いできたつもりだった。だが、俺はお前とちゃんと向き合ってやったことはなかったのかもしれない。お前はずっと……誰にも話せない感情を、思いを抱えていて……俺はそれに気付いてやれなかったのだからな……。」
父様はそう悲しげに言った後、沈黙する。
「父様……。ごめん、なさい……。私は……ずっと、怖かったの。あれらは……私ができないと、自分から言い出したことなのにどうしてできないんだ、と怒鳴って、……お前のような役立たず、生きている価値なんてないって言ったの。そしてさっさと死んでくれ、その方が金になる、って言って、私を殴った。だから、父様に失望されるのが怖かった……。」
私は、深く息を吐いて、目を閉じて話す。
「……でも、私は、それが私の持っている力に対する恐怖から来るものだっていうのも、心のどこかで分かってたの。恐怖で縛り付けて、こちらに力を向けさせたくなかったんだって、今はそう思ってる。私は両親のどちらとも違う髪と瞳の色だったし、それに……どちらにも似ていなかった。両親が私の容姿について言い争っているのを聞いたから……。」
そんな私に、父様は深く息を吐いた後言う。
「謝るな、お前は何も悪くないのだから。お前の両親は、ゴミクズだな。自分で産んでおいて、よくもそんなことができたものだ。たとえ魔力を持っていようと、親が子に暴力を振るうことは許されざることなのだからな。」
「ゴミクズ、な。ま、ディーがそう言いたくなるのも分からぬではない。親は子を守り、育てるのが役目なのであろう?それになにより、ヨルに生きている価値などない、さっさと死ねなどど言ったクソ野郎は許しておけぬ。死んでいるのが口惜しいぞ、生きていれば死ぬよりもつらい目に遭わせてやるというのに。」
私の話を聞いて、父様とバレル様はそう言ってくれた。そして、そんなバレル様に対し、父様はこんなことを言い出した。
「俺も同じ思いだよ。俺とお前が協力すれば、いくらでもそんな目に遭わせてやれるからな。……くく、お前と二人で俺たちの陰口を叩いた連中にしたことを思い出すな?」
「うむ。楽しかったぞ、あれは。」
二人は目線を合わせてくつくつと悪そうな顔をして笑っている。
「……なあ、二人とも。なにをしたんだい?」
そんな二人の様子を見て、イリオス様は二人にそう尋ねている。
「ん?俺が燃やして、アルバートがそれを癒して、二度と陰口を言いませんと誓うまで繰り返しただけだが?」
「君らの辞書には加減という文字はないのか?」
「ないな」
「ないぞ」
イリオス様の問いかけに対し、二人はきっぱりと言い切っている……。
「……はぁ……。」
その答えを受けて、イリオス様は頭を抱えて深いため息をついた後、その言葉を振り払うように首を何度か横に振る。そして、言葉を選ぶように考えながらゆっくりと話しだした。
「ま、それは置いておくとしよう……。しかし、いくらなんでも実の子にそんなことを言うのはね……。死んでくれた方が金になる、か。全く、ひどいことを言う親もいたものだよ。そのくせ……奴隷商人には売ろうとしなかった。ヨルの髪と瞳は珍しいのだから、子が死んだときに貰える見舞金などよりもっと貰える額になっただろう。……私の一族も……この髪と瞳と、魔術を使うことにより、高値で取引されるからね……。」
どこか悲痛そうな表情で言うイリオス様に対し、私は安心させるように私の「兄弟」のことを話した。
「イリオス様……、あのね、私が王都の下層でいたころ、イリオス様と同じ髪と瞳の子もいたんだよ?お兄ちゃんたちは、10年以上前から、奴隷商人に売られた子を解放したり、売られそうになって逃げだした子を保護していたりしたから。そして、その子たちは自分を売ったような親のところになんて戻りたくないと、そのまま下層で生きていくことを決めていたの……。」
「そうか……。彼らがそう考えるのも、仕方のないことだと思うよ。生きるためとはいえ、自分の子を売ったわけだからね……。だが……よかったよ。一部とはいえ、奴隷として強いられる生活を送ることのない子がいて……。」
私の話を聞いたイリオス様は、どこか安堵したようにしてそう言った。それから、私はあれらが言っていたことを父様たちに話した。
「……それから、あれらは私が……本来産まれてくるはずだった子供を奪った悪魔だと、思ってたみたいなの。そして、私が大泣きしたときに、周りのものが燃えたのを見て、確信を深めたみたいだった。たぶん、それからだったと思う。暴力や暴言がひどくなったのは。私たちの子供を返せ、この悪魔が、って……。だから、売ることなんて考えなかったみたいなの。自分たちの手で、私を傷つけることで……奪われた子供の仇を取ろうとしていたんだと思う……。」
それを聞いた父様は腹立たしげな表情をし、バレル様はこぶしを握り締め、怒りに震えているような表情を浮かべ、イリオス様は悲しげな表情をしていた。
「ちっ。反吐が出るな。魔力を持たない人間どもは悪魔などという実在しないものを、実在していると信じている。そんなものは人間が空想で作り出したただの産物だ。この世には、世界をつかさどる神とその眷属、そして『ヒト』しか存在しないというのに。」
私の言ったことを受けて、父様は舌打ちした後、吐き捨てるように言った。
「それに、幼い子は特に魔力と感情が結びつきやすい。魔術を使える家庭であれば、そこからうまく、感情と魔力の扱いを分けるように誘導していくのだがな。そんな力も知らん人間からは、恐怖の対象でしかないのだろうな。」
「ああ。悲しいことに、ね……。そんな力を持っていたとしても、自分が産んだ子だということは、何も変わらないのにさ。」
「……変わらないからこそ、恐ろしいこともあるのだ。自分が産んだ存在は、恐ろしい力を持った化け物。そんな存在を自ら産んだという事実。なら……そんな化け物は自らの手で殺し、なかったことにしてしまえばよい。……そんなことを考えるのであろうぞ、愚かな人間はな。」
父様の言ったことに対し、二人はそれぞれそう言った。少しの間、沈黙が下りる。
「……ところで。お前たちはいつまで手を握り合っているんだ?」
そんな悲しくて重い雰囲気を振り払うように、父様は私たちに言ってきた。その言葉に慌てて、お互いパッと手を離す。
は、恥ずかしい……。というかいつの間に握り返されてたんだろう、全く気が付かなかった……。
「あのな、ディー。あまり我らのことをからかったり、けしかけるようなことはやめてくれぬか。」
そんな父様に対し、バレル様はため息をついた後、そう言っている。
「……お前、いつも俺たちのことをからかうように言ってくるのに、自分がそうされるのは嫌なのか?人をからかうということは、それをやり返されても文句は言えんぞ。」
「我は別に構わぬが、ヨルは迷惑であろうが。それに、その……そういうことは、だな。時間をかけて……、なんだ、その。は、育んでいくべき感情だと……我は思うのだ。周りの者がとやかく言うことでもなかろう。」
バレル様は若干しどろもどろになりながら、父様に言った。
「仕方がないな。お前が自分の感情に答えを見つけるまで、そういうことはやめておいてやるよ。」
「ははは、何年先になるか分からないけどね?……私とディートハルトは、君の感情の『答え』を知っているけど、教えるつもりはないよ?」
二人はそう言って、どこかおかしそうに笑っている。そんな二人の様子を見て、バレル様は言う。
「な……なぬっ!?お、教えてくれてもよいのではないか!?」
「そんなもの、言うだけ野暮だ。それに、俺たちは、自分でその答えを見つけることに何より価値があると思っているからな。楽しみにしているさ、お前が……どんな答えを出すのかをな。」
「うん。楽しみだよ。もしかしたら、それより前に子供ができてたりするかもしれないけどね?女の子って、早熟だし。ヨルはもう、自分の感情に答えを見つけているのだから、ね。」
父様もイリオス様も、どこか楽しげにしている。
「イ、イリオス様、そ、それは、その……。教えてくれた人がいたから、で……、その人がいなかったら、きっと今も気付けていなかったと思うから……。い、いまはまだ……、そんな先のことまで、考えられない、です……。」
私は熱くなった顔を押さえて言う。
……わ、私と、バレル様との子供……。男の子、かな、それとも女の子、かな……。男の子だったらバレル様に似てかっこいい子に育つんだろうなぁ……。……はっ。な、なにを考えてるんだろう私……。
私は首をぶんぶんと振って、その考えを消す。
「どうしたんだ、ヨル?そんな風に首を振って。」
そんな私の様子を見て、父様は微笑みながらそう言った。
「な、なんでもない!なんでもないから!」
「そうか。……そろそろ食事にしよう、いい時間だ。」
「うん!……イリオス様も食べていくの?」
私の問いかけに対し、彼は嬉しそうに笑って言う。
「ああ、ごちそうになるよ。ここのご飯はおいしいからね。正直、寮のご飯は変わり映えがなくてさ……。」
「うむ。同じようなメニューをローテーションで回しているようなものであるからな。」
そんなバレル様に、父様は呆れたようにこんなことを言い出した。
「……アルバート。だからといって毎日のように飯をたかりに来る奴があるか。上級になって、俺がヨルを引き取ってからはさすがにそういうのはなくなったが。」
「お前が我とヨルを会わせないなどと言うからではないか。そうでなければお前のところに飯を食いに行くに決まっておるであろう!寮のまずい飯など、よっぽど腹が減っておらねば食いたいなどど思わぬわ!」
バレル様ぁ……。それはさすがにちょっと……。
私がそんなことを考えていると、父様は声を荒げて言う。
「お前……ふざけるなよ!俺の屋敷を何だと思ってるんだ!」
バレル様の言ったことに対し、イリオス様も言う。
「ちょっと君いくらなんでもあり得ないよそれは。寮で食事をしていないなとか思っていたけどさ、どこか食べに出てるんだろうなと思ってたんだよ私は。なのに、ほとんどディートハルトの屋敷で食事をしていたとか。……なんで私にも声をかけてくれなかったんだ!君だけずるいだろう!私が今日の料理はいまいちだな……とか考えてる時に、君はディートハルトの屋敷でおいしい料理を食べさせてもらってたんだね!?」
えっ。イ、イリオス様!?イリオス様までそんなこと言い出すんですか!?
すると父様は、完全に呆れ果てて頭を抱えている。そして、とてつもなく冷たい声で言った。
「おい。ツウェルツ。……お前らいい加減にしろよ。人んちをただ飯が食える場所のように考えやがって。」
「事実であろう。あんなにうまい料理がタダで食べられるのだ、毎日のように行くに決まっておろうが。」
「……獄爆炎。」
あっ。
「うあちぃ!?」
「……さて、アルバート。お前は後、何回燃やされたい?」
父様は腕を組み、椅子の背もたれにもたれかかってバレル様を見上げながらそう言った。
「や、やめ、やめぬか、熱さだけはどうしようもないのだぞ!?」
バレル様は怯えてそんなことを言っている。そんなバレル様に、イリオス様は呆れたように言った。
「私も、その発言はどうかと思うよ正直……。」
「お前だって似たような発言をしておったではないか!?」
「でも私は実際のところはそんな行動はとっていないわけだから。」
「う、裏切り者めが!」
それを聞いたイリオス様は長い沈黙の後、言う。
「……なあ、ディートハルト。私も彼のこと、燃やしていいかな。人を燃やしたくなったのは初めてだよ……。炎耐性に関しては完璧だって言ってたからさ。」
「イ、イリオス様、それはさすがにやめてあげて!?お願いだから父様みたいな明後日の方向へ行こうとしないで!」
そんなことを言い出したイリオス様に私はあわててそう声をかけた。
「仕方ないな、可愛い妹の頼みは断れないからね。」
イリオス様はそんなことを言って、ふふ、とどこか嬉しそうに笑っている。その様子を見たバレル様は彼に問いかけている。
「……お前以前ヨルのことは娘だと思っていると言っておらなんだか?」
「でも、彼女は私のこと兄のように思ってくれているようだし。なら、私も娘のようにではなく、妹のように接するべきだと思ってね。私は親から引き離されて育てられたから、家族には縁がなくてさ。だから、自分を兄のように慕ってくれる人が現れて嬉しいんだ。」
そんなことを言いつつ、イリオス様はいい笑顔を浮かべている。その様子を見て、バレル様は言う。
「……お前さらっとそんなことを言うでないぞ。お前の一族はろくでもないな。」
「うん。まあ私もそう思うよ。このままだと滅ぶ未来しか待ってないんだけど、なんか、別に変えなくてもいいかなって思ってるんだよね。無理に外の血を入れる必要もないだろう。もし外の血を入れたことで、髪や瞳の色が違う子が生まれれば、迫害の対象になるし、余計に一族内での混血が進みかねない。長老どもは、それを分かってないんだよ、困ったことにね。」
イリオス様は肩をすくめてそう言って苦笑いをしている。そんな様子を見つつ、私とバレル様は席に着く。
「滅ぶべきものは滅びていくものだ、決してその運命を変えることなどできぬよ。お前の一族はもはや、その段階まで来ておるのではないのか?」
バレル様の問いかけに対し、イリオス様はこう言った。
「そうなのだろうね。そして、そんな滅びゆく一族のために、時間など使いたくないんだよ。私は、この国に根強く残る、差別をなくすために生涯尽くすと決めているのだから。」
そんなイリオス様に、父様は深く息を吐いた後、話し出す。
「……未だ差別をする連中など、皆、殺してしまえばいいだろう。この国を滅ぼし、差別する人間どもを殺し尽くし、新たに差別のない国を作り上げればいい。この国はすでに、奴隷からの解放を求めた人間の血で染まっている。なら、今なお差別を続ける連中の血で洗い流してやればいい。差別をなくすのなら、差別をしている連中自体をなくせばいいのさ。それが一番手っ取り早いと思わないか?」
そう語る父様の瞳は、どこまでも昏く、深く、冷たい輝きを持っていた。けれど、イリオス様は言う。
「そんなことは許されないよ、ディートハルト。血を血で洗って作り上げた国などね。そんなことをしても、また支配側が被支配側を差別するようになるのだから。そんな武力に頼る方法ではなく、内側から変えていかねばならないことなんだと、私は思う。」
その返答を聞いた父様は、どこか悲しげにしている。
「……そうか、残念だよツウェルツ。お前も……差別をなくそうとしない王国人、ひいては貴族を憎んでいると思っていたのだがな。俺と同じように。」
父様……。父様はやっぱり、貴族が憎いんだね……。
私はそう、胸の中で呟く。そして、イリオス様は父様の言ったことを受けて、悲しげに笑って言った。
「正直、その感情を抱いていないといえば嘘になる。それでも私は人を信じているから、さ。今はまだ、差別をなくしていこうとする動きはほとんど何もない。何もしていないような状態で、そんなことをしたくはないんだ。君の言っている行為は……諦めでしかないんだから。」
「そう、か……。お前は……そう考えるのだな。諦め、か。お前は差別と闘おうとする身だ、そう簡単には……諦められんか……。」
父様は深く息を吐いた後、どこか苦しげに言った。話の切れ目を見計らってか、料理が運ばれてくる。
「ま、話はこれくらいにしておこう。食事も運んできてくれたことだしな。」
そう言って、それぞれ料理を食べ始める。
やっぱりおいしいなあ。寮で出されてるものとは全然違う。
そう考えていると、バレル様は上機嫌で言う。
「うむ。やはりディーの屋敷の料理はうまいな!」
「お前、味覚が壊滅的なくせにそういうのは分かるんだな。」
「む?正直味の細かな違いなど分からぬが、そんなものどうだっていいであろう。うまいものはうまいし、まずいものはまずい。それだけ分かっておればよいのだ。」
バレル様はそう言って嬉しそうに笑いながら食べている。
「君の言ってることは極論だけど、なんとなく言いたいことは分かるよ。まあ……突き詰めるとそういうところまで行っちゃうんだろうなあ、料理の味なんてさ……。」
「さすがにそれはどうかと思うぞ。とはいえ、俺もとやかく言える方ではないが。……うまいものばっかり食べてると、慣れてきてしまうからな。そう考えると、学院で三人で食事をとっていたのも悪くはない。飯はまずくとも、魔術について色々語りながら食べるのは楽しかったからな。それもまた、料理の味付けの一つになるのだろうと俺は考えている。」
そんな父様に、私は食べたものを飲み込んだ後、微笑みながら話す。
「ふふ、一人で食べるご飯より、みんなで食べた方がずっとおいしく感じるし、楽しいもんね。」
「そうだな。……仕事が遅くなって、一人で食べさせなければならない時もあった、すまなかった。」
そんな風に言った私に、父様は謝ってきた。そんな父様に、私は言う。
「ううん。そんな時は、使用人の人たちが一緒に食べてくれたから、寂しくなかったよ?あの頃はまだ、何も話せなかったけど、みんな私のこと大切に思ってくれてるのは伝わってた。」
「はは、そうだったのか。感謝せねばならんな。……使用人は皆、子供がいるからな。自分の子供のように思っていてくれていたんだろう。」
父様はどこか嬉しそうに笑って、そう言ってくれた。
「そうだったら、嬉しいな。使用人の人たちのこと、家族みたいなものだと、私は思ってるから。」
「いいんじゃないか、それで。子供のころからずっと仕えてくれているしな。……それにしても、こうして共に食事をするのも、久しぶりだな……。見習いは、基本的に寮で食事をとることになっているからな……。」
その声には、どこか寂しさが含まれているように思えた。
私が寮で生活していた間、父様は一人でご飯食べてたのかな?……イリオス様を誘ったこともあるんだろうけど、さすがに毎日は招いていなかっただろうし。
私はそう考えた後、話し出す。
「うん……。でも、結構楽しかったよ?まあ、食べた後に戻ろうとしたら突っかかってくる面倒な上級生もいたけど、燃やしてやったし!……あの人たちいくら燃やしても懲りずに突っかかってくるんだから、嫌にになる。それに、昇格試験の時にまで妨害してきたんだよ?そのせいで遅刻しちゃったし。」
「まったく、困ったやつらだな。……もちろん証拠は集めてあるな?」
父様はそう尋ねてくる。
「当然!あとで渡すねー。半年間に私にしてきた、嫌がらせとか絡んできたときの様子とか、ばっちり記録してあるから!」
その問いに対し、私は胸を張ってそう言った。
「よし。よくやった。……俺の娘にそんなことをした連中には、厳罰を与えないとな。ふむ……一年の停学だな。半年もそんなことに時間を使っていたんだ、それ以上の期間停学にしてやらねば釣り合いが取れん。」
「お前公私混同がすぎるのではないか?」
「私もそう思うよ……。せめて半年じゃないかな。」
父様の言ったことに対し、二人は呆れた声でそんな返答をしている。
「何を言うんだ。俺の娘にあんなことやこんなことをしようとした連中だぞ!?下種な考えで絡んできたに決まっている!!」
それを受けて父様は、こぶしを握り締めながらそんなことを言い出した。それに対し、私は言う。
「父様、その言い方だとかなり語弊が出るから!それに私のことは女の子だと思ってなかったから大丈夫だと思うよ?」
「ヨル、お前はまだ世の中を知らなさすぎる。世の中にはな、少年に興奮する変態どもだっているんだからな。」
「……ああ……、うん、いるんだよね、そういう人……。」
父様の言ったことに対し、イリオス様は目を閉じて嘆くように言った後、もぐもぐと口を動かしている。
「イ、イリオス様……?」
「私は……美少年だった、らしいんだ……。私にはよく分からないんだが。それでまあ……色々と……本当に色々とあってね……。思い出したくもないよ……。」
そんなことを言い出したイリオス様に、父様はどこか懐かしそうに話す。
「王国軍の魔道士は性別関係なく参戦していたからな、女どもがお前の容姿についてあれこれ言っていたのを覚えているぞ。髪が跳ねまくっていてかわいい、だの、少年なのに大人顔負けに長剣を振るっているギャップがいい、だの。」
「はは……そうか……そうかぁ……。一応戦争だったはずなんだけどなあ……。」
そう言ってイリオス様は遠い目をしている……。
「イリオス様の少年時代……なんだか想像つかない……。」
「今よりも髪が短く、あちらこちらへと跳ねていたな……。幼い顔つきでありながら、漂う雰囲気はすでに大人のものだったよ。それだけ、指導者として、また軍の指揮官としての振る舞いをしなければならなかったということなのだろう。あの演説の時のお前は……光り輝いていたように見えたよ。」
「……だが、あれは……人々を死に駆り立てるものでしかなかったよ。死んでいった同胞たちのために、と言いながら、私は彼らをまた同じような状況へと向かわせたのだから。」
どこか苦しげに語るイリオス様に、父様は当時のことをゆっくりと話しだした。
「だが、それでもお前たちは奴隷からの解放を勝ち取った。王国側の痛手も、大きかったからな……。国王の兄弟、当時の公爵家の当主は皆、あの戦争で命を落とした。奴隷と侮っていた者たちがそんなことをしてしまったのだから、王国側も慌てたわけだ、これ以上王族や公爵家の人間を失うわけにはいかないとな。だから講和を申し入れたんだ。」
それを聞いたイリオス様は、深く息を吐いて言う。
「……あの時は、半信半疑だったよ。講和など嘘で、私たちをだまし討ちにする気なのではないかと。だが、使い魔たちの報告で、王国側がだいぶ参っているという状況を掴んでいたし、私の感覚はだまし討ちはない、と言っていたから、応じることにしたんだ。」
彼の言ったことに対し、父様は腕を組んで言った。
「王国側もそこまで堕ちてはいないぞ。だまし討ちなど弱者のやる卑怯なことだ、こちらは正々堂々力でねじ伏せなければならない、と考える脳筋連中の集まりだったからな。獣人が独立を求めたせいで、一旦戦闘行為の終了と奴隷制度の撤廃のみを取り決めて終わることとなったが。……こんな大陸で、独立してどうしようというんだろうな、獣人どもは。独立するということは、完全に別の国になるということだ。それはつまりその国に侵略戦争を仕掛け、獣人どもを奴隷とすることができる、ということなのに。」
父様はどこか呆れたようにため息をつく。
「だから、彼らの独立を決して認めなかったんだね。君が発言したときに、その場が凍り付いたのをよく覚えているよ。お前たちが独立すれば、この国はお前たちの国を容赦なく攻め滅ぼし奴隷とするだろう、そんなことも理解できないのか馬鹿が、だったっけ。君、よくあんな発言ができたよね、肝が据わっているよ本当に。」
と、父様……。さすがにそれは言いすぎだと思うの……。しかも寄りにもよって講和を申し入れた側なのにそんなこと言ったんだよね?
私がそんなことを考えていると、父様はイリオス様に言う。
「言わねば分からないことは言ってやらないといけないだろう。獣人は、脳筋がほとんどだからな。獣人の指導者は違ったようだが。自分たちは王国と文化も信奉する神も違う、だから独立を望む声が多い、と言っていたか。だが、俺の言ったことを受け、冷静に対処できる人物でもあった。はは、それ以降俺は講和会議には出禁になってしまったがな。お前の言い方はいちいち相手を煽り立てるから、頼むから参加しないでくれと、今の国王に言われたよ。」
「お前な、仮にも講和の席でそんな発言をするのはどうかと思うぞ。」
そんな風に言ったバレル様に対し、父様は真顔で言った。
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い。遠回しの皮肉など獣人どもには通じん、ならはっきり言ってやった方がいいだろう。」
「……もう、我から何も言うことはないぞ……。」
「私もだよ……。」
そして、バレル様はふと私の方を見て言った。
「ヨル、顔に米粒が付いておるぞ?はは、貴公はいつまでも子供っぽいな。」
そう言って、にこりと笑った後、何気なく指でその米粒を取って、口に入れている。
「!?!?!?バ、バ、バレ、バレル様……!?い、い、いま、な、なにを……!?」
私の頬にくっついてたお米取って食べた……!?ゆ、指、バレル様の指が頬に触れっ……!
顔が熱い。たぶん真っ赤になっていると思う。
「……殺すか……」
「いやまだ早いよディートハルト、もう少し様子を見てからでも遅くはないよ」
二人は目線を交わしてそんな物騒なことを囁いている……。
「ん?どうしたのだヨル。顔が赤いぞ?」
そう言って彼は今度は手を私のおでこにあててきた。
「少し熱いような……。熱があるのではないか?」
それはあなたがそんなことをするからです!!
そんなことはとても言えず、私は顔に手をあててうつむく。
「うう、バ、バレル様の……ばかぁ……。」
私の様子を見たイリオス様は、どこかのんびりとした口調で言った。
「彼女の周り、小さいながらも綺麗な花がたくさん咲いているよ。はは、綺麗だなぁ。」
「ヨルがこんな風になってても気持ちに気付いていないとか、どれだけ鈍感なんだあいつは」
父様は呆れたように呟いている。そんな父様のつぶやきに、バレル様は驚いたように言う。
「な、なんのことだ!?」
「……俺たちの言うことは気にするな」
「うん。からかわないしけしかけない、と言ったからね。ただ君の鈍感っぷりに呆れているだけさ。」
「ど、鈍感……?」
「それすらも分からないのか、……どうするツウェルツ、コイツかなりやばいぞ。」
「うん……私もここまでとは……。」
そんな会話を聞きながら、私は席を立つ。
「ヨル?どうしたのだ。」
「ごちそうさまでした!わ、私先に部屋に戻ってるから!」
真っ赤になっている顔をあまり見られたくなくて、そう言って食堂を飛び出して走って部屋に戻る。
「ヨル!?お、おい、待て、待たぬか!」
「……すぐに追いかける馬鹿がいるか。もうちょっと俺たちの話に付き合えアルバート。」
「そうそう。積もる話もあることだしさ。まだまだ話したりないしね。」
後ろの方で父様とイリオス様が楽しげに話している声が聞こえた。
お正月休み後の更新は、論文の提出や発表終了後の2月半ば以降になりそうです。